はかることから始まる社会課題のメカニズム解明-大気中微粒子分析の軌跡-

産業技術総合研究所 環境創生研究部門 環境動態評価研究グループ 兼保 直樹(かねやす なおき) 客員研究員 兼 福島国際研究教育機構 研究開発推進部 研究開発推進第1課長

大気中の微粒子は、自然現象から発生する物質と人為的に発生する物質があり、大気汚染や気候変動の要因ともなっています。そのため、大気中の微粒子の発生源や構成成分を調査研究することは、解決策を見出す第一歩となります。大学生時代から大気中の微粒子について研究を行い、その後、通商産業省(当時)公害資源研究所に入所、独立行政法人化後は産業技術総合研究所において大気粒子の分析で環境との関連性を研究し、現在は福島国際研究教育機構に勤めておられる兼保直樹 研究開発推進第1課長にお話しをお伺いしました。

Episode1: 微粒子の知られざる影響力

気候変動に影響を及ぼすものとしてまず頭に浮かぶのは、二酸化炭素(CO)といった温室効果ガスですが、実は大気中の微粒子も地球に届く太陽放射に影響を与え、気候変動に影響を及ぼす物質と考えられています。
大規模な火山噴火などはわかりやすい例で、1991年のフィリピン・ピナトゥボ山の噴火では、その後しばらくの間、地表温度が下がりました。さらに昔の話をすれば、恐竜が絶滅したのも、地球に隕石が衝突し、成層圏に微粒子が舞い上がったことで日照を遮り、気温が低下したことが原因とする説があります。

私は大気各層や地表面での太陽放射エネルギーの状態を計算する放射伝達計算という手法の改良に関する研究を北海道大学在学中に行っていました。その後、通商産業省(当時)の資源環境技術総合研究所に研究官として就業し、大気汚染の原因として大きな問題となっていた窒素酸化物(NOx)、浮遊粒子状物質(Suspended Particulate Matter, SPM)などの大気中微粒子の研究を担いました。
研究を開始した1990年初頭は、日本の空気はそれほどきれいではありませんでした。高度経済成長期に工場など大規模施設(固定発生源)から排出された二酸化硫黄(SO2)による大気汚染は改善されていましたが、東京都心など大都市では、自動車など(移動発生源)から排出されるNOxやSPMが問題となっており、現状把握と高濃度化のメカニズムの解明が必要とされました。

Episode2: 人手をかけて解明に挑戦した東京の大気汚染

その頃の東京は、視界があまり良くないことがしばしばあり、特にクリスマスあたりの時期になると、東京タワーの展望台からであっても200~300メートル先すら霞んでいる状態が出現しました。初冬にはそうしたことが週1回程度は起きていて、その時のNOxとSPMの濃度は、環境基準値を大きくオーバーしていました。このように東京ではある一定の期間、定期的な周期でNOxやPMが高濃度になることがわかっていたのですが、なぜそうなるのか、原因物質が何で、それらがどう関わっているのかが解明されていませんでした。

そこで私は、大気汚染の現状の把握と発生メカニズム解明に向けてNOxやSPMの研究を始めました。大気汚染の現状把握と発生メカニズムの解明は、大気中の微粒子を集め、濃度や成分を分析することから始まります。観測やデータ収録のための機器の多くがまだアナログ式・手動式だった当時、大気中の微粒子の収集や分析は、人力に頼るほかありませんでした。

首都圏での観測では1日の間に大気中の微粒子がどう変化するかを追いたかったので、ハイボリュームエアーサンプラーという、いわば大きな掃除機のような機器を設置して、その中にろ紙をセットし、大気を吸い込んで一定時間物質を集める方法をとっていました。そして、そのろ紙を後日まとめてイオンクロマトグラフィーや原子吸光などの化学的な分析にかけ、微粒子の組成を明らかにして変化を追いました。2時間に1回サンプルをとる場合もありましたが、これがなかなか困難な作業のため、4時間ごとにサンプルをとるようにしました。サンプルの収集は観測期間中、24時間体制で行いますので、寒い冬の深夜に計測時間毎に起き出して屋外でろ紙を交換する作業は厳しいものでした。クリスマス時期にサンプル収集を行うことも多く、中堅研究官となってからは、若手たちにクリスマスの深夜、サンプル収集を担ってもらうのが心苦しいと思ったことをいまも覚えています。

