セラミックスの正体を暴く!~ラマン分光の限界を超えて

国立研究開発法人産業技術総合研究所 中部センター 
極限機能材料研究部門 蓄電材料グループ 研究員 板坂 浩樹 (いたさか ひろき)先生

パソコンやスマートフォンの性能が上がり小型化が進むにつれて、電子機器に内蔵される素子の材料もナノスケール領域へと微細化が進んでいます。TERS(Tip-Enhanced Raman Spectroscopy: チップ増強ラマン分光)※1を用いてチタン酸バリウムのナノキューブ粒子の界面状態を解明した国立研究開発法人産業技術総合研究所 中部センター 極限機能材料研究部門 蓄電材料グループ 研究員 板坂 浩樹  先生にお話を伺いました。

Episode1:次世代の積層セラミックコンデンサ材料に!?チタン酸バリウムのナノキューブ粒子への挑戦

私が所属する極限機能材料研究部門の蓄電材料グループでは、チタン酸バリウム(BaTiO3)の研究をしています。チタン酸バリウムは、パソコンやスマホなどの電子機器に内蔵される積層セラミックコンデンサの材料として代表的な誘電(電気を貯めることができる)材料です。

積層セラミックコンデンサは、電極とチタン酸バリウムの層が何層にも重なっているミルフィーユ構造をしています。電子機器の性能が上がり、サイズも小さくなるにつれて、素子自体も小さくしていかなくてはなりません。最近では一層分の厚みが1μm(ミクロン)にも満たない厚みになってきており、それをさらに薄くしようとどのメーカーも努力しています。

積層セラミックコンデンサの材料となるセラミックスはチタン酸バリウムの粉を焼き固めて作っています。さらに小さな素子を作るには材料となるチタン酸バリウムの粉自体を小さくする必要があり、100nm(ナノメートル)を切る原料(粉)をめざして、ナノ粒子、ナノ結晶を作る研究が盛んにおこなわれています。

産総研中部センターでは約10年前にチタン酸バリウムのナノキューブ粒子を合成する技術を開発しました。一般的にチタン酸バリウムは小さくなればなるほど電気を貯める量が減るため、多くの電気を貯めることのできる誘電性に優れたチタン酸バリウムのナノ粒子を作ることは難しいとされていました。ところが、産総研が開発したナノ粒子材料はかなり良い誘電性を示したので、蓄電材料として実用化に向けて研究が継続されました。ただ、なぜそんなに良い誘電性を持つことができるのかは謎に包まれたままでした。
 

Episode2:ナノキューブ粒子の結晶構造を解き明かせーラマン分光だからなせる業ー

顕微レーザーラマン分光測定装置 LabRAM HR Evolution

通常のナノ粒子の結晶構造は、電子顕微鏡で見た際に原子の並び方で判別できますが、チタン酸バリウムの粒子は異なる対称性を持つ結晶構造であっても原子と原子の距離に微妙な違いしかないため電子顕微鏡の分解能でもってしても誤差との区別が難しく、正確な判別ができませんでした。ところがラマン分光を使うとその違いがはっきりとわかったのです。

結晶構造の対称性はラマン分光にとっては重要な要素です。少しでも結晶の対称性が変わると、ラマンスペクトルが大きく変化するという特性があり、違いの判別が難しいチタン酸バリウムの結晶構造を知るためにラマン分光は有効な手法となります。

図1にチタン酸バリウムの二種類の結晶構造を示します。一つは正方晶(縦にキューブが伸びた構造)、もう一つは立方晶(完全なサイコロキューブ)です。これらは対称性が異なっていて、正方晶はラマン活性がありますが、立方晶はラマン活性が無くラマンスペクトルが現れません。この違いを電子顕微鏡(TEM)で見ることは難しいのですが、ラマン分光だと即座に判別することができます。
ただ一般的な顕微ラマン分光の空間分解能は1μmが限界なので、一個の大きさがナノメートルオーダーのナノキューブ粒子を分析することはできません。またこのナノキューブ粒子は15nm程度の大きさで、例えば粒子一層分の厚みでコンデンサを形成するとなると、厚みが薄く通常のラマン分光では検出感度が足りずμmオーダーでの平均情報ですら取ることができなくなります。

そこで、TERSの空間分解能と感度でこのナノキューブ粒子一個のラマンスペクトルを取れないかと、当時大学でTERSの研究をしていた私に声がかかりました。

 

図1:チタン酸バリウムの結晶構造

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Episode3:ナノキューブ粒子一層の薄膜形成に成功―TERSでとらえた粒子一層の結晶性―

チタン酸バリウムをコンデンサとして使用するには、どんなに微細な粒子を作ってもそれを薄い膜にしなければなりません。産総研に入ってナノキューブ粒子一個の結晶構造解析とともに薄膜を作る技術開発に挑みました。

最初に、TERS分析を可能にするには一層の薄獏構造にしたほうが良いと着想し実験をはじめました。試行錯誤のなか、自己組織化技術を用いてキューブ状の粒子を一層だけきれいに並べる技術の開発に成功しました。
この一層の膜にしたものを焼いて、膜の中の一粒子だけをTERSではかると、高い誘電性を示すことが知られている正方晶構造を持っていることが分かりました。

