『2019堀場雅夫賞』 受賞者決定 / 授賞式は10月17日

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-「分析・計測技術」 研究者の奨励賞
電力および電池を最大限に活用する効率的な制御のための先端分析・計測技術
 

当社は、このほど、国内外の大学または公的研究機関の研究開発者を対象とした「分析・計測技術」に関する研究奨励賞『堀場雅夫賞』の2019年度受賞者を決定しました。
2003年の本賞創設から16回目となる今回の選考テーマは、「電力および電池を最大限に活用する効率的な制御のための先端分析・計測技術」です。本年2月から5月にかけて公募し、海外含め36件(国内22件/海外14件)の応募がありました。これらの応募に対し、募集分野において権威ある研究者を中心に7名で構成する審査委員会が、将来性や独創性、ユニークな計測機器への発展性に重点を置いて評価し、以下の3名を堀場雅夫賞受賞者、2名を特別賞受賞者に決定しました。受賞記念セミナーならびに授賞式は、学究界および行政関係から出席者をお招きし、10月17日(木)京都大学 芝蘭会館にて執り行います。 
 

<受賞者ご紹介>

[堀場雅夫賞]

ヨアシュ レブロン (Yoash Levron) 氏
テクニオン - イスラエル工科大学 電気工学部 助教

「次世代の電力網および電気自動車のためのエネルギー貯蔵装置の最適制御」

電気自動車や再生可能エネルギーの普及が進んでいる。電力の需給バランスを取り、エネルギーを無駄なく使うためには、二次電池をはじめとするエネルギー貯蔵装置の利用が要になる。しかし、エネルギー貯蔵装置にいつエネルギーを貯め、いつ供給すればよいか判断することは非常に難しい。
レブロン氏は、エネルギー貯蔵装置の重要性にいち早く着目し、複雑な電力網において最高のエネルギー効率を実現できる、エネルギー貯蔵装置の最適コントロールの決定方法を開発した。この技術論文は多くの研究者に引用されており、世界の先駆けとなっている。この手法を使えば、余剰エネルギーを蓄え、必要時に供給する最適化された充放電スケジュールを精度よく求めることができる。
この研究は、電気自動車や再生可能エネルギーの有効利用に大きく貢献でき、より大規模で複雑な電力網への応用にも期待できる。

丸田 一郎氏
京都大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 准教授

「パラメータ感度プロットの開発とリチウムイオン二次電池のモデリングへの応用」

あらゆるものが繋がる第四次産業革命後の次世代社会では、複雑なネットワークで実現されるシステムが重要な役割を担う。そのようなシステムを適切に制御するためのモデリング※1においては、実システムと同等の複雑さを持つモデルの利用は非現実的であり、シンプルかつ必要な精度を持つモデルを構築しなければならない。したがって、モデルのシンプルさと精度のバランスをより精密に評価する技術が必要となる。
丸田氏は、この問題を解決するために、モデルのシンプルさと精度のバランスを可視化する「パラメータ感度プロット」の技術を創出した。さらに、この技術を二次電池に応用し、二次電池の充電率や劣化具合を推定するための精度が良く信頼性が高いモデルを開発、合理的なモデル化指針を与える新しい考え方を示した。
この研究は、二次電池のみならず、今後社会が直面する次世代の複雑なシステムのモデル設計への貢献が期待される。
 
※1 モデリング: 対象の構造や物理現象を数学的に定式化すること

グエン ディン ホア (Nguyen Dinh Hoa) 氏
九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所    助教

「電気自動車、電力網およびそれらの相互作用のための機械学習とマルチエージェントシステムに基づく制御および最適化手法」

再生可能エネルギーを活用する電力網において、電力需給バランスの安定化、電力需給量の急変への対応力、各家庭や地域での活用が期待されるバッテリーに代表される蓄電システムの最適な利用等、多くの課題がある。
グエン氏は、それらの課題を解決するため、バッテリーの状態把握と制御、データからパターンを見つける機械学習による電力の需給予測や最適な需給調整機能をマルチエージェントシステム※2上に分散配置する手法を考案した。この手法では、車載バッテリーから家庭内/地域内/地域間にいたるまでの幅広い電力需給マネジメントがエージェント単体、または、それらの連携で実行され、その一貫した設計・運用手法は今までにないアプローチと言える。
この研究により、再生可能エネルギー活用での課題や緊急時の電力供給の課題など、将来のエネルギーネットワークの諸問題解決の見通しが得られた。

※2 マルチエージェントシステム: エージェントとは管理したい対象毎に設けられる機能単位。マルチエージェントシステムは、そのエージェントが他のエージェントと連動する分散処理システム。
 

[特別賞]

長谷川 馨氏
東京工業大学 物質理工学院応用化学系 助教

「太陽光発電を主力とする分散グリッド実現のための水素技術の導入、制御法の構築」

CO2排出ゼロに向け再生可能エネルギーや水素社会への移行が進む中、各地で様々な規模の発電・電力ネットワークが導入されつつある。しかし、不規則に変動する再生可能エネルギーは大規模系統電力ネットワークの安定化に負担をかけるため、それを低減するために中小ネットワークへ蓄エネルギー技術の導入が有力候補となる。
長谷川氏は、東京工業大学が持つ1万kW規模の電力ネットワークでの分単位から年単位の膨大な実データを多角的に分析し、水素蓄エネルギー技術※3導入による安定化と低コスト化に対する効果を明らかにした。さらに、水素蓄エネルギーのための燃料電池/電解セル※4 (SOFC/EC)技術における水の電気分解反応を予測できるモデルを構築し、性能向上による将来有望な技術になる可能性も明らかにした。
この研究は、今後、エネルギーマネジメントと要素技術、マクロ/ミクロの両視点から、各電力ネットワークが調和しながら電力供給を行う新しいシステム制御技術への貢献が大きく期待される。
 
