“おもしろい”を追求し「低温結晶成長」を実現 ―新たな成膜技術への挑戦

独立行政法人国立高等専門学校機構熊本高等専門学校 情報通信エレクトロニクス工学科 角田  功 (つのだ いさお)准教授

微細化・高精細化が進む半導体。多様な用途に応える高機能化を図るため、さまざまな新規の成膜技術が注目されています。
高等専門学校の教員として学生の成長を見守りながら次世代を担う研究者育成にも力を注ぎ、学生とともに未来社会に貢献する成膜技術の開発に取り組まれている、独立行政法人国立高等専門学校機構熊本高等専門学校 情報通信エレクトロニクス工学科 角田 功 准教授にお話を伺いました。
 

Episode 1: 研究は“おもしろい”からはじまる!学生の興味を刺激する研究テーマ選び

私は2010年にこの熊本高等専門学校(以下、熊本高専)に赴任しました。高等専門学校(以下、高専)は18歳から19歳の学生が研究に入る重要な段階なので、当初はそんな彼らのために一体何をしたらいいかと悩みました。あまり難しいことをすると拒否反応を示されてしまいます。まずは研究が学生の興味を刺激するような “おもしろいこと”、“未来を創る研究に絡めること“ だということを皆に知ってもらえるように努めています。そうした“おもい”から、私の研究室では簡単に光学顕微鏡で見ることができる現象で、かつ研究要素として未来社会への貢献が見込まれるテーマを選んでいます。

いくつか取り組んでいるテーマのなかに、半導体薄膜を低温で結晶成長させる、触媒金属誘起成長に関する研究があります。これは三次元フラシュメモリ向けへの応用が報告されている技術ですが、いきなり三次元フラッシュメモリへの実装といっても学生の心には響きません。そこで「自分の周りにまだない、プラスチックの上に張り付けられるような、折れ曲がるディスプレイを省エネルギーで実現しよう」という話を始めると若い学生が少し興味を持ってくれるようになりました。若い学生に興味を持ってもらえるよう、引き続き尽力していきたいですね。

Episode 2:学生と成し遂げた研究成果!低温での薄膜結晶成長

図1 非熱エネルギー重量による低温高速成長

低温で半導体薄膜を結晶成長させる方法として、レーザーを使った液相成長法がありますが、設備を整えるためにお金と時間がかかってしまいますし、他機関で実施するとなると学生の勉強になりません。学生が座学で学んだことであれば理解しやすく、学生実験でも使用する既設設備を用いて実験できれば学びが深まります。そこで私の研究室では固相成長法を採用し、その結晶成長温度を下げるという観点に絞って研究をしています。

固相成長法は、成膜したい元素をアモルファス状態で基板上に成膜したあと、熱を加えるだけで非晶質半導体薄膜の結晶化が進むという方法です。特に私たちは、IV族半導体薄膜を低温で形成することができる触媒金属誘起固相成長技術に着目して研究を進めています。これは、非晶質半導体薄膜上に蒸着された触媒金属を核として、平面方向に結晶化を誘起させる手法です。

一例として私の研究室ではIV族半導体薄膜のゲルマニウム(Ge)を使って結晶成長をさせています。異種金属材料を非晶質半導体内に導入することにより、 結合を弱め、 非晶質Ge薄膜の固相結晶化を通常の固相結晶化法よりも低温で誘起できるため、 製造プロセスの省エネルギー化も可能になります(図1参照)。非常にシンプルな方法なので、学生が理解しやすく、結晶成長過程を光学顕微鏡で容易に観察できることも魅力です。

動画は、金属とアモルファス状態のGeの境界で結晶成長がおきていく様子を撮影したものです(120倍速で再生)。ものすごいスピードで Geの結晶化が進んでいくことが観察できます。

Episode 3:さらなる低温化結晶成長を実現する素材探索と技術開拓

高等専門学校では、 専門科目の座学はもちろんのこと、低学年時から実験と実習に重点が置かれた教育を実施しています。私が研究している、金属誘起横方向成長は、現象が非常に分かりやすく、半導体結晶成長分野を志す学生の裾野を広げる意味で非常に有益なテーマだと考えています。一方で、この結晶成長過程では半導体への金属の拡散、半導体の結晶核発生、 結晶核成長などの現象が連鎖、複合的に誘起されます。加えて、触媒金属種や膜厚などさまざまなパラメータによって拡散、結晶核発生、 結晶核成長が左右されることから、研究面においても非常に興味深いテーマであると考えています。

現在までに、ある程度低温で結晶成長できるようになりましたが、より低温での結晶成長を実現したいと考えており、反応させる金属をアルミニウム、ニッケル、錫、金など、色々な材料を使って結晶成長の実験をしています。最近ではマグネシウムを使った研究も進めています。マグネシウムはIV族の半導体と混ぜると、その化合物が熱電材料になると期待されていることから、低温で形成できればフレキシブル熱電デバイスの実現につながるのではないかと考えて取り組んでいます。

こうしたさまざまな金属を使った実験は、座学だけでなく実験を通じて拡散現象を知ることができる良いテーマになっています。それぞれの実験から得られる現象は、一つの理論で説明がつかないことが多く、そのメカニズムはまだ解明できていません。初めは共晶現象で説明できるのではと考えていましたがそれだけでは説明できず、拡散のしやすさとも考えましたが、それだけでもありませんでした。学生も説明しづらいところを探ることが研究としてとても面白いと感じていますので、「やってみて考える」という姿勢で、学生と一緒に技術開拓に取り組んでいます。
 

