近年の放射温度計の低価格化には目を見張るものがあります。これは、特にユーザー各位の用途拡大と各メーカのコストダウン努力によるものと思われます。現在では仕様や価格帯を含め、極めて多くの種類の放射温度計が製品化されているため、放射温度計を選定するとき悩むことも多いでしょう。いくら安くなったといっても、よく検討もせずに目的に合わない物を購入してしまったら大変です。ここでは、放射温度計を購入する際の正しい選び方を解説しますので、参考にしてください。
温度計を選ぶとき重要とされる仕様項目として、センサーの種類・測定温度範囲・精度などが挙げられます。放射温度計では、これらに加えて、標的サイズ/測定距離(測定視野)、放射率設定機能の有無などに注意してください(標的サイズ/測定距離(測定視野) )。
また温度ドリフトや測定波長範囲などの項目も重要です(測定波長範囲)。
カタログで各メーカーの仕様を比較する場合、いくつかの項目はメーカー間で若干の基準の違いなどがあるようです。また、仕様ですべての性能を見極めるのは難しい面もあります。製品を購入してから、使用目的に合わないということにならないよう、特に次の項目を参考に放射温度計を選定するとよいでしょう。
放射温度計の計測エリアを、その測定距離における標的サイズ(測定視野)として表しています。
標的サイズは被測定物より小さいものを選んでください。
被測定物より標的サイズが大きいと、放射温度計は被測定物の周囲も含めて計測してしまい、正確な温度計測は望めません。このように、放射温度計の視野を被測定物が満たしていない状態を「視野欠け」といいます。
では標的サイズが一番小さいものを選べばよいか、というと、そう単純ではありません。放射温度計には「面積効果」という現象があるからです。
面積効果は視野欠けとは反対に、仕様上の標的サイズを満たす大きさをもつ被測定物でも、その大きさの違いによって温度計の出力に変化を生ずる現象です。面積効果は光学系の開口しぼりによる回折、対物レンズなどでの散乱、鏡筒内(光学系内壁など)での反射、入射光による検出素子の加熱などが原因となって生じる現象で、放射温度計のハード特有の問題です。
JISの放射温度計性能表示通則では、仕様に面積効果の記載をすることになっていますが、各メーカーでこれを記載したものはあまり見られません。しかし、特に被測定物が小さい場合には、標的サイズが小さいだけでなく、できるだけ面積効果の小さい放射温度計を選ぶことが重要となります。図5は、HORIBAのハンディ型放射温度計と他の市販温度計の面積効果の実測例です。
放射温度計は、被測定物表面からの放射エネルギーの強度を測定して温度を求めます。物体から放射される放射エネルギーの強度は、物体の温度だけでなく「放射率」と呼ばれる物体固有の係数(「放射率とは-黒体との比率」 )によって決まります。このため、放射温度計で温度を測定する際には、あらかじめこの値を調べ、放射温度計に放射率補正値を設定しておく必要があります。放射率が正しく求められていないことも測定誤差の要因となります。
放射率の正しい設定の仕方については後に解説しますが、放射温度計に必要な機能として、放射率を設定できる機能がなければ正しい温度測定はできません。
※面積効果の影響の測定は、標的サイズの1.5倍以上の開口をもつ黒体炉 、または安定した熱源の前に、規定の標的サイズに相当する開口のしぼりとその1.4倍以上の開口径をもつしぼりを設置して、それぞれのしぼりに対する放射温度計の指示値の差を求めることによって行います。 (作成1998年1月)
※面積効果は以下の式で求められます。
放射温度計を保管場所から使用場所に移動させるなど、環境温度を急に変えると赤外線センサーや光学系の温度変化によって測定値に温度ドリフトが生じ、測定誤差が発生します。
通常、カタログ等に記載されている温度ドリフトの値は、温度計の周囲温度の変化に対し、十分時間が経過したときの指示差を「周囲温度変化1℃あたりの値」に換算して表されます。ところが過渡的な温度ドリフトについては、対策が難しく、また評価方法として定められたものがないために、カタログには記載されていないのが実状です。
実際に市販されている放射温度計でも、図6の実測例のように特性が異なります。放射温度計は接触式の温度計に比べて応答が速く、測定時間が数秒で完了できますが、環境の急変に対して十分な注意が必要です。
放射温度計の選び方の最後になりましたが、測定波長範囲は放射温度計を選択する上で極めて重要なポイントです。
※気温26℃の部屋に保管していた放射温度計を5℃の部屋へ持ち込み、約-10℃の黒体炉 を測定したときの測定値の変化を示したグラフです。
(作成1998年1月)