血液塗抹を確認することの重要性を再認識した腫瘍症例の1例

東京農工大学 共同獣医学科 獣医臨床腫瘍学研究室

准教授 呰上 大吾 先生

はじめに

私が勤務する大学附属動物病院腫瘍科には、当然ながら様々な腫瘍症例が来院します。春先に特に多いのは、『健康診断時に血液化学検査で異常値を認めたために画像検査を実施したところ体腔内に腫瘤が見つかった』という症例です。血液化学検査で異常を発見することができる代表的な腫瘍としては、肝細胞癌、副腎腫瘍、甲状腺腫瘍、上皮小体腫瘍など、比較的多くの腫瘍が挙げられます。一方、健康診断時の完全血球検査(CBC)で発見される腫瘍といえば慢性リンパ球性白血病がよく知られていますが、CBCの検査が血液腫瘍以外の腫瘍発見にも繋がることはあまり知られておりません。今回、健康診断時の血液塗抹検査の重要性を改めて感じた症例をご紹介したいと思います。

症例

雑種猫、10歳齢、避妊メス、完全屋内飼育

ワクチン接種:生後3ヶ月時に1回のみ
既往歴:特になし
ウイルス検査:FIV(-)/FeLV(-)

特に症状もなく元気ですが、高齢であるため簡単な健康診断を目的としてホームドクターを受診しました。系統的問診および身体検査では明らかな異常を認めませんでした。スクリーニング検査としてCBCと血液化学検査を実施したところ、ごく軽度の白血球増加を認めましたが、血液化学検査では異常を認めませんでした(表1)。

表1 CBCおよび血液化学検査

自動血球計数装置の結果では軽度の白血球増加でしたが、目視で白血球分類を実施したところ、中等度のリンパ球増加(17,300/μL)および軽度の単球増加(2,450/μL)が検出されました。血液塗抹上では増加したリンパ球はクロマチンに富む小型濃縮核を有しており、成熟リンパ球であることが考えられました(図1)。この時点で、ホームドクターでは慢性リンパ球性白血病(CLL)を疑ったため、筆者の在籍する診療施設に紹介して頂きました。

図1 健康診断時の血液塗抹所見

著者の在籍する診療施設においても血液検査を実施しましたが、同様に成熟リンパ球の増加が認められました。そこで、胸部レントゲン検査と腹部超音波検査を実施しました。腹部超音波検査では特に異常を認めませんでしたが、胸部レントゲン検査では胸腔内に気管を挙上する巨大な腫瘤が認められました(図2)。この所見から前縦隔腫瘍を疑い、血液凝固検査を実施したのちに、超音波ガイド下でFNAを実施しました。

図2 胸部レントゲン検査

前縦隔腫瘤のFNAでは、血液成分と共に多数のリンパ系細胞が採取されました(図3)。リンパ系細胞の主体は成熟リンパ球であり、これらに少数のリンパ芽球や肥満細胞が混在して認められました。成熟リンパ球と肥満細胞が混在して観察される特徴的な所見から、本症例を胸腺腫瘍と臨床診断しました。念の為に実施した末梢血の抗原受容体遺伝子再構成PCR検査(PARR検査)では、TCRとIgH遺伝子の増幅産物にクローナルバンドは観察されませんでした。

図3 前縦隔腫瘤のFNA所見 右図×1000 左図×400

以上の検査結果より、成熟リンパ球増加の原因は胸腺腫瘍に伴う腫瘍随伴性リンパ球増加と判断し、胸腺腫瘍の外科的切除を計画しました。ただし、この時点では胸腺腫瘍が非常に大型で手術リスクが高いと判断されたため、腫瘤縮小を目的としてプレドニゾロン1mg/kg/dayの経口投与による治療を先行して1ヶ月間実施しました。併せてプロトンポンプ阻害剤を投与しています。

プレドニゾロン投与開始から2週間後のフォローアップでは、明らかな胸腺腫瘍の縮小が認められました。投与開始から1ヶ月後には胸腺腫瘍は著しく縮小し(図4)、手術リスクの低減が予想されたため、CT検査後に胸骨正中切開アプローチによる胸腺腫瘍の摘出を実施しました(図5)。病理組織学的検査では胸腺腫(リンパ球優勢型)と診断、摘出は完全と判定されました。

図4 プレドニゾロン投与開始から1ヶ月後の胸部レントゲン像

図5 胸骨正中切開による胸腺腫瘍切除と摘出組織の肉眼像
腫瘤は前大静脈と接していたが左右の横隔神経は温存可能であった。

術後は速やかに血液学的異常も改善し、術後1ヶ月のフォローアップでは完全に基準範囲内に復帰しました(図6)。その後2年間フォローアップしましたが、再発は認められておりません(図7)。

図6 術後1ヶ月の血液塗沫所見 ×400
胸腺腫瘍の摘出により、成熟リンパ球増加症の改善が認められた。

図7 術後1年目の胸部レントゲン像
胸腺腫の再発は認められていない。

本症例を担当した主治医として

健康診断時のCBCにおいて軽度の白血球増加が認められる症例は少なくないと思います。本症例においても総白血球数は25,500/μLと軽度の増加に留まっており、『これくらいなら様子見ようか…』となりそうな数値です。ただし、総白血球数についてその数値だけで判断することは危険であり、たとえ総白血球数が基準範囲内であっても、好中球減少、好中球の左方移動や中毒性変化、各白血球成分の著増(特にリンパ球)、異常細胞の出現などが隠れている可能性があります。
本症例のホームドクターではきちんと血液塗抹まで評価をされており、簡単な健康診断が最終的に巨大な胸腺腫の発見に繋がりました。胸腺腫は緩徐に増大するため、かなり巨大化しても臨床症状を示さないことがよく経験されます。また、胸腺腫は多彩な腫瘍随伴症候群を合併することが知られており、重症筋無力症、巨大食道症、剥脱性皮膚炎、多形紅斑、多発性筋炎、免疫介在性血球減少症などの自己免疫性疾患以外に、腫瘍随伴性リンパ球増加症やPTHrP産生に伴う高カルシウム血症も認められることがあります。
成熟リンパ球増加症に関しては、生理的増加(若齢・興奮など)、慢性炎症、ワクチン接種後の免疫応答、成熟リンパ球腫瘍(慢性リンパ球性白血病/低グレードリンパ腫)が主な鑑別として挙げられますが、胸腺腫も重要な鑑別診断の1つとして挙げることができます。特に高齢猫で成熟リンパ球増加を認めた場合、リンパ腫および胸腺腫の可能性を考え、胸部レントゲン検査や腹部超音波検査などの画像検査を実施することが重要です。
最後になりましたが、本症例を通じて血液塗抹標本の観察の重要性について多くの先生に再認識して頂き、多くの動物の幸せに繋がれば幸いです。

施設インフォメーション

施設名東京農工大学 共同獣医学科 獣医臨床腫瘍学研究室
住所東京都府中市晴見町3-8-1
ウェブサイトhttps://www.tuat.ac.jp/co-vet/

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