生活のなかに「抗体」技術を活かす~ヒトの健康と安心のために~

東京大学医科学研究所 津本研究室 長門石 曉(ながといし さとる)特任准教授 

 

日本人の死因第1位である「がん」の治療薬として、さらには近年の新型コロナウイルス感染症に対する治療薬として、その効果が特に期待されている“抗体医薬品”。その抗体医薬品を効率よく大量に生産できる抗体のデザインを研究されている東京大学医科学研究所 長門石 暁 特任准教授にお話を伺いました。

Episode1:抗体医薬品のメリットと抱える課題

いわゆる“バイオ医薬品”といわれるものが抗体医薬品になりますが、抗体医薬品はタンパク質が主成分になっているので生体親和性がよく、また、ある病気の原因となる特定の細胞にだけ存在するタンパク質を狙って作用することから副作用を軽減することができます。ただ、”つくる”過程に課題があります。
抗体は抗体をつくることができる専用の細胞を大きな細胞培養器のなかで培養し、そこで抗体をつくらせ、精製していきます。液体のまま保存しておかなくてはならない場合が多く、生体分子ならではの品質管理が必要となります。つくる工程もですが、安定に管理するための管理項目が膨大かつ繊細なため、そこに費用がかかることから薬価が非常に高いことが今一番の課題です。

+低分子医薬品と高分子医薬品の違い

Episode2:薬価を下げるための挑戦~抗体をデザインする~

抗体をつくる過程を変えることはできないので、薬価を可能な限り下げるために、いかに効率よく、大量に生産できる抗体をデザインしていくかということを研究しています。さらに1回見つかった抗体医薬品を改良することによって、より少ない投与量で効果が増大したり、1回投与すれば長期間効果が続いたり、といった機能性の高い抗体をつくっていくところにも私たちの研究が活かせると思っています。
具体的なアプローチとして、“抗体を小さくしたい”という考えがひとつあります。細胞というのは、シンプルで小さいタンパク質があればどんどんつくることができる仕組みを持っています。
抗体は一般的なタンパク質のなかでとても大きいものになり、基本的に抗体を増やすには動物由来の細胞を使うのが便利です。また細胞内でつくられた抗体は細胞の外に出さなければ取り扱うことができませんが、このように抗体を細胞外に吐き出す細胞は哺乳動物由来の細胞が適しています。
抗体が細胞内に溜まるとそれも異物として分解したり発現を止めてしまったりすることがあり、さらに増えると細胞自体が自動的にアポトーシス※1のようなスイッチが入ってしまい死滅してしまうこともあります。そうすると抗体が全然増えないというジレンマに陥ります。できる限りシンプルな仕組みでたくさんの抗体をつくるために抗体を小さくすることが鍵になり、小さくすると細胞のなかでも数多くためることができます。

また小さくした抗体はタンパク質の構造も不安定になるため、“小さな抗体でもいかに抗体らしさを残せるか”ということにアプローチした技術開発をしています。
皆さんがイメージされる抗体はY字型になると思いますが、タンパク質として見ると、あのなかにはもっと細かくドメインといわれるものがあり、全部で12個の構造単位でY字型ができています。そのうちの最小単位だけを残す、要は抗原を認識できる部位だけ、最小単位として残せば、理論上は抗原と相互作用するはずなのですが、小さくすればするほど不安定になり壊れやすくなってしまいます。小さくしたいけれど壊れやすくなるため、そのバランスをどうやってデザインしていくかという研究をしています。

Episode3:多角的パラメータの重要性

タンパク質の機能に関しては、さまざまな測定装置を使い、いろいろな側面、観点から物理化学的なパラメータ(速度論解析※2、熱力学解析、熱安定性解析など)を出し、抗体の大きさを考慮した上で議論をしています。1種類のデータだけ、1回の測定だけでは自信がもてないものも、他の手法のデータを組み合わせれば一気にそのデータの信頼性が上がります。
蓄積してきたパラメータを全てパソコンに入れて、キーを押せば最適な解が出せるようになること。そして最終的に何をどうすれば、小さくかつ安定なものができあがるのかが分かるようになることが大きな将来像です。そのための基礎データを多角的にどんどん測定して解析します。

Episode4:抗体研究で役立つHORIBAの“はかる”技術

◆ナノ粒子径分布・濃度測定装置 ViewSizer3000◆

抗体は保存性が悪いとどんどん凝集体※3といった大きなものになっていきます。それを簡便に検出するためにナノ粒子径分布・濃度測定装置 ViewSizer3000を使用しています。特に私たちがこだわっている、“数値を出したい”というところで役立っています。
凝集のパラメータが何かというと、まずは濃度になると思います。レーザー回折型のような分析装置では粒子の数の頻度の分布はわかりますが、実際の数がわかりません。そうした時にViewSizer3000は凝集してしまったものが十の何乗個という個数分布を見ることができるところが魅力です。さらに粒子径分析の原理的に難しいといわれる、数百ナノメートルの粒子の個数を分析できることも強みだと思います。また、キュベット、スターラーを用いることができる点が、データを簡便かつ再現性よく収集でき、非常に使い勝手がよく、大変考えられた設計だと思います。

