装置組み込みタイプ 放射温度計 IT-270

|   技術論文

 

Abstract
近年,半導体や鉄鋼、食品など幅広い業界の製造ラインにおいて、高精度に温度を測定するニーズが増えており,非接触温度計である放射温度計の要求が高まっている。特に半導体製造装置の要求ニーズは、測定対象物、測定環境などが様々で、市販品の製品ラインナップでは対応できないケースも数多く存在する。これらの要求に応えるため、測定温度範囲、測定波長、測定視野、通信インターフェースといった放射温度計の主な仕様を自由にカスタマイズできる放射温度計「IT-270」を開発した。業界最高水準の測定精度、再現性を実現した従来機IT-470F-H[1]に搭載される独自開発のサーモパイルセンサ、光学フィルタを踏襲し、更に、温度計内部構造の再設計により、当社従来機の中でも特に周囲温度影響や電磁波ノイズ影響に強くなった。他にも、当社装置組込みタイプの従来機と比べ、設置面積比1/2以下、体積比1/4以下と省スペース化を実現した。

 


藤野 翔
株式会社 堀場製作所
分析・計測開発本部
半導体開発部

 

瀧口 悠
株式会社 堀場製作所
分析・計測開発本部
半導体開発部

▶PDFファイルダウンロード

 

はじめに

各種工業において,温度計測のニーズはますます高まっている。製造ラインにおいて、生産物の温度管理を非接触でより正確に行いたいニーズは増しており、非接触式温度計の要求が高まっている。非接触式温度計である放射温度計は,測定対象物から放射される赤外線を検出して温度を求める。その中で、半導体製造装置の真空チャンバー内にある測定対象物の温度計測では、製造プロセスによって様々な温度帯での計測が要求される。また、大気と真空チャンバーを区切る赤外窓の材質、チャンバー内の雰囲気ガスによって、放射温度計に使用できる測定波長も制限される。他にも、測定対象物のサイズ、温度計までの距離で要求される視野特性も様々、半導体製造装置のPLC(Programable Logic Controller)と放射温度計の 通信インターフェースもユーザーによって異なる。市販品の製品ラインナップで対応できる範囲は限定的であるため、多種多様な要求に応えることを目標として、測定温度範囲、測定波長、測定視野、通信インターフェースといった放射温度計の主な仕様を自由にカスタマイズできる放射温度計IT-270を開発した。


放射温度計の原理

ここで、改めて放射温度計の原理を説明する。世の中の物質は、原子、分子で構成され、有する熱エネルギー(温度)に応じて熱振動しており、その振動数に応じて電磁波を発している。この電磁波(熱放射エネルギー)を検出し、温度に換算する温度計を放射温度計という。温度に応じて放射される電磁波の中で比較的どの温度でも幅広く放射している波長が赤外線領域であるため、この赤外線量を検出し、温度に換算する放射温度計が一般的である。

我々の放射温度計ではサーモパイルセンサと呼ばれる熱式赤外線センサを使用している。 Figure 1に、放射温度計の構成とサーモパイルの構造を示す。サーモパイルは、微細な熱電対を多数直列につないだもの(熱電対列)である。熱電対は、材質の異なる金属Aと金属Bで対の構成をしており、温接点と冷接点の間に温度差が発生すると、温度差に応じた熱起電力が発生する。

 


Figure 1 放射温度計の構成とサーモパイルの構造


物体を放射温度計で測定する場合、その物体から放射される赤外線は、レンズによってサーモパイルセンサの温接点に集光される。検出波長は、サーモパイルの直前に配置した光学フィルタで制限している。集光部に熱電対列の温接点を集める構造にすることで、微弱な熱起電力を増幅させている。サーモパイルは、それ自体(冷接点)と測定対象物(温接点)の温度差に相当する電圧を出力するため、内蔵させているサーミスタで冷接点の温度を補償する。サーモパイルの出力とサーミスタからの信号を読み取り、CPUで演算することで測定対象物の温度を算出する。


