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分光エリプソメトリーの原理

2.1 エリプソメトリーの原理

エリプソメトリーは、試料に対する入射光と反射光の偏光状態の変化を測定する分析手法です。まず、測定に関連する言葉の定義を説明します。図5に示すようにサンプル表面に対して垂直で、入射光と反射光を含む面を入射面と呼びます。この入射面に対し、電場が平行および垂直に振動する偏光成分はそれぞれ\(\rho\)偏光および\(s\)偏光と定義されています。

図5:入射面とp偏光(Eip, Erp),s偏光(Eis, Ers)

図5:入射面とp偏光(Eip, Erp),s偏光(Eis, Ers)

ここで\(E_{ip}\)\(E_{is}\)\(\rho\)偏光、\(s\)偏光の入射成分、\(E_{rp}\)\(E_{rs}\)\(\rho\)偏光、\(s\)偏光の反射成分です。

図6のように、入射光は\(\rho\)偏光成分と\(s\)偏光成分の振幅と位相が一致した直線偏光です。これをサンプルに照射すると、サンプルの表面と界面(層と層、層と基板)から反射した光は干渉します。また膜を通る光の速度は膜の性質(屈折率)に応じて遅くなるので位相もずれます。これらが入射面に平行な成分(\(\rho\)偏光)と垂直な成分(\(s\)偏光)では異なるので、図6のとおり反射光の偏光状態は入射時とは異なる楕円偏光になります。

図6:入射光の偏光状態

図6:入射光の偏光状態

図6:反射光の偏光状態

図6:反射光の偏光状態

エリプソメトリーでは、この偏光状態の変化を測定します。

2.2 エリプソメトリーの測定パラメータ

偏光状態の変化はフレネル振幅反射係数比\(\rho\) で表されます。

\(ρ = rp / rs \)                 (18)

\(r_p\)\(\rho\)偏光に対するフレネル振幅反射係数(入射光と反射光の電界ベクトルの比)、\(r_s\)\(s\)偏光に対するフレネル振幅反射係数です。

\(r_p = E_{rp} / E_{ip}, rs = E_{rs} / E_{is} \)               (19)

ここで図7に示すとおり、\(E_{ip}\)\(E_{is}\)はそれぞれ、\(\rho\)偏光、\(s\)偏光の入射成分、\(E_{r\rho}\)\(E_{rs}\)はそれぞれ、\(\rho\)偏光、\(s\)偏光の反射成分です。

図7:フレネル振幅反射係数(Semi-infiniteの界面)

図7:フレネル振幅反射係数(Semi-infiniteの界面)

振幅反射係数は複素数であり振幅と位相の変化を表すことより、フレネル振幅反射係数比\(\rho\)は以下の式で定義されます。

\(ρ = tan Ψ e^{iΔ}\)             (20)

ここで、\(\tan\Psi\)は反射光の\(\rho\)偏光と\(s\)偏光の振幅比、\(\Delta\)は反射光の\(\rho\)偏光と\(s\)偏光の位相差です。

\(tan Ψ = |r_p| / |r_s|, Δ = δ_{rp} – δ_{rs} \)    (21)

この\(\Psi\)\(\Delta\)を図で表すと、図8のようになります。

図8:エリプソメトリーの測定パラメータ (Ψ, Δ)

図8:エリプソメトリーの測定パラメータ (Ψ, Δ)

2.3 バルク(Semi-infinite)サンプルの測定

表面層が付いておらず、かつ表面が完全に平らなバルクサンプルをSemi-infiniteと言います。Semi-infiniteで求められるのはバルク材料の光学定数(屈折率、消衰係数)のみになります。Semi-infiniteでは、図7のように界面は1つだけになります。

この場合、フレネル振幅反射係数比 \(\rho\)と光学定数の関係は以下の式で表されます。

\( {N_1 \over N_0} =\sin\phi\begin{vmatrix}1+ \begin{pmatrix} {1-\rho \over 1+\rho} \end{pmatrix}^2\end{vmatrix}\) (22)

ここで、\(N_1\)はバルク材料の光学定数、\(N_0\)は周辺媒質の光学定数、\(\varphi_0\)は入射角度です。

通常、\(\varphi_0\)\(N_0\)(空気の光学定数)は既知であるため、フレネル振幅反射係数比 \(\rho\)を測定すれば、\(N_1\)を計算することができます。

2.4 薄膜サンプルの測定とモデリングの必要性

バルクサンプルの表面に薄膜が1層以上付くと、先に説明したSemi-infiniteのケースとは異なり、フレネル振幅反射係数比 \(\rho\)から膜厚(\(d\))と各波長の屈折率(\(n(\lambda)\)), 消衰係数(\(k(\lambda)\))の、唯一の答えを求める式はありません。単層と多層のケースを例に説明します。

