Wonder Wonderful / いまDNAからDNBへ / 生体分子を自在に「設計」 ナノバイオの新世界を切り拓く

いまナノバイオテクノロジー産業化の取り組みが本格化している。なかでも、バイオマテリアルの持つ機能を生体内外で利用するための基盤技術として、注目されているのがデザイナブルナノバイオテクノロジー(DNB)だ。

超生体分子の自己組織化機能を
人工的に利用

生物の細胞では、DNAに書き込まれた情報を元に、タンパク質、核酸など無数の分子が合成されている。そして、それぞれの分子が相互作用することで、複雑な生命現象が営まれている。

「この生命の持つ自己組織化機能を人工的に利用することで原子や分子を制御。新しい機能をもつ分子デバイスを創出しようというのが、ナノバイオの大きな目標のひとつです。こうして生まれた新たな分子デバイスは、医療、IT、環境などさまざまな分野に、全く新しい技術革新をもたらすでしょう」というのは甲南大学先端生命工学研究所(FIBER)の杉本直己所長だ。

そして、その実現のために杉本所長が提唱しているのがデザイナブルナノバイオテクノロジー(DNB)。これは生命分子の構造や機能に関する過去の情報をデータベース化。そのデータベースを基にして、新たな機能を持つ人工分子を組み込んだ分子を創出するという新しい開発手法だ。(図1参照)
「日本には、これまでの研究で蓄積された優れた研究がたくさんあります。これらの要素研究を組み合わせることで、必要とする機能を実現する分子を設計(デザイン)することが可能になったのです。いまDNA科学はDNBへと新たな時代を迎えたといえます」(杉本所長)
杉本所長は、これまでDNAやRNAなど核酸の構造をヒントにしたさまざまな有用物質の開発に成功。そこから新たな産業が創出されようとしている。

図1
図1:デザイナブルナノバイオの領域

生命の秘密を解き明かす
画期的なpHセンシング技術

例えば、杉本所長の研究グループがDNBの手法によって実現したのが、生きた細胞内のpH測定を可能にする新しいセンシング技術だ。

「私たち研究グループが注目したのは、DNAの二重らせん構造の安定性がpHと深く関わっているという事実でした。塩基配列を巧みに設計すれば、細胞内の pHに応じて三次元構造が変化するDNAが得られるはず。そして、構造変化をキャッチすれば、細胞内のpH変化が読み取れるというわけです」(杉本所長)

研究グループは、さまざまな熱力学的データを基に、生体には存在しないと考えられていた新規pH感受性のDNA構造の設計に成功。そして、細胞内のpH変化の観察にもちいたのは最新の蛍光染色技術であるFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)だ。これは、蛍光顕微鏡で細胞を観察するとき、2種類の蛍光色素で染色すると、分子同士の距離に応じた波長の光を発することを応用したものだ。DNA分子に2種類の蛍光分子を付加しておくと、pHによる構造変化に伴い蛍光色素の距離も変化し、光波長をpHの指標にすることができる。(写真1参照)
生きた細胞内の局所的なpH変化を蛍光顕微鏡でイメージング(リアル画像化)する新技術が開発された。発生や細胞のがん化などに重要な役割を果たしているアポトーシスの細胞内メカニズムを解明する観察技術になるなど、生命科学分野から期待されている。(図2参照)

写真1
写真1:pHセンサの構造遷移に伴う蛍光変化

●細胞のアポトーシス誘導に依存したpHセンサーの構造遷移に伴う蛍光変化

細胞のアポトーシス誘導に依存したpHセンサーの構造遷移に伴う蛍光変化
正常細胞の蛍光
●正常細胞の蛍光
アポトーシス細胞の蛍光
●アポトーシス細胞の蛍光

図2:アポトーシスによる細胞内pH低下の測定

DNBからENB, FNBへ
生命体のなかに情報処理装置

杉本所長は、デザイナブルナノバイオ(DNB)はナノ分子デバイスの基盤技術になるはずだと考えている。
「DNBが実現する具体的な技術の方向性。つまり技術の出口として私たちが考えているのがエコロジカルナノバイオ(ENB)およびファンクショナルナノバイオ(FNB)です」(杉本所長)

例えば、ENBが目指すのは自然環境・体内環境など多様なフィールドで物質生産を行うシステムだ。高い識別能力を持つ「ナノバイオエコセンサー」、生体に埋め込んでさまざまな検査・診断が可能な「ウェアラブル・インプラントセンサー」、生体エネルギーを電力として利用可能な「ナノバイオ電池」などが重要なテーマとして挙げられている。

またFNBが最終的なゴールとして目指すのは、人工臓器、人工オルガネラ(細胞内器官)を実現するナノバイオプラントだ。ナノバイオ材料を医療に利用する「バイオセラピューティックデバイス」や、生体分子の自己組織能を利用した回路設計技術などがテーマとしてあげられている。
いま、杉本所長は、こうしたさまざまな目標を達成するために、生体分子のなかでも注目される領域がRNAだと考えている。RNAは遺伝情報を担う分子でありながら、細胞内でさまざまな機能性分子として働いている。その特性を利用することで、さまざまな機能を持つRNAを作り出すことが可能だからだ。
「半導体による記憶素子など、これまで固体でしか構築できないと考えられてきた情報処理のキーデバイスをRNAをもちいて液体で実現。さらに、それを生命体のなかで機能させることも不可能ではないと私たちは考えています」と杉本所長。
そんな「途方もない」と思えるような夢を現実のものとするDNBは、21世紀の産業をリードする最先端のキーテクノロジーといえるだろう。


ナノバイオの研究を支える、
堀場製作所の蛍光分光測定装置

近赤外蛍光分光測定装置SPEX NanoLOG

バイオテクノロジーとナノテクノロジーの技術を融合し、全く新しい産業技術を創造するナノバイオ。その研究活動を支える分析装置のひとつが蛍光分光測定装置だ。試料から得られた蛍光を調べることで、DNA、タンパク質など生体分子の動態や構造に関する知見を得ることができるため、ナノ領域の生命活動を解明に大きく役立っている。
なかでも堀場製作所の「SPEX NanoLOG」は、究極の高感度蛍光分光測定装置。低濃度試料の測定が可能であるだけでなく、高速スキャンにより光照射で変化する試料についても高精度のデータが得られるなど、優れた特性で多くの研究者から信頼を得ている。

杉本直己

甲南大学 先端生命工学研究所(FIBER)所長 
甲南大学 理工学部教授
杉本直己

生命分子工学分野の第一人者。1994年より甲南大学理工学部教授。2003年にナノバイオ分野における産官学連携の推進機関として甲南大学が先端生命工学研究所を設立、所長に就任した。
「DNAを利用した細胞内pH測定法」で第1回「堀場雅夫賞」を受賞。


この内容は日経サイエンスに掲載されたものです。

日経サイエンスWebサイト
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