HORIBAのひとり言

地球の裏で鏡づくり


あなたは毎日、鏡を見ていますか?「美人だなぁ」とウットリと眺める人、「こんなに・・・になったか」とあきらめ顔の人などなど、鏡を見る思いはさまざまです。感慨はさておき、鏡はお化粧のしあがりやネクタイのまがりぐあいを確認するためなど、美男美女と信じる人たちにはなくてはならないものですよね。


さて、私は1995年3月から1998年までの3年間、国際協力事業団(JICA)の水質汚濁対策の専門家として南米パラグアイへ派遣され、微力ながらも国際協力の一端を担うことができました。

パラグアイの首都アスンシオンから東へ30kmのところに琵琶湖の南湖ほどの大きさの湖があります。名前はイパカライ湖。ラテン音楽の好きな方なら、『青い湖イパカライ』と歌われて有名なので名前はご存じかもしれません。
イパカライ湖は、海をもたないこの国では特別な思いのある湖です。
出発前に、河川の汚れがひどいと聞いてはいましたが、なるほど汚い。色は黒く、悪臭を放ち、下水道かと思うような状態です。ゴミ捨て場にもなってしまっています。このような水が毎日毎日流れこんだら小さな湖はたまったものではありません。汚れきった川や湖ではありますが、海のない国にとっては貴重な水環境資源です。長い夏の休暇を国外ですごすことのできない庶民にとっては、木陰でじっと我慢するか、汚いと思ってもこの水辺で遊ぶしかありません。この湖の流域の水質汚濁対策が緊急の課題です。

環境の改善には、長い時間と多くの費用と人知を集めなければなりません。
人間なら、きれいに見せるためには「口紅は赤?それともピンク?」、「どんな柄のネクタイにしようか?」などなど、まず鏡を見ることからはじまります。ところが、環境汚染の現状を知るための「鏡」が見つかりません。鏡がなければ化粧ができないのと同様に、データがなければ対策も立てられません。まずは「鏡」づくり、つまりデータ採取からはじめることになりました。

まず流域を地図で下調べし、現場に出かけて採水場所を決定し、さらにこれらをどのような順序でどのような頻度で巡回するかを決定しました。pHや濁度などの物理的なパラメータは堀場製作所の『ポータブル水質チェッカU-10』を使って現場で測定し、COD(化学的酸素要求量)や窒素、リンなどの化学的パラメータは試料水をラボへもちかえって分析しました。パラグアイの技術者たちは、ラボ用の分析機器を知ってはいましたが、現場でただちに結果が出るU-10の威力には目を見張ったようです。

ところがある日、困ったことが起こりました。出かける前にラボでU-10を校正してから現場へ持ち込みましたが、ある所で測定し、その次に別の場所で測ろうとしたところ、濁度の指示にエラー表示がでたのです。「バッテリーの不良?」バッテリーを交換し現場で再校正しても状況はかわりません。「校正液と試料水の温度の差?」、「もしかすると日光の影響か?」など考え、取扱説明書にしたがっていろいろな手をうってみましたがおさまりません。それでもまだ何かあるような気がし、その日は濁度の現場測定はあきらめました。

後日、ラボでバケツに水道水を満たし、その中へセンサー部を出したり入れたりしていると、ある深さで指示値が急変することがわかりました。なんのことはない、校正の際センサーが校正液に十分浸かっていなかったのです。ふつう、校正は付属のビーカに標準液を一定量入れて行うのですが、この標準液の量がたりなかったようです。ビーカには標準液の量を指示する線が入れてあるのですが、液量とセンサーの位置関係が微妙なために生じたトラブルでした。

正確な測定をするためには計測機器の保守点検が大切です。
これにはユーザ自身による日常点検が欠かせませんが、もう一方でメーカには現場でのあらゆる使われかたを想定した設計が求められます。文化や国民性が異なる地域で使われるケースの増えている今日、多方面への気配りができて初めてグローバルな製品だといえるのではないかと思います。

3年間の任期をふりかえったとき、水質汚濁対策にどれだけ踏みこめたかとなると忸怩たるものがありますが、すくなくとも現状把握の段階には十分に到達できたと考えています。すべては現状を正しく認識し、把握することからはじまります。それを支えるのが正しい計測であり分析です。美人には磨きあげた鏡がにあうように、美しい環境には正しく整備された計測機器が必要なのです。

堀場製作所・環境計測開発部 大久保義一



国際協力事業団