株式会社堀場製作所 中田 靖
HORIBA Jobin Yvon S.A.S Emmanuel FROIGNEUX
Readout No.41 September 2013
ラマン分光法は、試料の状態や測定の目的に合わせて、多くの測定手法が開発されています。特に顕微ラマン分光法の急速な普及に伴い、ここ数十年で感度は数桁のオーダーで向上しています。特にラマンイメージングのいくつかの新しい技術が開発され、新しい分析分野に適用されつつあります。ここでは、最近話題のトピックスから、新しい分析手法の適用例を解説します。これらの分析手法に対応するHORIBA顕微ラマン分光装置のアクセサリーと機能についても紹介します。
1966年にDelhayeらが、ラマン分光法における顕微鏡システムの効果を示してから、その感度は数桁も向上しています[1,2]。その結果,顕微ラマン分光法は広く使われるようになり、研究分野の最先端において、さらなる進歩を続けています。ここでは、最新トピックスへの応用例と、その分析を支えるテクノロジーの進歩について紹介します。
顕微ラマン分光法は、医薬品分野において、広く利用されている強力な分析ツールで、非破壊、迅速で、応用範囲の広い化学同定法です。光学顕微鏡とのコンビネーションにより、単一の粒子や結晶のようなわずかな物質量を分析することが得意で、マッピング測定によって試料中の成分分布を観察することもできます。特に補形剤と活性医薬品(API )であれば数秒で分析することができ、スペクトルライブラリを使って簡単に化学同定を行うことができます。さらに、同じ分子構造を持ちながら1つ以上の結晶形(結晶多形)をもつ物質のわずかな構造変化や結晶性も、ラマン分光法を使って調べることができます。結晶多形も結晶性も医薬品の溶解性や効能に強い影響を与えることがあり、医薬品の開発と製造において重要な分析手法となっています。
医薬品錠剤のマッピングはラマン分光の重要な役割であり、錠剤成分の不均一性評価や、補形剤とAPIの分布および、その粒子サイズを調べるために広く使われています。マッピング面積の適用範囲は広く、錠剤全体のおよその様子を迅速に観察することもあれば、個々の粒子の解析や相の界面の詳細を調べるために数十μmの範囲で測定する場合もあります。そこで、SWIFTやDuoScan(後述)といった新しい技術が開発され、今まで数日から数週間かかっていた測定が数分から数時間で可能になってきました。医薬品錠剤には、治療効果を示す薬剤(API )以外にも数種類の成分が含まれています。これらの成分は、錠剤成型を容易にするための増量剤や、混合や凝結時の滑剤として使用されます。
錠剤マッピングの例として、アスピリンを含む鎮痛剤の高速ラマン・マッピングの結果をFigure 2に示します。測定は、
の3段階で行いました。錠剤全体のマップイメージ(1)では、7×18 mm2の面積を50,910の測定点で構成しています。主成分であるアスピリン(青)、パラセタモル(緑),カフェイン(赤)と、これに加えて錠剤のコー ティング(紫)が観測されています。さらに空間分解能を上げたイメージ(2)では、第4の成分であるセルロース(黄)が、錠剤の全領域にわたって小さく細かく離散的に分布している様子がわかります。最後のイメージ(3)では、2 μmステップで全90,601データ点を測定しています。黄色で示す個々のセルロース粒子の大きさと形がはっきりと観察することができます。また、これら4成分のスペクトル波形も示します。それぞれ特徴的な波形を示すことから、ラマン分光を使うことでこれらの成分を簡単に識別できることがわかります。
顕微ラマン・マッピングは通常、後方散乱光を測定し、高空間分解能で表面を測定するのに適しています。共焦点光学系のおかげで数μmの厚みで表面の成分分布とその比率を測定することができます。一方、錠剤中成分の均一性や結晶多形のバルク分析は透過型ラマン分光法(TRS)[3,4]によって測定することができます。TRSも非接触・非侵襲・非破壊で測定できます。試料の前処理も必要ありません。
特に重要なのは、錠剤中の粒子径の影響、錠剤の均一性、試料に対する測定方向によってほとんど変化しないことです。それゆえ、非常に再現性よく試料全体の成分比率を測定できます。Figure 3では、不均一な成分分布を持つ錠剤の例として、表側がAPI (プロプラノロール)で、裏側が補形剤(exipient)であるマンニトールで構成される二層錠剤の顕微ラマン・マッピングとTRS測定の結果を比較しています。測定は錠剤の表側と裏側で測定しました。
Figure 3(A)は、両側を測定した青と赤のスペクトルが異なっています。これは、顕微ラマン分光法が表面だけの情報を測定しているためです。一方、TRSでは、照射光が試料錠剤の全厚みを透過して分析するため、Figure 3(B)に示すように、両側のどちらから測定してもスペクトルはよく一致しています。TRSは、品質管理において、APIの濃度や多形の分析、結晶性、粉体組成および純度、成分均一性、固相形態について信頼性の高い情報得るための新しい有効手段です。
