本アプリケーションノートでは、ラマン分光法によるグラフェンの分析例を紹介します。カーボン測定の基礎と分析事例を示します。

グラフェンとは

2004年に『Science』誌で初めて報告された新先端材料であるグラフェンは、グラファイトの単分子層からなり、グラファイト、カーボンナノチューブ、フラーレンなどの炭素同素体の基本的な構造要素です。グラフェンは、イギリス・マンチェスター大学物理学部と、ロシア・チェルノゴロフカのマイクロエレクトロニクス技術研究所(Institute for Microelectronics Technology)の共同チームによって初めて作成されました。

Figure1:グラフェンは、フラーレン、カーボンナノチューブ、グラファイトなどの炭素同素体の基本的な構造要素である[1]

グラフェンは優れた電子輸送特性を示すことから、将来のナノエレクトロニクス機器にとって有望な材料です。電子移動度が室温で15,000 cm2V-1s-1を超えると報告されています。グラフェンの機械的強度は、鋼鉄の少なくとも200倍と優れており、高い熱伝導率も有しています。グラフェン材料の先端開発分野では、THz領域で動作する新世代の超高速ナノスケールトランジスタを目標にしています。

グラフェンは、その大きさと光学特性により、大半の基材上で目視することが困難です。しかしながら、グラフェン層数を把握することは、その特性に対する不規則性の影響を定量化することと同様に、グラフェン製デバイスの研究にとって非常に重要です。顕微ラマン分光法は、これら両特性の決定において、簡便かつ信頼性のある技術であることが立証されています。高い構造解析能力を持つ

ラマン分光法は、非破壊分析が可能で、高いスペクトル分解能と空間分解能を併せ持つため、急速に成長しつつあるグラフェン分野において、標準的なキャラクタリゼーションツールとなるべく期待されています。

グラフェンとグラフェン層のラマンスペクトル

一般的なグラフェンのラマンスペクトルをFigure 2に示します。それぞれのピークは、G,D,2Dバンドに帰属されます。以下、それぞれについて説明します。

Gバンド

グラフェンの特徴的なピークの一つであるGバンドは、炭素原子の平面内運動に由来し、1580 cm-1 付近に現れます(Figure 2)。Gバンドは歪みの影響により変化し、グラフェン層数のよい指標でもあります。層数が増加するにつれて、Gバンドの位置は、低周波数側へシフトします[2, 3](Figure 3)。スペクトルの形状に顕著な変化はありません(しかし、このような層数に応じた変化は、後述する理由により、2Dバンドで確認することが好ましい)。グラフェン製デバイスを作成する時、グラフェンへドーピングをする場合があります。ドーピングによるGバンドの周波数と半値幅の変化を利用して、ドーピングレベルをモニタリングすることができます[3]。

Figure 2:グラフェンのラマンスペクトル

Dバンド

Dバンドは、構造の乱れと欠陥に起因するバンド(disorder band)として知られています。このピークは、Brillouin zoneの中心から離れる格子運動に起因し、1270~1450 cm-1 (励起波長に依存[4])にこのピークが存在すれば、それはグラフェン試料中の欠陥または端部を示します(Figure 2)。なお、このピークの起源と励起波長依存性についての厳密な説明は、Thomsen[5]によって最初に提唱された二重共鳴理論から導かれます。

Figure 3:グラフェン層数を決定するためには、Gバンドと2Dバンドが一般に使用される

2DバンドまたはG'

G'(Gプライム)とも呼ばれる2Dバンドは、二次の二フォノン散乱です。2Dバンドは、フォノン波数ベクトルを電子バンド構造と関連づける二重共鳴過程に起因して、励起レーザーへの強い周波数依存性を示します[4]。この特徴は、514 nmレーザー励起の場合、約2700 cm-1に現れ(Figure 2)、これもまたグラフェン層数を決定するために使用することができます。しかしその挙動は、Gバンドについて観測される周波数シフトよりも複雑です。Figure 3に、2Dバンドの層数依存性を示します。グラフェン単層は、一通りの二重共鳴散乱過程しか持ち得ないため、単一のローレンツ関数でフィッティングできます。一方、二層の場合、4通りの二重共鳴散乱過程が存在し得るため、4本のローレンツピークが必要となります。層数が増加すると、二重共鳴過程の数も増加し、スペクトルの形状はグラファイトのものへと収束し、この場合、ピークは2つしか観測されません[6]。

グラフェン層のラマンイメージング

多くの場合、グラフェンは光学的に位置を特定することが困難であり、光学顕微鏡を使用するだけでグラフェン層や欠陥の数を決定することはできません。高い空間分解能(約0.5 μm)を有するラマンイメージングは、このような情報を得られる高速で信頼性のある技術です。ラマン顕微鏡XploRAシリーズを使用し、532 nmレーザー励起により、SiO2/Si基材上のグラフェン試料(ヴァンダービルト大学Kirill Bolotin教授の試料提供)のラマンマッピングを行いました。マッピングデータに対して、多変量解析とピーク分離を行いました。それぞれの結果と考察を以下に示します。

