京都大学 化学研究所 若宮 淳志(わかみや あつし)教授
温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギーとして関心を集めている太陽光発電。平地の少ない日本では太陽光パネルの設置場所として住宅の屋根に設置することも多く、太陽電池の軽量化や耐久性強化などの課題が残っています。そうした課題を克服し、未来のエネルギー社会を変える次世代の太陽電池としてペロブスカイト(Perovskite)結晶構造をもつ材料によるペロブスカイト太陽電池が注目されています。2022年4月に環境負荷の低いスズを使ったスズ-鉛混合型ペロブスカイト太陽電池で世界最高値の光電変換効率を達成された京都大学 化学研究所 若宮 淳志 教授にお話を伺いました。
太陽電池として現在広く普及しているのはシリコンですが、次世代の太陽電池として高いエネルギー変換効率の可能性を秘め、軽量で柔軟性に富む「ペロブスカイト太陽電池」が注目を集めています。「ペロブスカイト太陽電池」は塗って作れる低コストの製造工程が可能になる太陽電池で、ガラス基板ではなくフィルム基板を使うので、曲げることができ、また軽いので貼って使えるというのが大きな特長です。そしてシリコンに比べてとても薄く、500~800nm(髪の毛の1/100程度)の薄さで十分に太陽光を吸収します。屋内の低照度環境でも発電できるので、屋内のセンサー用電源に使われています。また、透けて見えるくらいに薄くシースルーに加工することもできますので、カーテンやブラインド、窓にも設置できます。作業服やヘルメットに貼り付けるという要望もあり、充電用途だけでなく、作業員の位置情報確認や熱さ対策などの活用方法が考えられ実用化が始まろうとしています。将来的にスマートフォンのカバーや、洋服や日傘に貼り付けて使うなど、用途は広がってきています。
ペロブスカイト太陽電池の室内光発電によるディスプレイ表示
電圧のロスを理論限界まで低減することに成功し、さらに環境負荷の低いスズと鉛の2種類の金属を1対1で使ったペロブスカイト太陽電池で世界最高値となる23.6%の光電変換効率を達成しました。太陽光は可視光領域だけでなく、近赤外領域にも波長をもっていて、半分くらいのエネルギーが実は近赤外領域に存在します。太陽光発電で光電変換効率100%を実現することは、さまざまな損失があるため不可能です。シリコン系など通常の太陽電池(単セル)では27%程度が理論限界といわれています。電圧、効率をさらに上げて、理論限界を超える30%を達成する方法として、2種類の太陽電池を組み合わせて、短波長側と長波長側とで別々に発電するタンデム型という考え方があり、世界中でその研究がおこなわれています。実際にガリウムヒ素系多接合太陽電池のように40%を超えているものがありますが、コストが高いことが課題です。
今回発表した23.6%というのは、タンデム型として組み合わせる長波長側のペロブスカイト太陽電池として優れた光電変換特性を示しています。フィルムでのタンデム型で30%以上の光電変換効率が達成できれば、クルマへの搭載が実現化します。実はセダンでもバンでも車のボディの面積はあまり変わりません。その面積でめざす電力は1kWの発電です。現在シリコンの車載用で180W程度の発電ですが、1kWだと晴れていれば65km走ることができます。普通のドライバーの走行距離は1日平均20kmといわれているので、晴れていれば、ほぼ充電が要らないクルマができることになります。
クルマの屋根に重い物を積むと横振れの原因となるので、屋根に搭載するならフィルム型の太陽電池が適しています。自動車メーカーからは屋根で30%の光電変換効率を確保すること、加えてボディや窓に搭載できる薄さも求められています。さらに太陽電池は通常黒い色をしていますが、クルマのボディと同じ色にすることも求められていて、加飾フィルムを使った太陽電池といった材料研究にも広がります。このように太陽電池を使うメーカーの方々と話しをするだけでアプリケーションが広がり、ワクワクします。