※3 水素蓄エネルギー技術:水を電気分解するなど、エネルギーを使用して水素を生成することで、エネルギーを水素に変換し、貯蔵しておく技術
※4 電解セル:電気分解反応を行うための正極・負極・電解液が1組で構成されたもの

マティアス プレインドル (Matthias Preindl) 氏
コロンビア大学 電気工学科 助教

「データ駆動型モデリングとリチウムイオン電池特性の評価」

リチウムイオン電池の残量を正確に把握することは電気自動車の普及にとって重要な課題となっている。これまで、電池の挙動を定式化した電池モデルを用いて残量を推定する研究は行われてきたが、電池のメカニズムは未解明な部分があり実際の温度や使用条件では推定誤差が大きくなる課題があった。
プレインドル氏は、既存のモデルを使用せずデータから規則性や判断基準を自動的に学習する新たな残量の推定手法を考案した。推定誤差の原因ともなる環境の影響を受けない新規手法では、幅広い温度域(-25〜45℃)における誤差が1%以下となる高い精度での推定に成功し、電気自動車に搭載するシステムで実用的に活用できる可能性を切り拓いた。
この研究は、電池寿命の推定にも応用することができ、電池を最大限かつ効率的な活用への大きな貢献が期待される。
 

<2019堀場雅夫賞の募集分野と背景>

自動車の電動化によるエネルギー効率の飛躍的な向上や、太陽光や風力など再生可能エネルギーによる発電が再び着目されています。その背景としてエネルギーセキュリティに加えて、2050年までにCO2(二酸化炭素)排出量の大幅な削減に向けた国家や社会の強い意思が感じられます。例えば欧州の燃費規制や中国の新エネルギー車促進などの政策は、各国の取り組みとして自動車の電動化に向けた開発やハイブリッド車を含む電動車両の普及を後押ししています。また日本やドイツ政府が進める、再生可能エネルギーを貯蔵するための水素活用など、次世代エネルギー技術の開発も急速に進んでいます。

自動車産業においては技術の潮目が大きく変化しています。例えば、電動車両の普及が進み、全ての自動車にモーターとバッテリーが搭載されることにより、新たな企業参入の機会を生みます。また、モーターが持つ駆動力の高い制御性は自動運転との相性もよく、新たな魅力品質の創出に貢献します。一方で、電動車両の航続距離を伸ばすために、内燃機関や燃料電池を併用することで車両を構成するシステムも大幅に複雑化します。その結果、自動車会社の開発工数を大幅に肥大化させていく課題も顕在化してきました。
再生可能エネルギーの活用も新たな局面を迎えています。20%以上を再生可能エネルギーが占める九州では、エネルギー需給のバランスが崩れ、太陽光発電の出力を遮断せざる得ない状況が発生しました。また北海道では、地震により発電所の一つが停止したことで電力系統が不安定になり、連鎖的に全発電所が一斉に停止してしまう事故も発生しました。

このような問題を解決するには、複雑で大規模なシステムの制御が欠かせず、新しい技術導入が必要と考えられます。例えば、発電機としてエンジンを搭載したシリーズハイブリッド車の開発では、「燃費や電費」、「排気適合」、「コスト」の3つの目標要件に対し、アクセルによる駆動トルクの要求、電池の充放電状態、エンジンの回転数やトルク、また環境温度など、多くの設計変数を組み合わせて制御を最適化しなければなりません。この最適化には多くのパラメータと制御則を組み合わせた実験が必要になっており、効率的な開発が強く求められています。また再生可能エネルギーの利用においても、天候で大きく変動する太陽光や風力の発電供給に対し、季節単位での気温変化、昼夜の変動、想定外の災害など、変化する需要を予測し、蓄電池や水素エネルギーを活用しつつ、柔軟に応える電力制御の仕組みが益々必要になってきています。加えて、自動車の電動化により自動車そのものが発電や蓄電の役割を果たし、電力制御の一役を担うことも予想されます。

2019年の堀場雅夫賞では、このような背景のもと、次世代のエネルギー、すなわち電力や電池を最大限使い切るための新しい制御の枠組み、またそのための先端分析・計測技術を募集の対象とし、新たな価値の創造につながる研究開発にスポットを当てました。
 

<堀場雅夫賞について>

堀場雅夫賞は、堀場製作所創立50周年を記念し、計測技術研究に従事する若手研究者を対象として2003年に創設されました。本賞は、画期的な分析・計測技術の創生が期待される研究開発に従事する国内外の研究者・技術者を支援し、科学技術における計測技術の地位をより一層高めることに貢献しようというものです。分析・計測技術の中でも堀場製作所が育んできた原理や要素技術を中心に毎年対象分野を定め、ユニークかつその成果や今後の発展性を世界にアピールすべき研究・開発にスポットを当てています。
 

関連情報 堀場雅夫賞ウェブサイト