太陽系の大航海時代、好奇心は無限大

国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)
生物地球化学センター(BGC) センター長 代理/グループリーダー/上席研究員
はやぶさ2プロジェクト サンプラーチーム/初期分析 有機分析チーム/初期分析 揮発性ガス分析チーム
高野 淑識(たかの よしのり)
 

1975年 栃木県生まれ。筑波大学第一学群自然学類化学専攻を卒業し、2003年 博士(工学)号を取得。産業技術総合研究所(AIST)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球内部変動センター(IFREE)、海洋・極限環境生物圏領域 主任研究員などを経て、現職に至る。日本地球化学会 奨励賞、日本地球惑星科学連合 西田賞などの受賞歴。分担執筆として、『地球と宇宙の化学事典』(日本地球化学会編、朝倉書店)、『新版 地学事典』(地学団体研究会編、平凡社)、『生命起源の事典』(生命の起原と進化学会 編、朝倉書店)(印刷中)など。

 

2014年12月、種子島宇宙センターより旅立った「はやぶさ2」。
52億キロもの大航海を経て、2020年12月に小惑星「リュウグウ」の砂や石などの試料が入った玉手箱を地球へと送り届けました。その試料分析によって、太陽系物質の起源や有機分子の進化の謎に迫ることが期待されています。

スペシャルインタビュー最終回は、リュウグウの試料採取の要である「サンプラーチーム」、さらに「初期分析 有機物分析チーム」の一員でもある海洋研究開発機構(JAMSTEC)高野 淑識先生に初期分析の取り組みや科学者として研究にかける思いを伺いました。
*掲載内容は取材時点の情報です。

Q 海洋研究開発機構の研究者という海のスペシャリストでありながら、太陽系物質科学に関する分析にも携わっておられる理由を教えていただけますか。

私の専門は、化学(ケミストリー)です。化学という軸で考えると、実は「ものさし」の長さが違うだけ、という感覚です。例えば、地球のスケールを30センチメートルの竹尺で例えると、太陽系は1メートルの金尺のスケールで考えることができる。天文学は、巻き尺のスケールでしょうか。

とりわけ、自分の真ん中にあるのは、「有機」と呼ばれる領域です。大局的には、「宇宙や太陽系を知る」ことで、「地球や生命を知る」ことにつなげたいですね。

私が太陽系科学の中で、最も関心を持っているのは「物質だけの世界」でしか観ることのできないケミストリーです。その理由は、水・鉱物・有機物が織りなす、純粋な法則性を読み解ける可能性があるからです。そこには、初生的な物質の進化の姿があるはずです。一方、生命圏に満ちた地球上では、そのような純粋な化学反応を見ようとすると、地球由来のノイズ(雑音)が、混ざってしまいます。

そこで、物理作用と化学作用のみが支配する小惑星が、とても重要になってきます。さらに、水や有機物に富み、太陽系46億年の起源と進化の情報を持っているかもしれない、という最高の条件を満たしているのが、まさに「リュウグウ」なのです。リュウグウの素顔を明らかにすることは、はやぶさ2プロジェクトで挑む最重要課題の一つであり、人類共通の財産になるでしょう。その現場に立ち会うのは、研究者冥利に尽きますし、また、科学者としての醍醐味も存分にあります。

Q サンプラーチームの一員としても活躍されていました。サンプル採取に際して大変だったことや、印象的なエピソードを教えてください。

オーストラリアでの試料回収ミッション中の様子 ©JAXA、東京大学、九州大学、JAMSTEC

リュウグウの試料を採取するサンプラーチームのメンバーとして、システム試験、サンプラーオペレーション試験、システム環境の清浄度評価、オーストラリアでの試料回収・現地分析などに関わりました。予想できず、大変だったことは、やはり新型コロナウイルスの感染拡大ですね。サンプラーチームでも、スケジュールの修正を余儀なくされました。物流が停滞したことで一部の予定が変更されるなど、最終段階に差し掛かる中で迎えた不測の事態でした。このままでは、「(はやぶさ2から届く)カプセル回収地点であるオーストラリアに行けないのでは」と緊張が走りました。

