ぶんせきコラム

職人の技を盗め!
─ 血液検査の現場から


病気にかかったときに行われる「血液検査」。これには血液中の「白血球」を調べる検査があります。ぶんせきコラムでは以前、病気と白血球の数について密接な関係があることをご紹介しました。(*1)
今回はその検査方法について、もう少し詳しく見ていきましょう。


病気と白血球との関係
1600年代にはじめて血液中の細胞が観察されて以来、血液の研究と「顕微鏡」とは切っても切れない関係です。さらに1900年代はじめには、白血球にも種類があり、色素の種類によってこれらが区別できることが発見されると、「染色」も血液の観察や研究に欠かせないものとなりました。

白血球には、その検査にもちいる3つの染料のうち、どれに染まりやすいかという染色性の違いから分類名がつけられています。そして私たちが病気にかかったとき、白血球はその役割に応じて数が増減したり、割合がかわったりします。つまり、この変化が病気の原因や重症度を調べる手がかりになるのです。

たとえば風邪をひくと、「好中球」という白血球が増えることがあります。これは、細菌という外敵が体に侵入したため、好中球が増えて戦っていることをあらわしています。


「血液像検査」で病気の手がかりをつかむ
この白血球を分類する検査に「血液像検査」があります。この検査はスライドガラスの上に薄くのばされた血液を、顕微鏡によって観察します。まず血液をスライドガラスの上に一滴たらして、それをコテのような道具で薄く塗りひろげます。この標本を「塗抹標本」といいます。

このままではまだ白血球は見えません。ここで「染色」の登場です。「バット」というガラスの升のような容器に染色液を入れて、塗抹標本を一定時間ひたしておきます。すると白血球細胞は染めわけられ、こうしてできた「染色標本」は顕微鏡でそれぞれの白血球の数が数えられるようになります。この結果がドクターに提供され、診断や治療のための情報となります。

ところでこの血液像の標本づくりの作業、じつに手間のかかるもので、また高度の熟練と経験が要求されます。作製に時間がかかるうえ個人差も大きいことから、もっと簡便な方法が望まれていました。


「フローサイトメトリー装置」の登場
20年ほど前に「フローサイトメトリー」という原理にもとづいて、白血球分類を自動的にすばやく行なう装置が開発されました。この装置によって検査にかかる時間と手間、そして個人差といった問題の多くが解決され、急速に普及しました。

現在では、血液検査の70〜90%程度がこのフローサイトメトリー装置で行われています。ところが、この装置ではどうしても測れない検体があるのです。それは、出現を予期していない異常な細胞が見つかったときです。

フローサイトメトリー装置が異常な細胞を検知すると、こんどはその細胞が何であるか同定しなければなりません。そしてその同定作業はというと、以前のように手作業で標本をつくり、顕微鏡で観察しなければならないのです。


標本づくりを自動化する「SPS装置」
そこで登場したのが『SPS』(Slide Preparation and Staining System) です。この装置は自動的に塗抹標本をつくり、染色までを行ないます。最後の顕微鏡検査はこれまでどおり人間が行うのですが、その直前の準備までが自動化されるのです。

ところで塗抹標本づくりは、前にも述べたとおりなかなかデリケートな一面を持っていて、機械的動作のくり返しだけではもちろんうまくいきません。血液には個人差がありますから、スライドガラスに血液を塗りひろげるのに、いつも同じ動作をしていたのではよい標本ができないのです。

熟練者が塗抹標本をつくる場合は、一滴の血液をとった瞬間にその濃さ、すなわち「粘稠度」を無意識に感じとっています。そして粘稠度に応じた速度で血液を引きのばすことによって、もっとも観察しやすい標本をつくるという、いわば職人技ともいうべき作業です。

この職人技的な感覚を装置に持たせることはできるのでしょうか。SPS装置では、血液をスライドガラスにたらすとき、その粘稠度を2つのセンサーによって測定しています。その情報にもとづいて引きのばす速度を調整することで、顕微鏡観察に適した標本を格段に高い確率で作製できるようになりました。


医療の現場にたった装置開発を
これまでフローサイトメトリーによって自動白血球分類を行う装置は数社から出されていました。しかしこれらの装置で測れないとき、同じ検査室内で一連の作業として塗抹標本を作製してくれる装置を出していたのは、ただ1社にとどまっていました。それも大がかりで病院や検査施設には導入をためらわせるものでした。

そこで『SPS』では、大幅に設置スペースの縮小をはかり、また染色法や染色液の種類が自由に選べたり、市販のスライドガラスが使えたりするるなど、さまざまな工夫がほどこされています。これまで多くの時間と熟練を要した顕微鏡検査を支援するため、医療現場のニーズをたくさん盛り込んだ装置には大きな期待がよせられています。




HORIBA:ぶんせきcafe
「『血液検査』って何を検査するんですか?」
HORIBA:ぶんせきcafe
「血球はどうやって計られているの?」
HORIBA:医用システム

*1:Vol.23「『血液検査』って何を検査するんですか?」(2000/6/19)
「ぶんせきcafe」でお読みいただけます。