膵炎:急性嘔吐から食欲不振に陥り腹水貯留が認められたため大学病院を紹介された症例

酪農学園大学伴侶動物外科 教授

附属動物医療センター センター長

鳥巣 至道 先生

はじめに

膵炎の診断や治療について多くの先生方が頭を悩まされているのではないでしょうか。激しい嘔吐による誤嚥性肺炎、消化管運動の低下による食欲の低下、腹部痛、総胆管閉塞による肝障害などの様々な消化器症状が見られた場合、膵炎が疑われます。また慢性膵炎の場合、糖尿病が引き起こされる場合もあります。重症膵炎では、局所の炎症が好中球の活性化により全身の炎症に波及し、SIRS(全身性炎症反応症候群)や臓器不全を引き起こします。膵炎は炎症を呈している部分ごとに症状が異なるため、臨床症状から膵臓のどの部分で炎症反応が出ているのかを考え、かつ外科侵襲による他の臓器へのダメージを考慮しながら全身に炎症が波及する前に適切に治療する必要があります。

今回は、急性膵炎を発症しSIRSと診断しましたが、適切に治療することで回復に至った1例をご紹介いたします。

当院受診までの経緯

患者は、急性嘔吐があったためかかりつけ医を受診しました。マロピタントの皮下投与の治療を受け、それ以降、嘔吐は改善しました。しかし、元気・食欲は全くなかったため、翌朝に再度かかりつけ医を受診し、CBC検査と血液化学検査を実施したところ、WBC 18,600 /μL、LIP 3,435 U/L、CHOL 347 mg/dL、cPLが高値でした(表1)。また、超音波検査でも腹水貯留が見られ、膵炎が疑われたため、大学病院に紹介していただきました。

患者情報
● 犬種:T・プードル
● 年齢:10歳9ヵ月
● 性別:不妊メス
生活環境
食 事
生 活
予 防
低脂肪食(1日2回),おやつ(ささみジャーキー)
完全室内,同居犬1頭
毎年(フィラリア,ワクチン)
問診
きっかけ
嘔吐内容
下 痢
様 子
2日前にゴミを漁っていた?
おやつのジャーキー,液体
なし
嘔吐後は祈りの姿勢

 

表1 紹介先の検査データ(当日AM)

当院での身体検査結果

まず、身体検査を実施しました(表2)。本人の状態はそれほど悪そうではありませんでした。血液検査はかかりつけ医で既に実施されていましたが、来院時の状態を確認するために超音波検査と血液検査を実施しました。超音波検査では、膵臓周囲に限局的な液体貯留が確認されました。網嚢内(脾静脈の被膜下)に液体が溜まっており(図1)、膀胱周囲や腎臓周囲に腹水はなく、急性膵炎に特徴的な病態が確認できました。

表2 身体検査結果

図1 膵左葉の超音波検査(赤丸:網嚢内に見られた液体貯留)

当院での血液検査

血液検査では、かかりつけ医での検査から数時間しかたっていないにもかかわらずWBCが5,500 /μLまで低下しており、CRP高値、Bandやデーレ小体も出現し(表3)、局所で急性炎症が起こっている危険な状態だということが分かりました。また、LIP、 GLU、TGも高値でした(表3)。そこで、血液ガス検査、凝固項目検査、X線検査を実施しました。結果は、過換気を起こしており、 凝固項目検査ではATが低値、FDP、Dダイマーが高値であり、線溶系亢進が見られました(表4)。腹腔内のX線画像では異常な所見は見られませんでした。これらの結果をSIRSの診断基準(表5)で評価すると、脈拍 152 /分、呼吸 48 /分、WBC 5,500 /μL、Band 440 /μL(8%)の4項目を満たすため、SIRSであることが分かり、局所の炎症が全身に及んでいることが示唆されました。別症例の経験ではありますが、強い炎症を呈している場合、24時間以内に急激な腎障害が生じたこともありました。SIRSになっていることをいち早く捉えて治療していくためにも、検査項目を丁寧にモニターすることがとても重要だと考えています。

表3 当院における血液検査の結果①

表4 当院における血液検査の結果② 追加検査

表5 SIRS診断基準(犬)

治療

膵炎の治療は、心臓に問題がない場合は循環血液量と灌流圧を保つために大量に輸液することが重要と考えています。輸液は、はじめの3日間10 mL/kg/hr、その後症状が落ち着いてきたので量を減らして4日間3 mL/kg/hrで投与しましたが、その後膵炎が再度悪化してきたためさらに3日間10 mL/kg/hrで投与しました(図2)。排尿量はペットシーツで重量を測定してモニタリングを行い、排尿量に合わせて利尿剤フロセミド1 mg/kgの投与も行いました。また、この時のCre値は増加していないことを確認しています。
疼痛管理として導入時はブプレノルフィン(20 μg/kg BID, s.c.)を投与、1-9日目は継続してフェンタニルパッチ(2.1 mg/枚)を貼付しました。補助治療として、抗生剤メロペネム(13 mg/kg/TID, i.v.)、制吐剤マロピタント(1-2 mg/kg, s.c.), メトクロプラミド(1 mg/kg/day, CRI)、抗血栓剤 低分子ヘパリン(100 U/kg/TID, s.c.)、消化酵素パンクレリパーゼ、抗酸化のために水素ガス吸入を実施しました。
食事はRER(安静時エネルギー必要量)を算出し、BCSが高いため量はすこし少なめになるよう1日3回、超低脂肪食(流動食)を与えました。一連の治療を続けたところ、WBCは2日目にしっかりと反応して増加し、3日目以降は減少しました(図3)。CRP値も順調に低下し、Bandや中毒性変化がなくなってきたため、抗菌薬の投与を中止しました。そこで、食事を1.5 RERにしたところ、 WBC、CRP値が再燃しました。そのため食事量を変更前(1 RER)に戻し、再度輸液を10 mL/kg/hr行ったところ値が落ち着き、快方に向かいました(図3)。
※RER=70 × 体重0.75

図2 輸液のIN(輸液・給水)とOUT(排尿量)の投与スケジュール

図3 WBCとCRP値の変化

最後に

十分な輸液を行ったことで、数値は比較的順調に改善しました。大量の輸液は、肺水腫をひき起こす危険性があるため、輸液のIN-OUT量をモニタリングしながら実施することが重要です。今回は、聴診と視診、尿量、体重のモニタリングで危機を無事に回避することが出来ました。治療途中で点滴量を減少させると、膵炎の悪化が原因とみられるCRP値の上昇が認められたため、点滴量は重要だと改めて痛感しました。膵炎の治療では十分な輸液と鎮痛剤投与がキーポイントであると認識した症例です。

※一般的に過剰輸液によって発現する臨床症状は、咳、鼻水、鼻梁の湿潤、結膜浮腫などです。これらが認められた場合は輸液過剰が考えられるため、輸液量を減らすか、積極的な利尿剤の投与が必要です。

◎この症例紹介は2023年10月に開催したHORIBA小動物学術セミナー内で紹介された症例を元に作成しました。

施設インフォメーション

施設名酪農学園大学附属動物医療センター
住所北海道江別市文京台緑町582番地
ウェブサイトhttps://amc.rakuno.ac.jp/

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