京都・三条大橋の分析 ~伝統的な建築技術から学ぶ。木材の長寿命化と炭素循環型社会へ貢献~

京都の鴨川にかかる三条大橋は、安土桃山時代の1590年に豊臣秀吉が行った工事により木製の高欄に擬宝珠(ぎぼし)が設置されました。その後、擬宝珠は幾度かの更新を経ながら引き継がれ、現在の形となっています。この三条大橋の高欄と擬宝珠の分析に 、HORIBAグループで分析・サービス事業を担う株式会社堀場テクノサービスが協力しました。
形を変えながらも引き継がれる三条大橋から何を学び、現代にどう生かすか。分析をご依頼いただいた富山県農林水産総合技術センター 木材研究所 木材製品課 主任専門員 栗﨑 宏様に分析の目的や研究にかけるおもいを伺いました。

左から:京都大学生存圏研究所 教授 大村 和香子様、富山県農林水産総合技術センター 木材研究所 木材製品課 主任専門員 栗﨑 宏様、尾﨑林産工業株式会社 代表取締役 尾﨑 友紀様、京都市建設局土木管理部 橋りょう健全推進課 香川 寛様、株式会社堀場テクノサービス 分析技術部 中野 ひとみ

擬宝珠・銅金物の木材保護効果を検証

2014年、私は「伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験のための材料性能評価技術の開発プロジェクト」のメンバーとして、伝統的な建築技術で木材を長持ちさせる技術はないか調査をしていました。打ち合わせで京都を訪問し三条大橋を通ったとき、何気なく三条大橋の欄干を見ると、欄干に何か所か設置されている擬宝珠や銅金具の周りにある木材は非常に状態がよく、傷んでいないということに気が付きました。
擬宝珠や銅金具は昔の寺院やお城など伝統的な建物で古くから使われていたものの一つです。通常木材は日光、雨、風、腐朽菌などにより劣化・腐朽していきますが、特に木材の切り口は水が染み込みやすく、傷みやすいため、むき出しの切り口を覆うために銅金物が古くから使われています。一方で、銅イオンは木材の経年劣化や腐朽を防ぐことから、擬宝珠や銅金具は物理的に水を防ぐだけでなく、そこから発生する銅イオンが、化学的にも木材の保護効果を高めているのではないかと考えました。
そこで、ご縁があったHORIBAさんに分析を依頼し、ハンドヘルド蛍光X線分析装置を用いて、擬宝珠の組成、および高欄の木材中の銅イオン濃度を測定しました。すると、柱上部に設置された12個の擬宝珠のうち、南側の1個だけ他の11個と比べて組成が異なり、1個だけ製作された時代が異なることが確認されました。
また、高欄の木材は銅金物の近くと遠くでどれくらい銅イオンの濃度が違うのかを調べると、銅金物の近くで木材の劣化が少ない場所は銅イオンの濃度が非常に高く、銅金物から離れた場所ではカビなどが生え、腐朽しており、ほとんど銅イオンが検出されませんでした。これはやはり銅金物と木材の傷み方、木材中の銅イオンの濃度は関係があると確信を得ることができました。
 

更新前の三条大橋(2014年)

50年ぶりの更新を機に、768点を測定。雨水の当たり方と木材の劣化、銅イオン濃度の関係を詳しく調査

一方、2014年当時は欄干の歩道側の部分しか測定できず、測定できる範囲には限りがありました。そのため、2022年秋から2023年春にかけて、三条大橋の高欄が約50年ぶりの更新のために解体されることをお聞きし、川側など2014年に測定できなかった部分を測るために改めてHORIBAさんに測定を依頼しました。
特に知りたかったのは、銅金物から木材にどのように銅イオンが染み出しているか、ということです。雨水が銅金物にあたり銅イオンが流れ出る、その流れた水が木材に染みこむことで木材中の銅イオン濃度があがることが想定されますが、逆に雨水が木材中に染みこんだものを洗い流す役割もあります。雨水のあたり方、あたる部分でどのように違うのかということは橋が設置された状態で歩道から測定する限りではできない調査です。

