「粉」は「米を分ける」と書きます。もともとは米などの穀物を細かく砕いた”小さいもの”を表していたそうですが、我々の周りには穀物の「粉」に限らず、多くの「粉」が存在しています。中にはPM2.5など、有害とされる浮遊性の「粉」もありますが、もっとも身近な「粉」といえば、やはり、薬や食品ではないでしょうか。我々は毎日の生活の中で、小麦粉から家電、宇宙関連技術に至るまで、多くの「粉」の恩恵にあずかっています。工業的には、目で見て認識できる「粉」から、マイクロメートル(0.001 mm)レベル、さらにはナノメートル(0.001μm)レベルの微粒子「粉」まで、幅広く利用され、「粉」の持つ材料特性、大きさに関係する諸特性が我々の生活をより豊かなものにしてくれています。100ナノメートル以下の「粉」は特にナノ粒子と呼ばれ、有機物、無機物を問わず、さまざまなテクノロジーを支える重要な技術要素となっています。HORIBAグループではこの「粉」を評価する技術のひとつ、光を使った粒子径分布測定装置を、1980年代から製造・販売しています。遠心沈降式と呼ばれる方式に始まり、レーザ回折・散乱法、動的光散乱法(光子相関法)へと受け継がれ、より汎用的で迅速測定が可能になりました。
粒子径分布測定装置は、いろいろな分野で活躍していますが、ここではその一部をアプリケーショントピックスとしてご紹介いたします。なお、「粉」は粒子といったり、粉末、粉体(粉粒体)といったり、場合によっては粒といったり、場面や業界によっても表現が違うことがあります。粒子径分布も粒度分布といったりしますが、ここでは、粒子径分布としています。
1.なぜ、粉(粒子)の大きさを測定するのでしょうか?
1-1.小麦粉を粉にする理由とその粒子径
1-2.コーヒーの風味(味と香)と粒子径
1-3.薬の効き目と粒子径
1-4.チョコレートの食感(口どけ)と粒子径
2.粉(粒子)の大きさはどこまで測定できるのでしょうか?
2-1.ビタミン/トコフェロールの大きさ
2-2.銀コロイドの大きさ
2-3.スクロース(砂糖の主成分)の大きさ
レーザ回折/散乱式の粒子径分布測定は、散乱強度の空間分布から粒子径分布を測定します。粉体を水のような分散媒に分散させてから測定する湿式測定法と、そのまま測定する乾式測定法があります。ところで、なぜ、食品や薬の粉末粒子の大きさを測定するのでしょうか?
英語では、粒子径分布測定の分野でよく使われるParticle やPowder だけでなく、小麦粉を表すFlourが粉も意味するように、粉といえば小麦粉のような粉体を想像されることが多いそうです。粉の代表格である小麦粉の用途は非常に多岐にわたっており、食生活において欠かせない粉のひとつです。小麦はお米の様に皮と実が単純に分離できる構造ではなく、粉砕してから皮を分離します。しかし、粉にするおかげで、加工性が良くなり、パン、パスタ、うどん、ラーメン、ケーキ、お好み焼き、使われている食品を挙げればきりがありません。小麦粉はその大きさによって、強力粉、薄力粉といった種類や用途が異なるため、大きさを把握すること、製品を保証することは非常に重要になります。
ここでは市販の小麦粉をレーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置の湿式法および乾式法で測定しました。湿式法では分散媒に小麦粉をといて測定し、乾式法では粉のまま測定します。小麦粉は水中では、膨潤してしまうため、分散媒にはエタノールを用いました。その測定結果を次に示します。湿式法および乾式法を重ねて表示しています。また、小麦粉のSEM観察像も併せて示します(Figure 1)。
SEM像からも明らかなように小麦粉は大小混在していることがわかります。今回、レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置Partica (LA-950)の湿式法と乾式法にて測定を行った結果、どちらも、ほぼ同様の広い粒子径分布が得られました。分散系が安定する湿式法の方が、より平均的な結果と考えられます。
*1 累積値50%の粒子径。粒子径分布の中位径(メジアン径)ともいう。
一説によるとコーヒーの原産国はエチオピアで、10~11世紀ごろアラビア半島に伝えられ、薬用として用いられた記録が残っているそうです。コーヒーを飲む習慣が始まったのは14~15世紀。同じ頃、焙煎という手法が見出されました。現代では嗜好品として身近な存在であり、多くの人に親しまれている飲料のひとつです。コーヒーの抽出法はフィルターを使う方法、サイフォンを使う方法、エスプレッソのような圧力抽出法など様々です。エスプレッソでは短時間抽出するため、粗挽きでは充分な風味が抽出できません。したがって、できるだけ細挽きが求められます。一方、フィルター方式では細かすぎると抽出過多になってしまい、逆に風味を損ないますので、中挽きが基本です。粗挽きは低温湯でゆっくり抽出するのに向いています。
