建築・展示空間ディレクター 遠藤さん(写真中)、プロジェクトマネージャー 住吉さん (右)、インタビュアー 堀場製作所 上岡(左)
2025年大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「いのちの未来」は、パビリオンプロデューサーである石黒浩先生が描く未来像を、建築・展示空間ディレクターの遠藤治郎さん(SOIHOUSE)、建築・展示空間プロジェクトマネージャーの住吉正文さん(ファロ・デザイン)らクリエイター陣が革新的な空間演出で具現化し、さらにHORIBAの「はかる」技術による光の演出が加わることで、「いのち」の拡がりを表現しました。
今回のインタビューでは、プロジェクトの舞台裏や「渚」というコンセプト、未来社会における「はかる」技術の可能性について、お二人にお話を伺いました。
「いのちの未来」パビリオン: 黒い建屋の外壁は水が断続的に流れ落ち「渚」の情景を水景とともに創り出している
―「いのちの未来」はストーリー性の高い展示構成によって、来場者に“いのち”への問いかけを強く印象づけました。
遠藤:来場者からは大人も子どもも「泣ける」パビリオンという感想をいただいています。「いのちの未来」パビリオンの設計では、伝えたいメッセージが“広く届く”ことを意識しました。
「渚」というコンセプトは、「私の大学時代の恩師が語った「万物は渚に寄生する」という言葉が由来で、僕の基本的な建築への考えを表しています。建築は本来、閉じた箱になりがちですが、私は境界を曖昧にし、息をするような建築を創造したいと考えてきました。今回、「人は無生物から生まれ、人という生物は無生物に向かう」という石黒先生の言葉から、領域を横断し運動する「水」に着想し、そうした考えを実現すべく、「いのちの未来」パビリオンでは建築の境界をゆらし、命の拡がりを感じさせる空間をめざしました。それが「渚―Edge of water」としたテーマとして結実し、想定以上のクオリティで全方位の世代に向けた表現ができたと感じています。そして、その発想が石黒先生の「いのちを拡げる」というテーマと美しく重なったと感じています。
―「渚」のコンセプトは来場者にどう受け止められたと感じますか?
住吉:「渚」というコンセプトが来場者に直接届いたかというと、難しい面もありました。しかし、一般的に“動かないもの“として捉えられがちな建築が、外壁に柔らかい素材を用い、水が流れて動いているという特異な外観を持つことで、来場者の中には一度見て終わりではなく、立ち止まって見続ける方が多くいらっしゃいました。その姿はとても印象的で、建物自体が、“生きている”ような感覚を受けとっていただけたのではないかと感じました。肌身で「渚」の状況を感じとってもらえたのではないでしょうか。
―パビリオン展示では女の子とおばあちゃんの日常の移ろいに「いのち」への問いかけがちりばめられていました。
遠藤:今回のパビリオン建築は、時間の変化を感じられるように工夫された空間デザインとなっています。展示では“時間”そのものをテーマにした演出を取り入れました。一般的な建築は、時間の影響を受けにくく、静的なものになりがちです。しかしこのパビリオンでは、時間軸を意識してさまざまなシーンを展開することでし、空間に「いのち」が宿り、より豊かな広がりを持たせることを狙いました。

[写真左:遠藤さん、写真右:パビリオン内の展示の様子]
―パビリオン2階のアンドロイドが登場するシーンでは、「どこを見ればいいかわからない」との声もありました。
遠藤:さまざまなアンドロイドを展示したのは、50年後には「“アンドロイドを見る”という行為自体が差別的なことかもしれない」つまり、人と機械との境界がもっと自然で境界がなくなるという問題提起を込めています。来場者には、あえて答えを与えず、問いを持ち帰ってほしいという思いがありました。一つの例として絶対こうなるという“正解”を示すのではなく、みんなが考えて創ったものだというメッセージを伝えたかったのです。
住吉:境界のあいまいなものが日常的にたくさんあるという前提を作ろうと取り組みました。見る人に問を投げかけ、自分で考えて決断する機会を作ることが展示では重視されています。
遠藤:テーマパークのように作り込みすぎるとウソっぽくなってしまいます。セットとして作り込まないことで、来場者が50年後を“のぞき見る”感覚になるのでは、という仮説で進めました。
―パビリオンそのものを生命体と捉えたアイデアも斬新でした。その中でHORIBAが携わった光の演出効果はいかがでしたか?