多変量解析

LabSpecソフトウェアの古典的最小二乗法(Classical Least Squares: CLS)を使用して、スペクトルを二層(緑)と多層(赤)に分離しました。Dバンドもいくつかの端部で検出されたため、その種を表す第3のスペクトル(ピンク)を追加して、基材由来のスペクトルも含めて4成分に分離しました。

Figure 4:光学顕微鏡像(左上)、異なる領域のスペクトル(下)を使用したモデリングアルゴリズムに基づく、二層グラフェン(緑)、多層グラフェン(赤)、端部(ピンク)およびSiO2/Si基材(青)のラマン画像(右上)。

ピーク分離

マッピングデータをピーク分離することにより、ピークの位置、強度、面積およびバンド幅に基づいてイメージを構築することができます。Figure 5に、ピーク分離アルゴリズムを使用したマッピング結果を図示します。図の右側の画像は、スペクトルの積分強度を表示したものです。代表的なスペクトル(図の左部分)を注意深く調べると、各スペクトルから分離されたピーク位置が変化していることがわかります。これは、ピーク位置が膜の特性と相関している可能性があり、このため、ピーク位置のマップは非常に重要であると考えられます。

Figure 5:ラマン画像(右)はピーク分離による各パラメータに基づいたものであり、各画像の色の強度は、各点におけるスペクトルの積分強度に基づく。選択された点におけるピーク分離されたスペクトルを左に示す。

Figure 6に、ピーク分離で使用した3つのローレンツ関数(赤の2640 cm-1、緑の2675 cm-1、青の2720 cm-1)について、ピーク波数をプロットして得られた、試料の画像を示します。最も高波数に現れるピークの分布図は、均一ですが、他の2つの分布図は大きな変化を示しました。特に、2675 cm-1(緑)のピーク波数は端部の影響を示しており、低波数に見られるピークは、スペクトル幅においても非常に大きな変動を示しました(図示せず)。

Figure 6: ラマン画像はピーク分離されたパラメータに基づいたものであり、各画像の色の強度は、各点におけるピーク位置に基づく。

この例は、グラフェン層の均一性の検証にラマンイメージングが有用であることを、明確に実証しています。

高速ラマンイメージング

これまでのラマン画像は、従来のPoint by Pointイメージングモードを使用して得られていました。しかし、グラフェンは高いラマン効率のおかげで取得時間を非常に短くすることができるため、高速マッピングSWIFTTMに適した試料だと言えます。この機能は、約1 ms/point の取得時間でマッピングを行うことが可能です。これにより、ラマン画像取得時間は劇的に短縮されます。

SWIFTモードを使用して、グラフェン試料(フランス・サクレー研究所C. Glattli氏の試料提供)のラマンマッピングを行いました(Figure 7)。1分未満で面積20 μm2にわたって約1500のスペクトルを取り込み、光学顕微鏡像ではほとんど確認できないグラフェンの単層と多層の分布が明らかとなりました。

Figure 7: SWIFTモードを使用した、グラフェン試料のラマンマップ。1点あたりわずか20 msという取得時間で、単層領域と多層領域が完全に区別されている。

SWIFTTMと独自のDuoScanTMマクロスポット機能を組み合わせることにより、極めて大きな表面をすばやくマッピングすることができます。

おわりに

グラフェンは、将来、マイクロサーキットやコンピュータチップにおいてシリコンを部分的に代替する可能性のある、新しいナノ材料です。その品質特性をよりよく理解するためには、正しい特性測定を可能にする、高速で信頼性のある技術が必要です。ラマン分光法は、この新しい材料を研究するための鍵となる技術として活用が期待されています。


謝辞

所有されている試料のラマン画像を使用することを許諾してくださった、ヴァンダービルト大学のKirill Bolotin教授に、心より御礼申し上げます。

所有されている試料から得られたラマン画像を使用することを許諾してくださった、フランス・サクレー研究所のC. Glattli氏に、心より御礼申し上げます。


当アプリケーションノートPDF版はこちら
ラマン分光法によるグラフェンの解析と有効性

参考文献

[1] “The Rise of Graphene”, A. K. Geim and K. S. Novoselov, Nature Materials, 6, 183 (2007).
[2] “Raman Spectrum of Graphene and Graphene Layers”, A. C. Ferrari, J. C. Meyer, V. Scardaci, C. Casiraghi, M. Lazzeri, F. Mauri, S. Piscanec, D. Jiang, K. S. Novoselov, S. Roth, and A. K. Geim, Phys. Rev. Lett. 97, 187401 (2006).
[3] “Raman Spectroscopy as a Probe of Graphene and Carbon Nanotubes”, M.S. Dresselhaus, Phil. Trans. R. Soc. A 28 vol. 366 no. 1863, 2008.
[4] “Raman Spectroscopy of Carbon Materials: Structural Basis Of Observed Spectra”, Y.Wang, D.C Alsmeyer and R. McCreery, Chem.Matter, 2, 1990.
[5] “Double Resonant Raman Scattering in Graphite”, C. Thomsen and S. Reich, Phys. Rev. Lett. 85, 5214 (2000).
[6] “Perspectives on Carbon Nanotubes and Graphene Raman Spectroscopy », M. S. Dresselhaus Nano Lett., 10 (3), 751–758 (2010)