スペシャルインタビュー
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スペシャルインタビュー Vol.2

困難に挑戦する
「楽しさ」を大切に

スペシャルインタビュー Vol.2困難に挑戦する「楽しさ」を大切に

東京大学 大学院理学系研究科宇宙惑星科学機構 教授/宇宙科学研究所 特任教授/初期分析 統括
橘 省吾(たちばな しょうご)
1973年、石川県生まれ。1997年に大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻博士課程を修了し、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻助教、北海道大学理学院自然史科学専攻准教授などを経て、現職。国際隕石学会 Nier Prizeやゴールドシュミット会議 Gast Lectureship、日本惑星科学会の最優秀研究者賞など国内外で多数受賞。著書に「星くずたちの記憶―銀河から太陽系への物語」(岩波科学ライブラリー)、「地球・惑星・生命」(共編)(東京大学出版会)など。

2021年6月、「はやぶさ2」が採取した小惑星「リュウグウ」試料の初期分析が開始されました。本分析には太陽系や生命誕生の起源に迫ることが期待されています。
スペシャルインタビュー第2回は、総勢269名で構成される初期分析チームの統括を担う橘 省吾先生に、初期分析における取り組みや科学者として研究にかけるおもいを伺いました。

Q これまでの準備や実際の初期分析において特に大変だったことを教えてください。

はやぶさ2プロジェクトでは2006年から「はやぶさ2」の検討が開始され、私は2009年から本格的に関わりましたが、この12年間、なんだかずっと落ち着きません(笑)
プロジェクトの立ち上げ時は、本ミッションの意義を政府や研究関係者に理解してもらうこと、「はやぶさ2」の打ち上げまでは試料を回収するための装置の開発、打ち上げ後は地球に帰還するカプセルの回収準備を進めるなど、めまぐるしい日々を過ごしてきました。

「リュウグウ」の試料を地球に持ち帰るというミッションは達成しましたが、分析を担う科学者の立場からすると、今がまさに本番です。
本プロジェクトに約12年携わってきましたが、今年の6月で残り1年を切りました。
まるでセミの一生のようで、ずっと地中にいて、ようやく地上に出てきて成虫になり、いまが本当に楽しみにしていた1年です。忙しくて辛いこともありますが、楽しくエキサイティングな毎日を過ごしています。

Q オーストラリアまで自らカプセルの回収に行かれましたが、現地ではどのようなことをされていたのですか。

実は2018年からカプセル回収の準備のためにオーストラリアに行って、現地の気候や着地予想地点の土壌の硬さの調査などを進めていました。
カプセルが無事帰還した後は、オーストラリアで「リュウグウ」の砂や石が入ったサンプルコンテナの底に穴をあけ、中に入っているガスを取り出すという作業を翌日に行い、その後日本に持ち帰って開封作業に臨みました。地球の空気は酸素が約21%含まれていますので、密封されているサンプルコンテナを普通に開けると、「リュウグウ」の砂や石が酸化して性質が変化してしまう可能性があります。そのため、開封作業は人の手を使わず、真空チャンバーの中ですべて行いました。

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サンプルコンテナをもって

Q 「リュウグウ」の試料を見た時のお気持ちを教えていただけますか。

「また一歩、次のステージへ進んだな」という気持ちでした。
もちろんうれしいのですが、統括という責任の重い立場でもありますので、節目ごとに気が引き締まる感覚があります。打ち上げの瞬間、「はやぶさ2」が「リュウグウ」に着地した時、カプセルが地球に戻ってきた時もそうですが「次のステージが始まるんだ」と。

Q いよいよ初期分析を開始されましたが、現在の状況について教えていただけますか。

本プロジェクトでは、地球にある海の水がどこからきたのか、生命の材料となる物質がどこでできたのかを調べることが目標であり、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)からも期待していたとおり水や有機物がありそうだと発表されています。これらの詳細を多角的に調べて、研究者同士で議論を進めているところです。順調に進んでいます。
「リュウグウ」の試料に含まれる元素の種類や量、結晶の形、ガスの成分など、多岐にわたる解析をすることで、最終的に見えてくるものを楽しみにしながら日々の活動に取り組んでいます。初期分析は今年の6月から1年をかけて行いますが、最初の結果報告は1年を待たずにできればと思っています。

