子ども時代、夢中になっていたことが今の自分につながっている

堀場テクノサービスを知ったきっかけは?

大学の研究室でゼオライトという石を使い、水の中のアンモニアなどを吸着・浄化するという研究をしていたのですが、使っていたのが、堀場のPH計でした。社名はその時、初めて知りました。

僕の研究室は生体計測工学研究室といって、例えば、生物の健康状態や食品の発酵状態などを、光を当てて、非破壊で見られないかという研究をしていました。大学時代、分析機器との接点は日常的にあって、分析業界は「おもしろそう」と思っていましたから、堀場という会社名もいつの間にかインプットされていました。


入社志望に至った経緯を教えてください。

正直に話しますと、就職活動の時期と部活のピークが重なっていて、できるだけ早く決めてしまいたかった。小3の頃からバスケットボールを始めて、中・高・大はバスケ漬け。特に大学は北信越の強豪校で、常勝軍団として一目置かれていました。ところが自分の代で連覇を止め、インカレを逃してしまい…。そんな状況におかれていた時、研究室で身近だった堀場という会社が気になり、進路指導センターや先輩のアドバイスを聞くうち、気持ちが固まりました。

大学は農学部だったので、周りは食品系の研究開発会社に行く人がほとんど。でも、どうもおもしろそうじゃなくて、自分が興味を持てる分析業界に決めていました。僕は常々、海外で働くってどういうことなのか、また海外の人はどんなことを思って、働いているのか、自分で見てみたい、感じてみたいと思っていました。今にして思えば、堀場グループが掲げていた海外研修制度は、志望を固めたポイントの一つだったと思います。

磯くんの話を聞いていて、僕も「今にして思えば…」ということがあります。大学の研究室の研究テーマの選択肢は、水質浄化のほかにもあったのですが、なぜか、僕は水を選んだ。生まれ育ったのが岐阜の中津川の近くで、川は遊び場。子どもの頃はフツーに泳いでいました。水はとても身近な存在だったのですね。

僕らの世代で川が遊び場だったという人は、少ないんじゃない。僕は小さいときから親の影響で、洋楽をいっぱい聞いていた。ビートルズ、ローリングストーンズ、レッド・ツェッペリンとか。高校になると英語の曲ばっかやるバンドに入って、ボーカルやったり、ギターやったり。

洋楽~英語堪能~海外に興味を持つ。磯さんはこれらが一直線でつながりますね。

特に英語が好きだと意識したことはなく、教科としては理科が好きでした。中学時代は陸上部で、中長距離をやっていて、今でもiPodでテンションがあがる曲をかけて走り出すと、どんどん加速してしまう。

僕が好きだったのは体育! 理科もわりと好きで、英語は超苦手。社会人になるまでの人生の50%はバスケに捧げてました。


入社後の配属先と所属分野は?

新大阪駅近くにある大阪サービスステーションで、所属は科学でした。科学分野は製品が多く、企業をはじめ、大学にも出向き、そこで4年間を過ごしました。

豊田市の東海サービスステーションで、自動車計測に就きました。土地柄、自動車会社が多く、メンテナンスや点検、試運転などに出向いたり、車の排気ガスを測る装置のメンテナンスなどを5年間やってました。

科学と自動車計測、その分野は想定していた? 戸惑いはなかった?

想定はしていなかったけれど、戸惑いはなかった。むしろ、自動車計測でよかったと思いました。自分に一番合ってるなと。自動車計測はチームで動くんですね。メンテナンスに出向くときは、2~3人でチームを組み、作業を分担する。装置自体が大きいということもあるのですが、自分はチーム力を強めながら、チームプレーで臨むというのが好きなので。

僕は逆ですね。最初から科学分野に決めてました。こちらは個人プレーというか、自分の判断で進める部分が大きく、自分の性格に合ってるなと。もちろん、開発の人や同じ製品を担当しているメンバーと連絡を取りながら、助け合いながらやるのですが、基本的にはお客様の所には一人で行く。自分の判断でやれる部分が大きいのは、性格的に合ってるかなと…。

個人プレーって、ランニングと似てるね。

ほんと! バスケはチームプレー(笑)。僕も何から何まで「一人じゃないとイヤ」というのではない。仕事をしている上では、いろんな人と助け合いながらやっているし、特に海外研修に行ってから、それをすごく感じるようになりました。