抗菌薬の適正使用~体液中の血糖値・細胞数測定の結果から細菌検査の依頼を検討する

大阪府立大学

准教授 鳩谷 晋吾先生

人医療では、抗菌薬の乱用による耐性菌の発生が問題となっており、適正な抗菌薬の使用が求められるようになっています。一方、小動物獣医療においても耐性菌の増加が報告されており、これは私達獣医師の抗菌薬の不適切な使用が問題であると考えられています。
今回、消化管穿孔が原因となる腹腔内感染症(細菌性腹膜炎)の症例を上げ、感染を疑う際の腹水検査における重要なポイントおよび抗菌薬の使用法について述べたいと思います。

Part1:適切な抗菌薬選択の重要性と体腔内の貯留液の検査を実施する重要性

抗菌薬は、細菌が原因となる感染症に対して使用することで治療効果を発揮します。感染症治療には抗菌薬の選択が重要となります。もし、感染症の原因となる細菌に効果のない抗菌薬を使用した場合、感染症が改善しないばかりか、体内の耐性菌が増加する可能性があります。そのため、抗菌薬を使用するときには、体内のどの臓器が、どのような細菌によって感染症を引き起こしているかを想定する必要があります。さらに、細菌培養検査や薬剤感受性試験を行うことで、最適な抗菌薬の使用が可能となります。
腹水が貯留している場合、この原因が何かを突き止める必要があります。腹水の原因は多岐にわたりますが、腹腔内感染症が原因となることもあります。これは、一般的に消化管内からの細菌の漏出によって起こることが多いとされています。具体的には、術後の消化管離解や異物、潰瘍などによって消化管穿孔が起こり、細菌が腹腔内に漏れ出すことが原因です。感染の確認には、腹水を外部検査機関に提出し、細菌培養検査を行う必要がありますが、検査に数日間かかるため、それまでに症例の状態が悪化する恐れがあります。
腹腔内感染症の治療を成功させるためには、解剖学的な感染巣の処置(外科手術)と抗菌薬投与の両方が必要となるため、以下の項目について検討し、早急な治療の判断が必要となります。
一般状態:消化管症状(吐き気、嘔吐など)、炎症所見(発熱、頻脈、頻呼吸など)
血液検査:重度の左方移動を伴う好中球増加、CRP上昇、低血糖など
画像診断:腹部X線検査、エコー検査、CT検査による腹部の液体貯留および遊離ガス像の確認(図1)

図1:CT検査による腹腔内遊離ガスの確認

腹水検査:色調、臭気、比重、タンパク質、細胞数を調べて腹水を分類(細菌性腹膜炎:変性漏出液から滲出液を示す)、細菌培養同定および薬剤感受性試験
特に、感染を疑う腹水では上記と共に以下のような検査を実施することが重要となります。
①貯留液の細胞診:腹水は通常無菌的であるため、グラム染色やギムザ染色で細菌やこれを貪食している好中球、変性好中球が多数確認された場合は、異常と考えます(図2)。しかしながら、細菌が確認できないことも多いため、感染が疑わしい場合は細菌培養検査を行います。

好中球内に桿菌が多数観察される
図2:腹水のギムザ染色

②腹水に細菌が確認されない場合でも、多数の好中球が認められる場合は、腹水中の血糖値と有核細胞数を測定します。2003年のVeterinary Surgeryで報告された論文では、末梢血のグルコース値と腹水中のグルコース値を比較して20mg/dL以上腹水のグルコース値が低下していた場合は、化膿性腹膜炎である可能性が高いとの報告があります。また、腹水中の有核細胞数が13000/μL以上である場合も腹腔内感染症を示唆しています(表1)。
※有核細胞数の増加は、非感染性の腹膜炎(腫瘍、胆汁漏出、膀胱破裂など)でも起こります。判断が難しい場合は、腹水中のビリルビン濃度(胆汁漏出の有無)、クレアチニン濃度の測定(尿漏出の有無)や、細胞診で腫瘍細胞や好中球の変性像がないかを確認してください。
当然ながら、これら一つだけの検査で腹腔内感染症を診断することは難しいため、総合的な判断が臨床医にとって必要となります。

表1:腹水中の細胞数およびグルコース値による感染症の診断

Part2:体腔内貯留液の検査を行い、適切な治療が行えた症例の紹介

<症例1>

図3:症例の外観

ウェルシュ・コーギー、8歳3カ月、避妊雌、体重14.8 kg(BCS:4/5)です(図3)。5日前から嘔吐、下痢があり近医を受診しましたが、改善しないため本学獣医臨床センターを紹介受診されました。初診時の身体検査では腹部圧痛が確認され、血液検査(表2、3)では、軽度な好中球数の増加、低アルブミン血症およびCRPの上昇などが確認されました。X線検査では、腹腔内の不透過性亢進および肝臓、胃、横隔膜の間に遊離ガス像が認められました(図4)。

表2:血液検査1

表3:血液検査2

図4:遊離ガス像

超音波検査で腹腔内に液体貯留が認められたため、腹水を採取し検査を行ったところ、腹水は滲出液であり、好中球が多数観察されました(図5)。

好中球が主体、マクロファージ、赤血球も確認
細菌は確認できない(ヘマカラー染色)
図5:腹水の細胞診

腹水のグラム染色やギムザ染色では細菌は観察されませんでしたが、腹水(滲出液)の血糖値が低下していること(表4)、遊離ガスが認められること、血液検査、臨床症状から腸管穿孔による急性腹症を疑い、CT検査と試験開腹を行いました。
CT検査では、レントゲン同様、腹腔内に遊離ガス像が確認されました。さらに、試験開腹では十二指腸・空腸移行部に穿孔が確認されたため(図6)、穿孔部位の腸管を切除し端々縫合を行いました。

