株式会社堀場製作所 横山 一成、有本 公彦、黒田 峻、高坂 亮太
Readout No.41 September 2013
液体に関する様々な量を測定する手法としては,電気化学測定と光測定の2つが代表的な方式である。前号で紹介した電気化学測定法に引き続き,今回はHORIBAグループがもつ光測定を応用した液体計測技術について紹介する。
液体計測の測定対象としては,液体を構成している各成分の濃度,液体に溶けている気体やイオン濃度,濁度,粒子径などがある。光には紫外光,可視光,近赤外光,中赤外光などがあるが,光による液体計測が固体計測や気体計測と最も違うのは,中赤外光があまり使われない点である。これは水が中赤外光をほとんど透過させないからである。本稿では光測定法を,蛍光測定,散乱測定,吸光測定,その他の測定の4つに分類して紹介する。いずれの手法も,非汚染,非破壊が可能な点が特長である。ただし目的によっては,意図的に試薬など添加物を加えて測定する場合もある。
光による測定では,目的に適した特定波長で測定する場合が多い。この波長が1点である場合と複数点(数点〜数千点)である場合がある。算出されるパラメータ数が,測定するパラメータ数を超えることは数学的に不可能である。したがって1つのパラメータのみを測定する場合は比較的安価に装置を作れる単一波長で測定する場合が多く,複数のパラメータを測定する場合は複数波長,すなわち分光技術を使って測定をする場合が多い。HORIBAグループでは,以上の技術を組み合わせ,Table 1に示すような光測定を応用した液体計測装置を提供している。
測定対象 | 測定原理 | 光の波長 | 添加物 | 波長点数 |
---|---|---|---|---|
油中硫黄濃度*1 | 蛍光測定 | 紫外 | なし | 単一波長 |
(汎用)蛍光分光測定 | 蛍光測定 | 紫外・可視 | 目的による | 分光 |
(汎用)蛍光寿命測定 | 蛍光測定 | 紫外・可視 | 目的による | 単一波長,分光 |
水中溶存有機物 | 蛍光測定 | 紫外・可視 | なし | 分光 |
溶存酸素濃度*2 | 蛍光・燐光測定 | 可視 | あり(蛍光膜) | 単一波長 |
溶存オゾン濃度 | 吸光測定 | 紫外 | なし | 単一波長 |
濁度 | 散乱・透過測定 | 可視 | なし | 単一波長 |
粒子径 | 回折・散乱測定 | 可視 | なし | 単一波長 |
光子相関法 | 可視 | なし | 単一波長 | |
有機性汚濁物質*2 | 吸光測定 | 紫外・可視 | なし | 単一波長 |
水中シリカ濃度 | 吸光測定 | 近赤外 | あり | 単一波長 |
半導体薬液濃度*3 | 吸光測定 | 紫外・近赤外 | なし | 分光 |
水中油分濃度 | 吸光測定 | 近赤外 | あり | 単一波長 |
液体中金属イオン濃度 | 誘導プラズマ発光法 | 可視 | なし | 分光 |
旋光度 | 旋光測定 | 可視 | なし | 単一波長 |
Table 1 HORIBAグループの光測定を応用した液体計測装置例(血液などの体液は除く)
(注)単一波長と書いているものでもリファレンスなどの目的でもう1波長使っているものもある。
*1:蛍光X線を利用した別製品もある
*2:電気化学法を利用した別製品もある
*3:導電率法を利用した別製品もある
蛍光は分子の励起状態におけるエネルギー移動や緩和,反応,運動などを反映する重要な現象である。蛍光とは物質内の電子が光エネルギーを受け取り(励起状態),熱を放出して最も安定な状態である一重項状態になったのち,基底状態に戻る際に放出する光のことをさす。
光のエネルギーは波長が長いほど小さくなるので,蛍光は受け取った光の波長より長い波長として放出される。試料にパルス励起光を当てると蛍光はサブナノ秒〜数10マイクロ秒の時定数(蛍光寿命)で減衰し,その減衰過程の測定を蛍光寿命測定[1]という(Figure 1)。
励起光が定常光である場合は蛍光も見かけ上,定常光となる。蛍光観測波長を固定し励起波長を走査させることによって得られる蛍光強度スペクトルを励起スペクトル,励起波長を固定し蛍光観測波長を走査させることによって得られる蛍光強度スペクトルを蛍光スペクトルと呼ぶ。両者を合わせて蛍光分光測定という(Figure 2)。
蛍光分光法を用いて環境水中の溶存有機物の総量と組成を分析することができる。溶存有機物はその構造の違いにより特定の蛍光スペクトルを持つ性質があるので,特定の励起光を環境水サンプル中に照射,放出された蛍光スペクトルを順に測定し,x軸に蛍光波長,y軸に励起波長,z軸に蛍光強度をプロットする(3次元蛍光法,Excitation-Emission Matrix)。これにより環境水中に含まれる複数の溶存有機物を網羅的に把握することができ,環境水中の溶存有機物の構成だけでなく,その水の取水地や水源に関する情報を得ることもできる。本号に記載されている「蛍光分光装置Aqualogと3次元蛍光法による水中の溶存有機物の評価」(濱上 郁子)をそこで引用されている文献とともにご参照いただきたい。