Episode3: PM2.5の国内発生源の実態解明に挑む

NOxやSPMの研究を行うかたわら、アジア大陸からの大気粒子の長距離輸送についても研究を進めていました。 2013年に北京で高濃度のPM2.5※1が発生し、その映像がメディアに報道されると、PM2.5に対する社会的な関心は一気に高まりました。

PM2.5が季節風に乗って中国大陸から日本列島に飛来しているというイメージは、当時から持たれていました。実際には、九州北部などの地域でこそ中国大陸からの影響が大きかったものの、首都圏や瀬戸内海周辺では、気象条件などからみて国内起源と考えられるPM2.5の濃度上昇が生じており、国内での発生源や高濃度出現メカニズムの解明を進める必要がありました。

首都圏において、人間活動によって排出・生成される大気中微粒子の二大発生源は、石炭系物質の燃焼と石油系物質の燃焼です。PM2.5を構成する元素を特定することで、燃焼源がどちらであるかを一定程度判別することができます。石炭系と石油系いずれの燃焼かを判別する方法として、それまでは粒子中の金属組成を調べる手法を用いていました。しかし前述のとおり、サンプルの収集から分析までを人手に頼ることが多いことや、装置の時間分解能※2が低いために、短い時間軸では物質の変化を捉えられないことが大きな課題でした。
特に首都圏のような狭い範囲で発生し移流拡散するPM2.5 の発生源や生成メカニズムを調べるには、時間分解能の高さが必要でした。同時にその物質がどこからきているのか、石炭系か石油系など何が発生源なのか、正確な組成を導きだす方法を模索していました。

Episode4: 機器の性能向上が可能にしたPM2.5の実態解明

こうした状況のなか、ある海外の学会でPM2.5自動成分分析装置「PX-375」を知り、これなら課題がクリアできるのではと考えました。PX-375は、粒子状物質の質量濃度と元素成分を自動で分析できる装置です。ただ、装置導入にあたっては、その組成分析結果の信頼度を確かめる必要がありました。PX-375の内部に捕集された粒子をICP発光分光分析で再分析して、信頼に足るデータを得られる装置であることを確認したうえで、PX-375 を用いて首都圏での大気測定を開始、PM2.5の発生メカニズム解明に挑みました。

図2)PM2.5 中の 鉛(Pb) ニッケル(Ni) 濃度の時間変化

PX-375の高い時間分解能での元素測定により、短期間のうちに2種類の異なる発生源が順次PM2.5の高濃度化に寄与している現象を解明することができました。図1は、PM2.5を4時間平均で測定した濃度の時間変化を表しています。
2017年10月11日(P‐5)と12日(P‐6)に大きなピークを記録しており、一見同じ程度の濃度に見えますが、実は、PM2.5の組成を調べたデータ、図2では明らかに違いがあることがわかります。縦軸は鉛、横軸はニッケルの濃度を取ってデータをプロットしたものです。11日、12日に測定したPM2.5は傾きに違いを示しており、両日の濃度上昇時の粒子が異なる元素組成で構成されていることを示唆しています。これまでの研究により鉛は石炭燃焼系、ニッケルは石油燃焼系の指標元素であることがわかっており、両日のPM2.5は同程度の濃度でありながら、異なる発生源が濃度上昇に寄与していることを裏付けるデータとなりました。

PM2.5自動成分分析装置「PX-375」

私の所属する研究グループでは、同時に大気中の酸素(O)、二酸化炭素(CO)の濃度測定を行い、PM2.5 の発生源の分析結果との比較を行いました。物を燃やすとOを消費し、COが排出されますが、燃料が何であるかによってO消費量とCO排出量の割合が変わってくるため、これを測定することで燃焼源が石油系なのか石炭系なのかについて手がかりを得ることができます。
燃焼によるO2とCO2濃度の変化量をΔで示すと、|ΔO/ΔCO|(=Oxidative Radio: OR)は液体の物質(石油系)の場合は1.5付近ですが、固体の物質(石炭系)は1.1に近い値を示すことがわかっています。図3の散布図において回帰直線の傾き(の負値)であるORをみると、12日は1.51であるのに対して11日は1.33と今回のPM2.5濃度上昇期間の中で最低値を示しました。
これは、12日のPM2.5濃度上昇は石油系の物質の燃焼に支配されているが、11日の濃度上昇では石炭系の物資の燃焼による寄与が大きかったことを示唆しています。PM2.5の組成分析により示された発生源と、空気中の酸素・二酸化炭素濃度の測定による解析結果が一致したことにより、PM2.5の高濃度出現に寄与した発生源の経時的な変化を高い確度で特定することができました。

