小惑星「リュウグウ」試料から塩の成分などを発見-分析技術者らに聞く-

小惑星探査機「はやぶさ2」が、小惑星リュウグウに存在する塩(Salt)と硫黄分子群の入ったサンプルを地球帰還させる様子(©JAMSTEC)

国⽴研究開発法⼈ 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」が採取した小惑星「リュウグウ」の砂などから、ナトリウムや有機硫黄分子群が発見されました。ナトリウムイオンは、塩の主成分であり、人体にとっても不可欠なミネラルの一種です。本研究成果は、地球や海、そして生命を構成する物質の起源や進化の解明につながるかもしれません。

HORIBAグループは、国⽴研究開発法⼈ 海洋研究開発機構(JAMSTEC)をはじめとする研究チームの一員として本研究に参画。2021年末には、JAMSTECの高野 淑識(たかの よしのり)先生とともに、HORIBAグループの水質計で、リュウグウの試料から熱水に溶けやすい成分を抽出した液体のpH(水素イオン濃度)を測定しました。

今回は、本研究にかかわった分析・計測のエキスパートである、堀場テクノサービス 田中 悟(たなか さとる)さんと堀場アドバンスドテクノ 吉川 剛明(よしかわ たかあき)さんに取組みを聞きました。

HORIBAが本研究に参画した背景を教えてください。

堀場アドバンスドテクノ CX推進部 サブリーダー 吉川 剛明

吉川)
JAMSTECの高野先生から、HORIBAのカスタマーサポートセンターに「マイクロリットルオーダーの試料のpHを測定できるか」とご相談いただいたことがきっかけです。
はやぶさ2が採取したリュウグウの試料は全体で5.4 gですが、世界中で研究されていますので、それぞれの研究で使用できる量が限られています。高野先生は「基本情報を得るために実測をしたい。一方、数㎕(マイクロリットル)でも余れば回収して、他の分析に使用したい」と、極微量での測定を強く希望されていました。
ただ、1 ㎕は0.001 mlです。一般的にpH測定はビーカーなどの容器に入った液体に電極を浸けて測定することが多く、ここまで少ない量を測定したいというご相談はこれまでありませんでした。

堀場テクノサービス Analytical & Testing Technology Department マネジャー 田中 悟

田中)
ご相談いただいた当時、20 ㎕からであれば測定可能だと高野先生にお伝えしましたが、極微量測定の可能性を探ってみようと議論をはじめました。我々にとっても新たな挑戦でした。
先生のおもいにも応えるため、テストと検証を繰り返し、最終的に1 ㎕には及ばないものの、リュウグウの熱水抽出液※1で7 ㎕の測定を成功させました。

※1 リュウグウの試料に超純水を入れ、加熱して(一定の温度、時間で)抽出した液体

7 ㎕、かなり少ない量です。どのように測定されたのでしょうか。

リュウグウ試料の上にPETフィルムを慎重に置く吉川とその様子を見守る高野先生(堀場テクノサービス アナリティカルソリューションプラザにて)

吉川)
測定原理を簡単にお伝えすると、電極部にある半導体でできた応答膜(以下イメージ図、金色の四角)と比較電極(濃い灰色の丸)が試料でつながると、試料の水素イオン濃度に応じて電位が生じます。その電位差の大きさによってpHを測定しています。

通常はビーカーなどに入れた液体に電極を浸けて測ることが多いですが、今回は電極を逆さにスタンドで固定して、電極の表面に試料(7 ㎕)を滴下しました。さらに、その上からPETフィルム※2をかぶせて試料を広げることで、応答膜と比較電極を試料でつなげ、通常よりもごく少ない液量で測定しました※3

 

グラフ(A)は、サンプル2種を用いた極微小スケールの pH 測定結果を、グラフ(B)には、酸性・中 性・アルカリ性の同スケールの標準液の結果を示す。Yoshimura et al., Nature Communications (2023)から転載引用。

田中)
より信頼性の高い値にするため、グラフにも記載されている通り、標準液を同じ手法で測って比較することや、一時点の測定だけではなく5分間モニターして経時変化も確認しました。
モニタリング中に値が顕著に変化していると外部影響を受けている可能性が考えられますが、今回は値が安定していたことから外部から影響を受けている可能性はないと思われました。