下水処理施設の生物処理反応槽の溶存酸素管理に用いられるのが光学式溶存酸素計である。その検出部をFigure 3,測定原理をFigure 4に示す。
励起光を酸素検知膜に照射し,この酸素検知膜の発光(蛍光と燐光)をSi検出器で検出する。溶存酸素があると酸素検知膜の励起が阻害されることを利用している。具体的には,酸素検知膜は励起光を吸収すると発光を出すが,水中に溶存した酸素は酸素検知膜内に透過して励起エネルギーを吸収し,その結果,発光が減少するという発光消光(Emission quenching)という現象が現れる。励起された発光物質が減少すると発光寿命は短くなるので,この発光寿命を位相差検知法で測定して溶存酸素濃度を算出している。
この発光を用いた方式は,電気化学を用いたガルバニセル式,ポーラログラフ式と比較して内部液を用いず酸素検知膜の交換のみで対応でき,性能的にも応答性が早い,長期運転時にドリフトが少ないといった利点がある。
紫外蛍光法により軽油,灯油,ガソリンなどの油に含まれる硫黄濃度を測定することができる。油を燃焼させ,油中硫黄が酸化することによって生成されるSO2ガスにXeランプの紫外光を照射し,SO2分子が発する蛍光を測定することで硫黄濃度を定量する。測定範囲は0〜1%などである。
光が粒子に当たり,進行方向を変える現象を散乱という。散乱によって波長変化を伴わない場合を弾性散乱と呼び,このうち光の波長よりも小さいサイズの粒子による光の散乱は一般的にレイリー散乱,光の波長と同等以上のサイズの粒子による光の散乱はミー散乱として取り扱われる。散乱によって波長変化を伴う場合を非弾性散乱と呼び,ラマン散乱などがこれに類する。
工業用水の濁度の度合いを表す単位としてカオリン濁度を用いることがJISK0101に定められている。濁度を計測する方法として,一般に低濁度は散乱光法,高濁度は透過光法が用いられることが多い。HORIBAグループの濁度計は両者の特長を兼ね備えた透過光散乱光法を採用している。
さらにFigure5に示すように光源として2個のLEDを用い,検出器D1は光源L1からの透過光と光源L2からの散乱光(レイリー散乱光またはミー散乱光)を測定し,検出器D2は光源L1からの散乱光と光源L2からの透過光を測定している。光学系は自動ワイパーで洗浄する方式を取っているが,上述のように2セットの透過光散乱光測定系を装備することにより,検出器の汚れ,光源の汚れ・光量自然変動による測定誤差を抑制している。校正の標準物質として,カオリン,ホルマジン,PSL(ポリスチレンラテックス)を用いることにより,それぞれ,カオリン濁度(0〜500度),ホルマジン濁度(0〜1000度),PSL濁度(0〜100度)での規格対応が可能である。
粒子径分布測定装置は,HORIBAグループの主力製品のひとつである。レーザ回折・散乱法(ミー散乱)を測定原理としている装置の場合,粒子径測定範囲は0.01 μm〜5000 μmである[2]。測定対象の粉体を液体(分散媒)に分散させて測定する場合が多いが,半導体ウェハの研磨に使われるCMPスラリーのようにお客様の使用状態で既に懸濁液状である試料も測定対象である。他に
光相関法を測定原理とする装置もあり,粒子径測定範囲は0.0003 μm〜8 μmである。
液体の光吸収量を表す便利なパラメータとして
で定義される吸光度A(λ)がある。
Lambert-Beer則によれば,吸光度は以下のような関係式で表される。
現実の装置では入射光量I0(λ)を直接測ることが困難であり,光路を切り替えるなどして光源光量を測定したリファレンス光量Ir (λ)で代用する場合が多い。I0(λ)とIr(λ)の違いや光学部品の反射損失などから,実際の系では,吸光度は
で表される。ここで補正値k(λ)は,試料セルに空気や測定対象試料の溶媒(水など)が入ったときにA(λ)=0となるように値を定める。吸光度A(λ)が便利なパラメータであるのは,1)試料セル光路長に比例する,2)試料濃度に比例する,3)装置の経時的な変動があった場合k(λ)を更新することで変動要因を打ち消すことができる,の3点に因る。
HORIBAグループでは,半導体製造プロセスに不可欠なウェット洗浄プロセスやエッチングプロセスで使われる薬液に含まれている成分(1〜4成分程度)の濃度を測定する装置として,様々な薬液濃度モニタをラインナップしている[3]。中赤外光は水によってほとんど吸収されてしまうため,薬液濃度測定には不向きである。
