医薬品の革新,人と健康の未来に貢献する

西方 健太郎* | |   技術論文

*株式会社堀場製作所 開発本部長 博士(工学)

HORIBAは創業の早い段階から医学・医療分野での分析・計測に着目し,1980年代から血液分析分野で事業を本格化しました。学問分野での歴史を振り返りますと,創業者の堀場雅夫が医学博士を取得した1960年代には,医学・農学を含む広義の生物学が物理科学と対極にあると考えられていました。その後分子生物学・遺伝子工学等が急速に発展し,生物学と物理科学の境界は曖昧になってきました。更には,その発展が生命倫理をも脅かしうる域に達する危機感から,社会的な側面も含めた総合的な学問としてのライフサイエンスが発展しました。近年,HORIBAは,このライフサイエンス分野,中でも創薬・製薬分野において,分光分析技術を応用する事に大きな期待を頂いています。

現在,新型コロナウィルスの感染拡大が継続しており,100年来のパンデミックの最中にある事は言うまでもありません。このような状況下では,直面する感染症のワクチンや治療薬のみならず,従来の低分子医薬品,核酸や抗体を用いた高分子医薬品,細胞や細胞外小胞体を利用した創薬といった様々な研究も強く求められています。このような市場環境や要望の変化に対応すべく,HORIBAはバイオ・ライフサイエンスプロジェクトを立ち上げ,お客様に寄り添って新しい技術開発を行う事を強化しています。

また,開発した医薬品を広く社会へ届けるために,各医薬品モダリティに応じた生産プロセスの構築も求められています。近年,非破壊非接触かつ迅速な分析が可能な分光技術への期待が高まっており,弊社の蛍光分光装置やラマン分光装置,粒子解析装置への需要が増えています。測定対象を非破壊に近い状態でその場で分析できる分光学的手法の利点を活かすためのサンプリングや前処理についても様々な工夫も求められます。HORIBAは,これらの要求に対しても,新たにインダストリアルソリューションプロジェクトを立ち上げ,HORIBAは200年の歴史を有するJOBIN YVONの分光技術と各種産業分野のプロセスをモニタリングする技術,経験を融合させ,チャレンジを始めています。

更には,得られる数多くのスペクトルデータや画像の処理,蓄積,生産プロセス管理への活用などにはデータサイエンスを応用した知見も重要であることは明確であり,それらは研究開発効率や製造プロセスでの生産性向上に資するものでなくてはなりません。このようなデータサイエンスを応用する動きに対しても,HORIBAは新たなプロジェクト(IoT and Data Science Project)を立ち上げ,製品が生み出すデータの信頼性・完全性と付加価値の向上に努めています。

本号の特集と関連してご紹介する2021堀場雅夫賞は設立18年目を迎えます。本賞は一貫して,社会の様々な課題解決のために必要とされる地道な学術研究を支援してきましたが,昨年は新型コロナウィルスのパンデミックにより,1年延期を余儀なくされる異例の事態となりました。本年は,今まさに待望される新たな医薬品開発,ひいては人の健康に貢献する分析・計測を見据えた募集テーマを設定しました。本賞を受賞された新進気鋭の研究者のますますのご活躍を期待するとともに,我々もこの分野へのさらなる貢献に努めたいと思います。

HORIBAは,1963(昭和38)年頃から医学用分析計(医学用ガス分析計など)を開発・販売。その後,1996年にフランスの血球計数装置の専門メーカーABX社の買収により,医用(臨床検査)事業の本格参入が始まった。また,1997年に分析技術に優れたフランスのJOBIN YVON社の買収により,技術の拡大強化をはかってきた。その融合した技術や製品をベースにして2014年にライフサイエンスの事業を本格的に開始した。最近では分析機器メーカーの島津製作所との連携により,多様に変化する領域に対して,創業者の遺志を受け継ぐチャレンジを続けている。