微細化・省電力の限界を打破-シリコン半導体を凌駕する二次元材料-

東京大学大学院 工学系研究科 マテリアル工学専攻  長汐 晃輔(ながしお こうすけ) 教授

 

1991年に発見された一次元材料のカーボンナノチューブや、2004年に発見された二次元材料※1のグラフェン※2に代表されるように、微細化の限界を突破するためのシリコンに次ぐ半導体材料として、低次元材料が注目されています。今回は二次元材料のMoS2(二硫化モリブデン)3を使ったFET(電界効果トランジスタ)※4開発のご研究に邁進されている東京大学大学院 工学系研究科 マテリアル工学専攻 長汐 晃輔 教授にお話を伺いました。

Episode 1:「はがせる」材料~二次元材料との出会い~

二次元材料が他の材料と異なる最大の特長は「はがせる」ことです。代表的な物質としてはグラファイトがあげられます。シリコンは原子が一個ずつ立体的に電子を出しあって強く結合しているので層状に「はがす」ことができませんが、二次元材料はその層の中だけに電子が存在し、層の状態で安定しているので「はがす」ことができます。また物性に層数依存性が現れ、その層数をコントロールすることで新しい物性の二次元材料を作ることができるため、非常に面白い材料として注目されています。

二次元材料の研究は、2005年にグラフェンという単層を発見したマンチェスター大学の論文によって一気に進みました。マンチェスター大学の研究室では、フライデーイブニングにはいつもと違う発想で研究をするという習慣がありました。AFM※5の標準試料としてグラファイトを使っていましたが、標準試料として使用するにはグラファイトの表面をテープではがし、新しい結晶面を出す作業が必要です。この作業をフライデーイブニングにいつもとは逆の発想から、そのテープに張り付いたグラファイトに着目することでグラファイトの単層を発見したという話が有名です。この点は現在の自分の研究にも非常に参考になると感じています。

グラファイトは電子移動度が高いことが注目されていました。この特長を最も活かせるものとして電子デバイスに使うという潮流が生まれ、2010年までにその性能もかなり実証されました。

私がグラフェンの研究を始めたのは2007年です。ちょうど私が東大に来た年で、その時に「二次元材料をやってみないか」と声をかけられたことで研究を始めました。それまで私はシリコンの結晶成長の研究をしていたので、電子デバイスとは縁がなく、グラフェンのことも全く知らないところから研究をスタートしました。自分の手で単層グラフェンを確認出来たときは、非常に気持ちが高揚したことを記憶しています。
 

Episode 2:シリコンを凌駕する二次元材料への期待とチャレンジ

現状の半導体はシリコンを微細化することで、ここまで進化してきましたが、実は10 nm(ナノメートル)くらいで止まっていて、それ以上の微細化は進んでいません。集積化されるデバイスの数は増えているものの、さらなる性能向上のためにはシリコンを二次元材料に置き換えることが必要になっています。

グラフェンは電子移動度が高い反面、バンドギャップがないので、半導体素子として利用するために、バンドギャップを広げる研究が集中的におこなわれてきました。理論的にはシリコンのFETを凌駕する物性が期待できますが、バンドギャップを広げることが技術的にとても難しいのです。相当な試行錯誤を重ねることで、最大で0.3eV(エレクトロンボルト)広げることに成功し、世界で最も高い電流のオンオフ比を達成しました。それでもシリコンのバンドギャップは1.1eVで、比較するとやはり小さく、そこが壁として残りました。
そのような背景があり、実はグラフェンのFET応用はほとんど止まっていて、私たちもバンドギャップが元から存在している他の二次元材料を使ったFET応用に方針を変えています。世界的にもその流れが強くなっており、MoS2(二硫化モリブデン)、WS(二硫化タングステン)はバンドギャップが大きく安定性が良いため、台湾のTSMCなども積極的に研究しています。例えば、MoS2は単層でバンドギャップが2.4eVと大きく、非常に安定しています。
 

Episode 3:実用化へのブレークスルー

MoSは「はがれる」という性質を応用し、潤滑剤に使われていました。1970~1980年代にはやっとナノのスケールに入るレベルの研究が始められていましたが、単層までは研究が及んでいませんでした。2011年にスイス連邦工科大学ローザンヌ校(Ecole Polytechnique Federale de Lausanne, EPFL)のナノスケール・エレクトロニクス・構造研究所(Laboratory of Nanoscale Electronics and Structures, LANES)のAndras Kis氏らのグループがグラフェンと同様な二次元材料のMoS2を用いたトランジスタを試作し、論理動作を確認したことで、MoS2が非常に効率的な半導体であることが示されました。

