大阪・関西万博でのHORIBAの挑戦―体験AR 「いのちの未来―変化する水―」

パビリオン周囲の水盤に設置されたヘモグロビンを模したオブジェの中に、HORIBAの水質計が組み込まれています

開幕後、多くの人で賑わいを見せる大阪・関西万博(以下、万博)に、HORIBAは、アンドロイドの開発、ロボット工学の第一人者である大阪大学 石黒浩教授がプロデュースするシグネチャーパビリオン「いのちの未来」にブロンズパートナーとして協賛しています。今回の万博では、時間と空間の制約を超えて世界中の人が参加できる新たな時代の万博の可能性を拓くため、バーチャル万博が同時に開催されています。HORIBAもバーチャル万博において、パビリオンが発信するメッセージへの理解をより深める試みとして、AR(Augmented Reality拡張現実)技術を使ったゲームアプリの制作に挑戦しました。

 

 

 

体験AR「変化する水」制作の背景

糸賀:  社内で「はかるの未来万博プロジェクト※1」が始動した2022年頃は、まだ ARを使った演出は話題にあがっていませんでした。パビリオン内の展示や演出と並行して、パビリオン建屋自体を生き物に見立てる二次演出が募られていて、さまざまなアイデアが出されるものの、それらの技術的な問題をどうクリアするかを議論するだけで、実際に採用されるまでには至りませんでした。

今回の万博ではバーチャル万博の開催も計画されていました。2024年に入り、バーチャル万博での展示や演出が具体化していくなかで、VRやAR技術を使うこともできるとわかり、それならばARを使ったコンテンツを考えてみようとなりました。そして、技術的な問題もクリアできそうなこと、パビリオン側の後押しもあったことから、ARを使った演出を試みることになりました。

HORIBAは既に大気計測装置と水質計測装置を使ったパビリオン演出への協賛がきまっていました。ところが、これらの計測装置はパビリオン来場者の目に留まる場所に展示されるものではありません。どうにかしてHORIBAが万博に関わっていることを伝えられないかを模索するなかで、ARの力を借りてパビリオン来場者に関心を持ってもらうことができないかと考えたのです。

アイディアの誕生とパビリオンの親和性

糸賀: 海外のホリバリアン※2からもアイデアを募り、さまざまな提案を検討する過程で、「ARで水盤の水に何かを入れてみる」というアイデアが出てきました。その物が水と反応した際にどのように変化するかを観察し、その変化をはかるというコンセプトが生まれました。このアイデアは、エンターテインメント性が過剰にならず、現実的で実現可能なものであり、プロジェクトメンバーが抱くおもいとも見事に一致しました。また、パビリオンのコンセプトとも非常に親和性が高いものでした。

制約を超えた挑戦

糸賀: これまで自社製品で扱ったことのないAR技術を導入することは、チャレンジングな選択でしたが「できない」とは思いませんでした。実際のところ、AR技術の課題よりも、ゲームのストーリーに「はかる」技術をどう組み込むか、それぞれのアイデアを引き出すことに最も苦労しました。「はかる」技術を科学的な根拠に基づいて正確に伝えようとすると、専門用語の難しさが加わり、一気に理解が難しくなってしまいます。一方で、内容を簡単にしすぎると、科学の面白さが伝わらないだけでなく、誤解を招く可能性もありました。このようなジレンマと向き合いながら、アイデアを具体化しました。

ゲーム性を強調するアイデアもありましたが、デザインやゲーム性を重視しすぎると、技術と真剣に向き合うHORIBAの企業姿勢が伝わらず損なわれる懸念がありました。検討を重ね、すべての解説をあえて提供せず、科学に興味のある来場者に、追加の解説を提供することにしました。

また、パビリオン「いのちの未来」のスタイリッシュなイメージを保ちながら、HORIBAらしさと洗練されたデザインを維持することが大きな課題となりました。パビリオンは内観、外観は石黒教授の考えを反映しており、装飾は極力シンプルに、黒を基調とした整ったデザインに仕上げています。このARの演出は後から追加されたアイデアのため、すべてが後付けの要素となりました。特に、ARマーカーの形状や色、設置場所や配置について、パビリオン建屋のデザインや世界観を壊さずに調和させるため、多くの調整が必要でした。すべてを統合しようとするほど、その難しさを痛感しました。

伊木: ARマーカーの設置に関しては、パビリオン内部では人の流れを妨げるという問題があり、最終的に外周の水盤に設置することになりました。敷地内スペースの制約を克服しつつ、ゲームアプリを起動する導線を確保するため、「TRY AR」の表示を水盤に設置されたヘモグロビンを模したオブジェに表示することで解決しました。

企画からローンチまでのスケジュールは非常にタイトでしたが、プロジェクト成功の鍵は、チームの結束力と関係者間の課題意識の共有でした。HORIBAのARチームだけでなく、ARメーカーや博覧会協会など万博演出に関わる全ての方々と連携することで、意志決定のスピードと質を向上させることができました。

特に「お互いにメリットを享受できる形で実現する」という共通のマインドを築いたことで、困難な状況下でも柔軟な発想が生まれ、具体的な課題解決につながりました。メンバーそれぞれが工夫を重ね、意見を共有し協力する姿勢を持ち続けた結果、大阪関西万博のガイドラインやVRアプリとの連携、パビリオンのルール、建築デザイン、演出との調和といったいくつもの条件を乗り越え、プロジェクトを成功裏に達成できました。

ARを起動すると、仮想空間で「いのちの未来」パビリオンが生命体として目の前に現れます。パビリオンの「いのち」の鼓動が光の波となり、生命の広がりを幻想的に表現します。「はかる」ことを学びながら楽しめるユニークな体験、AR「変化する水」をぜひお試しください。ワクワクする世界があなたを待っています!

糸賀:本当はもっとダイナミックに、パビリオンとAR体験者が双方向に反応する仕掛けを作り、光の演出につなげたかったという心残りはあります。しかし、限られた条件の中でやり切ることができた、という満足感も感じています。ただし、体験ARの存在がまだ十分に認知されていないという課題があります。残りの万博期間中に、この体験ARを少しでも多くの方々に知っていただき楽しんでもらえるよう、周知活動に努めていきたいと思います。

伊木:来場者の興味を引きつけるため、ロゴと「TRY AR」掲載に加え、地面への広告やデジタルサイネージの表示など、多様な手法を活用しました。これにより、来場者がより体験しやすい環境を整えることをめざしました。AR体験を通じて、「いのちの拡がり」を実感していただけるだけでなく、パビリオン「いのちの未来」の魅力をさらに深く感じてもらえると考えています。

 

 

(インタビュー実施日:2025年6月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

©Expo 2025

Profile:

糸賀 友城(いとが ゆうき)
株式会社堀場エステック開発本部 開発改革推進部 Global Operationsチーム
「新しいことにチャレンジできる」という意気込みで万博プロジェクトに参加。普段は機械が相手なので、万博が「いのち」をテーマにしていることに興味をもった。

 

伊木 暢秀(いき みつひで)
株式会社堀場製作所 ディストリビューション & DX本部 DX戦略センター ICTサービス部 Solution Engineeringチーム
「未来」というキーワードへの関心とプロジェクト推進のノウハウや考え方を学ぶ絶好の機会と捉えてプロジェクトに参加。

注釈:

※1はかるのみらい万博プロジェクト:2022年7月に万博事業を推進するために立ち上げた社内プロジェクトの名称
※2ホリバリアン:※ホリバリアン:HORIBAで働くすべての人を同じファミリーであると考え、ホリバリアンという愛称で呼んでいます。