表4:腹水の性状(滲出液)

図6:腸穿孔

術後は抗菌薬としてエンロフロキサシンの投与を行いました。その後に出た腹水の培養同定検査では、Escherichia coliClostridium perfringensが確認されました。薬剤感受性試験でこれらの細菌がエンロフロキサシンに感受性であったことから、これを継続投与としました。
その後、状態は良化しましたが、切除した消化管穿孔部位の病理組織検査の診断結果は、T細胞性消化器型リンパ腫でした。おそらくリンパ腫によって消化管が穿孔し、腹腔内感染が発生したと推測されます。

<症例2>

雑種猫、1歳、避妊雌、体重3.6 kg(BCS:3/5)です。3カ月前に突然、発熱と元気および食欲低下が認められたため、近医にて抗菌薬投与(セフォベシンナトリウム)、静脈輸液等で治療を行ったところ、状態が改善しました。その後、再び元気がなくなったため、抗菌薬投与を行うも回復せず、腹水貯留が確認されたため精査を希望して本学獣医臨床センターを紹介受診されました。初診時の身体検査では腹囲膨満が確認され、血液検査では、重度な好中球数の増加(表5)、低アルブミン血症(1.5g/dL)が確認されました。X線検査では、腹腔内の不透過性亢進が認められました(図7)。

表5:血液検査

図7:腹部レントゲン

超音波検査下で腹水を採取し検査を行ったところ、腹水は変性漏出液であり、腹水のグラム染色やギムザ染色では好中球が多数観察されましたが、細菌は観察されませんでした(図8)。腹水のグルコース値は、血糖値より20mg/dL以上の低下はありませんでしたが、有核細胞数は35900/μLと非常に増加していました。腹水中のビリルビン値、クレアチニン値は低値であり、腫瘍細胞も確認されませんでした(表6)。
以上の検査結果より、腹腔内感染が疑われたため試験開腹を勧めました。その後、かかりつけ医にて試験開腹を行ったところ、長さ4センチメートル、直径は1ミリメートル未満の線状の植物性の異物による腸穿孔が確認されたとのことです。おそらく、ほうきの掃く部分の植物(帚木)だと思われます(図9)。

図8:細胞診で細菌は検出されなかった

術後は抗菌薬としてエンロフロキサシンおよびメトロニダゾールの投与を行いました。その後に出た腹水の培養同定検査では、Escherichia coliが確認されました。薬剤感受性試験ではこれらの細菌がエンロフロキサシンに感受性であったことから、これを継続投与してもらいました。その後は、状態も良好で体重もどんどん増えていき完治したとのことです。
症例1、2ともに腹水内のグラム染色では、明らかな細菌は観察されませんでしたが、培養検査では細菌が確認されています。医学領域では抗菌薬投与後の微生物検査の検出率は著しく低下することが知られおり、今回の症例もすでに抗菌薬が投与されていたことから、細菌数が減少しグラム染色の検出率が低下したものと思われます。そのため、細菌感染の疑いがある場合は、可能な限り抗菌薬投与前にグラム染色を含めた細菌検査を積極的に行うべきです。
また、症例1では画像診断で腹腔内遊離ガスが認められたことや、末梢血の血糖値と比較して腹水のグルコース値20mg/dL以上低いことなどから消化管穿孔による腹腔内感染が疑われました。症例2では腹水のグルコース値の異常はありませんでしたが、腹水中の有核細胞数が増加しており、その他の腹膜炎をおこす疾患が認められないことや、血液検査所見から細菌感染を疑うことができました。当然ながら、腹水の原因となる疾患は複数あるため、それらの除外を行うことも忘れてはなりません。

腹腔内感染症の抗菌薬

消化管穿孔による感染症の原因は、消化管細菌です。多く報告されているのは、大腸菌などのグラム陰性桿菌やBacteroidesなどの嫌気性菌です。そのため、腹腔内感染症が疑われる場合、薬剤感受性試験の結果が出るまでは、感染菌を推測して感受性があると予測される抗菌薬を投与する必要があります(初期治療)。消化管内グラム陰性桿菌には、第三世代セフェムやキノロン、嫌気性菌にはアモキシシリン、メトロニダゾール、クリンダマイシンなどの効果が期待されます。当然ながら、カルバペネム系は、グラム陰性桿菌、嫌気性菌の両方に効果がありますが、人医療では耐性菌がでないように使用が制限されています。また、以前に抗菌薬を投与されている動物では、耐性菌が出る可能性もあるので注意してください。
細菌培養検査・薬剤感受性試験の結果が出た場合は、初期治療の効果を判断したうえで抗菌薬の変更が必要かを検討します(最適治療)。この検査を行わない場合、不適切な抗菌薬を使用し続ける危険性がありますので、腹腔内感染症のような重篤な疾患では、ぜひとも薬剤感受性試験をしてください。

表6:腹水の性状

図9:手術と発見された異物

参考文献1)Comparison of peritoneal fluid and peripheral blood pH, bicarbonate, glucose, and lactate concentration as a diagnostic tool for septic peritonitis in dogs and cats.Bonczynski JJ1, Ludwig LL, Barton LJ,Loar A, Peterson ME.:Vet Surg 32(2)161-166;2003

 

2016年11月掲載
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施設名大阪府立大学大学院
生命環境科学研究科・生命環境科学部
准教授 鳩谷 晋吾先生
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