超精密3D原子像を可視化できる

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新たな電子顕微鏡技術の開発に成功
-材料解析技術に新展開-

当社は、東北大学金属材料研究所の林好一准教授および財団法人高輝度光科学研究センターの松下智裕博士とともに、超精密3D原子像を可視化できる新たな電子顕微鏡技術の共同開発を行いました。独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の大学発事業創出実用化研究開発事業の一環として、電子線を物質に照射することによって、3D原子像を可視化できる「逆X線光電子ホログラフィー」を提唱し、その技術を確立しました。本手法は原子番号の小さい元素の微細な揺らぎまでも再現できるため、今後の科学社会を担うエネルギー材料や代替希少元素の探索などに対して、重要な知見を提供できる技術となり、また、構造解析の分野に新しい展開をもたらす革新的な技術といえます。
これまで、物質中の原子像を観測する技術は、平面的にしか観察できないものが殆どでした。そこで、林准教授らは、奥行きを持った立体的な原子像を求めるために、SPring-8注1)等の大型放射光実験施設で行われている原子分解能ホログラフィー注2)と呼ばれる構造解析技術から新しい原理を着想し、実験室などで広く用いられている走査型電子顕微鏡(SEM)注3)をベースにした装置開発を行いました。今回は、チタン酸ストロンチウムを試料としてホログラム注4)測定を行い、鮮明な3D原子像を得ることに成功しました。
本手法は、ターゲットとする元素を選別して、その元素の周辺の原子像を可視化できるという特徴があり、材料の性質を決定する添加剤の原子構造の決定にも有効です。今後、太陽電池や触媒材料開発における応用が注目されます。
この成果は、林准教授がこれまでに培ってきたX線や電子線、中性子線を用いた構造解析技術に関する先駆的な研究が実を結んだものです。
本研究は、林准教授が研究の中心を担い、実験手法や装置開発等技術的な開発を当社が行いました。また、解析やシミュレーション等に関する理論面の開発は高輝度光科学研究センター松下博士が行いました。
本研究成果は7月21日付けの米国物理学会誌Physical Review Lettersに受理され、オンライン版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)大学発事業創出実用化
研究開発事業費助成金

 

助成事業の名称原子分解能逆X線光電子ホログラフィー測定システムの技術確立
助成事業者株式会社東北テクノアーチ
研究開発代表者林 好一(東北大学金属材料研究所 准教授)
研究実施場所東北大学金属材料研究所
研究期間平成20年10月~平成23年3月

 

研究の背景と経緯

物質の原子配列を求めることは、その物質の性質を理解する上で重要であり、例えば、超電導物質などの先端材料を開発する上でも必要不可欠なプロセスです。特に、立体的に原子像を求めることができれば、それらの開発や研究は飛躍的に向上します。近年、大型放射光実験施設を用いる原子分解能ホログラフィーが、新しい構造解析技術として注目を集めています。この原子分解能ホログラフィーを用いることにより、これまで難しかった3D原子像から詳細な構造解析が可能になります。この原子分解能ホログラフィーの原理を応用したものが「逆X線光電子ホログラフィー」です。
逆X線光電子ホログラフィーの特徴として、表面観察用に広く用いられている走査型電子顕微鏡(SEM)を用い、簡単にホログラム測定を行えることがあげられます。林准教授のアイデアに対し、当社が持つX線や検出器に関する技術を、そして、高輝度光科学研究センターの松下博士が持つ電子散乱理論に関する幅広い知識を融合して、本成果は生まれました。この逆X線光電子ホログラフィーは、実験室レベルで測定が可能で、容易に3D原子像が取得できるため、材料からバイオにわたる幅広い分野への応用が見込まれます。

 

研究の内容

今回の研究では、上述したようにSEM中の電子銃を利用して試料に電子線を照射し、チタン酸ストロンチウムのチタンから発生する特性X線注5)を測定しました。SEMの試料ステージを利用して、電子線の照射角度と方位を変えながら、連続的に特性X線を測定することによりホログラムが記録されます(図1)。得られたホログラムには、放射光を用いる従来のホログラムで見られる特徴(菊池線注6)や前方散乱ピーク注7))が観察されており、本手法からでも十分にホログラム測定が可能なことが示されました(図2)。また、解析用の最新のアルゴリズムであるSPEA-MEM注8)を用いて、観測されたホログラムから、チタン酸ストロンチウムの結晶構造を鮮明に再生させることに成功しました(図3)。特に、酸素原子の像は、揺らぎを反映した像の広がりが確認でき、この手法が原子構造解析に関して、高精度の情報が提供できることを示唆しています。

