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ジョバンイボンのコア技術 回折格子(グレーティング)とその応用

要旨

回折格子(グレーティング)は、入射光をさまざまな波長に分散させる光学素子で、分光分析、多重化通信、レーザシステムなどの重要なコンポーネントとして利用されます。この分野のパイオニアで、現在の世界的リーダーでもあるジョバンイボン社(JY)は、そのコアテクノロジーとして、新型グレーティングの製造に取り組んできました。ここではJYのグレーティングの特長とその光学分野への応用例を紹介します。

1. はじめに

ジョバンイボン社(JY)は、J-B. Soleilにより1819年パリに設立されました。その初期には、Augustin Fresnel の実験用レンズを製作するなど、著名な科学者との共同研究も盛んに行われていました。こうして築かれた信頼を土台として、卓越した科学技術と広範な事業展開を両立すべく努力を続けてきた結果、今や取引高の85%がフランス国外で達成されるまでになりました。

この論文では、グレーティングを例に挙げながら、JYの基本テクノロジーの開発について、また、然るべきユーザにタイミングよく新製品を届けるためのJYの市場努力について紹介します。

JYは1997年にHORIBAグループに参加し、財政支援、プロダクトエンジニアリングのノウハウ、品質文化に関して協力を得ることで、科学技術面・マーケティング面の強化を図りました。300mmの半導体ウエハ用超薄膜分析装置(UT-300)を例に挙げて、この提携の将来性について解説します。

2. 回折格子(グレーティング)

2.1 ルールドグレーティング

回折格子(グレーティング)の第1号は、アメリカの天文学者David Rittenhouse が1786年に製作したものとされています。その後も、科学的研究に用いる質の高いグレーティングを製造すべく、さまざまな試みがなされました。19世紀末になってようやく、ジョンズ・ホプキンズ大学のHenry Rowland 教授が、精巧な刻線機械を使って回折格子(グレーティング)を製作し始め、こうして生まれたルールドグレーティングは、分光学の分野に衝撃を与えました。

回折格子(グレーティング)の刻線に求められる高い仕様を満たすには、高度のテクノロジーが必要となるため、その製造が可能なメーカは世界中に数社しかありません。JYの刻線機械は、現在良好に稼動している、世界でわずか20台の刻線機械の中に入っています。

回折格子(グレーティング)は、理論上は、多数の細長いスリットを同一平面に平行に等間隔で並べたもの、ということになっています。しかし実際は、これらのスリットの代わりに、平行に刻まれた溝が用いられます。

2.2 ホログラフィックグレーティング

ホログラフィの原理は、1948年にD. Gabor によって初めて発見されました。この偉業が認められて、Gaborは、1971年にノーベル物理学賞を受賞しました。
ホログラフィの急速な発展は、可干渉光源としてレーザを利用できるようになった60年代初期に始まりました。現在コレージュ・ド・フランスで天文学教授を務めているDr.A.LaBeyrieの独創的な研究に基づき、Dr.G.PieuchardとDr.J.Flamandが率いるJYのグレーティングチームは、1967年に初めて実用的なホログラフィックグレーティングの製作に成功しました。さらにJYは、ホログラフィを利用した収差補正型のグレーティングを世界に先駆けて開発し、その後も徹底的な研究・開発を続け、多数の国際特許を取得しました。

現在JYは,多種多様なルールドグレーティングに加えて,高品質のホログラフィックグレーティングも提供する,世界に数社しかない企業の一つとなっている。
図1は,ホログラフィックグレーティングの製造原理を示したものである。

ホログラフィック記録

ホログラフィック記録

オプティカルフラットガラス(平面度λ/10)の上に置かれた感光材料に、2つの単色レーザ光線を当て、干渉縞を作ります。
感光材料に記録された干渉縞に、JY独自の加工が施されます。記録と加工は非常に精密な作業です。
レーザ光線の配置を変えることにより、平面及び凹面タイプ(I ルールドタイプと同等)のグレーティング(左右対称の平行光線の場合)か、凹面タイプⅡ(収差補正タイプ)及びタイプⅢ(無非点収差タイプ)のグレーティング(非平行光線の場合)を製造することができます。

JYは、1mmあたり6000本もの溝を持つホログラフィックグレーティングを提供することができ、ルールドおよびホログラフィックのマスター版を基にしたレプリカを、毎年数万個製造しています。

2.3 LMJ用大型透過グレーティング

LMJは、フランスの原子力委員会(CEA)が、現在ボルドーで建設中の高エネルギーレーザ施設です。2008年の施設完成時には、240本のパルスレーザ光線を2mmのターゲットに集束させて、2MJのエネルギーを放出し、核融合に必要な高密・高圧・高温状態を作り出すことになっています。
LMJの独創性は、大型の回折光学コンポーネントを用いている点にあります。これに匹敵しうるシステムは世界に1つだけありますが(アメリカカリフォルニア州のローレンスリバモア研究所にある国立点火実験施設(NIF))、こちらは古典的な屈折光学コンポーネントを使用しています。

CEAとJYの科学者が緊密に協力しあった結果,このユニークなコンポーネント(400×400 mm2の集束グレーティング)の実現可能性が確認され,1999年にデモンストレーション用の試作品(8~12本の光線)の製造が開始された。

図2は,JYが製造したグレーティングのうちの2つ*1を,走査型電子顕微鏡(SEM)で拡大した断面図である。このホログラフィックグレーティング技術の飛躍的進歩は,(400×400mm2という市販品としては世界初のサイズに加えて)溝本数と高アスペクト比(幅約0.5μに対して深さ1~2μ)に負うところが大きい。

*1: 光路に沿って角振動数の比が1 : 3の2種類のグレーティングを使用。

グレーティングのSEM拡大断面図

グレーティングのSEM拡大断面図

2.3.1 集束グレーティングの効率

グレーティングは極めて高いエネルギーレベルで稼動することになるため、その効率を(この用途の場合、グレーティングは透過モードで使用され、効率は透過エネルギーと入射エネルギーの比率によって表される)限りなく1に近くしなければなりません。そうすることによって、システムのエネルギー移動の総量を最大限に保ち、消耗に伴うグレーティングの損傷を防ぎます。

図3は、グレーティングの表面全域で達成された効率を表したグラフです。このグラフからわかるように、多くの地点で理論上の最大効率である95%が達成されており、その平均値は90%を越えます。これはCEAから要求された仕様に優る好成績です。

図4に、大型透過グレーティングの写真を示します。
今回のCEAの科学者との協力により、JYは、ホログラフィックグレーティング分野のリーダーとして、その先端技術を改良することができました。さらに、2008年以降のCEAのニーズを満たすことにより、JYが製造するすべてのグレーティング、引いてはすべてのJY製機器の進歩に役立つものと期待しています。

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