ここでは、市販のコーヒー(挽き豆)がどのような粒子径分布を持つのか、挽き方によって粒子径分布が違うのか、挽き豆そのものを乾式法で確認してみました (Figure 2)。
測定された分布を見ると、それぞれの大きさの特長が一目で分かります。固体を粉にする目的の一つは表面積の増加による、反応性・溶解性の増大です。上述のようにコーヒーの風味をコントロールするために、粒子の大きさをそろえ、ばらつきをなくすことが重要なファクターとなります。
医薬品分野における粒子径は、「薬の効果」と「安全性の確保」という点で非常に重要になってきます。薬は毒性のあるものが多いので、副作用がでないよう厳密に摂取量をコントロールする必要がありますし、優れた治療効果をあげるためには、薬分子を必要な部位に必要な量だけ届けるという技術が求められます。これはドラッグデリバリーシステム(DDS)と呼ばれる手法で、造粒技術(大きさ)や、コーティング技術、カプセル化によって体内で効果を出す部位(胃や腸など)を狙って、薬の溶け出す時間や到達する時間をコントロールしています。
薬は、水をはじめ、種々の溶媒に溶けてしまうため、レーザ回折/散乱式の湿式測定法で測定するのは困難です。また、胃薬などの顆粒化された粉は大きさにも意味がありますので、有姿のまま、測定する必要があります。こんなとき、どうやって粒子径分布を測定するのでしょうか?溶媒を検討することもできますが、ここでは、分散媒を使わない乾式測定法にて胃薬の粒子径分布測定を行いました。結果を見ますと、広い分布を持ち、大粒子と小粒子を同時に検出されているのが分かります。ここで市販胃薬の乾式測定の結果を示します(Figure 3)。
近年、より高精度なピンポイント治療を狙ったナノ粒子サイズDDSの研究も進んでおり、リポソーム*2やデンドリマー*3のようなドラッグキャリアの粒子径も測定対象となっています。
*2 リン脂質から構成される人工の微粒子。親水性と疎水性の2分子からなる膜をもつ。
*3 規則的に樹状に分枝した構造を持つ高分子
チョコレートの主原料となるカカオは、中央アメリカから南アメリカの熱帯地域を原産とする、アオギリ科の常緑樹で、ココアノキとも呼ばれています。カカオの実は、長さ15-30 cm、直径8-10 cmの大きな卵型(種によっては楕円形、偏卵型、三角形など)の果実で、幹から直接ぶら下がります。この中に20~60粒のカカオ豆(cocoa beans)が入っています。このカカオ豆を水に漬け、発酵させたものがココアやチョコレートの原料になります。代表的なチョコレートの原材料は、カカオ豆を粉砕してペースト状にしたカカオマスとカカオ豆の脂肪分であるカカオバター、それに砂糖とミルク、香料などが加えられています。チョコレートを食べたときの舌触り(食感)はカカオマスの粉砕度合いで異なります。粒が大きいほど、口どけが早くなります。大きすぎると、粒子感、いわゆるザラツキを感じます。小さいほど滑らかな食感となりますが、口どけが悪くなります。ちなみに人の舌がザラツキを感じる最小単位が20μm程度といわれています。
ここでは、日本製のチョコレートと米国製のチョコレートを例に、粒子径分布測定の結果を比較いたしました。結果を見ると両者の食感には違いがありそうです。なお、チョコレートは水に溶けるので、分散媒はアイソパーH(パラフィン系溶剤)を用いました(Figure 5)。
ここに挙げた、一部の食品だけみても、いかに粒子径分布測定技術が必要とされているかがわかります。
*4 累積値100%の粒子径(最大値)。
ほとんど目に見えないような小さな粉の大きさ。そんな粉の大きさをどうやって測定するのでしょうか?ここで登場する動的光散乱式による粒子径分布測定では、拡散速度から粒子の大きさを決定することができます。ナノ粒子解析装置 nano Partica SZ-100V2シリーズはレーザ回折/散乱式より更に微小な粒子径分布を測定することができ、0.3 nmから8 μmの測定範囲を有しています。ここまで小さいともはや「粉」のイメージはないかもしれません。
ビタミンE(Vitamin E)は、脂溶性ビタミンの一種で、ビタミンの中でもっとも抗酸化作用が強く、老化防止にきくビタミンとして有名です。ビタミンEは、トコフェロール(Tocopherol)とも呼ばれています。このトコフェロールと酢酸のエステルである酢酸トコフェロールはビタミンE誘導体で、医薬品、化粧品、食品、飼料など、疾病の治療、栄養の補給、食品添加物の酸化防止剤として広く利用されています。ビタミンの大きさってどれくらいなのでしょうか?
