触媒が地球温暖化を救う ―脱炭素社会実現に世界が注目するアンモニア合成・分解触媒-

名古屋大学 大学院工学研究科 化学システム工学専攻
永岡 勝俊(ながおか かつとし)教授

 

20世紀初頭に開発されたハーバー・ボッシュ法1は触媒2技術を利用して工業的なアンモニア製造を可能にしました。アンモニアは食糧生産に必要な肥料や、衣服、薬などの原料として私たちの生活に不可欠な物質です。そして近年、脱炭素社会実現に向けた動きが加速するなか、アンモニアは燃やしても二酸化炭素を排出しない次世代エネルギーとして、また水素を運ぶエネルギーキャリアとして注目されています。
アンモニア合成・分解のご研究をされ、合成においては従来のハーバー・ボッシュ法を超えるアンモニア合成の実現に向け研究に邁進されている名古屋大学 大学院工学研究科 化学システム工学専攻 永岡 勝俊 教授にお話を伺いました。

Episode1 : 不可能を可能にする触媒技術 ― 無限の組み合わせから最適な触媒をデザイン

現代の私たちの生活は触媒無しでは成り立たないと言っても過言ではありません。20世紀初頭に開発されたハーバー・ボッシュ法により工業的なアンモニア合成が実現しました。それにより窒素を含む化学肥料の大量生産が可能となり、食糧危機問題を乗り越えました。今では私たちを取り巻く環境、資源エネルギー、ものづくりなど生活のあらゆる分野でこのハーバー・ボッシュ法を応用した触媒技術が活用されています。

触媒は不可能と思われていたことを可能にする物質です。例えば、ビーカーをおいて酸素と水素2:1で入れて蓋をしても何の反応も起きませんが、そこに白金をナノ粒子にしたものを入れて共存させると爆発的な反応が起きて水ができます。この原理はCO2や大気汚染物質を排出せずに水のみを排出するクリーンな発電の仕組みとして燃料電池に応用されています。

私の研究室ではアンモニア触媒の研究をしており、アンモニアの分解と合成の両面からそれぞれの反応を促す物質の組み合わせをデザインし、触媒をゼロから作ることもしています。周期表にある約120の元素のうち、放射性物質や有害物質を除く60元素ほどが触媒に使える元素です。その中の5~10元素ほどを一つの触媒に使います。反応を起こそうと思っている条件で安定状態を保てるかどうかも触媒の重要な要素です。

触媒一つを合成するためには2~4日かかります。例えば、硝酸コバルトのようなコバルト塩や錯体を溶媒に溶かした液体に、土台となる酸化マグネシウム(MgO)を混ぜると、MgO表面に強い吸着点があるのでコバルトが吸着します。その後、溶媒を蒸発させて取り除き、500℃程度で加熱処理を施して硝酸などを除去すると触媒が完成します。最初は粉状にして作ったものを、触媒を使う対象に合わせた大きさの粒に固めて成形します。 ラボレベルでは流量が少なく250~500μm径、プラントレベルになると流量が多くなりガスの通り道を確保するためにもmmからcm径の触媒となります。

Episode2 : 水素製造からアンモニア分解への挑戦

私が触媒研究を始めた1990年代は、都市ガス・天然ガスの主成分であるメタン(CH4)を反応させることが世界の主流であり、自身もCH4を二つ結合させてエチレン(ポリエチレンの原料)にする研究から始めました。ある程度研究がまとまったところで、研究室の先生に違うことをやりたいと相談したところ、当時研究室では誰も手をつけていなかった「メタンとCO2を反応させる」というテーマを与えられ研究を始めました。メタンとCO2を反応させてCOと水素を作ることや、メタンと水蒸気(H2O)を反応させてCOと水素を作るといった化石資源から水素を作る研究を続けました。その時はまだ水素を作ることを第一の目的にした研究ではなく、COと水素があればいろんなものを作ることができるという考えのもと、原料を作るための研究として始めました。ちょうどその頃、世間で燃料電池の話がでてきたこともあり、水素製造に絞って研究を続けることにしました。

