~インタビュー~
㈱堀場製作所 安久 詩乃(あぐ うたの)選手
京都府出身。同志社大学卒業後、2021年堀場製作所入社。総務部所属。
<写真提供:雑誌「アーチェリー」>
―あらためて、W杯優勝という結果に至るまでの道のりを振り返っていきたいと思います。
まず、今年4月、東京で開催されたアジア大会選考会で、日本代表に内定しましたね。
安久:2021年3月、入社直前のタイミングで東京五輪の最終選考に落ちてしまい、それ以降、練習では調子はよくても、試合になったら「射(う)つのが怖い」という感じが強く、試合で思うように体が動かない状態が1年半くらい続いていました。
今年4月のアジア大会選考会では、このままこの状態が続いたらもうダメかもしれない……というおもいがよぎって、それならばもう思い切ってやろう!という気持ちで挑みました。
―そこまで思い切れたのはすごいですね。
安久:社会人2年目になったタイミングでもあり、仕事をしながらアーチェリーの練習をする、というペースがつかめてきたかなという感じはありました。でも、なかなか良い結果が出なくて。この時は、練習や試合の時間をいただいているなかで「思い悩んで、うまくいきませでした」という報告はしたくない、たとえ結果が残せなくても、せめて「全力でがんばったけど、うまくいきませんでした」と言えるようにしたい、という気持ちでした。そして、今までの悪いイメージを捨てて思い切って射ったら、アジア大会代表内定という結果につながり、まだできる!という自信が持てました。(アジア大会は開催延期が発表されました。)
―アジア大会の代表に内定したメンバーで、5月のW杯韓国大会に出場されましたね。自身初となるW杯はいかがでしたか?
<2022年5月 W杯韓国大会/写真提供:(公社)全日本アーチェリー連盟>
安久:入社前からコロナ禍となり、この韓国でのW杯が入社して初めての海外での試合でした。久々の海外で、W杯という規模も初めてだったので、中学生のときに初めて海外遠征に行ったときの感覚に近かったですね。試合中よりも、試合前の雰囲気に圧倒されてしまったというか……
そんなこともあり、試合でもあまり攻めきれないところもあり、自分らしくできなかったな、もっとできたはずなのに、という感覚でした。
―初めてのW杯は、惜しさが残る経験になったのですね。その後1か月弱でW杯フランス大会というところで、韓国での経験をふまえて何か意識したことはありましたか?
安久:雰囲気に圧倒された、対戦相手の点数が気になりすぎた、という反省点をふまえて「自分に集中する」ということを強く意識して練習しました。
―自分に集中する、というのは具体的にはどのようなことですか?
安久:予選では対戦相手と同じ的に向かって射ちます。自分の矢がどこに当たったかを確認する際にスコープで見るのですが、その時にどうしても相手の矢がどこに当たったかも見えてしまうんです。相手の矢が見えても、相手の点数を気にしないようにする、という感じですね。
あと、練習のときから、1回射つたびにスコープで当たった位置を確認していたのですが、それをやめました。スコープで見なくても、射った瞬間に、あ、ちょっと右のほうに当たったかな、など、感覚でだいたいわかるんです。思い通りのフォームで射てたときは、ほぼうまくいっていますね。なので、どこに当たったかをいちいち気にせず、自分のフォームに集中することに専念することで、「このフォームで射てば大きく外さない」という確信を持てるようになることをめざしました。
―「自分に集中する」の意味が理解できました。試合をイメージして、自身の克服したいポイントについて具体的な対策をしたということですね。その後迎えたW杯フランス大会で、その成果を実感できましたか?