有機材料の開発が私の研究のバックグラウンドです。有機材料から始まり、2010~2012年ごろには色素増感太陽電池、有機薄膜太陽電池の開発をしていました。それらは塗って作れる画期的なものですが効率が悪く、光電変換効率は10%に届かないようなもので、ようやく10%を超えても、15%には届きませんでした。一方で、シリコンや無機系の材料は20%を超えてきていましたので、私たちの太陽電池がいくら曲がる、塗れるといっても10%の光電変換効率では話になりませんでした。
2009年に宮坂 力 (みやさか つとむ)先生(現 桐蔭横浜大学医用工学部臨床工学科特任教授)が色素増感型太陽電池の一種として、ペロブスカイト結晶構造を持つ材料によるペロブスカイト太陽電池を作り、論文を発表されました。その後、2012年に英国オックスフォード大学のヘンリー・スネイス教授と韓国のパク・ナムギュ教授による現在の固体型のペロブスカイト太陽電池に関する論文がほぼ同じころに出たことで、ペロブスカイトへの注目が一気に集まりました。私もその時に初めてペロブスカイト太陽電池に触れて衝撃を受けました。というのも、有機合成では何段階もステップをわけて色素を吸着させた電極を作るため、できあがるのに最低1か月はかかります。ところがペロブスカイト太陽電池だと、材料を塗ってあぶるだけで2分もかからずにペロブスカイト薄膜ができたのです。溶液を塗布し、乾燥させた際の色の変化だけをみると、ものの20秒ほどでした。実際に光電変換効率を測ると10%を超えて、電圧も1Vを超えていたので、「これはすごい、いける」と思ったのです。
その頃、私はJSTのさきがけ「太陽光と光電変換機能」領域でのプロジェクトとして、色素増感型太陽電池の研究をしていました。研究総括だった早瀬 修二(はやせ しゅうじ)先生(現 電気通信大学 i-パワードエネルギー・システム研究センター 特任教授)から領域内でのさまざまな研究者との「成果結集プロジェクト」として「ペロブスカイトをやってみない?」と提案があり、そのリーダーに立候補しました。
研究当初の2014年、最初に大きな問題にぶつかりました。このペロブスカイト太陽電池の光電変換効率は10%とうたわれていましたが、再現性が極めて悪いという問題です。2012年のサイエンスの論文の付録に光電変換効率の分布が掲載されていたのですが、その分布の中心はどうみても5~6%が中心になっていて、0%のデータもたくさんありました。研究を進めていくにあたり、同じ人が同じ条件で作製しても光電変換効率0%(発電しない)のような状況では、材料やデバイス構造を改良した効果なのか、あるいは単に実験者の腕の問題なのかの判断がつかず、世界中で大きな問題となっていました。
太陽電池に用いるペロブスカイト半導体は真っ黒の材料で、材料の溶液の塗布で作製が可能ですが、水にも溶けてしまうという性質を持っています。私は元々有機材料の研究をしていたので、水に溶けるのであれば、使う溶媒や材料も厳密に脱水や精製をする必要があるだろうという感覚をもっていました。そこで、不活性ガス雰囲気下のグローブボックスを使って酸素だけでなく水も排除してペロブスカイトを作ってみたところ、問題が見えてきたのです。
塗る時の材料は、DMF※1溶媒にヨウ化鉛を溶かしたものを使います。通常はヨウ化鉛を1M(モーラー)溶かさないといけないのですが、溶媒や材料を精製すればするほど溶けなくなってきたのです。一晩グローブボックスのなかで脱水したDMF溶媒で攪拌しても全然溶けずに濁ってまだ残るという状態で、それを無理やりろ過してろ液だけを塗ると光電変換効率がほんの5%くらいのみすぼらしい太陽電池しかできませんでした。その時に「あれ?」となったのです。
実は、さまざまな溶媒や材料のうち純度99.999%と表記されていたヨウ化鉛だけは絶対高純度だと信じて、この材料だけは疑わずそのまま使用していました。試しにこのヨウ化鉛を精製しようと、真空でガラス容器の中に封入したところ、容器の内側に水滴を発見しました。カールフィッシャーで材料に含まれる水分を測定すると、なんと2,000ppmもの水を含んでいたのです。「じゃぁ99.999%って何やねん」という疑問が大発見につながりました。