ここでは、ビタミンE誘導体*5の1つである酢酸d-α-トコフェロールを水溶液に分散して測定ました。その結果は平均径で45 nm。わずか45nmですが、いくつかの酢酸d-α-トコフェロール分子が集まった粒子と考えられます(Figure 5)。
*5 酢酸d-α-トコフェノール10%可溶化液(粘度1.6 mPs・s):(エーザイフード・ケミカル株式会社様ご提供)
コロイドとはおよそ1 nmから100 nmの大きさを持つ粒子で、光学顕微鏡では観察されず、半透膜を通過しない、ブラウン運動*6、チンダル現象*7など、独特な性質を持つ粒子群を指します。銀コロイドは、100 nm以下の銀ナノ粒子が液体中に均一に分散した溶液のことです。通常の銀コロイドは、液相還元法にて作成します。還元剤の種類や条件を変えることにより、任意の粒子径の銀コロイドを得ることができます。表面に高分子修飾を施し、立体障壁を作ったり、還元電位を利用して粒子間の反発力を持たせたりして安定化しています。ナノ粒子である銀コロイドは他の物質には見られない光学的、電気的、熱的特性をもつので、微細配線材料(導電性インク)やペースト、充填剤などに用います。太陽電池からセンサー、抗菌剤にいたる幅広い製品で応用されています。
ここでは、ヘキサンに分散させた銀コロイド溶液を測定した結果を示します。平均径で約2.5 nmが得られました。2.5 mmの1/1000の、さらに1/1000という大きさ。もちろん目には見えない粒子です(Figure 6)。
*6 液体中などに散在する微粒子が、不規則に運動する現象
*7 微粒子が散在している液体などに光を当てると、光の通路が見える現象
結晶質の食塩や砂糖に水を加えると、速やかに溶けて透明な水溶液になります。電解質である食塩(NaCl)は、水に接すると原子スケールであるNaイオン、Clイオンにまで電離して溶けるため、粒子としてその大きさを測定することは難しくなります。一方、砂糖は分子の形を維持して水に溶けて存在していますので、分子サイズオーダーの粒子として測定することができます。砂糖の主成分であるスクロース(ショ糖)は、グルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)が結合した二糖類の一種です。無色の結晶、甘味を有し、極性がないのに水に溶けるという二糖類共通の性質を持っており、甘味料として広く利用されています。
実際の測定では平均径として1 nm以下の粒子径が得られました。これはほぼ1分子の大きさと考えられます。
ここでは、散乱強度が弱いため、40%という高濃度で測定しましたが、凝集体などの混在にも注意が必要です。また、粘度もやや高く、実測で3.5 mPa・s*8でした。ここでスクロース40%水溶液の測定結果を示します(Figure 7)。
*8:水の粘度 約0.9mPa ・s 牛乳の粘度 2~4mPa ・s
ここに挙げたように、目に見える小麦粉やコーヒーから、目には見えないビタミンや砂糖の中の分子までが、粒子径分布測定の対象になります。食品、薬品の他、セラミックス、インク・塗料、化粧品、電池材料、半導体関連、ナノテクノロジーなど、挙げればきりがありませんが、それらの品質は粒子径分布測定に依存しています。これほど簡便に粒子径分布を測定できる方法は他にはなく、非常に重要な計測技術といえるでしょう。
HORIBAでは、技術情報誌としてReadoutを発行しています。誌名“Readout(リード・アウト)”には、HORIBAが創造・育成した製品や技術に関する情報を広く世にお知らせし、読み取って頂きたいという願いが込められています。