(a) 2層膜以下の場合

サンプルが単層膜あるいは2層膜の場合は、以下の方法で\(d\)\(n(\lambda)\)\(k(\lambda)\)を求めることが出来ます。まず基板上に単層膜が付いている場合、界面は図9のようになります。

図9:単層膜の界面

図9:単層膜の界面

\(N_0\)(周辺媒質の光学定数)と\(N_2\)(基板の光学定数)が分かっていれば、未知数は薄膜の\(d\)\(n\)\(k\)の3つになります。それに対し、得られる測定パラメータは\(\Psi\)\(\Delta\)の2つなので、3つのうち2つの未知数(\(d\)&\(n\) /\(d\)&\(k\) /\(n\)&\(k\) のいずれか)しか求めることができません。また、\(n\)\(k\)の値が文献値等で既知であったとしても\(d\)の値は一意的に決まらず、式(23)のように周期的な解となります。

\(d_1^m =d_1^0+\begin{bmatrix}\frac{1}{2}(N_1^2-N_0^2\sin^2\phi_0)^{-\frac{1}{2}} \end{bmatrix}m\lambda(m=0,1,2,…)\)   (23)

ここで、\(d_1\)は薄膜の膜厚、\(N_1\)は薄膜の光学定数、\(N_0\)は周辺媒質の光学定数、\(\varphi_0\)は入射角度です。

半導体分野では以前はレーザ(単波長)エリプソメトリーを使い、成膜速度から式(23)の周期(\(m\)の値)を決めて薄膜の膜厚を計算してきました。しかし成膜速度が分からないプロセスで作製した薄膜の場合、この式から正しい膜厚を求めることは困難でした。

次に2層膜の場合について説明します。まず1層目の\(d\)\(n\)&\(k\)を既知とします。次に単層膜の場合と同様に式(23)を使い、2層目の\(d\)および\(n\)&\(k\)を計算します。

 

(b) 多層膜の場合

\(\Psi\)&\(\Delta\)から各層の\(d\)\(n(\lambda)\)\(k(\lambda)\)を求める場合、複雑な非線形の超越方程式を解く必要がありますが、2層以上の場合、実際にこれを計算することはできません。一方、基板の\(n\)&\(k\)および各層の\(d\)\(n\)\(k\)がわかっていれば、\(\Psi\)&\(\Delta\) を直接計算することができます。

分光エリプソメトリーで\(d\),  \(n(\lambda)\) ,\(k(\lambda)\) を求めるには、モデリングを行うことが必要になります。モデリングでは基板の \(n(\lambda)\)&\(k(\lambda)\) および各層の\(d\),  \(n(\lambda)\) &\(k(\lambda)\) を、実際のサンプル構造に基づいて仮定する光学モデルを作成します。 \(n(\lambda)\)&\(k(\lambda)\)にはリファレンスデータ(文献値)、実測データ(基板のみ)、あるいは後述する分散式を用います。この光学モデルより\(\Psi\)&\(\Delta\) をシミュレーション計算し、測定データに対してフィッティング計算することにより、各層の\(d\),  \(n(\lambda)\)&\(k(\lambda)\) を求めることができます。

光学モデルでは波長分散という材料の光学定数(\(n\)-\(k\))の規則性を利用し、各エネルギー(波長)の\(\Psi\)&\(\Delta\) を関係づけます。これにより通常は50以上ある測定点の数が2~14程度の数のパラメータに減らされ、 \(d\)\(n(\lambda)\)\(k(\lambda)\) を求めることが可能になります。この波長分散を表す式を分散式と言います。

2.5 分散式とは

材料の誘電特性や光学的性質は、エネルギーや波長の関数を利用した式によって数学的に表現することができます。この式を「分散式」といいます。分散式の例として、図11にローレンツモデルとしてよく知られている調和振動子を利用したClassical分散式を示します。

\(\varepsilon =\varepsilon_∞+ {(\varepsilon_s- \varepsilon_∞)\omega_t^2 \over \omega_t^2-\omega^2+i・\Gamma_0・\omega}\)    Single oscillator

\(+ {\omega_\rho^2 \over- \omega^2+i・\Gamma_D・\omega}\)    Drudeモデル

\(+\displaystyle\sum_{J=1}^{2} {\int_j ・\omega_\rho^2\over\omega_{0i}^2-\omega^2+i・\gamma_j・\omega}\)    Double oscillator