無機の材料は有機の材料と違ってトレースメタルベース(残存金属基準)で純度が記載されます。つまり金属の不純物のみを不純物として考えます。したがって99.999 %と記載されていても、水は金属ではないので不純物扱いされていないのです。有機材料と無機材料の純度表記の文化に違いがあったことに気づかなかったのです。後から調べてみると結局10種類くらいの元素しか見ていないことがわかりました。70種類の元素で見てみるともう少し純度が悪くなりますが、今回の課題は水が原因だと断定しました。そこでヨウ化鉛を昇華蒸留したところ、よく溶けて、再現性も良く効率が上がったのです。これは重要な発見だと思い、太陽電池を研究しているライバルも含め世界中の仲間に教えてサンプルも送ったところ、大きな反響を得ました。すぐに、論文を書いて特許を取得し、この研究分野の多くの研究者が大量に使用できるよう東京化成工業さんから発売していただきました。
※1 DMF:N,N-dimethylformamideジメチルホルムアミドの略
現在所属している京都大学化学研究所は各研究室の垣根が低く、共同研究のしやすい環境であることもペロブスカイトの研究躍進に一役かっています。
ペロブスカイトの研究を始めたころ、ほんの13歩ほど歩いた場所に物理学で先端分光を研究されている金光 義彦 (かねみつ よしひこ)先生の研究室がありました。ある時、金光先生がひょっこり私たちのところへ来られて、「ペロブスカイト始めたらしいね、私のところでは特殊な先端分光測定ができるから、いいサンプルができたら測ってあげるよ」と声をかけてくださいました。恵まれた研究環境下で、作製したペロブスカイト薄膜や単結晶の測定をしていただき、この材料がなぜ太陽電池として優れているかを明確に示すいくつかの特異な物性を世界にさきがけて見出すことができました。
2014年に出した論文では、太陽電池がシリコンと違って直接遷移※2型の吸収を持つ半導体だということと、励起光強度と発光強度の相関性に基づいて、この材料が光を吸収するとフリーキャリア※3を形成することを発表しました。優れた太陽電池の材料はよく光ります。これらの材料探索にはHORIBAのFluoroMax-4を含め蛍光測定装置が有用です。ただ、私たちが論文発表するまでは、どんなメカニズムで発電しているか詳細が解明されておらず、有機材料と同じように励起子になっているのではないかといわれていました。そこで、金光先生が独自に考えられた測定方法で蛍光特性を測定いただきました。測定結果から、ある程度の励起エネルギーを超えると、発光強度が励起光強度の2乗に比例して上がることが分かりました。この2乗に比例というのがとても大事だったのです。
有機材料のように励起状態が励起子になっているのではなく、すでに+(プラス)と-(マイナス)にわかれている状態なので、フリーキャリアになっていることが実験によって明確になりました。フリーキャリアであることが判明した後、分離に必要なエネルギー(励起子の束縛エネルギー)を測定で見積もったところ、室温ではわずか6meV程度で分離することがわかりました。このことが髪の毛の1/100の500~800nmの膜のなかでも光を吸収して整流作用のある半導体で挟むだけで高い光電変換効率を得ることができるペロブスカイト太陽電池のメカニズムだとわかったのです。
2015年には単結晶を使った多光子励起について論文を出しました。結晶の内部の中心付近で励起すると、結晶の中で吸収と発光を繰り返す(フォトンリサイクリング)現象が起こり、なかなか光が結晶からでてきません。つまり励起状態があまりに安定なため、吸収したら自己発光して、また隣の部分で吸収するということが繰り返されます。極めて高品質な材料に見られるこのようなユニークな現象が、太陽電池としてうまく光エネルギーを電気エネルギーに変換できている理由の一つであると考えられます。
※2 直接遷移:半導体の遷移には直接遷移と間接遷移があります。直接遷移では波数 (運動量)が変化せずに電子が遷移します.間接遷移では電子が遷移する際に波数が変化します.