当時は光デバイスへの応用も注目されていましたが、現在では電子回路デバイスへの実用化が進められています。10nmを下回る半導体回路のデザインルールには二次元材料が必須となってきており、世界では盛んに量産を見据えた研究がおこなわれています。一方、基本的な二次元材料を使用したトランジスタの要素技術研究も重要で、私たちはその部分を担っています。

その一つがゲート絶縁膜で、私たちは絶縁膜の堆積法の研究を進めています。現在の絶縁膜の厚さは、数nmしかありません。トランジスタを動作させるときにはゲートという部分に印加する電圧のオン/オフで電流を制御するのですが、絶縁膜がリークしてしまう問題を解決するために絶縁膜の堆積手法が非常に重要になります。二次元材料は層状物質のためうまく核生成ができないことから、シリコンで使っているALD法(原子堆積法)が困難です。そのため、世の中の研究者が試行錯誤して、時にはトリッキーな方法を試すなど、膨大な労力を費やして絶縁膜を作ろうとしてきましたが、未だに優れた絶縁膜はできていません。

そうしたなかで、私たちはALD法とは異なる新しい堆積手法を考えました。High-k※7の金属を加熱して飛ばしながら、酸素雰囲気中で酸化させて堆積する方法です。二次元材料のEOT(SiO2シリコンとの等価換算膜厚、Equivalent Oxide Thickness) において、この手法で堆積した絶縁膜として世界で初めて1nmを下回ることができました。実用化へのブレークスルーとして、私たちの研究は二次元材料の特性を上手く引き出す提案ができていると自負しています。

Episode 4:さらなる省電力化をめざす二硫化モリブデンを使ったFET

私たちは超低消費電力を実現するトンネル効果型FETの研究を進めています。
シリコンのMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)※6では、トランジスタの動作に熱力学的な限界があり、急峻に電流のオン/オフ制御ができません。トンネル効果を使えばその限界を超える動作性能を示すことを私たちは実証しています。層状物質である二次元材料は、二層重ねた際の界面に欠陥が存在しないため、二次元材料を貼り合わせると非常にきれいな界面ができます。このきれいな界面は電流のトンネル効果を生み出すのに素性がよく、シリコンで実現できなかったような超低消費電力のデバイスを実現できます。シリコンと比較し、今は数分の1程度の省電力化に留まっていますが、最終的には10分の1の省電力化をめざして研究を続けています。

現代社会において社会のインフラに半導体は不可欠です。ベースとなるFETの消費電力を下げることで、CO2削減を踏まえた社会全てのインフラに寄与できます。私たちの研究自体が社会のインフラ全てに関わる、そうした使命感をもって挑戦しています。

Episode 5: ラマン分光分析~非破壊で二次元材料の物性を見る~

二次元材料がそのままデバイスに使えるわけではなく、デバイス構造に組み込んでいかないといけません。そうするといろいろなものに触れることになります。二次元材料は殆どすべての原子が表面に存在するので、何かに触れると物性を変えてしまいます。そうした物性の変化を実はラマンスペクトルで追うことができます。例えば、High-k膜の堆積前後に、非破壊で、顕微でその物性がどのように変わるかをずっと見ています。

この研究室にラマン分光装置を導入したのは2009年のことです。それまでは別の研究室のラマン分光装置を借りて分析していましたが、ラマンスペクトルを解析することによって層数が分かったことにとても感激して、導入を検討しました。私たちの研究は、二次元材料を他の材料に接した際に、どのように変化するかを追う必要があります。その変化はラマンスペクトルのピーク波数のシフトから判断するため、数あるラマン分光装置のなかで最も波数分解能が高かったHORIBAのLabRAM HR-800を選びました。

顕微レーザーラマン分光測定装置 LabRAM HR シリーズ

最近では、先述のようなデバイス研究に加え、探索研究として環境発電にも取り組んでいます。世の中のIoT化にともない、さまざまな場面でセンサーが使用されていますが、有線で電源を供給するには限界があります。具体的には振動発電に着目し、硫化錫(SnS)を使った研究をしており、その研究でもラマン分光装置は活躍しています。SnSは環境発電として非常によい圧電定数をもっていることが理論的に予測されていることから研究を始めましたが、実は二次元材料を圧電材料※8として環境発電させるには大きな結晶が必要になります。