Episode 4:結晶成長のスピードにマッチしたHORIBAの顕微ラマン分光装置

 図2 結晶成長模式図

結晶成長のプロセスにおいて、結晶化のスピードが非常に重要になります。HORIBAの顕微ラマン分光装置は、この結晶化のスピードを評価するために使用しています。
その測定方法は、アモルファス状態の薄膜に円形の金属部分を形成し、その金属部分から同心円上に結晶化が広がるスピードを測定します。ラマンのスペクトルは物質の結晶性を判別できるので、遠心方向にラマンスペクトルを取得することによって、どこまで結晶化が進んでいるかが判断できます。
例えば図2の結晶成長模式図では、丸い黄色が金属(Au:金)、外側の青色が半導体(Ge:ゲルマニウム)です。この状態で熱を加えると金属と半導体の境界面から同心円状に結晶化が広がります。この結晶成長法をGILC(Gold (Au) Induced Lateral Crystallization)と言います。

顕微ラマン分光測定装置 LabRAM HR

ラマンスペクトルから、どのようにアモルファスと結晶を見分けることができるかを考えていたのですが、CLS※1という機能を使いマッピングをすることによって、きれいに分離できるようになりました。実例としてこのGILC領域近辺のラマンスペクトルを図3に示します。
もともとアモルファス状態のGeは赤のスペクトルのようにピーク形状がブロードになっていますが、結晶化したGeのピーク形状はシャープな形状になっています。結晶性を評価するためには、ラマンスペクトルピークのシャープ度合いを評価する必要があるため、波数分解能が高く、また試料を温調しながら測定できるHORIBAのLabRAM HR Evolutionは非常に有効で、研究にはなくてはならない装置になっています。

図3 GILC領域の顕微ラマン分光分析結果

Episode 5:ものづくり大国 ”日本” の復興に必要な教育をめざして

学生が楽しそうにしているのが嬉しい、というところが大学や企業の研究室とは少しスタンスが異なるかもしれません。高専の使命は、座学で得た知識を発展させて、実験をどんどんして、技術を文字通り身につけることだと思っています。その中でも基礎が一番ですから、基礎となる実験をしっかり高専で勉強していってもらうことに力を注いでいます。

また、学生への教育のために、実験に必要なものは自分たちで創意工夫して準備してもらっています。例えば金属パターンの作り方も、フォトリソや網目の金属を使った方法など、さまざまに体験することにより技術を身につけてもらいながら、一段ずつステップを踏んで成果につなげていくように指導しています。とにかく手を動かしてもらって、学生の柔らかい自由な発想で実験して欲しいので自由にさせています。自由にさせている分、再現性が出ないことや、思いもよらないことをする学生もいて苦労はありますが、偶然に良い結果が出ることがあります。

いずれにしても、学生が主体的に実験に取り組んでくれることが何より嬉しいと感じています。そのように興味を持てば、自分から工夫・アレンジをしていくようになり、本当の技術者の資質を持てるようになると感じています。そのためにもイメージしやすい研究テーマから研究の世界に入り、さまざまな経験と研究者同士の交流を通して新しいアイディアを生み出し、研究の幅を拡げていって欲しいと思っています。学生が多くの研究者と交流できる場を拡げるためにも、SEMICON Japan のようなグローバルに多様な方々と交流できる場を九州でも開催できないかと考えています。

また、学生には高専での研究成果を大学に進学した際に大きな学会で発表するようにも指導しています。実際にSSDM(International Conference on Solid State Devices and Materials)で発表した学生もおり、自分のアイディアが認められたという大きな自信にもつながったと思います。このような目標をもたせて、学生のアイディアで成功体験を積ませることも大切だと思っています。

私は熊本弁でいう“わさもん(新しいもの好き)”なので色々なことをやりたいです。将来の研究テーマとして色々な材料を調べて拡げていくことが目的ですので、具体的なゴールは設定していません。材料は学生が興味を持ちやすい分野だと思いますし、世界を広げるためのブレークスルーにもなります。10代の学生が持つ自由な発想からさまざまなことに取り組み、学生と一緒に試行錯誤をするなかで新たな発想にたどり着けると思って、ワクワクしながら日々の研究に邁進しています。

 

 

(インタビュー実施日:2023年9月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

注釈

※1) CLS:古典的最小二乗法(Classical Least Squares: CLS)
誤差を伴う測定値の処理において、その 誤差の二乗の和を最小にすることにより、最も確からしい関係式を求める方法

Profile

角田  功 (つのだ いさお)
独立行政法人国立高等専門学校機構熊本高等専門学校 情報通信エレクトロニクス工学科 准教授

[学歴]
2004年3月 九州大学大学院システム情報科学府、電子デバイス工学専攻

[職歴]
2004年4月-2008年3月 財団法人くまもとテクノ産業財団、電子応用機械技術研究所 研究員
2008年4月-2010年3月 公益財団法人福岡県産業・科学技術振興財団 研究員
2010年4月-2012年3月 熊本高等専門学校 情報通信エレクトロニクス工学科、 助教 
2012年4月-現在  熊本高等専門学校 情報通信エレクトロニクス工学科、准教授 

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