 

 

図3)Period 5 のO2、CO2濃度変化    図4) Period 6のO2、CO2濃度変化

 

 

Episode5: 現在そして未来-研究者として専門分野で貢献できる福島復興

私が現在勤めている福島国際研究教育機構(Fukushima Institute for Research, Education and Innovation:F-REI)は、東日本大震災で被災した福島県をはじめとする東北の復興を実現するとともに、日本の科学技術力・産業競争力の強化をめざすため2023年4月、国によって設立されました。F-REIには、福島での産業創出という目的があり、ロボットや農林水産業、エネルギー、放射線科学・創薬医療や放射線の産業利用といったテーマで研究開発が進んでいきます。また、原子力災害に関するデータや知見の集積・発信も研究テーマとなっています。

私は大気中の微粒子研究が専門だったことから、東日本大震災による原発事故後に放射性セシウムの拡散や沈着などについて研究を始めました。私自身、この研究を行ったことは大変大きな出来事で、強く心に残っています。当時、新聞やニュースでは放射性セシウムと記された粒子が拡散し地面に沈着する様子がイラストやアニメーションで示されていましたが、これらは想像図に過ぎず根拠のあるものではありませんでした。大気中の微粒子であれば、手持ちの機器と知識でもいろいろ切り込めることがあるのにと歯がゆく思っていました。
事故からしばらくの間、所属する研究所では実験を行うことが禁止されていましたが、そのうち居ても立っても居られず、産総研つくばセンターでこっそり大気中の微粒子の捕集・分析を始めました。その結果、事故発生後に1か月程度経過した時点で、放射性セシウムはそれ自体で単独の粒子として飛散しているのではなく、硫酸塩エアロゾルに含まれた状態、言い換えれば硫酸塩を担体とした状態で大気中を輸送されてきた可能性が高いことを突き止めました。この研究で放射性セシウムの輸送・拡散・地表面への沈着の実態解明を進めることができました。
これまでに大気中での放射性物質の動きについては多くのことが解明されてきましたが、まだ、明らかになっていないこともあります。今後、そうしたものの研究に携わり、メカニズム解明の一端を担う仕事に携わっていきたいと思っています。

 

(インタビュー実施日:2023年12月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

注釈

※1)PM2.5 :大気中に浮遊している直径2.5μm(マイクロメートル)以下のきわめて小さな粒子のこと。
※2)時間分解能:測定器や観察装置などで、物理量や観察対象の変化を捉える最短の時間間隔。また、その時間変化を識別できる能力。
 

Profile

(学歴)   
1988 北海道大学工学部 卒業   
1990 北海道大学大学院工学研究科修士課程 修了   
2005 北海道大学 博士 (工学)取得

(職歴)   
1990-1997 通商産業省 工業技術院 資源環境技術総合研究所 環境影響予測部 大気環境予測研究室 研究官   
1997-2000 同 主任研究官   
1997-1998 通商産業省 工業技術院 ニューサンシャイン計画推進本部、(併任) 工業技術院 総務部評価課   
2001-2011 産業技術総合研究所 環境管理技術研究部門 地球環境評価研究グループ 主任研究員   
2011-2014 同 大気環境評価研究グループ 主任研究員   
2014-    同 上級主任研究員   
2015-2020 同 環境管理研究部門 大気環境動態評価研究グループ 研究グループ長  2020-2021 (在籍出向) 経済産業省 産業技術環境局 総務課国際室 課長補佐   
2021-2022 産業技術総合研究所 環境創生研究部門 環境動態評価研究グループ 上級主任研究員   
2022-2023 (転籍出向) 復興庁 福島国際研究教育機構準備室 企画官   
2023-    (転籍出向) 福島国際研究教育機構 研究開発推進部 研究開発推進第1課 課長

(在外研究)
1999-2000 米国University of Washington, Department of Atmospheric Science, Cloud and Aerosol Research Group 客員研究員