HORIBAのひとり言

分析機器でデザイナーがやるべきこと


自動車整備工場や車検場で排ガス検査に活躍する『自動車排ガス測定器』。3月に発売された新型『MEXA-324L』は、これまでの小型・高性能に加えて、その機能性がデザインにも大きくあらわれています。製品の裏側に秘められてデザイナーの想いとは。堀場製作所デザインチーム・前野晃男氏に語ってもらいました。


---『自動車排ガス測定器 MEXA-324L』の開発にデザイナーとして参加して、どんな感想ですか?

前野氏:そもそも『MEXA-324L』のスタートは過酷なものでした。「ウルトラ・クイック・サプライヤー(超短納期企業)」を標榜する会社ですから、「とにかく早く市場投入せよ!開発期間は通常の半分」という社命が下ったのです。ですから、私たちデザイナーはもちろんのこと、R&D、設計、生産現場まで、製品開発にたずさわる全員が熱くなっていました。

この熱い想いがあったと同時に、今回はじめて3次元CADを製品化まで活用したことで、デザイン、設計、生産技術、マニュアルの制作などが並行して行えるようにもなりました。その結果として、開発期間を従来の半分にあたる8ヶ月まで短縮することができ、大きな成果が得られたと考えています。


---製品デザインにはじめて3次元CADを用いたということですが、実際の開発作業にはどんな変化がありましたか?

前野氏:『MEXA-324L』のデザインには、自動車のように滑らかな曲面が多用されています。従来の2次元CADを用いていたのでは、このデザインを形にするのはとうてい不可能だったかもしれません。また開発期間を1/2にできた背景にも、この3次元CADの徹底した利用がありました。

HORIBAは数年前から積極的に3次元CADシステムを導入してきました。これまでも設計作業などに部分的には利用していたのですが、『MEXA-324L』では、製品化の始めから終わりまでを一貫して活用することになったのです。これによりデザイン上の造形の完成度が向上しただけでなく、コンカレントエンジニアリング(同時並行設計)が実現しました。

従来であれば試作品を作って行っていた強度や温度の試験が、強度解析や熱解析による仮想試験で設計中にも行えるようになりました。その他にも、取扱説明書やサービスマニュアルといったドキュメントの制作など、これまで設計完了後にしか行えなかったプロセスを、まったく同時に進めることができるようになったのです。そのおかげで、開発期間半減という厳しい条件にも余裕を持って対応できました。このことは設計インフラへの長年の投資が実をむすんだ結果だといえます。


---『MEXA-324L』は、計測機器の常識をくつがえすような洗練された外観が与えられていますが、ここまでデザインにこだわった理由は何なのでしょう?

前野氏:『MEXA-324L』をデザインするにあたっては、トップブランドとしての誇りとこだわりがありました。実際にご覧になると、まるで家庭用電化製品のようなデザインだと思われるかもしれません。排ガス測定器は整備工場などで使われるのですから、汚れていくのが当然ですし、デザインに力を注いでも無意味だという意見もありました。ただ、HORIBAはこの分野で開拓者であり、いまなおトップブランドでありつづけています。その誇りというか、想いのようなものを製品に吹き込みたかったというのが本音です。

『MEXA-324L』は自動車排ガス測定器ですから、どうしてもクルマのとなりに置いてカッコいいデザインにしたいと思いました。自動車というのは、工業デザインの中で先端を行っています。そのかたわらで、計測器が負けじとがんばっている。そんな姿が実現すればちょっと面白いし、計測器にありがちな箱型一辺倒のデザインに一石を投じたかったんです。

ところで『MEXA-324L』の外観は、風を切って走るスポーツカーのように見えませんか?じつは、ラフデザインができたとき、これを小さくデフォルメして、「チョロQ」(*1)にして売ろうかといった話までとびだしました。製品本体よりも売れると困るのでやめましたが、それぐらいクルマっぽい姿をしていたんです。そして、このクルマのような曲面を、最も美しく表現できるのはマットパールシルバーという質感です。これに、HORIBAのコーポレートカラーであるブルーを少し加えることで色を決定しました。この造形にこれ以外の色はなかったと信じています。

『MEXA-324L』のように、フォルム・色・質感にこだわったデザインは、他の自動車排ガス測定機器には見あたりません。この分野でつねに開拓者たらんとするHORIBAの姿勢を感じとっていただければと思います。


---計測機器の場合、一般消費財に比べて商品デザインのもつ意味は違っていると考えられることもあるようですが。

前野氏:たしかに商売を基準に考えると、分析業界における商品デザインと一般消費財に求められるそれとは、少し性質が異なるでしょう。一般消費財では、デザインは購買時点で最初かその次ぐらいに重要な要素です。機能は十分だけどデザインが気に入らないから買わないとか、反対に、デザインが気に入ったから多少の不満には目をつぶって買ってしまう、なんてことがよくあります。

いっぽう分析機器を含めて生産財では、商品の基本性能が揺るぎない絶対条件です。デザインが気に入ったから購入するなんていうことは、あまりないでしょう。「それじゃ、デザインなんて必要ないんじゃないの?」と思われそうですが、消費財であれ生産財であれ、不変のものがあると私は考えています。つまりそれは、「デザインはヒトのためにある」ということです。

私の考える「デザイン」とは、ヒトがモノに触れるとき、わかりやすく誘導する無言の力であり、ヒトを惹きつける魅力であり、さらにはヒトを感動させる力だと思っています。たしかに、こういった「力」は自然と購買意欲にもつながるため、商売の世界、とくに一般消費財の販売戦略として組みこまれてきた事実は否めません。しかしデザインの本来の姿は、こういった商売の理屈ではなく、ヒトがモノを扱いやすくするため、また愛着をもって使ってもらうために、設計者やデザイナーによる誠意のあらわれだと思うのです。

じつは、私は人にプレゼントするのが好きで、相手が感動する瞬間を楽しみにする癖があります。デザイナーの本質もこれと同じで、つまり、相手に感動を与えること。この一点につきます。生産財のデザインが一般消費財よりも重要でないということはなく、むしろデザインが販売競争の中心になりにくいことから、より本来のデザインの姿に近づけるのではないかと思っています。ですから、これからも変わらず全力でデザインしていこうと思っています。


---最後に、分析機器のこれからについて語ってください。

前野氏:ITが成熟するにつれ、分析機器のありかたも近い将来大きく変貌するでしょう。分析機器の命が分析部の基本性能であることに変わりはありませんが、製品そのものの価値とともに、これまで以上にアプリケーションやサービスといった付加価値が重要視されるパラダイムシフトが、すぐそこまできていることを感じます。

そのとき、デザイナーは何をデザインするのか。モノとしての製品だけではなく、ありとあらゆるものをデザインしていかなければなりません。HORIBAのあらゆるサービスをデザインすることを通して、お客さまの分析業務をより快適にデザインすることこそ、われわれデザイナーの役目だと考えています。

デザインで皆さまに感動していただく日を夢見て、次の新製品にとりくみたいと思います。




HORIBA:ニュースリリース
「ポータブルの自動車排ガス測定器を開発」
HORIBA:ぶんせきcafe
「自動車排ガス、いつ、どこで、なぜ測る?」

*1:「チョロQ」は株式会社タカラの登録商標です。