自社農場「HORIBA Blueberry Farm ‟Joy and Fun(ジョイアンドファン)”(滋賀県高島市安曇川)」では、はかる技術を基盤とする分析・計測機器メーカーならではの取り組みとして、さまざまな専門分野の方や企業と協働し、はかる技術を用いて人の健康を食から支えることをめざしています。その取り組みの一つが、微生物を用いた土壌改良の実証実験です。
ワケンビーテック株式会社 執行役員・開発本部部長 山谷 雅和様は、自社で販売する菌根菌と乳酸菌製剤が、土壌微生物叢(びせいぶつそう)※にどのような効果をもたらすか、HORIBA Blueberry Farmで実証実験されています。実験は野菜、コットン、ブルーベリー畑の一部で実施しており、実験前にはコットンが上手く育たなかった場所が、2年間の乳酸菌、菌根菌の散布を経て土壌が生き返り、コットンの育成に成功しました。また、2021年は新たに栽培を開始したホップの土壌に乳酸菌の散布を行い、HORIBAのコンパクト水質計LAQUA twinを用いてpHや電気伝導率(EC)の測定を行っています。
※土壌微生物叢:土壌中には多種多様な微生物が生息しており、それら微生物群のことを微生物叢や菌叢と呼びます。
山谷様に、微生物開発のきっかけや、めざす姿をお伺いしました。
微生物開発を始めたきっかけ
40歳を過ぎてから大学(医学部)の研究生を経験し、創薬ベンチャー役員、さらに大学(薬学部)研究員を経て、現在は農業用微生物開発を行っています。大学での経験はとても貴重なものでしたが、対処療法の限界と根本治療の難しさを改めて痛感することとなり、辿り着いたのが古(いにしえ)の「薬(医)食同源」の思想でした。
HORIBA Blueberry Farmに出会ったのは2020年1月。京都科学機器協会の新春親睦会の抽選で、農場で採れたブルーベリーのジュースを当時の弊社社長が引き当てたことがきっかけでした。その後、HORIBA Blueberry Farmを訪問し、一緒に実証実験を行うことになりました。
この農場には、たくさんの種類の野菜があるため、さまざまな野菜を用いた多様な検証ができます。また、広大な農場ですので、栽培場所を変え、同じ種類の野菜を植えて比較するというような、土の条件をさまざまに考慮した実験もでき、こんなに素晴らしいことはありません。
微生物のチカラ
現在扱っている微生物は、菌根菌(きんこんきん)と乳酸菌(にゅうさんきん)の2種類です。まず乳酸菌が土着菌を元気(活性化)にさせ、土壌中の有機物の分解を促進します。菌根菌は、植物の根のなかに内生し、その分解された養分(特にリン酸)や水分を効率よく吸収して植物に供給します。
一般的な肥料との違いは、いずれも土のなかにもともとある微生物を元気にすることで、土、野菜、そしてそれを食べる人の健康に寄与するものです。腸内と土壌はまったく同じで、乳酸菌は腸内環境、土壌環境を改善してくれます。菌根菌は腸管の吸収や免疫をつかさどる細胞の役割であり、植物がとても健康になります。
菌根菌は栽培時に基本一度撒けば良いのですが、乳酸菌は3日もすれば土壌にいなくなってしまうため、継続した散布が必要です。1年目では大きな差は出ないかもしれませんが、積み重ねが大事です。西洋医学と東洋医学に例えると、微生物は東洋医学。即効性はありませんが、乳酸菌を継続して散布し、菌根菌と組み合わせると、健康が目に見えてくるようになります。本当に土や植物を元気にしたいなら、広い視野で継続的なお世話をすることが必要です。放っておいて良い土も作物もできません。
実験開始時は、まず条件の悪い土地から始めました。コットンや枝豆、じゃがいも、大根、ブルーベリーなどさまざまな種類で実験しています。野菜によって必要な微生物の種類は異なり、一つの菌ですべてが良くなることはありません。作物に合うように菌を活性化させることが大切です。また、撒くエリア、タイミングも大事で、作物によって最適な散布箇所と時期があります。
初めは条件が悪かった土も、2年間乳酸菌を撒き続けたことで、土壌が柔らかくなってきてコットンや枝豆がようやく実を付けてくれるようになりました。これからの菌根菌散布でさらに成長が早くなり、実の量も多くなっていくはずです。たくさんのコットンや野菜ができるように、2~3年かけて土壌を変えていきたいと考えています。
乳酸菌散布の様子
品種の異なる2種類の大根の成長を比較
コットン畑土壌改良の様子。写真は向かって右側が乳酸菌散布をはじめて2年目、左側が1年目の土壌。2年目の方が細かく、保水性、通気性などに優れており、空気中の窒素を根に取り込んで棉の成長を手助けします。
微生物が就業農家、小規模農家の手助けに
通常、耕作放棄地を、作物が十分に育つ土にするためには数年かかります。微生物が土の改良、植物の生長を促進させ、就業農家の立ち上げや小規模農家が収穫量をあげる手助けになることを期待しています。
一方で、土や植物を育てていくためには、状態を常に把握しておく必要があります。私は土や植物をさわる、なめる、においをかぐなどして状態を確かめるようにしていますが、これを皆に求めることはできません。やはり、そこには測定テクニックが必要です。人のカンをどのようにして測定に置き換えるかが今後は重要だと思います。
みずみずしくて柔らかな「紅くるり」
野菜で人の健康を支える
現在は一般財団法人日本ヘルスケア協会にも加入し、野菜でつくる健康を推進しています。病気にならない身体づくり、また、病気になった後の身体をどのようにリセットするか、健康の土台づくりに野菜は非常に需要です。
HORIBA Blueberry Farm には良い土、野菜があり、またそれらの野菜を美味しく食べることができるブルーベリーフィールズ紀伊國屋治兵衛の「ソラノネ食堂」まで、すべてが揃っています。初めは想像もしていませんでしたが、ここには自然と向き合えて、幸せを感じる特別な「空間」があり、本当に驚きました。
良い野菜とは単に「味」だけではなく、食べて「幸せ」を感じる野菜なのだろうな……と。
HORIBA Blueberry Farmでの栽培試験は、単なる比較結果だけではなく、この大切なことを考えさせてくれる取り組みとなりました。
関係者の方々に心から感謝しています。
山谷様が所属される一般財団法人日本ヘルスケア協会 野菜で健康推進部会が監修された書籍『野菜は7色で食べよう』。色とりどりの野菜を食べることでさまざまな栄養素を身体に取り入れられることを、分かりやすく紹介されています。