臨床現場では常に播種性血管内凝固症候群(DIC)を意識しましょう!

四国動物医療センター

センター長 入江 充洋先生

<臨床現場では常にDICを意識しておく必要がある>

DIC(Disseminated Intravascular Coagulation : 播種性血管内凝固症候群)は,基礎疾患を有した症例が血管内凝固亢進状態に陥り,全身の微少血管に血栓を生じる病態です.DICは,多くの末期癌症例の直接的な死因と予測されています.また,非腫瘍性疾患である子宮蓄膿症や免疫介在性溶血性貧血においてもDICを高率に併発しており,これらの疾患のDIC併発の有無は重要な予後因子です.

DICを発症すると予後は著しく低下するため,DICに陥る前段階でいかに進行を抑止するかが治療の鍵となります.DICを前段階で発見し,早期に適切な処置を施すことが治療を成功に導くと考えられます.

またDICは,外科手術が発症の引き金となる可能性があることを認識しておくことも重要です.術前に血液凝固線溶系検査を実施する施設は年々増加傾向にありますが,侵襲性が高い外科手術後もDICを考慮したモニターが必要となることを忘れてはいけないと思います.子宮蓄膿症の術後腎不全は,術中低血圧の影響やDICが関与していると考えられ,適切な処置により予防できると考えられます.
今回紹介する症例は,乳腺腫瘍摘出術後にDICを発症し急激に悪化した症例です.

<症例>

ミニチュアダックスフント 雌
(6年前に子宮蓄膿症にて不妊手術実施)
右第3乳腺部に4mm ×3mm ×1mm大腫瘤と,右第5乳腺部に直径1mm大腫瘤が確認されました.
両腫瘤とも針細胞診にて上皮性細胞集塊が採材され,乳腺腫瘍を強く疑いました.
インフォームドコンセントの結果,右乳腺片側摘出術に同意され,術前検査を実施しました.

<術前検査>

胸腹部X線検査,胸腹部超音波検査にて異常所見ならびに転移像は認められませんでした.
CBC,血液化学検査ならびに血液凝固線溶系検査において異常値は認められませんでした.

<術後経過>

手術中の出血も通常範囲内で,問題なく右側乳腺片側摘出術を終了しました.術後の覚醒も順調でしたが,翌日の身体検査にて術部周囲の広範囲な出血(図1)と,貧血が確認されました.直ちに,止血剤とデスモプレシンの投与ならびに新鮮全血の輸血を実施しました.手術2日後には下腹部に疼痛が認められるようになり,同様の処置を継続しましたが貧血ならびに出血傾向は改善せず,血液凝固線溶系検査にも異常を認められるようになりました.新鮮凍結血漿(FFP)の投与を実施しましたが,低血圧,乏尿状態と悪化し,術後6日目に死亡しました.表1に手術前後の血液所見を示します.また,図2に赤血球数,PCV値の時系列と治療歴を示します.

図1 症例の術後翌日の術部所見
重度な出血痕と内出血斑,そして術部の浮腫がみられる

表1 症例の術前と手術翌日の血液検査所見

図2 症例の赤血球数とPCV 値の時系列変化

本症例は,血液凝固線溶系検査結果に異常が認められなかったことから手術侵襲がDICを惹起したと考えられます.DICを惹起する外科手術は,長時間の手術による外科ならびに麻酔の影響,多量出血による凝固因子の喪失,術部の乾燥や血流障害,体温の変化や低血圧などが影響すると考えられます.周術期のモニター管理は重要であり,大きな手術時には術後のDIC発症も考慮した血液凝固線溶系検査を実施し,DIC前段階の兆候がみられたら速やかに治療を施し,DICへの進行を抑止する必要があります.
本症例は,手術終了時に出血が認められず,翌日に術部の出血ならびに内出血斑が明瞭であったことから,止血異常が関わっていたものと考えており,術前の出血傾向を検出する目的で,頬粘膜出血時間を含めた止血スクリーニング検査の重要性を再認識しました.

本症例は術部の出血が明瞭でしたが,DICによる出血ではないと考えています.DICの多くは出血傾向は認めず,臓器障害を示します.したがって,DICといっても採血部位の止血障害が認められるような症例は稀であり,術後のDICの特徴はBUN,Creの上昇や黄疸などが多くみられます.ただし,腫瘍症例では末期のDICで血便が見られることが多いように感じます.

近年,犬や猫の臨床においてDICを考慮し,腫瘍症例や外科手術症例において血液凝固線溶系検査を実施する施設が増え,術前検査率は高くなりました.本症例から,術後もチェックが必要であることや,出血傾向はDICの診断基準内に含まれない検査があることなど,多くを学びました.

最後に,止血スクリーニング検査とDICの診断基準を表2と表3に示します.血液凝固線溶系検査の基準値は,検査機関や検査機器によって差がありますので,各検査法による基準値を把握しておく必要があります.

表2 止血スクリーニング検査

A : 血小板数
B : 出血時間(頬側粘膜出血時間など)
C : フィブリノーゲン
D : PT
E : APTT

表3 DICの診断基準
 (Couto et al., Small Animal Internal Medicine)

A 基礎疾患を有する
B 血小板減少症
    a PTの延長
    b APTTの延長
    c フィブリノーゲンの低下
    d ATの低下
    e FDPの増加
C 破砕赤血球の出現
AがみられBのa~eから4項目異常があればDICと診断する.
その上にCが確認されれば確実性は増すが,CはDICに必発する所見ではない.

2013年7月掲載
※内容は掲載時点の知見であり、最新情報とは異なる場合もございます。

施設インフォメーション

病院名四国動物医療センター
住所香川県木田郡三木町池戸3308-5
TEL087-864-4060
ウェブサイトhttp://www.irie-ah.com/

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