IT-270の特長

放射温度計IT-270の最大の特長は、カスタマイズ性である。ユーザーの計測ニーズに合わせて放射温度計の仕様選定の主要項目である視野特性、測定温度範囲、測定波長、通信インターフェースの仕様を最適な組み合わせで提案することができる。基本性能の面においても、様々な改良を施した。業界最高水準の測定精度・再現性を有する当社従来機IT-470F-Hでも使用しているサーモパイルセンサを搭載した。また、IT-270は温度計内部構造を見直すことで、当社従来機の中でも特に周囲温度影響や電磁波ノイズ影響に強くなった。更に、従来機と比べ設置面積比2分の1以下に、体積比4分の1以下となっており、小型化も実現した(Figure 2)。以降、IT-270の様々な特長について紹介していく。

 

Figure 2 放射温度計IT-270の外観


カスタマイズ性

ユーザーは、市販品の放射温度計製品ラインナップの中から測定温度範囲、視野特性、測定波長、通信インターフェースといった仕様が用途に近い製品を選定する場合が多い。しかし、用途に対して、すべての仕様が合致している放射温度計を選定できない場合も存在する。特に半導体製造装置の場合、窓材、特殊な測定対象物、測定対象物周辺の障害物といった様々な要素を考慮する必要があるが、市販品の製品ラインナップ内で対応できる範囲は限定的である。

そこで、放射温度計IT-270では、視野特性、測定温度範囲、測定波長、通信インターフェースをカスタマイズできるように設計した(Figure 3)。IT-270はレンズユニットとセンサユニットから成り、これらを組み合わせることで、様々な温度計測ニーズに対応できる。 通信インターフェースは、従来は放射温度計の通信仕様に合わせて、ユーザー側にて設計/改造することが基本であった。しかし、半導体製造装置のPLC側でインターフェースが限られている場合、ユーザー側が通信方式を決めたいケースも多く存在する。IT-270の場合、信号変換器IT-27C(オプション)を用いることで、ユーザーが使いやすいインターフェースを選び、使用することができる。以下、カスタマイズが可能な各ユニットの特長を紹介する。

 

Figure 3 放射温度計IT-270のカスタマイズ性


センサユニットでは、長年の実績があり自社で開発、設計、生産ができる光学フィルタ、サーモパイルセンサを駆使し、様々な測定波長を用意することができる。選択可能な測定波長の範囲は3~14μmである(Figure 4)。サファイア窓、フッ化カルシウム窓などの製造ラインで使用される赤外窓材の透過特性に合わせた一般的なカスタマイズもできる。それ以外にも、チャンバー内の反応性ガスの吸収帯を避けたり、測定対象物の吸収ピークに合わせた測定波長を選定することで薄膜の有機溶剤といった特殊な測定対象物にも対応することができる[2]。

 

Figure 4 IT-270で対応可能な測定波長範囲とアプリケーション例


計測ニーズによって、測定対象物のサイズ、測定距離は異なり、光路中に障害物が存在するなど測定対象物に合わせた測定視野を最適化させることが重要である。レンズユニットはこれらの計測ニーズに応えられるように設計した。

IT-270で対応できる視野特性をFigure 5に示す。 IT-270のレンズユニットは、測定距離に応じて短/中/長距離の3タイプを準備している。100mm以下の近距離での測定を得意とする短距離タイプ、距離は離れるが測定対象物が比較的大きく障害物もない状況で使いやすい中距離タイプ、長距離かつ障害物が存在するなど、できる限り測定視野を絞りたい場合には長距離タイプを選ぶなど使い分けることができる。更に、これら3タイプの中でも視野特性のカスタマイズができるため、ユーザーによって異なる温度計測ニーズの一つ一つに最適な視野特性を提供することができる。

 

Figure 5 IT-270で対応可能な視野特性


通信インターフェースに関するカスタマイズ機能は、入出力ユニットとなる信号変換器IT-27C(オプション)に集約した。RS-485通信を使用する場合はIT-270本体から直接通信ができる。その他のインターフェースを使用したい場合は、信号  変換器IT-27Cを用いることで可能となる。 半導体製造装置のPLCとの通信機能を信号変換器に集約したことで放射温度計の基本性能に影響を与えることなく、通信機能のカスタマイズができる。今後、ユーザーのニーズに合わせて、EtherCAT通信等にも対応していきたいと考えている。

上記がIT-270のカスタマイズに関する紹介となる。以降で、放射温度計の基本性能の一部を紹介する。


業界最高水準の測定精度

複数の放射温度計で温度分布を測定する場合や複数チャンバーに搭載する場合など、放射温度計の個体差が問題となるケースがある。IT-270は、独自開発のサーモパイルセンサ、長年実績のある光学フィルタ、独自開発の温度均一性に優れた精密黒体炉、熱影響を考慮した温度計内部の設計により、業界最高水準の測定精度を実現している。測定波長や視野特性のカスタマイズ内容によって、測定精度等の仕様は異なるが、一例として代表スペック(Table 1)での測定精度試験の結果をFigure6に示す。