二次元材料はレイヤー・バイ・レイヤーで成長するため、分極の向きが打ち消しあいます。バルク※9だと圧電材料にならないので、あるテクニックを使ってその分極を揃えます。揃うということは空間反転対称性を破っているので圧電特性を得ることになりますから、環境発電に使うことができます。対象とする物質がそうした特性を得ているかどうかをラマン分光装置で調べています。分極が反転していて、空間反転対称性をもつ結晶と、空間反転対称性が破れ分極が全部揃った結晶ではラマンスペクトルが全く異なります。この結果を理論計算とあわせながら解析することで、さまざまな情報を得ることができます。解析できるラマン分光装置は圧電材料の研究には重要となります。圧電結晶は結晶構造を精密にコントロールしないといけないので、格子振動の観点から感度良く、非常に明確に現れるラマンスペクトルの解析はとても有効な分析手法です。

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Episode 6:二次元材料を使ったプラットフォーム実現をめざして

デバイスの研究はマテリアルに携わる研究者として、新しい材料をデバイスで使えるところまで持っていきたいとの思いで進めています。二次元材料ではすでにFET、メモリ、センサー等が実現されていますが、パワーデバイスはまだ実現されていません。二次元材料を使ったパワーデバイス実現に向け、h-BN(ボロンナイトライド)の研究もしています。h-BNは絶縁体として利用されますが、私たちはダイヤモンドよりもバンドギャップの大きいパワーデバイス用半導体材料の候補として考え、研究を進めています。これにより二次元材料だけを使ったプラットフォームを作りたいというのが将来の夢です。パワーデバイスは日本が強い分野ですので、新しい材料の創出によってガラリと世の中が変わるだろうと思います。まだまだ新しい材料が求められ、世界中で次世代材料の研究が加速している時なので、集中して研究を続けていきたいと思います。

 

(インタビュー実施日:2022年9月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

 

Profile

長汐 晃輔(ながしお こうすけ)
東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 教授

 

(学歴)
1993年4月 - 1997年3月京都大学 工学部 金属加工学科
1997年4月 - 1999年3月東京大学 大学院工学系研究科修士課程 材料学専攻
1999年4月 - 2002年3月東京大学 大学院工学系研究科博士課程 材料学専攻


(経歴)
1999年4月 - 2002年3月学振特別研究員 (DC1)
2002年4月 - 2003年9月学振海外特別研究員 Stanford University
2003年10月 - 2007年8月国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 宇宙環境利用科学研究系 助手
2007年9月 - 2011年3月東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 講師
2011年4月 - 2020年5月東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 准教授
2020年6月 - 現在東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 教授

注釈

※1)二次元材料:原子の二次元的結合構造を持った薄膜物質のこと。材料の空間的構造に着目したとき、その性質が三次元ではなく、2辺(幅・長さ)あるいは1辺(長さ)のみで決まる材料のことを低次元材料と称します。2辺のみで決まるものを「二次元材料」、1辺のみで決まるものを「一次元材料」と呼んでいます。
※2)グラフェン:炭素(カーボン)原子がメッシュのように結びついて、シート状になっている物質。2004年にマンチェスター大学の物理学部のアンドレ・ガイム氏とコンスタンチン・ノボセロフ氏により論文(サイエンス)が発表された。 
※3)二硫化モリブデン:モリブデンの硫化物で、組成式が MoS2 と表される黒色の固体である。輝水鉛鉱(輝モリブデン鉱)として天然に産出する。固体潤滑剤としてエンジンオイルの添加物等に用いられることがある。
※4)FET:Field Effect Transistor(電界効果トランジスタ)は外部から印加する電圧によって半導体内に流れる電流を制御するトランジスタ。
※5)AFM:Atomic Force Microscopy(原子間力顕微鏡)
※6)MOSFET:Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)
※7)High-k絶縁体:(二酸化ケイ素と比べて)高い比誘電率 k を持つ材料に対する呼称。
※8)圧電材料: 圧電性 (機械的ひずみを与えたとき電圧を発生する、あるいは逆に電圧を加えると機械的ひずみを発生する性質) を示す結晶性物質の総称
※9)バルク:3次元的に結合している原子の塊