 
【測定イメージ図】

※2 本測定手法に関しては堀場アドバンスドテクノおよび堀場テクノサービスによる特許出願済
※3 PET:ポリエチレンテレフタラート、樹脂の一種

微量の液体を測定する手法は新たに開発されたのでしょうか。

左から2 ㎕、7 ㎕の水を滴下した1円玉

吉川)
今回使用した製品では初めての試みでした。できるだけ少ない量で測れるよう何度も検証を重ねた結果、pH値が安定している標準液であれば、2 ㎕からの測定が可能となりました。
リュウグウの試料は性質がわからない、かつ、やり直しができないので7 ㎕で測定しましたが、1円玉と比較すると、いずれの液量もどのくらい少ないかお分かりいただけると思います。
 

リュウグウの試料測定にはどのような気持ちで臨まれたのですか。

吉川)
万が一上手く測れなかった時にやり直しができない、まさに一発勝負でした。
これほど貴重な試料を測定することは一生に一度しかないかもしれない。光栄でありながら、不安も大きかったです。一回で正確に測れるかどうかは、最終的にはやってみないと分からないわけですから。
不安を払しょくして成功させるために、さまざまな準備を行いました。7 ㎕を滴下するトレーニングやPETフィルムの最適な配置、電極のスタンドの高さを検証するなど…手が震えてしまう前提で、その対策まで考えていました。
高野先生が持って来てくださった、性質が似ているとされる隕石の抽出液の測定練習も行ったうえで本番に挑みました。
 

今回の極微量測定に使用された水質計について教えてください。

吉川)
今回使用した製品は、HORIBAの卓上型pH・水質分析計「LAQUA F-73」と「フラットISFET(半導体センサー)pH電極」です。
半導体技術を応用した「フラットISFET pH電極」は、センサーの先端部が平らなのが特徴です。今回極微量測定に成功したのは、表面測定ができる本電極だからこそです。pH電極はガラス製が主流なのですが、ガラス電極には曲面があるため、表面測定には向きません。

ちなみに「フラットISFET pH電極」は、食品や医薬品業界の研究開発に使用されることが多いです。
例えば、安全面からガラスを持ち込めない食品の製造ラインや、化粧品の研究開発現場で、化粧品を塗った後のお肌に電極を押し当てて化粧品とお肌のpH変化を調べる実験などでご使用いただいています。
pH計は創業製品として長年にわたり信頼とブランドを築いていますが、今回宇宙分野の研究にも貢献できて良かったです。
 

pH測定は本研究にどのように生かされたのでしょうか。

田中)
HORIBAグループとしては、高野先生とともにリュウグウの砂の試料から熱水に溶けやすい成分を抽出した7 ㎕の液体測定を成功させました。これは、リュウグウの砂の基本情報を得るうえで、重要な実測データです。
pHは含まれている物質等からある程度推測できますが、ご依頼もとの高野先生自身が「実測」に重きを置かれて、コラボが実現しました。
また、本研究においてリュウグウ試料を分析された結果、酸性条件下で安定して存在することが知られる有機硫黄分子群も発見されました。HORIBAが測定した熱水抽出液のpHも弱酸性だったことは、お互いのデータの信頼性を高める結果となりました。
 

最後に本プロジェクトに関わった感想と今後の展望を教えてください。

田中)
一見すると透明な水みたいですが、背景には大きなプロジェクトがあり、とても貴重なデータと多くの方々の挑戦の積み重ねがあります。長年に渡り、はやぶさ2プロジェクトに貢献されている高野先生より、そういったお話を伺いながら研究を進めるなかで、ワクワク感が伝わってきましたし、とてもエキサイティングな時間でした。
2023年9月24日にNASA(米航空宇宙局)の小惑星探査機「オシリスレックス」が「ベヌー」からサンプルを送り届けました。今回の研究成果をまとめた論文を読んだ方から、ベヌーや隕石など他の測定でもお声がけがあればうれしいです。

吉川)
貴重な試料を測定する機会をいただき光栄でした。
高野先生がHORIBAに微量測定を相談してくださったことが、やはりうれしかったですし、感謝しています。
また、長年pH測定に関わっていますが、HORIBAの製品ラインアップの中で今回測定に使用した製品は、少しマニアックな電極(特定の専門分野向けの電極)です。田中が言うように、今回の微量測定をきっかけに、より多くの方に我々の分析技術を知っていただき、他の用途でも測りたいというご相談が増えればうれしいですね。

また、今回リュウグウ試料をpH測定した動画を、堀場アドバンスドテクノの公式YouTubeチャネル「Water Expert」で年内に公開する予定です。
ぜひご興味のある方はぜひこちらもご覧ください。

 

取材実施日:2023年9月

 

2014年に宇宙へと旅立った、はやぶさ2。
2020年12月にはやぶさ2が地球へと送り届けたリュウグウの砂や石などを用いて、「今」も世界中の科学者によって研究が進められています。

 

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