スペシャルインタビュー
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スペシャルインタビュー Vol.1

初期分析の結果は
新たな科学の出発点に

スペシャルインタビュー Vol.1初期分析の結果は新たな科学の出発点に

北海道大学 大学院理学研究院 教授/初期分析 化学分析チームリーダー
圦本 尚義(ゆりもと ひさよし)
1958年、和歌山県生まれ。1985年に筑波大学大学院地球科学研究科博士課程を修了後、筑波大学助手・講師、東京工業大学理学部助教授などを経て、2005年より現職である北海道大学大学院理学研究院教授に就任。2016年3月から2020年2月まで、クロスアポイントメント制度でJAXA地球外物質研究グループ長を兼任。2017年より化学分析チームのリーダーとして「リュウグウ」試料の初期分析を指揮する。日本地球化学会や国際隕石学会レオナード・メダル賞など国内外で多数受賞歴を持ち、2020年には紫綬褒章を受章。

「はやぶさ2」が採取した小惑星「リュウグウ」試料の初期分析が2021年6月より開始されます。
初期分析を担うのは、総勢269名で構成される6つの国際チーム。スペシャルインタビュー第1回は、HORIBAも所属する化学分析チームのリーダーである圦本先生に、初期分析における取り組みや、科学者として研究にかけるおもいを伺いました。
*掲載内容は取材時点の情報です。

Q 化学分析チームではどのような取り組みをされるのでしょうか。

化学分析チームでは「リュウグウ」の化学的な特徴を明らかにし、「リュウグウ」の天体の種類とその起源を探っていきます。具体的には、蛍光X線分析装置や同位体顕微鏡などで「リュウグウ」の試料がどのような元素で構成されているのか、どのような性質をもっているのかといったことを調べます。そのために、化学分析チームでは隕石の分析や、化学組成・同位体組成の分野などを専門とするスペシャリストを集めました。約50名のうち半数が外国の方で、国際的なチームです。今は世界中でコロナウイルスの影響を受けていますから、チーム員とオンラインで繋いで分析を行うことも予定しています。

※同位体顕微鏡:物質中の微細な同位体(原子番号が同じで質量数の異なる原子)の数量や質量などを観察できる顕微鏡。

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Q 初期分析に向けて、これまでにどのような準備をされてきたのでしょうか。

2020年4月頃から1年をかけて受け入れの準備を進めてきました。
実際に「リュウグウ」から採取した試料の量がわかったのは2020年の12月です。それまでは、測定に使用できる試料が10mgの場合、100mgの場合とあらゆるケースを想定し、最適な分析プランを練っていました。実際にプランどおりに分析ができるのかといったことを別の隕石の試料を用いて模擬検証するなど、万全の体制を整えてきました。

Q 「リュウグウ」のサンプルが無事地球に送り届けられた時はどのようなお気持ちでしたか。

素直にうれしかったですね。「リュウグウ」の試料が入ったカプセルが大気圏に突入した時は、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)の相模原キャンパスにいました。「きたきた。おー!」と集まった関係者で盛り上がりました。
ただ回収した試料をこの目で確認するまでは安心できませんでした。
カプセルのサンプルコンテナがいっぱいになるぐらい採取できているだろうと思いつつも、宇宙空間では1度もテストをしていないことや、回収した試料が少なかった「はやぶさ」の経験が頭をよぎります。JAXA相模原キャンパスで目標を大きく上回る約5.4gのサンプル量であることを確認した時は「本当に採れた」と安心しました。

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「はやぶさ2」が採取した「リュウグウ」の試料 ©JAXA

Q 圦本先生は小惑星探査機「はやぶさ」が採取した小惑星「イトカワ」の試料も分析されていました。今回の分析との違いは何でしょうか。

実は「イトカワ」の試料分析を行う際も、今回と同様の分析プランをたてていました。ですが、採取できた試料が想定よりも少なかったので、当初予定していた分析プランの多くを断念することとなりました。
「リュウグウ」の試料では予定していた分析がすべてできます。そして、この初期分析によって小惑星「リュウグウ」の天体における位置づけが明らかになることも期待しています。これまでに65,000個以上の隕石が地球で見つかっており、先人たちが蓄積してきた科学の体系があります。「リュウグウ」はこれまでの研究の延長線上にある天体なのか、それとも全く新しいものなのかを探ります。それがわかることで初めて次なる研究テーマが見えてくるのです。

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Q 初期分析によってすべての分析が完了するのでしょうか。

初期分析は、世界中の科学者がより良い形で研究をスタートさせるための「出発点」です。2021年6月から約1年間の初期分析を行った後は、JAXAから国際公募が行われることになっています。初期分析による研究データを一般公開し、その内容を基に応募された研究テーマの中から、JAXAが採択した個人や団体が分析を行います。つまり、より多くの正確な情報を世界中の科学者にお伝えして研究の深化に寄与することも、初期分析の重要な責務なのです。

もし初期分析を行わずに「リュウグウ」の試料を配った場合、試料が目の前にきてから何の研究をするかを考えることになります。「イトカワ」の試料では、イトカワ母天体中で摂氏800度以上に熱せられていたことを示す痕跡が発見され、それより昔の情報が消えてしまって残っていないことが初期分析でわかりました。この初期分析の情報によって別のアプローチを考えることができた科学者も多いのではないでしょうか。
このように、太陽系や生命の起源の解明は科学者1人で完結するものではありません。明らかになったことを公開し、より多くの人々が専門的な研究を積み重ねることで真実に迫っていくのです。

参考:イトカワ微粒子の初期分析成果について

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北海道大学の研究室にある同位体顕微鏡 ©北大

Q 圦本先生にとって「はかる」とは。

私にとって「はかる」とは、太陽系の起源や進化に迫ることそのものです。太陽系の起源というゴールにたどり着くために、中間生成物である小惑星や隕石に注目して研究しています。
いつも目標を達成するためには、できるだけ最短ルートを考えます。ですが、実際に検証してみると、たいていは上手くいかないので、間違ったところを修正したり、他の角度からアプローチをしてみたりする。そして何かがわかるとまた別のわからないことがでてくるのですが、その探求がおもしろいのです。

Q 圦本先生が科学や宇宙に興味をもったきっかけを教えていただけますか。

以前講演した時に、ある小学生が「科学者になりたい。かっこいいから」と言ってくれました。私も初めはそうでした。アニメに出てくる科学者や、ノーベル賞を受賞した先生に憧れたことがきっかけです。まずは興味をもって、行動することが大切だと思います。
宇宙という点では、幼い頃から望遠鏡が好きでした。中学生の時には念願の望遠鏡を買ってもらい、よく夜空を見上げていましたね。宇宙について学ぶことを専攻したきっかけは自分が思うかっこよさを突き詰めた結果、というところでしょうか。

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3Dプリンターでつくった「リュウグウ」の模型を持って

Q 科学が好きな方や次代を担う子どもたちにメッセージをお願いします。

宇宙にはまだまだわからないことが沢山あります。太陽系の起源の解明にとって「リュウグウ」の分析は一つのステップであり、すべてがわかるようになるには途方もない月日がかかります。ただし、研究が進めば進むほど、太陽系が誕生し地球に生命が生まれ、人類誕生の起源から未来につながるストーリーがわかるようになってくるはずです。
皆さんには「なぜ」という不思議や興味関心をもち続け、それに向かって突き進んでほしいと思います。

取材日:2021年4月14日