株式会社堀場製作所 沼田 朋子、奥野 義人、中田 靖、中 庸行
Readout No.45 September 2015

顕微ラマン分光装置 は,顕微鏡下で物質の分子構造や組成情報を分析する装置である。励起光(レーザ光)と試料との相互作用によって発生するラマン散乱光を分光し,スペクトルを測定する。特別な試料調製を必要とせず,大気下において,非接触で,非常に微小な領域を測定することができる。測定に際し,良い測定結果を得るためには,原理や装置の機構を理解し,試料や目的に合わせて適切な装置やアタッチメントを利用することが重要である。装置の普及に伴い,特にラマンイメージング のための機構やデータ処理の新しい手法が開発されているので,活用が望まれる。

例を挙げると,医薬品の研究開発では,化学組成の分析以外に結晶性(多形)の解析に利用されている。また,自動測定システムも開発され,生産工程管理や品質管理にも応用されている。最近では,単細胞の組成分布観察などバイオ分野での研究においても注目を集めている。

はじめに

Figure 1 ? Micro Raman spectrometers?HORIBA Ltd.?

顕微ラマン分光装置(Figure 1)の普及にともない,用途や測定の実際についての多くの質問が寄せられるようになった。しかし,これらの疑問に応えるためには,ラマン分光法の基礎的な原理,特長についてのある程度の理解が必要であり,日々開発される新技術の情報も必要になる。すでにいくつかの教科書[1-11]やスペクトル集[12-14]があるが,ここでは,当社の装置をもとに,できるだけ実際の測定に即して解説する。また,医薬品分野での結晶多形,粒子解析とその自動測定について,バイオ分野での細胞イメージングの事例を紹介する。

ラマン分光法の特長

Figure 2 ? L-Cystine Raman spectrum in Low frequency region by?LabRAM HR Evolution with ULF?Ultra Low Frequency?module?

分子振動エネルギーの違いを測定できるラマン分光法は,有機化合物の分子構造の違いを調べることができることから,同じ振動分光法である赤外分光法とよく比較される。

  1. 炭素間の二重結合を有する芳香環や不飽和結合に対しては赤外分光より高い感度を持つ。
  2. 赤外分光で利用されるフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)が,多くの場合,光学部品に臭化カリウム(KBr)結晶を使用していることから,スペクトルの測定下限が350 cm-1までに制限される。ラマン分光法では約5〜200 cm-1といった低波数までのスペクトルを測定することができる。そのため,有機物の骨格伸縮振動や無機物などの結晶の格子振動を測定する場合に有利となる
    (Figure 2)。
  3.  ラマン分光法は,光の散乱を測定する手法であることから,試料の前処理なしに非接触で測定できる特長を持つ。そのため,気体,液体,溶液,固体,結晶,繊維,フィルム等物質の状態に関係せず,あるがままの状態でスペクトルを測定することができる。
  4. 可視のレーザ光で励起する場合,スペクトルは可視光領域に展開され,一般にガラスのような透明な窓材を通して対象試料を測定することができる。
  5. 水のラマン散乱が比較的弱いことから,容易に水溶液中の溶質のスペクトルを測定することができる。水は赤外線をよく吸収するため,赤外分光は水溶液の測定が難しい。通常の分光光度計で使用されるような角セルを使った水溶液の測定はできない。一方,ラマン分光なら透明な容器に入った水溶液や有機溶剤を,容器の外から直接測定することも可能である。緑色のレーザを使用すれば褐色ガラス瓶の中の溶液も簡単に測定することができる。
  6. 顕微赤外分光の空間分解能が10 μm程度であるのに対して,波長の短い可視領域の分光を行う顕微ラマン分光法では,約1 μmという高い空間分解能を持っている。

X線回折は,結晶構造を解析することができ,無機物の同定にも広く使われている分析方法であるが,X線を使用するため微小領域に高輝度のX線を照射することは簡単ではない。そのため,微量物質の測定や顕微分析にあまり適していない。これに対して,顕微ラマン分光法は無機物の結晶構造に対して高い識別能力を持ち,かつ,顕微鏡下で微小領域の測定が可能である。ミクロンオーダでの結晶相の判別にも利用されている。

ラマン分光は散乱分光であることから,表面分析手法の一つとして知られている。光学顕微鏡が,試料表面の色や形状の情報を与えるのに対して,ラマン分光は試料表面の化学情報を与える。また,表面分析手法として知られるX線光電子分光法(ESCA,XPS),オージェ電子分光,電子顕微鏡などは,測定に高真空を必要とするのに対して,ラマン分光は大気中で測定できるというメリットがある。加えて,分子および結晶相の情報を得ることができる。

装置の構成

Figure 3 ? Optical components and light path of micro-Raman

顕微ラマン分光装置の構成をFigure 3に示す。入射光源であるレーザ光は,装置前面にある顕微鏡に導かれ,光学顕微鏡で使用される対物レンズを通して試料に照射される。
対物レンズの焦点位置から発生した散乱光は再び対物レンズにより集光され,レイリー光カットフィルタを通して微弱なラマン散乱光を取り出す。このラマン散乱光は,スペクトル分解能を決めるスリットを通して分光器に導入される。分光器の回折格子(グレーティング)により分散した光のスペクトルは,マルチチャンネル検出器を使って測定される。途中の光学系にある共焦点面に配置されたピンホール(共焦点ホール)は,深さ方向の分解能を決める空間フィルタとして働く。


 測定の実際