異なる凝集性(異なる粒子数および粒子径)を示すIgG1型抗体の凝集体分布

異なる凝集性(異なる粒子数および粒子径)を示すIgG1型抗体の凝集体分布

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◆SPRiラベルフリー生体分子間相互作用解析装置 XelPleX◆

いろいろな候補の抗体があるなかでどの抗体が良いかを選び抜くとき、ラベルフリー生体分子間相互作用解析装置 XelPleXはスクリーニング段階で確実に威力を発揮しています。何百ものターゲットの速度論解析ができ、安定的にデータが出せることが魅力です。
抗体がそのがん細胞の抗原と確実にくっつき、そこに居続けるほど、それだけ薬が効くことになり、1回の投与で効く良い抗体医薬品となります。タンパク質の相互作用において、くっつきっぱなしということはあり得ず、あるスピードでくっついて、あるスピードでいずれ離れていきます。その時間軸というのが抗体によって、抗原の種類によってバラバラなので、離れない抗体をつくることへもアプローチしています。
最初に見つけだした非常に魅力的で選択性のある抗体を速度論解析したら、どうしても離れやすいことが分かったとします。そこで「その抗体を構成するアミノ酸を変え、離れにくくするにはどうしたらいいか?」というところで XelPleXを使っていろんなタイプの異なる抗体をつくり、それをアレイ化し、どれが一番良くくっつくかということを見るために使用しています。

安定性や結合活性が異なる様々な抗体を固定化し、抗原に対するSPRシグナル変化を比較した測定結果

安定性や結合活性が異なる様々な抗体を固定化し、抗原に対するSPRシグナル変化を比較した測定結果

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◆ラマン分光装置◆

凝集しやすいものは凝集しにくくしたいので、「なぜ凝集したのか?」「その原因はなにか?」を知る手がかりを探る分析装置のひとつがラマン分光装置になります。この分析法の一番のメリットは高濃度状態で測定できる点です。
試料を濃くする理由のひとつが、まず世の中の抗体医薬品は濃い状態で使用されていることがあげられます。抗体医薬品はタンパク質なので口から入れると消化されてしまうので全く意味がありません。処方は注射が一般的になりますが、患者さんの負担を考え、痛みがなく回数を減らすことが前提になります。ワクチンのように腕への皮下注射や筋肉注射なら痛みもそんなにないのですが、そのような処方では薬が血液にたどり着けないものが多くなってしまい、どうしても濃くしなくてはなりません。
また、凝集はタンパク質とタンパク質が出会う確率が高まることでも起きやすくなります。濃く調製された抗体医薬品は、まさに出会う確率が高まった環境にあります。出会う条件が整っている濃い環境下でのタンパク質の安定性およびコンフォメーション※4のような情報を得るのにラマン分光装置が最適でした。

異なるアミノ酸配列を有したIgG1型抗体のラマンスペクトルの比較

異なるアミノ酸配列を有したIgG1型抗体のラマンスペクトルの比較

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Episode5:描いている抗体技術の未来像

抗体医薬品だけでなく、もっと日ごろの生活のなかに抗体が使われる時代になってほしいと思っています。例えば、今日何かウイルスに感染していないかを調べたい時に指や唾液などで判断できるといったことです。もっと技術が進んで、この部屋の空気中にウイルスがいないか確認する時にボタンを押せばエアコンが動き出して、そのフィルターにはウイルスを認識できる抗体がコーティングされていて、この部屋の中には何個の○○ウイルスがいます/いませんということが高精度にわかる時代が来るようにしたいですね。

 

 

今回の実験データの取得には、HORIBAの佐藤 優穂さん(アプリケーション開発部)に多大なご協力をいただきました。

 

(インタビュー実施:2021年6月)

※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

 

Profile
長門石 曉(ながといし さとる)
東京大学医科学研究所 津本研究室 特任准教授
2004年3月 九州大学工学部部物質科学工学科 卒業
2007年4月 日本学術振興会 特別研究員DC2
2009年3月 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 博士課程修了
2009年4月 甲南大学先端生命工学研究所 助教
2012年4月 東京大学医科学研究所疾患プロテオミクスラボラトリー 助教
2013年4月 東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 助教
2017年4月 東京大学医科学研究所 特任准教授, 工学系研究科兼担,現在に至る

(注釈)
※1 アポトーシス
細胞に本来備わっている死滅行為 “自殺システム”のこと。

※2 速度論解析
抗体と抗原の結合に関するくっつく速度、離れる速度を数値化できる解析手法のこと。

※3 凝集体
タンパク質は機能を果たすための高精度な立体構造をもつ一方で、比較的容易に構造が壊れてしまい、それらがだまになって大きな粒子として存在してしまう状態のこと。

※4 コンフォメーション (立体配座)
分子中の単結合の回転によって異なる構造が生じる場合の各原子の空間的配列のこと。


低分子医薬品と高分子医薬品の違い

日常で風邪をひいたり、インフルエンザにかかったりした時に飲まれる薬は低分子医薬品になります。低分子医薬品は、特定の病気を治療することができるよう化学合成により人工的にデザインされたものです。抗体医薬品はタンパク質が主成分になっているので、生体親和性がよく、副作用を軽減することができます。
また抗体はもともと体内の免疫反応によって生み出されるタンパク質ですので、特定の抗原に対して攻撃することができる能力をもっていて、ある病気の原因となる分子そのものに対してのみ攻撃することができます。

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