さまざまなカーボン材料が、ハイテクからローテクまで広い範囲の工業製品に利用されています。磨耗コートとしての炭素フィルム、材料強度を高める複合材料としての炭素繊維、マイクロエレクトロニクスへのナノマテリアル応用の研究で注目されているナノチューブやグラフェン、その他カーボン材料は宇宙船から運動器具まで広く使われています。
非破壊・非接触で1 μm以上の高い空間分解能で測定できるラマン分光は、これらのカーボン材料評価の基礎研究のみならず、製品開発や品質管理に利用されています。ダイヤモンドやグラファイトといったカーボンの多様な同素体のラマンスペクトルは、固体物理学において非常に詳しく研究されています。
ダイヤモンドは単位胞(unit cell:結晶の周期性の最小単位)に2個の炭素原子が存在する構造をしています。C-C結合はsp3-混成軌道による正四面体を形成して、ダイヤモンド構造(Diamondcubi c)をしています。そのダイヤモンドのフォノン波数(ラマンバンド)は1332 cm-1です。グラファイトでは、炭素原子のsp2-結合による形成される平面(グラフェンシート)が積み重なった構造をしています。この平面内で、二つの二重に生成するラマン活性モード(E2g)は1582 cm-1と42 cm-1にラマンバンドを持ちます。前者はGモードとして知られています。低波数のモードはグラフェンシート平面間のシェアモードで、50 cm-1以下の低波数領域を測定できる装置で観測することができます。グラファイトを細かくすりつぶすと、1280 cm-1から1400 cm-1の領域にDモード(disorder mode)が現れ[6,7]、その波数は励起波長によって変化します。
カーボンの典型的なスペクトルをFigure 4に示します。炭素原子のsp2-結合によるDバンドとGバンドは、カーボンの結晶状態の違いによって変化している様子がわかります。
単層のグラファイトであるグラフェン、および数層重なったグラフェンのラマンスペクトルもまた研究されています[8]。典型的な単層のグラフェンと多層グ ラフェンのスペクトルをFigure 5に示します。単層のグラフェンの2700 cm-1の近くにある2Dバンドは、そのGバンドに対して数倍の強度があります。5層程度まで、層数が増えるにつれて2Dバンドに対するGバンドの強度は強くなります。これを使って、ラマンスペクトルからグラフェ ンの層数を決めることができます。
Figure 6にグラフェン断片のマッピングデータから自動的に抽出されたグラフェンのスペクトルを示す。Gバンドと2Dバンドに対する比は、1層から4層まで増加し ている様子がわかります。
参考文献
[ 1 ] M. Delhaye, M. Migeon, C. R. Acad, Sc. Paris., 262, 702(1966).
[ 2 ] M. Delhaye, M. Migeon, C. R. Acad, Sc. Paris., 262, 1513(1966).
[ 3 ] K. Buckley and P. Matousek, J. Pharm, Biomed. Anal., 55, 645(2011).
[ 4 ] J. Johansson, A. Sparén, O. Svensson, S. Folestad, and M. Claybourn, Appl. Spectrosc., 61, 1211(2007).
[ 5 ] F. Adar, Spectroscopy, pp.28-39, Feb 1, 2009, available online (http://www.spectroscopyonline.com/spectroscopy/article/articleDetail.jsp?id=583774)
[ 6 ] F. Tuinstra and J.L. Koenig, J. Chem. Phys., 53m, 1126(1970).
[ 7 ] Y. Wang, D.C. Alsmeyer, and R.L. McCreery, Chem. Mater., 2, 557(1990).
[ 8 ] A.C. Ferrari, Solid State Commun. 143, 47(2007), available online 27 April 2007.
HORIBAでは、技術情報誌としてReadoutを発行しています。誌名“Readout(リード・アウト)”には、HORIBAが創造・育成した製品や技術に関する情報を広く世にお知らせし、読み取って頂きたいという願いが込められています。