安久:フランス大会ではトーナメントのときに、相手のほうがリードしていて次ポイントを取られたら負ける、という場面から逆転で勝った試合が何度かありました。そのときに「自分に集中する」ということがとても役に立ちました。相手の点数は全く見ずに、「自分の点数を良くする」「良いフォームで射つ」ということだけに集中し、相手が何点であっても自分が良い点数を射てば勝てる、という気持ちを持ち続けることができました。
アーチェリーは対戦相手から攻撃されたり邪魔されたりはしないので、試合でも普段練習していることと何ら変わりはないんです。相手が誰であろうと、これまで練習してきたことを淡々と繰り返すということを意識できたと思います。
―W杯という大舞台で勝ち進んでいくなかで、緊張やプレッシャーを感じる場面はありましたか?
安久:ファイナル出場が決まってから中1日あったのですが、緊張のあまり、この日をどう過ごしていいかもわかず、練習もどのくらいすればいいのかわからず、一人でいるともう何をしていいか全然わからなくて(笑)。ここまでは調子がよかったけど、決勝はこんな風に負けたらどうしよう……など、悪い想像をしてしまったり。緊張を紛らわせるために、チームメイトとしゃべったり、コーチたちと近所のスーパーに買い物に行ったり、もうとにかく一人にならないよう、ずーっと誰かとしゃべっていました(笑)。夜中も2時くらいに目が覚めてしまって、もう寝られない!みたいな。(笑)
<2022年6月 W杯パリ大会 日本代表チーム/写真提供:(公社)全日本アーチェリー連盟>
―試合以外のところで、そんなにも緊張して過していたんですね。そうして迎えたファイナル当日は、どんな状態でしたか?
安久:ファイナルはお城の中で行われ、いつもとは全然違う雰囲気でした。
会場のすぐ横に練習場所があり、そこで練習をしているうちに、「いつも通り」「自分に集中する」という感覚が戻り、試合では落ち着くことができました。決勝の入場待機中に3位決定戦を見ていたのですが、韓国の選手(5月のW杯韓国大会の優勝者)がとても思い切りよく攻める試合をしていたのを見て、「私もこの舞台でこんなふうに決勝を終えたい!」と、気持ちが奮い立った状態で決勝に臨みました。決勝も4-2でリードされていたのですが、思い切って射つ、自分に集中する、という、これまで練習してきたことが決勝の場でもきちんとできたので、逆転して優勝することができました。(競技の動画はこちら)
―初めてのW杯優勝が決まった瞬間、どんな気持ちでしたか?
安久:その瞬間は、夢なんじゃないかと思うくらい全然実感がわかなくて。表彰式で君が代が流れたときに、ようやく「あぁ、優勝したんだ」という実感がわきました。
―今あらためて、この4月から6月の自身を振り返って、どのように感じますか?
安久: 社会人1年目だった昨年は仕事をしながらアーチェリーをするということだけで精一杯で、学生時代よりも練習時間が大幅に減ることにも不安を感じていました。新しいことにチャレンジすることに臆病になってしまい、ひとまず現状のままでもいいのかな……という弱気な気持ちになってしまうこともありました。でも今年は社会人2年目になり、仕事と両立するというリズムをつかめてきたこともあり、短い練習時間で何ができるか、何にポイントをしぼって練習するかを意識するなど、一歩勇気を出して新しいことにチャレンジすることができるようになって、自信を持つことができました。チャレンジすることの大切さをあらためて感じています。仕事をしながら競技をするというスタイルは自分に合っているのかな、と思えるようになりました。
―2024年、パリ五輪も見据えたこれからの目標を教えてください。
安久:東京五輪は最終選考で落ちてしまって、すごく近くまで行けたけれど結局テレビで見ているだけでした。今回パリのW杯で優勝したことで、パリ五輪に出てメダルをめざすということが、急に現実的になった感じです。
大学時代から、ただ競技が強いだけではなく、いろんな人に応援される選手になりたいと思ってきました。そのためには、仕事時間中はしっかり仕事に集中して一生懸命取り組むことで、仕事でも競技でもいろんな方に応援してもらえる選手になりたいです。これからも応援よろしくお願いします!