2008年にある企業から水素源を得るためにアンモニア分解ができないかとのお話をいただいたことがきっかけとなり、アンモニアを対象にした研究に切り替えました。それまでの経験もあって水素製造自体は得意としていましたし、大学で所属していた研究室の先生がアンモニア合成をやっていたので、アンモニア分解もできるという自信がありました。人がまだやっていないことをやってみたいという研究者の気概もアンモニアに切り替える後押しとなりました。
企業からいただいた研究費を使って装置を2機作り、研究室の学生が1年間で100個程度のサンプルをスクリーニングしたこともあって、アンモニア分解触媒に対する感触を得ることができ「やれる」という確信が生まれました。

Episode3 : 逆転の発想が突破口に ― 常識を破る世界初の発見

その頃、NEDO※3から「瞬時に水素がとれる研究に強い関心がある」とのお話があり、その開発に挑みました。ハイドロカーボンを使って開発に取り組み、常識的にこういう現象は起こらないと思って試したアプローチが世界初の発見になりました。
自動車の排気ガス浄化触媒で用いられるセリアジルコニア酸化物に貴金属元素のナノ粒子をのせて簡単な前処理を施し、室温でハイドロカーボンと酸素を流すと水素がとれることを発見したのです。あまりにも常識からかけ離れた研究成果であり、最初は周りから疑われました。しかし粘り強く研究を続け、触媒が還元された状態であれば酸素と触れることにより発熱し、温度が上がり触媒反応が始まるという原理を解明することで、周りから認めてもらえるようになりました。
次にアンモニアと酸素から瞬時に水素を作れないかとのお話をいただき、ハイドロカーボンの方法を応用して研究に取り組みました。この時も、常識的にこういう現象は起こらないと思って試したアプローチが新たな発見につながりました。

アルミナ担体4にルテニウムという元素のナノ粒子を乗せた触媒を使い、ある温度に加熱すると触媒反応を起こすことがわかっていました。また、セリアジルコニアのような担体を用いた場合は、触媒が還元された状態であれば酸素と触れることにより発熱し、温度が上がり触媒反応が起こります。そうした知見もあって、アルミナ担体を用いた場合は、触媒が還元されないのでこの触媒反応はおきないと思って触媒反応を試してみたのです。そうしたら反応が起きて瞬時に水素を発生することを発見しました。起きた反応から原理を検証した結果、還元しなくても触媒にアンモニアが吸着することで吸着による熱が発生し反応が始まったことがわかりました。この発見はScience Advancesに掲載され、大きな研究資金を得ることにもつながりました。

理屈だけでは打破できない壁もあります。ラッキーな一面もありますが、研究者として人と同じことをしたくありませんし、広くやろうという気持ちが強いので、とにかくいろいろやってみる姿勢が常識を破る発見の突破口になっていると思います。自身の経験からも学生には反応の常識を破るセンスとひらめきを持つことを信条に、失敗を恐れずにとにかくいろいろ広く研究すること、またよく観察し、なんでも相談するよう指導しています。このような環境なので、学生がいろいろやっていることの中からヒントを見出すことも多くあります。

Episode4 : 分解と合成 ― 材料とプロセスの両面から触媒をデザイン

アンモニアの分解効率は600℃以上の高温では、ほぼ100%に近い域にまできています。現在の研究課題は、いかに前処理を容易にするか、また貴金属以外の金属の活用や温和な条件で反応を可能にするかなどです。平衡的にはアンモニア分解は400℃付近で100%分解できる状態になります。実際、貴金属であるルテニウムを用いると400℃付近で分解できますが、それ以外の非貴金属になると600~700℃必要なので、その反応温度を下げる材料を見つける必要があります。そこで、貴金属以外の触媒を用いて、触媒とプロセスの両面から新たなアプローチを検討しています。

アンモニアの合成効率は、バーバー・ボッシュ法を用いて導入した窒素に対して500℃、200気圧以上の高温・高圧条件で合成し30%程度の変換率です。より温和な条件で合成ができるように、ハーバー・ボッシュ法を超えた合成法の開発に挑んでいます。