またこのように一層でチタン酸バリウムのナノ粒子を並べることができたことで、数100nmから一気に数10nm領域のコンデンサ実現の可能性がみえてきました。

実験を繰り返すなかで、一番苦労したのはサンプル作りです。基板側もギャップモード※2での測定が可能になるよう金の薄膜がついた基板を使用することや、ギャップモードでの測定が可能な距離にするためにできるだけ一層を薄くする工夫などを考えました。

また装置と合わせて探針3にどういった素材を使うかの選択も重要です。学生時代から探針の研究をしており、さまざまな金属をできる限り鋭く探針の先端に修飾しTERS信号を感度良く取得できる工夫をしてきました。

これらの探針を作ることはとても手間がかかり難しい作業になりますが、HORIBA製の探針はとても品質が良く、効率良く実験を続けることができました。キューブ一個でTERSが可能になったのはHORIBA製探針の貢献も大きいです。今後TERSのアプリケーションを拡げるために、現在の材料では限界があるため、探針の側で今以上に感度が出せる材料研究を進めています。 

Episode4:ナノ領域のあらゆる界面情報可視化に向けてーTERS分析の可能性を追求―

セラミックスで扱う粒子自体が小さくなるにつれ、ナノキューブに限らず、微細な粒子の界面が性能に及ぼす影響が話題になっており、セラミックス内の構造の違いをイメージングする需要を感じています。メーカーからも「チタン酸バリウムの層のなかで絶縁破壊が起こったときにナノスケールでその構造がどうなっているかを知りたい」という要望が出てきています。このような材料内部の微視構造をナノスケールでイメージングすることができれば材料開発においても大きなインパクトを与えます。

TEMだと材料を切り出して試料を作らないと見ることができませんし、その材料を薄くスライスすることがまず困難です。さらに透過方向の情報が重なるので、粒子が小さくなればなるほど厚み方向に情報が重なって、一体何を見ているのかわからなくなってしまいます。

イメージングの実現に向けてまずクリアしないといけない壁は、バルク※4の表面をはかれるようにすることです。バルクをはかれるまでにTERSの技術を高めることに挑戦して、複合材料の界面情報を高い空間分解能で可視化できるようになるとTERSはさらに強いツールになると確信しています。

また、ナノスケールの材料研究が進むなか、さまざまな材料にTERS測定の可能性が見えてきています。

例えば潤滑油や生体観察で使用されているナノダイヤなども測定のニーズがあります。ナノダイヤはアモルファスカーボンとダイヤモンド結晶のコアシェル構造を持っているため、その構造比率などをTERSで判別できないかと考えています。ナノダイヤは4~6nmの大きさですが、ここまでのサイズになるとTERS測定でも難しくなるので、望みの情報を得られる試料の準備は重要です。

他にも全固体電池やリチウムイオンバッテリーの電極材料の測定ニーズもあります。こうした電池の材料はいろいろな材料を混ぜたコンポジットになっていますが、その構造が直接的に性能にきいてくるため、コンポジットが中でどうなっているかを見たいという要望や、有機材料で二相系ポリマーの二相の間の界面や、フィラーとポリマーの界面の結合状態を見たいといった要望もあります。

無限に拡がる測定ニーズにTERSの可能性も拡がります。まだ解明されていない粒子構造や界面の謎に迫るためにも、TERSの可能性を信じて、限界に挑みたいと思います。

 

 

(インタビュー実施日:2023年4月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

注釈

※1 TERS(Tip-Enhanced Raman Spectroscopy):チップ増強ラマン分光
  TERSイメージング測定とは

※2 ギャップモード:プローブと基板の金属表面の間にサンプルをセットして測定する方式

※3 探針:対象となる試料の特定の微小部位を探り、物理的あるいは機械的あるいは電気的特性等を検査したり測定したりする測定器の部品

※4 バルク:物体や流体のうち、界面に触れていない部分のこと

Profile

板坂 浩樹 (いたさか ひろき) 
国立研究開発法人産業技術総合研究所 中部センター
極限機能材料研究部門 蓄電材料グループ 研究員 

[経歴]
2015年4月 - 2016年3月  京都大学大学院 工学研究科 学振特別研究員(DC)
2016年4月 - 2017年3月  京都大学大学院 工学研究科 学振特別研究員(PD)
2017年4月 - 2019年3月  国立研究開発法人 産業技術総合研究所 無機機能材料研究部門 産総研特別研究員
2019年4月 - 2020年3月  国立研究開発法人 産業技術総合研究所 無機機能材料研究部門 研究員
2020年4月 - 現在  国立研究開発法人産業技術総合研究所 極限機能材料研究部門 研究員

[学歴]
2007年4月 - 2011年3月  京都大学 工学部 工業化学科
2011年4月 - 2016年3月  京都大学大学院 工学研究科 材料化学専攻

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