プロットは20式の測定誤差の平均値、エラーバーが20式の  測定誤差の標準偏差2σを表している。黒体炉温度100~200℃において、測定誤差±0.4℃以内を確保していることが分かる。


Table 1 放射温度計IT-270代表スペックの仕様

* 条件:放射率設定:1.000、周囲温度24~29℃(温度計取り付け部の温度も含む)、相対湿度55±20%の大気環境下、外乱なきこと。

 

Figure6 測定精度の評価結果


周囲温度影響や電磁波ノイズに強い内部構造

一般的な放射温度計では、周囲温度が急激に変化すると、温度計内部に生じる温度分布により指示値の変動が発生する。そして、この温度分布は、温度計の機械公差、組立誤差が影響 するため、これによる指示値の個体差が大きかった。そのため、放射温度計は安定した温度条件下で使用する必要があった。一方で、半導体製造装置に搭載する場合、RF電源、各種ヒータ、チラーといった発熱/冷却源が至るところに存在するため、温度計測中に放射温度計周囲の温度が過渡的に変化していることも多い。

そのためIT-270では、機械的な個体差の要因を追求し、内部構造の設計見直しによって、カスタマイズ性を確保しながらも 周囲温度影響に強い装置構成を実現した[3]。図7に周囲温度を25℃から55℃に30分で急変させた際の20式の放射温度計の指示値の変化を示す。周囲温度が過渡的に変化している際でも、IT-270では±1℃程度の誤差で抑えられていることがわかる。

 

Figure7 周囲温度の過渡変化による指示値の変化対象物温度 200℃)

 

他にも、プラズマチャンバーへの搭載の際には、電磁波ノイズの影響も懸念される。基板間コネクタを採用することでアンテナとなりうる内部ケーブルを極力排除し、また、コモンとケースグラウンドの2重シールドとすることで電磁波ノイズ影響に強くなった。


おわりに

今回紹介した装置組み込みタイプ 放射温度計 IT-270は、温度計測ニーズに応じて、最適な視野特性、測定波長、通信インターフェース等のカスタマイズを可能とすることで、多種多様な条件下で測定対象物の温度管理を非接触で実現したいという顧客ニーズに応えられる製品となっている。

温度管理はどんな業界でも重要視されており、非接触で温度管理をしたいというニーズは非常に多い。一方、放射温度計は非接触で温度測定ができるが、測定対象物の表面状態、周囲の熱源等からの外乱等によって測定誤差が生じやすい計器でもある。昨今、半導体の製造工程に限らず、どの業界の製造ラインも複雑化してきており、精密な温度計測精度が求められていることから、市販品のカタログラインナップで対応が困難なケースも増えてきている。これら困難な計測ニーズでも対応できる  可能性を秘めている製品であり、すでに半導体製造装置メーカおよび半導体メーカにて、いずれも異なる仕様にカスタマイズ した放射温度計IT-270の評価を開始頂いている。

新製品IT-270と長年の放射温度計製品開発の経験で、一つでも多くの温度計測に関する困りごとを顧客に寄り添いながら解決していきたいと考えている。

 

参考文献

[1] 大須賀 直博, 古川泰生, 半導体製造装置向け放射温度計IT-470F-H, Readout, 2014, No.43, p.2-

[2] 藤野 翔, 半導体製造プロセスにおける放射温度計の応用例, 計装, 2021, Vol.64, No.2, p.31-3

[3] 堀場製作所, 堀場アドバンスドテクノ(発明者:瀧口悠,藤野翔), 特願2020-111469

 


Upcoming Event: 

計測展2022 OSAKA |未来のものづくり社会を支える計測と制御技術の総合展 

2022年10月26日(水)~28日(金)  グランキューブ大阪 

 [オンライン開催]  計測展2022 オンライン・プラス 2022年10月12日(水)~11月25日(金)

https://jemima.osaka/index.html


株式会社 堀場製作所 Open Innovation推進室

〒601-8510 京都市南区吉祥院宮ノ東町2番地
E-mail : readout(at)horiba.co.jp