一方,薬液は紫外や近赤外領域では測定に適した大きさの吸収をもつことが多いため,紫外・近赤外吸収分光分析法を用いている。しかし,この領域では,O-H,N-H,C-H,S-Hなどの官能基の高次振動や混成振動による吸収が複雑に重なっており[4],吸光度A(λ)が含有成分の濃度に単純に比例するようなLambert-Beer則に従うものはほとんどない。そこで入念な校正作業と複数波長での吸光度スペクトルを用いた多変量解析により,濃度を算出している。Figure 6に薬液濃度モニタ光学系の一例を示す。測定対象薬液として,NH3+H2O2,HCl+H2O2,H2SO4+H2O2,HF+NH4F,HF+H2SiF6,HF+HNO3+H2SiF6,KOH+IPA+K2SiO3などがある。本号に記載されている「薬液濃度モニタCS-100Z」(斧田 拓也)もご参照いただきたい。
半導体の洗浄に用いられるアンモニア・過酸化水素水溶液や塩酸・過酸化水素水溶液の代わりに,また,レジスト除去に用いられる硫酸・過酸化水素水溶液の代わりに,環境負荷の少ない薬液としてオゾン水が使われる場合がある。水中オゾンは紫外260 nm付近に吸収を持つため,254 nmに輝線を持つ水銀ランプで効率よく測定できる。オゾン濃度モニタのオゾン濃度測定範囲は0〜40 mg/Lなどである。
半導体製造プロセスで使用される超純水の精製にはイオン交換樹脂が用いられるが,これでは除去しきれないシリカ(SiO32-)濃度を測定することは,超純水の水質管理に役立つ。
シリカモニタは,シリカが含まれる超純水にモリブデン系の薬品を加え,反応によってできるモリブデンブルーと呼ばれる生成物に近赤外光を照射し,その吸光度からシリカ濃度を算出する方法である。測定レンジは0〜20 μg/L(SiO2濃度)などである。
1980年に適用された水質総量規制により,閉鎖性水域(東京湾,伊勢湾,瀬戸内海)の対象事業者は,有機性汚濁物質の指標の一つとして化学的酸素要求量(COD)を測定しなければならない。CODの標準測定法は逆滴定法であり測定に熟練を要するため,相関性を実証することを前提に自動UV計の使用も認められている。HORIBAグループの紫外吸収を利用した有機性汚濁物質測定装置は,広い範囲濃度が測定できるようにセル長を変調できる方式を取っており,ワイパー洗浄機能,可視光による濁度補正機能も搭載し,汚れのひどい排水現場での使用にも適した装置である[5]。光源は水銀ランプで,紫外光として254 nm輝線,可視光として546 nm輝線が使われている。
ICP発光分光分析装置(Inductivity coupled plasma atomic/optical emission spectrometry=ICP-AES/OES)は,7000〜10000Kのアルゴンプラズマを励起源として使用し,霧状にした溶液サンプルをプラズマに導入することで元素固有のスペクトルを発光させ,その発光強度から元素の濃度を求める装置である[6]。高性能な分光器で発光スペクトルを分析することで,およそ75種類の元素を測定することができる。液体中に含まれる微量金属イオン濃度の測定などに使用できる。
以上,蛍光,散乱,吸光など,光を利用した製品を紹介した。蛍光寿命計などで使われる光子計数法は,光の粒子としての性質を利用したものである。一方,分光分析に用いられる分光器は回折や干渉という光の波動性を利用したものである。このように我々は光がもつ種々の特長を最大限に利用した液体計測装置をラインナップしている。今後もお客様の研究や省コストに役立つ製品を提供し続けていきたい。
横山 一成
Issei YOKOYAMA
株式会社 堀場製作所
開発本部 アプリケーション開発センター
液体計測開発部
マネジャー
有本 公彦
Kimihiko ARIMOTO
株式会社 堀場製作所
開発本部 設計センター
機械設計部
黒田 峻
Shun KURODA
株式会社 堀場製作所
開発本部 アプリケーション開発センター
液体計測開発部
高坂 亮太
Ryota KOSAKA
株式会社 堀場製作所
開発本部 アプリケーション開発センター
液体計測開発部
[ 1 ] D.V.O'Cornnor and D.Phillips"ナノ・ピコ秒の蛍光測定と解析法”,学会出版センター(1988)
[ 2 ] 伊串達夫,Readout(HORIBA technical report),40,69(2013)
[ 3 ] 横山一成,ウェットプロセスにおける薬液濃度モニタ,計測技術,12,22(2008)
[ 4 ] Donald A. Burns, Emil W. Ciurczak: Handbook of Near-Infrared Analysis, 391(1992)
[ 5 ] 江原克信,樽井克泰,小林剛士,回転セル長変調方式の有機性汚濁物質測定(OPSA-150)の開発,環境システム制御学会誌, 11, 2/3, 109(2006)
[ 6 ] 大道寺英弘,Readout(HORIBA technical report),27, 34(2003)
HORIBAでは、技術情報誌としてReadoutを発行しています。誌名“Readout(リード・アウト)”には、HORIBAが創造・育成した製品や技術に関する情報を広く世にお知らせし、読み取って頂きたいという願いが込められています。