アンモニア合成での窒素の変換率は、平衡状態での温度とのグラフから温度が上がると低下します。したがって化学平衡上は低い温度で合成することが求められますが、ハーバー・ボッシュ法の鉄触媒は低温での性能が低いので500℃、 200気圧において30%程度の性能しかでません。化学平衡上は300℃~350℃、50~70気圧でもハーバー・ ボッシュ法を超える窒素の変換率が得られるはずなので、より低温でアンモニアが合成できる触媒を作り、それを実現するための研究に日々取り組んでいます。

合成されたアンモニア濃度の測定にHORIBAのマルチガス分析計が役立っています。装置を導入するまではアンモニアを硫酸と反応させ電気伝導度を手動で使用し測定していました。しかも合成されたアンモニアの濃度にあわせて硫酸濃度を変えていかなくてはならず、煩雑かつ危険も伴います。ガスクロを使った測定も試したことがありますが、グラフのテーリングの影響で満足な測定結果を得られませんでした。HORIBAのマルチガス分析装置導入によって煩雑で危険を伴う作業に人手をかけず連続的かつ安全に分析が行えるようになりました。今では実験数を増やすべくたくさんのリアクターを持っているので非常に重宝しています。


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Episode5 : アンモニアが地球温暖化の危機から人類を救う

政府は2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにする脱炭素社会の実現を宣言しています。アンモニアはその解決策として注目されており今後需要が増えることが推測されます。アンモニアを燃料として使う方法として、石炭と混ぜて使う混焼とアンモニアだけを燃やす専焼の二つの方法が検討されています。20%の混焼(石炭80%、アンモニア20%)にすることでCO2は4000万トン削減でき、さらに専焼のアンモニア火力発電へのリプレースによって電力を製造するときに生成しているCO2を50%削減できると言われています。混焼20%で2000万トンのアンモニアが必要ですが、現在日本で作られているアンモニアは100万トンに満たない量なので、少なくとも20倍必要な計算になります。この需要に応えることに貢献できればと考えています。

20世紀初頭、ハーバー・ボッシュ法によってアンモニアの人工合成が可能になり、アンモニアを原料とする窒素化合物を使った化学肥料が人類を食糧危機から救いました。現在もハーバー・ボッシュ法の恩恵を私たちは受けています。ただ未だにこの110年前に海の向こうで開発された技術頼みになっていることは日本の研究者として面白くありません。ハーバー・ボッシュ法を超える触媒技術の開発に研究室一丸となって取り組んでいます。

アンモニアは21世紀には地球温暖化の危機から人類を救う、人類の未来を切り拓く物質の一つだと考えています。企業としっかりと研究開発を進め実用化につなげたいと思います。

触媒作用が可能にする元素循環のプロセス

(インタビュー実施日:2023年6 月)

※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

注釈

※1ハーバー・ボッシュ法:窒素と水素と鉄を主体とした触媒を用いてアンモニアを合成する方法。1906年にドイツの化学者フリッツ・ハーバー、カール・ボッシュとアルビン・ミタッシュにより発明された窒素化合物合成の基本製法で20世紀最大の発明の一つといわれている。この発明により窒素肥料の大量生産が可能になり、食糧生産量が急増、20世紀以降の人口増加による食糧危機を支えた。

※2触媒:反応物質よりも相対的に少ない量で反応速度を促進させ、それ自身は反応中消費されない物質

※3NEDO:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の略称

※4担体:それ自身は触媒作用をもたないが、吸着や触媒活性を示し、他の物質を固定する土台となる物質のこと。多孔性物質、ケイ藻土、軽石、アルミナなどが用いられる。

Profile

永岡 勝俊(ながおか かつとし)
大学院工学研究科 化学システム工学専攻
教授

(経歴)
2007年4月 - 2016年12月 大分大学   工学部   准教授
2017年1月 - 2017年3月 大分大学   工学部門   准教授
2017年4月        大分大学   理工学部   准教授
2017年4月 - 2019年3月 大分大学   理工学部門   准教授
2019年4月 - 現在            名古屋大学   大学院工学研究科   教授

(学歴)
1992年4月 - 1996年3月 東京工業大学   工学部   化学工学科 応用化学コース
1996年4月 - 1998年3月 東京工業大学   総合理工学研究科   化学環境工学専攻
1998年4月 - 2001年3月 東京工業大学   総合理工学研究科   化学環境学専攻

 

 

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