Q 初期分析の役割と期待されていることを教えてください。

「どのようにして地球に水ができたのか」ということを考えるうえでは、様々なモデルがあります。C型小惑星は、地球に水や有機物を運んだ有力候補と考えられていますが、「水や炭素を含むとされるC型小惑星※とはこういうものだ」という仮定のもとでの議論です。C型小惑星がどのようなものであるかは、これまで誰もわからなかったからです。
今回初めてC型小惑星の正体が明らかになるので、これまでのモデルの妥当性が証明されたり、また新たに別の仮説が生まれるかもしれません。
そのためにも、分析結果という確たる証拠を提示することがとても重要になってきます。
初期分析では先入観をもたないで、試料に含まれる元素の種類や量といった化学組成、鉱物の種類などを多角的かつ正確に調べて記録することをめざします。そのうえで、宇宙に水や生命の材料である有機物が存在し、「リュウグウ」のような天体がそれらを地球にもたらした可能性があるのかどうかを検証したいと考えています。
今回の分析で太陽系の起源のすべてが明らかになるわけではありませんが、その一歩を踏み出すことはできると期待しています。

※C型小惑星:約46億年前に太陽系が誕生した頃の水や炭素などの有機物が今でも残されていると考えられている天体。C型小惑星である「リュウグウ」を分析することは、太陽系や生命誕生の起源を知る重要な手がかりを得られると期待されています。

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Q 宇宙に興味をもったきっかけを教えていただけますか。

宇宙に興味を持ったのは小学校1、2年生の頃。ちょうど惑星探査機「ボイジャー」が木星や土星の写真を送ってくれていた頃です。学校で配られるお便りを挟むファイルに、何かのはずみで惑星の絵を描いていました。いろんな色鉛筆を使えることが楽しくて。その時に惑星によって「なぜ色が違うのだろう」と思ったのです。
今では、それぞれの惑星における物質の違いによるものだとわかるのですが、当時はずっと不思議でした。
その後、惑星に関する勉強をしたいと思い大学へ進学し、惑星を構成する材料について考えるテーマを選びました。子どもの頃に不思議に感じたこと、自分のやりたいことそのものであったからです。
もともとは研究をどうしても続けたいと思ってはいなかったのですが、最終的には大学での卒業研究が楽しかったことや恩師の薦めもあり、研究の道に進みました。

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小学生の時の橘少年が地球、火星、天王星などを描いたお便りファイル

Q 研究をするうえで大切にしていることを教えてください。

楽しむことと妄想することです。
学生の皆さんには「楽しんだ方が良いよ」とよくいっています。
ただ、楽しむためには自分の力で乗り越えなければならない壁が立ちはだかる場面も多く、辛いことでもあります。
私は勉強と研究は違うと思っています。勉強は既に分かっていることを自分のなかに吸収して、正確にアウトプットすることです。一方で研究は、分かったことを増やすことなのでその分苦しみは多い。どこにも答えが書いていないし、誰も教えてくれません。何度も間違えながらその答えを自分で見つけ出すこと、それが楽しいのです。

地球外物質の研究は、想像力を働かせて科学的な事実をもとに太陽系の始まりについて考えることです。数学の世界とは違う、歴史学的な要素があります。
多種多様な情報の中から総合的に考えることが必要で、ああかもしれない、こうかもしれないと折に触れて妄想しておくことが大切だと考えています。
最近は時間に追われていることが多いですが、妄想するための時間は意識的に作っておきたいと思っています。そうすることで、頭の中で熟成されてアイデアが生まれてきます。

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Q 橘先生にとって「はかる」とは。

物質を分析して情報を得ることは、研究をするうえで不可欠な要素であると考えています。 太陽系の起源や惑星の成り立ちを突き詰めると、やはり想像だけでは越えられないことがあります。その中で、分析はゆるぎのない証拠であり、想像を広げていくためのベースになります。そういうわけで、初期分析においても、主観を含めず自然をありのまま記述することはとても大切な要素であると考えています。

科学が好きな方や次代を担う子どもたちにメッセージをお願いします。

学校での勉強を大切にしてほしいと思います。
研究に携わっていると思うのですが、理科だけ勉強していても科学者にはなれません。
地球外物質の場合は総合的な科学なので物理や化学、数学、生物などいろいろな要素が含まれます。また、以前、海外の研究者から「なぜ日本は侍をやめたのか」と聞かれたことがありました。世界の研究者とコミュニケーションをとるためには外国語だけではなく、文化の違いや日本の歴史も理解しておく必要があるのです。こういったことは、実は学校で教えてくれることなのですよね。

また、「不思議だな」と思う種を体に植え付けてほしいと思います。
私の場合は惑星の色がなぜ違うのだろう、でした。その時に植えられた種がいつの間にか芽吹いて育ち、今に至っていると思っています。
空や地面、川でも何でもよいのですが、不思議だなと思う、そういう種をいっぱい植え付けてください。

先生に聞いても答えがわからないことを考えるのも良いおこないであると思ってほしいです。
先生もわからないことだらけなのです。太陽系や生命の起源の全貌は、私もいまだに答えられません。一生かかっても答えられないかもしれない。ただ、そのぐらい到達するのが困難なものに立ち向かっているということがとても楽しく、尊いのです。

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