※3 フリーキャリア:半導体に光が吸収されると半導体内部には自由に移動できる電子と正孔(電子が抜けてできた空孔)が生じます。これらをフリーキャリアと呼びます。キャリア(自由電子とホール)によって電荷が運ばれることによって半導体に電流が流れます。
⇒ 蛍光分光光度計・蛍光寿命測定装置 製品サイトへのリンク
ペロブスカイト太陽電池のメカニズムが材料開発をするなかで解明され、ようやくいいものが作れるようになってきたことから、次は光電変換効率の向上に注力しました。そしてさまざまな試行錯誤の末、JSTへの成果報告の前日の2016年2月14日に20%を国内で初めて達成することができました。その鍵は「塗り方」でした。
ペロブスカイト太陽電池は溶液を塗ることで作りますが、そもそもキュービック型の結晶なので、ゴロゴロして膜の表面がガタついてしまうため発電効率は低く、せいぜい光電変換効率は15%止まりでした。効率を上げようとすると、数百nmのグレインが石畳のように平たんに並んだような薄膜を作る必要があります。ただそこにはさまざまな化学的な創意工夫を結集させる必要がありました。
また、ペロブスカイトの塗布成膜の際の色の変化には驚きました。有機材料のインクの場合、例えば赤色のインクは分子自体が赤色なので、どんな塗り方をしても赤色になります。無機の固体材料であるペロブスカイト結晶は、液を溶かすと黒色ではなく実は黄色になります。それは、溶液状態では、それぞれの構成イオンは溶媒和されてバラバラの状態ですが、固体状態でペロブスカイト構造(鉛、スズ、ヨウ素などで構成する三次元のネットワーク構造)を形成することで初めて、黒い色や半導体としての性質を持つことようになるからなのです。このような構造変化が塗って乾かす過程で起こっており、この変化がなんと0.2秒から数十秒の単位で起こるのです。1molで10の20乗個以上の原子がわずか数秒で整列するのでドラマチックな瞬間ではありますが、ただあまりに高速で反応が起こるので制御が難しいという課題があります。現在この高速反応をうまく制御して欠陥を減らし、歩留りよく安定的に大きな面積のペロブスカイト太陽電池を作ることのできる技術開発に挑戦しています。これまでの学術的な成果や知見に基づいて、大きな面積でも高品質なペロブスカイト薄膜を作る量産技術を確立し、この太陽電池を製品として実用化したいと思い、ベンチャー会社(株式会社エネコート・テクノロジーズ)を設立しました。この会社では自動化した塗布成膜装置を開発し、その装置にリアルタイムで塗布膜の膜厚を測定するためにHORIBAの分光エリプソメーターを使っています。すでに実験段階で確かなデータが出ていることを確認しており、今後生産現場で活躍してほしいと考えています。
⇒ 分光エリプソメトリー & 分光エリプソメーター 製品サイトへのリンク
一つは低照度で発電するペロブスカイトの特長を活かし、「どこでも電源」として社会実装されることをめざしています。例えば、スマートフォン、ビニールハウス、災害時用充電テント、ドローンや防音壁面などに貼り付けることができます。さまざまな用途へ広げることができるので、エネルギーの未来が変わります。ビルの壁、高速道路の防音壁などを使わないのは非常にもったいないと感じています。また将来活用が大きく広まると思われるIoTセンサなどでも活躍できると考えています。
ただ、このような分野で使用するには材料に含まれる鉛が課題になってますので、ぜひ鉛フリー化材料の開発を実現したいと考えています。鉛フリーハンダ以上に難しい課題ですが、だからこそチャレンジしたい、それこそが研究だと思います。この太陽電池の社会実装を加速し実装することは間違いなく世の中に貢献できることなので研究のモチベーションにもつながります。ただこのような研究は数年では達成できないので、長期的な視点で研究を支える社会が必要だと感じています。技術立国日本が復権するためにも、ぜひとも長期的な視野を持った研究開発のサポートを国・企業にお願いしたいと思います。
(インタビュー実施:2022年4月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。
若宮 淳志(わかみや あつし)
京都大学化学研究所 教授
(学歴・略歴)※抜粋
1998年3月 京都大学工学部工業化学科 卒業
2000年3月 京都大学大学院 工学研究科 物質エネルギー化学専攻 修士課程 修了
2000年7月-2003年9月 米国 Boston College 訪問研究員
2000年4月-2003年3月 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2003年3月 京都大学大学院 工学研究科 物質エネルギー化学専攻 博士後期課程修了 博士(工学)
2003年4月-2010年1月 名古屋大学 物質科学国際研究センター
2010年2月-現在 京都大学 化学研究所
(受賞歴)※2015年以降の受領歴のみ記載
2015年 新化学技術推進協会(JACI) 新化学技術研究奨励賞ステップアップ賞
2015年 応用物理学会 第37回 応用物理学会優秀論文賞
2015年 基礎有機化学会 第11回 野副記念奨励賞
2016年 日本学術振興会第175委員会 産学協力研究委員会 イノベイティブPV賞
2018年 近畿化学協会 (KCS) 第70回化学技術賞
2019年 国際有機化学財団(IOCF)4th Yoshida Prize Symposium Lecturer (Distinguished Lecturer)
2020年 新化学技術推進協会(JACI) 第19回(2019年度)GSC賞 文部科学大臣賞
2021年 日本化学会 (CSJ) 第38回学術賞
2021年 市村清新技術財団 第53回 市村地球環境学術賞
2022年 文部科学省 令和4年度科学技術分野の文部科学大臣表彰
(専門分野)構造有機化学,典型元素化学,有機材料科学
※先生のご略歴詳細はリンク先よりご覧ください。