日豪政府間の交渉の末、サンプラーチームのメンバーは、なんとか専用機で出国できることになりました。度重なるコロナの検査、行動制限、隔離生活を終えて、静寂に包まれた深夜の羽田空港に向かいました。張り詰める緊張や不安の中、空港で見た専用機の便名は、なんと「8823(はやぶさ)」。関係者の眉間のしわが緩みました。心づかいが胸に沁みたのを今でもよく覚えています。

オーストラリア到着後も追加の隔離生活を経た後、入念に準備を進めました。12月6日、大気圏に突入して流れ星のように尾を引くファイヤーボールの姿を捉えました。いよいよ地球に帰ってきたなと。6年ぶりに帰還したカプセルを実際に見た時は感動しました。約10年越しで本プロジェクトに関わっていますが、あの瞬間は、その場のサンプラーチームメンバーの目にも光るものがありました。

Q 初期分析によって、既にリュウグウが水や有機物に富み、太陽系初期の情報を持つことが明らかになりました。初期分析の現状について教えてください。

リュウグウ試料の高精度安定同位体分析(*)に備える小川主任研究員。JAMSTEC横須賀にて撮影。

まさに「はかる」ステージです。JAMSTEC横須賀本部では、リュウグウ試料に含まれる軽元素の存在度や安定同位体の割合を測定することで、その元素は、どこから来て、どのように変化してきたのかを調べています。こうした研究で大切なのは確からしさ、根拠です。自分たちが測定したデータと、別の測定手法で得られたデータの結果が一致する瞬間は最もエキサイティングですね。

実は、ある特殊な分析を私たちの研究グループ(JAMSTEC横須賀)とHORIBAの研究グループで独立して、交差検証しています。「室間比較」ともいいます。今回は、極微小スケール、かつ、ダブルブラインド検証なので、10年に一度あるか無いかの大変貴重な機会でしたね。お互いに、データの信頼度を証明しています。

吉村副主任研究員によるクリーンベンチ内での微量分析の様子。横須賀本部にて撮影。

リュウグウ試料の分析は日本だけではなく、NASAとも協力して行っています。20、30代の頃、サイエンスを研鑽探求していたメンバーと、今では、お互いの強みを生かして一緒に先進的なサイエンスを追究しています。これほど心強いことはありません。論文の公表が楽しみですね(取材後の2022年10月21日、2023年2月24日にプレスリリース)。
 

*安定同位体:物質は「炭素」、「窒素」、「硫黄」といった様々な種類の元素の組み合わせでできており、それぞれの元素には決まった重さ(質量数)がある。同じ元素でも質量数が異なるものを同位体、その中でも一定の比率で自然界に安定に存在しているものを安定同位体という。

Q 高野先生にとって「はかる」とは。

試料分析の要となる安定同位体分析装置

理論はもちろん大切です。しかし、はからないと本当の情報は得られません。理論研究と実際に測ったデータが一致すれば両者とも理想ですね。ところが、自然界には、予想と実測値が異なるような場合が多々あるのがおもしろい。そのときは、まだ我々が気づいていない想定外の出会いの可能性もあります。つまり、セレンディピティ(偶然に出会う発見)になることもあり得るんです。そんな瞬間は、本当にワクワクしますよね。