解体して測れるようになったのが欄干より下にある桁隠し(けたかくし)です。そこには銅金物は使われていませんが、雨水は欄干を伝って桁隠しに流れます。銅金物の下にあたる部分の板は傷み方が少ないように思い、板の傷み方と銅イオン濃度の関係を調べました。
実際、上に銅金物がない部分の板は雨水が当たる部分ほど劣化・腐朽しています。まだ調査中ではありますが、劣化・腐朽が少ないところは銅イオン濃度が高い傾向が出ており、銅金物が直接木材に触れていなくても、銅金物から伝わってきた雨水に含まれる銅イオンが下部の木材まで守っているということが分かってきています。
 

更新後の三条大橋(2023年)

伝統的な建築技術を現在の防腐処理技術に活かす

すでに現在の住宅には銅イオンの効果を用いた防腐処理木材がたくさん使われています。防腐処理では、圧力容器の中に木材と防腐薬剤を入れて圧力をかけ、木材の内部に防腐成分を染み込ませています。圧力をかけることにより防腐液剤をより深くまで染み込ませることができ、10年以上の寿命が期待できるのですが、この方法には弱点があります。非常に高い圧力をかけて液を染み込ませていても木材の表面から一定の深さまでしか処理できず、木の中心付近は無処理の状態です。そのため、木を組み立てるときに使う釘やネジが中心部分に穴をあけると、その部分から水や腐朽菌が入り込み傷んでしまいます。

それを塞ぐためには中心まで防腐処理をすれば良いのですが、現在の技術では難しく、釘を打たないところにも液を入れないといけなくなるので無駄が多くなります。そのため、釘やネジが木を貫通するときにできる穴を保護するために、釘やネジに防腐効果のある銅を使ってはどうかと考えています。釘で木に穴をあけて中をむき出しにするわけですが、釘自身が銅イオンを出せば、その釘穴に水が染み込んで内部を保護してくれるはずです。銅は柔らかく強度が低いので単純に鉄の釘を銅に置き換えることはできませんが、表面にうまく銅をまとわせることはできないか検討しています。

木材は二酸化炭素の貯蔵庫。木材の高寿命化で炭素循環型社会に貢献

木材中の成分を調べる際、これまではサンプルを切り出し、粉にして測定する必要がありました。しかし、今回は蛍光エックス線を用いて測定いただいたことで、測定対象を全く傷つけることなくその場で測定することができました。電子顕微鏡などを使うと木材中の成分の分布を細胞レベルで詳しく知ることができますが、やはりサンプルを切り出さなければならず、さらに一度に分析できる範囲はミクロン単位で、時間もかかります。
今回のように、擬宝珠近くの木材と離れた場所の木材とを比較したい場合、細胞レベルではピンポイントすぎて擬宝珠との関係がよくわかりません。その点、ハンドヘルド蛍光エックス線分析装置は、気にかかる箇所を短時間で分析でき、さらにその場で濃度換算までできるので、擬宝珠付近の木材の銅濃度分布を可視化することができました。これは、現場での測定を非常に容易にするHORIBAさんの大きな特長だと思います。

今回は、木材の寿命を延ばすための調査研究に、HORIBAさんのご協力をいただいて木材を分析しました。木材の寿命が延びれば、二酸化炭素の放出防止にもつながります。
樹木は生きている間、光合成により大気中の二酸化炭素をたくさん吸収して成長しますが、枯れると二酸化炭素は再び大気中に戻されます。しかし、伐採されて木材や木製品として利用されている間、二酸化炭素はセルロースなどの形でたくさん蓄えられたままの状態になり、空気中に放出されません。このことは木材の長所として非常に注目を集めています。炭素循環型社会の実現に向けて、人間ができるだけ長く木材を利用し、植物が取り込んでくれた二酸化炭素を長くため込むことが重要です。


(インタビュー実施日:2023年11月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

 

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