 

\(\varepsilon_\infty,\varepsilon_s\)    : 高周波数での誘電率、静的誘電率

\(\Gamma_0.\Gamma_D,\gamma_j\)    : 減衰係数 \(\gamma_j,\Gamma_o,\Gamma_D>0\)

\(f_j\)    : 振動子の強度

\(\omega_{0j},\omega_t,\omega_\rho\)    :振動子周波数、横周波数、プラズマ周波数(eV)

図11:分散式の例(Classical分散式)

分散式を光学定数としてモデルに設定することで、膜厚に加えて膜の光学定数を算出することが可能です。光学定数は、分散式に含まれるパラメータをフィッティングすることで求まります。

2.6 有効媒質近似(EMA)とは

これまでは物質が均一なものと仮定しての話でしたが、実際の物質は均一でないものがほとんどです。ここではミクロ的に均一でない物質の理論について説明をします。ここでのミクロ的とは光の波長より小さい2~300nm程度の大きさのことを言います。ある波長範囲においてミクロ的に均一でない物質を、誘電特性から見て均一と見なした物質のことを有効媒質と言います。
 

有効媒質理論を使った関数はいくつかありますが、よく使われているのが「有効媒質近似 (Effective Medium Approximation: EMA)」です。これは各微細構造が不規則で、それぞれの微細構造の体積分率に大きな差が無い場合に使われます。
 

この式を使うことで膜の不均質や不連続性を実効的な均質膜に置き換えられ、図12にように表面ラフネス、界面層、多結晶Siの状態などを求めることができます。例えば表面ラフネスは図12(a)のように、サンプル表面に物質と空気の微細構造が混ざった層があるとして表すことができ、界面層は図12(b)のように、上と下の層の物質の微細構造が混ざった層が間にあるとして、表すことができます。また、図12(c)のように、多結晶Si(p-Si)の誘電率は、結晶Si(c-Si)とアモルファスSi(a-Si)の微細構造が混ざった物質として、それぞれの誘電率からEMAにより表すことができます。

図12:有効媒質近似の例 (a)表面ラフネス、(b)界面層、(c)多結晶Si

図12:有効媒質近似の例 (a)表面ラフネス、(b)界面層、(c)多結晶Si

2.7 測定とデータ解析の手順

分光エリプソメトリーの測定とデータ解析は、以下の手順で行います。概要を図13に示します。

  1. サンプルを測定することにより、各波長における\(\Psi(\lambda)\)&\(\Delta(\lambda)\)が得られます。ここではこれらを\(\Psi_E(\lambda)\)&\(\Delta_E(\lambda)\)とします。
  2. 測定したサンプルに合わせて、各層の膜厚や光学定数を設定したモデルを作ります。これを光学モデルの構築と言います。光学モデルで基板の \(n(\lambda)\)&\(k(\lambda)\) と各層の\(d\)と分散式(\(n(\lambda)\)&\(k(\lambda)\))を仮定し \(\Psi(\lambda)\)&\(\Delta(\lambda)\) が計算されます。ここではこれらを\(\Psi_M(\lambda) ​\)&\(\Delta_M(\lambda) ​\)とします。
  3. 平均二乗誤差\(X^2\)が最小になるまで、 \(\Psi_M(\lambda) ​\)&\(\Delta_M(\lambda) ​\) を \(\Psi_E(\lambda)\)&\(\Delta_E(\lambda)\) にフィッティングさせる作業を行います。光学モデルの\(n(\lambda)\)&\(k(\lambda)\)にリファレンスデータを用いた場合は\(d\)のみ、分散式を用いた場合は\(d\)と分散式のパラメータがフィッティングされます。
  4. フィッティング計算の結果、各層の\(d\)および分散式のパラメータより \(n(\lambda)\)&\(k(\lambda)\) が得られます。
1.測定サンプルを測定します。測定データが得られます。

測定データ \(Ψ_E Δ_E\)
2.光学モデル光学モデルを作成します。理論値が計算されます。


理論値 \(Ψ_M Δ_M\)(シミュレーション)
3.フィッティングフィッティングにより、\(Ψ_E,Δ_E\)\(Ψ_M,Δ_M\)を合わせこみます。
平均二乗誤差(\(X^2\)):
\(x^2 = {1 \over 2N-P}\displaystyle\sum_{i=1}^{N}\left(\frac{Mes_i-Th_i}{\sigma_i^2}\right)^2\)
4.結果膜厚、屈折率、消衰係数が得られます。

平均二乗誤差(\(X^2\)):0.259

TiOx膜厚=2200Å

表面ラフネス=47Å

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