物質の起源やプロセスの真正性を確証する上で、先入観に捕らわれることなく、「測定結果=ファクト」を大切にしています。

Q 宇宙に興味をもったきっかけを教えていただけますか。

スタンリー・ミラー教授と共に。向かって右端に薮田ひかるさん(現 広島大教授)、左端に高野。米国・サンディエゴにて。

中学生・高校生の頃、化学が本当に好きでした。例えば、当時の私は、水を電気分解すると水素と酸素が2対1の割合でできることに、素数の美しさのような純粋な感動を覚えていました。乾電池をバラして炭素棒を取り出し、身近なガラクタを集めて電気分解装置を自作して遊んでいました(笑)。茶臼岳(活火山)の噴気孔で採ってきた自然硫黄からサワーガスを集めてみたり。山奥の沢でハンマー片手に化石採取をしたり。数学でも皆とは異なる解き方をじっくりと考えることが好きでした。科学系の新書シリーズでは、第一線の専門家らが、教科書に載っていない内容までイキイキと描いており、興味が尽きませんでした。

大学院生のころ、カリフォリニア州立大学サンディエゴ校で、著名な論文の中でしか知らなかったスタンリー・ミラー先生とお会いできたことがありました。どうしても先生にお話を伺ってみたくて。生命、地球そして宇宙を対象に「化学」を突き詰めていくと、大学、大学院、社会人も楽しいだろうなと思い、気が付けば今に至ります。

Q 高野先生は楽しむ気持ちをもって走り続けていらっしゃる。大変な時はどのように乗り越えていらっしゃるのでしょうか。

「好きこそ、ものの上手なれ」です。私の場合は、好奇心と自分の強みを磨くことを大切にしていました。やりたいと強く思うことが一つでもあれば、やらなければいけないことが自然とついてくるものです。失敗をも楽しんでしまう余裕が大切で、いろいろな事に挑戦し、経験を積むことが大切です。成功だけではなく、失敗の経験値もやがて財産になると考えています。

入念に備えた上で、打席に立つならば、たとえ空振りになっても良い。もう一度、打席に立てば良い。見逃し三振ではなく、思いっきりバットを振って、勝負に行きたいですね。

Q 今後の夢を教えてください。

NASAのハンナ・マクレーン博士らと共同分析している様子。

冒頭でも少しお話ししましたが、太陽系の最初の姿から、地球が誕生する前の姿、海が出来る前の姿、そして、どうやって生命が生まれたのかという過程を解き明かしたいですね。

「リュウグウ」試料の分析結果は今後発表されていきます。そして、2023年にはNASAの探査機「オシリス・レックス」が小惑星「ベヌー」のサンプルリターンを予定しています。リュウグウとベヌーに共通点があれば、帰納法的に特定の小惑星の特徴や物質進化を一般化できる可能性もあるし、異なる点があれば我々人類が知らない情報がさらに広がっていきます。いずれにせよ、おもしろい。

中世には、大航海時代がありましたが、今は「太陽系の大航海時代」と言えるでしょうね。2020年代は、目が離せませんよ。

Q 科学が好きな方や次代を担う子どもたちにメッセージをお願いします。

好奇心、楽しむ気持ちを大切にしてほしいです。ぜひ夢や自分がやってみたいことを日記やノートに書いてみて下さい。次に、その夢を周りに語ってみてください。周囲に誠意と感謝をもって接すれば、親身に助言をくれたり、自分が気付かない盲点を教えてくれたり、温かくエンカレッジしてくれたり、きっと切磋琢磨できる良い関係になるでしょう。そして、いつしか、その夢は、本当に「現実」になるでしょう。

世界は、野心的なアイデアを待っています。大きなプロジェクトを進めるには、仲間が必要です。人の縁とは本当に不思議なもので、私が今このプロジェクトに関わっているのも、あの時、あの場所で、その方に出会ったからだと振り返ることがいくつもあります。ぜひ、良き出会いを大切にしてください。

私が小学生の頃にハレー彗星が地球に急接近し、漠然と「すごいなぁ」と思っていました。当時ハレー彗星の観測をリードされていた方と、現在は同じプロジェクトメンバーとして、はやぶさ2に関わっていて、とても感慨深いです。はやぶさ2プロジェクトを通じて、何か心が動いた子どもたちと将来一緒に研究できる関係になれたら嬉しいですね。

取材日:2022年4月末

 

リュウグウ試料の初期分析に挑むJAMSTECの研究者たち