水を“見える化”して、ウナギ養殖をサステナブルな産業へ

―職人技の勘所をデータで裏づける

ウナギの養殖は、長年「職人の世界」だといわれてきました。水の色、ウナギの動き、餌の減り方――それらを一瞬で見抜き、「今は餌を増やすべきか」「水を替えるべきか」を迷わず決める。そこにあるのは、熟練した“ウナギ師”の勘と経験です。
一方で、エネルギーコストの高騰や後継者不足など、養鰻業を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。

そんな中、「職人の勘所」をデータで裏づけし、再現可能なかたちにしていこうとしている養鰻場があります。レッキス工業株式会社(本社:大阪市、以下、レッキス工業)の実証試験施設『アクアベラソリューションズ』(鹿児島)です。

排水管理や浄化技術を専門にするレッキス工業が、なぜ養鰻場を立ち上げたのか。未来の豊かな食卓につながるサステナブルでユニークな取り組みについて、レッキス工業株式会社 アクアソリューション事業部 AS製造部 遠藤 智之 (えんどう ともゆき)部長代理、同 AS営業部 今久保 光一(いまくぼ こういち)部長、株式会社アクアベラソリューションズ養殖事業部 場長 靏丸 真也(つるまる しんや)氏にお話を伺いました。

排水・浄化の知見を“養殖の現場”で実証する

レッキス工業(株) アクアソリューション事業部 AS製造部 遠藤 部長代理

鹿児島の山間部にある、レッキス工業グループ(※アクアベラソリューションズ)の実証試験施設には、ウナギを飼育する水槽を設置した建屋がいくつも並んでいます。

この陸上養殖(養鰻)施設は、レッキス工業が手がける養殖池水質管理支援システムの技術開発に向けた実証試験の場として、2023年に開設しました。この施設は排水管理・浄化技術の研究開発の一環として立ち上げ、現在は閉鎖循環型水槽の開発や水質管理システムの新たなアプリケーションを開発・実証する場として重要な役割を担っています。

「養殖業のお客様から排水管理の相談を持ち掛けられたのが、養殖との出会いでした。」と遠藤氏。製品開発をきっかけに養鰻場へと領域が広がっていったと言います。「日本のウナギ養殖は、長年の経験と工夫の積み重ねで育まれてきた固有の技術です。その一方で、データマネジメントや自動化の余地は、まだ大きく残されています。」

「最重要は酸素」―DOを24時間見張る理由

レッキス工業(株) アクアソリューション事業部 AS営業部 今久保 部長

一歩建屋に入ると、蒸し暑く、湿度を含んだ重たい空気がまとわりつきます。

案内された施設には、8つの水槽が設置され、その中央に水質をコントロールするための管理水槽が据えられています。pHは管理水槽で監視し、中央で整えた水を各水槽に循環させる仕組みです。酸素は個体数と活動量で変動するた め、各水槽にDO(溶存酸素)計測器が設置されています。

「一番大事なのは酸素。酸素が足りなくなると、ウナギはあっという間に弱ってしまいます。」と語るのは今久保氏。今久保氏は定期的にこの施設を訪問し、施設の管理に従事しています。

ウナギは活動量が比較的低く、酸素供給などの条件が整えば高密度で飼育しやすい魚種とされます。一方で密度が上がるほど、酸素不足や水質悪化は大量死につながる重大リスクになります。そこで同施設では、各水槽のDO(溶存酸素)を常時モニタリングしながら、自社開発の酸素溶解装置も併用して酸素環境の安定化を図っています。

水質管理で特に注視しているのは、DO値、水温、pH値、ORP(酸化還元電位)値の4項目。

「DO値が下がり始めたら、すぐに対処する必要があります。」
レッキス工業の水質管理システム『WaterMaster』に組み込まれたHORIBAの現場形光学式溶存酸素計(DO計)でDO値を測定しています。

一つの水槽に8,000〜9,000匹が泳ぐこの養鰻場では、万が一大量死が起きれば、損失が数千万円規模にのぼることもあり得ます。

 同施設では、DO値をおおむね8〜12 mg/Lの範囲で管理。異常値を検知するとすぐにアラートが出るため、「朝来てみたら一面ウナギが浮いていた」という最悪の事態を、未然に防いでいます。

  

写真左:レッキス工業 水質管理システム「WaterMaster」 
写真右:HORIBA「現場形光学式溶存酸素計HD-200FL(DO計)」 

冬眠させない飼育を支える、26℃運用と水質制御

通常、ウナギは11月から翌年3月ごろまで冬季に摂餌量が落ちる“冬眠モード”に入り、活動が低下します。しかし、この養鰻場では、あえてウナギを冬眠させません。一年を通して餌を食べてもらい、計画的な生産を実現しようとしているのです。

養鰻の世界では、一般的に水温30℃前後が成長に適しており、低温にすると感染症にかかりやすいといわれています。一方で、ボイラーで地下水(約18℃)を加温するため、エネルギーコストは大きな負担になります。そこでアクアベラソリューションズでは、水温をやや低め(約26℃)に設定して光熱費を抑え、その代わりにDOやpHを精密にコントロールし、時にウナギの状況を観察し水温を28℃まで上げたりしながら、成長を落とさず健康状態を維持するというチャレンジを続けています。