 

原理の説明

上記の現象では、試料に電子線を照射し、試料中のターゲット原子から発生する特性X線を測定します(図4)。試料に電子線を照射すると、試料に含まれる原子と散乱を起こします。ターゲット原子周辺の散乱原子と散乱した電子線は、ターゲット原子に直接到達する電子線と干渉を起こします。試料中の原子配列に依存して散乱パターンにも変化が生じるため、電子線の照射角度と方位を変えることにより、試料中での電子線の干渉強度に変調が生じます。そのため、ターゲット原子から発生する特性X線にも強度変調が生じ、結果的に、ターゲット原子周囲の原子配列情報を有したホログラムが測定されます。

 

今後の展開

逆X線光電子ホログラフィーを用いれば、実験室レベルで容易に3D原子像が容易に観察可能です。そのため、今後、その構造情報を必要とする材料、物性、化学、鉱物、生物などの幅広い分野に広く普及していくことになるでしょう。特に材料分野においては、先の原発事故やレアメタルの問題を受け、太陽電池の開発や代替希少元素の探索など、持続可能社会に向け、大きく舵を切っていくことになります。特定の元素周辺の原子配列を照らし出すことのできる本手法は、このような課題を解決する上で大きく貢献することが期待されます。

 

参考図


図1 SEM内部におけるホログラム測定の様子。とを変えながら、試料から放出される特性X線を測定する。


図2 チタン酸ストロンチウムのチタンの特性X線によるホログラム
従来のホログラムで特徴的に見られる菊池線や前方散乱ピークが観察されている。


図3 図1のホログラムから解析したチタン酸ストロンチウムの3D原子像
赤はチタン、緑はストロンチウム、青は酸素原子を表している。特に、酸素原子は円盤状にやや広がりを持って再生されているが、これは酸素原子の位置揺らぎによる。


図4 逆X線光電子ホログラフィー原理図
逆X線光電子ホログラフィーでは、照射角度と方位を変えながら、電子線を照射する。その結果、ターゲット原子から発生する特性X線に強度変調が生じるため、ホログラムが測定される。ここでは、直接ターゲット原子に届く電子線が、ホログラフィーにおける参照波の役割を果たし、ターゲット原子の周りの原子によって散乱された電子線が物体波としての役割を果たす。

 

用語解説

注1)SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が展開されている。

注2)原子分解能ホログラフィー
波長が原子レベルの長さの電子線やX線の波を用いて、原子の立体像を撮影する技術。

注3)走査型電子顕微鏡(SEM)
試料に電子を照射することにより、観察したい領域を拡大して見ることができる装置。

注4)ホログラム
波の性質を利用して、対象物質の3D情報を持った写真。物体の情報を記録することが可能なため、産業や医学などにひろく用いられている。

注5)特性X線
電子を照射することによって、ある原子の電子軌道において、高い電子準位から低い電子準位に遷移する過程で放射されるX線である。元素よって固有のエネルギーをもつため、そのエネルギーを測ることによって元素分析が行える。

注6)菊池線
電子線の回折という現象に由来する、ホログラム上に現れる線状のパターンのこと。

注7)前方散乱ピーク
電子線の回折という現象に由来する、ホログラム上に現れるスポット状のパターンのこと。

注8)SPEA-MEM
松下博士が発明した、原子像再生のアルゴリズム。実空間上にボクセルを定義し、実験データと照らし合わせながら、そのボクセルをフィッティングすることにより、原子像の再生を行う。そのため、従来の変換法とは異なり、ピンポイントで正確な位置に鮮明な原子位置を求めることが可能となる。

本文章は、東北大学金属材料研究所および株式会社東北テクノアーチ作成によるものを原稿としています。

 

リンク

米国物理学会誌Physical Review Letters

東北大学プレスリリース

財団法人高輝度光科学研究センター