現場では「酸素量(DO値)がキー」と捉えており、DOを高すぎず低すぎない範囲に保ちつつ、pH・ORPの変化から、ヘドロの溜まり具合や、水槽内の“目に見えない浄化担当(バクテリア)”が健全に働けているかを読み解いています。

 ORP(酸化還元電位)は、飼育水の状態変化を捉える指標の一つです。例えばORPの値が下がってきたら、「そろそろヘドロを抜いて、水を替えるタイミングだ」という判断材料になります。水を替えればORPがリセットされ、水環境はリフレッシュされますが、同時に新しい水を入れるほど、ボイラーの燃料代は増えていきます。

だからこそ、「どこまで水替えの頻度を下げられるのか」「餌の食い方とORP・DO値の変化が一致してくれば、自動制御できるのではないか」——そんな仮説を、日々のデータで検証しています。

生育が遅く市場価値が付きにくい“くろこ”を価値に変える

給餌中のウナギ。餌に反応して活発に動く。

密飼いと水質管理で価値を生み出すこの養鰻場には、もう一つ特徴があります。

それは、生育が遅く通常は市場で価値がつきにくく、ときに廃棄されてしまう小さなウナギ「くろこ」を買い取り、出荷サイズまで育てていることです。

ウナギは密飼いに強く、一つの水槽に8,000〜9,000匹を収容することも可能です。しかし、密度を高めるほど、酸素不足やアンモニア・亜硝酸・硝酸などの蓄積、ヘドロの増加といった水質リスク管理が欠かせません。

DO、pH、ORPといった指標を組み合わせ、見た目だけではわからない「水槽のコンディション」を数値で把握することで、生育が遅かったくろこだったとは思えないほど立派なサイズに育てることに成功しています。

 

ウナギ師の勘」を翻訳する:誰でも扱える養殖技術

現在この養鰻場では、一つの水槽につき半年で出荷基準(1kgあたり4〜5匹)に到達させることを目標に、将来的には年間16回の出荷機会を作れる体制をめざしています。

こうした生産計画を支えるのが水質モニタリングです。水質を24時間体制で管理することで、DO不足やpHの異常、ORPの変化をいち早く検知します。

水質の遠隔監視やイベント発生時にはメール等にアラート通知を送る事で、「事故を起こさない」ための危機管理という側面での体制が整いました。しかし、めざしているのはその先です。水質データと成長・給餌効率・疾病リスクの関係を解き明かし、餌やりや水替えのタイミングを自動制御に近づけていく。エネルギーコストを抑えつつ、安定した「計画生産」を実現する。そのための“データの土台”として、水質モニタリングシステムを活用し、発展させていく考えです。

ウナギ養殖の未来を、もっとワクワクする仕事にーオートメーションを見据えた水質計測へ

 「餌をやるタイミング」「どのくらいの量を与えるか」「餌を入れたとき、ウナギがどこに集まるか」「食べたあとの動きや、食べ残しの状態」——これらは熟練の「ウナギ師」として現場を率いる靏丸氏が、知見と日々の観察から判断しています。

「食べ過ぎもだめで、餌のやりすぎは水質悪化や病気の原因になります。餌やりの間隔は8時間以上空けるべきだともいわれますが、食べる場所も勢いも日によって全く違うので、ウナギの様子を見て量を調整しています。おもしろいのは、宮崎と鹿児島など、育った場所によってもウナギの動きが違うことです。」と靏丸氏。

  

写真左:ウナギの飼育水槽。活動量が比較的低く、水底付近で静止していることが多い。
写真右:(株)アクアベラソリューションズ 養殖事業部 場長 靏丸(つるまる)氏、ウナギの状態を見極めながら日々の飼育管理にあたる。


同じ水槽内でも、餌をよく食べる個体と食べ損ねる個体がいます。成長の偏りをできるだけ抑えるために、餌やりのタイミングや量を調整する——この熟練のスキルは、数値やマニュアルだけでは置き換えにくい“勘所”として残っています。

「将来的には、映像で餌の食い方を見ながら、水質データと組み合わせて、餌やりを自動化できないか。」と語るのは今久保氏。ウナギ師の“勘所”を“誰でも使えるかたち”に翻訳できれば、他業種からの新規参入者でも、高齢者や障がいのある方でも、一定レベル以上の飼育管理ができる養鰻場を実現できるかもしれません。

遠藤氏は「水質は刻々と変化するため、継続的にログとして捉えることが重要です。現場では亜硝酸を含め、より多くの指標を安定してモニタリングできるようになれば、データに基づく運用判断の幅が広がり、将来的な自動化の検討も進めやすくなる」と話します。

職人の感覚に頼ってきた領域に、「はかる」技術で水の状態を見える化する。その視点が加わることで、ウナギ養殖は再現性のある産業へと近づいていきます。

レッキス工業とアクアベラソリューションズがめざすのは、事故を防ぐための監視にとどまらず、データに基づいて餌やりや水替えの判断を積み上げ、計画生産、そして将来的な自動化へとつなげていくことです。水替え量やエネルギー負荷を抑え、資源を循環させながら安定生産を成り立たせる——養殖を循環型社会に資する産業へと実装していくための挑戦でもあります。HORIBAは、水質を「定量的に捉える」ための計測・モニタリングの面から、その挑戦を支えています。

 

(インタビュー実施日:2026年1月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

関連サイト:

REXスマート陸上養殖