遠藤:設計当初から建物そのものを生命体と捉え、感覚器を持つような存在にしたいと考えていました。建物自体が巨大な感覚器となり、受信したものをどう外に出すか、生物としてどのようなリアクションが良いのかを検討しました。時間軸が入ることで生命感が高まり、昼から夜への移ろいを演出するために夜のシーンで光を使うことが決まりました。「はかる」要素を組み込むことで、コンセプトを来場者に正しく伝えるための橋渡しとなり、建築に“生命性”が宿り、時間とともに変化する場を実現できたと思います。
住吉:遠藤さんの言うとおり、コンセプトはつながっていましたが、それを実際にわかりやすい演出としてまとめるのは難しく、言葉として伝えづらい部分もありました。最終的には、外観の揺れ動く照明演出と「はかる」技術との融合で、生命を感じながらも美しい演出を実現できたと感じています。

[写真左:夜のパビリオン外観・光演出の様子、写真中:パビリオン水景に置かれたHORIBA水質計、写真右:住吉さん]
遠藤:「はかる」という行為は、世界を数値に変換することです。測定器からリアルタイムで得られる数値を物語に落とし込むために、数値のデータ化や光の演出に工夫を重ねました。同じパターンが二度と現れないライブ感が、来場者の興味を引いていると感じます。
人間は常にさまざまなものを感知しています。未来では生活に不可欠な空気や水といったパラメータが相関的にデータ化され、快適性やバランスの最適解が自動的に導き出される時代が来るのではないかと考えています。
住吉:今回のプロジェクトを通じて、「はかる」が建築の基礎データとして不可欠であることを改めて認識しました。今後は、空調や照明など建築設備に関して、空気や水、環境光の質など、複合的なパラメータをリアルタイムで計測し、快適性を自律的に最適化する未来が現実味を帯びてきたと感じます。さらには感触や感覚的な部分まで数値化し、より快適な空間づくりに役立てていけるのではないでしょうか。
―「いのちの未来」館では1000年後の未来の表現にチャレンジされていますね?
遠藤:石黒先生からは「1970年万博の太陽の塔のカンブリア爆発から現代までのストーリー、その先を作りたい」という話がありました。50年先ならある程度想像できますが、1000年先は全く未知の世界です。技術の進歩が加速するなかで、人間の定義や在り方そのものが変わる可能性があると考えています。パビリオンの「まほろば」と称した空間は、そうした未来への問いかけを象徴しています。
アートも技術も、その領域を広げることで評価されます。サイエンスも同様で、これまでの常識を覆す歴史の積み重ねです。領域を拡張することで真の価値が生まれ、それぞれが重なりあうことで新しいものが生れるというイメージを持っています。
住吉:今回のプロジェクトでは、建築・アート・技術それぞれの領域を横断し、重なり合うことで新しいクリエーションが生まれることを強く感じました。専門性を突き詰めることも大切ですが、他分野への興味やネットワークが新しい価値を生むのだと思います。
遠藤:それぞれの領域で“蛸壺”的にやっていた時代は終わっています。しかしながら、蛸壺の中を知る人が外の世界で何かをやることは正しいことです。専門性を極めたうえで他分野に接続する行為は、デザインやイノベーションにつながります。科学とアートの間に技術があり、そうしたものがつながることで新しいものが生まれるのです。
専門性の高さ・深さ・レンジが大切ですし、他の興味を持つことで自分にない面白さを感じられる。そういう人間のランドスケープが広がると、社会はより豊かになると思います。
―建築の現場において、コンセプトをパビリオンとして形にするまでの共創から得られたものは?
遠藤:4年半にわたる長期プロジェクトのなかで、多くの人と出会い、異なる専門性を持つ方々と協働できたことが最大の財産です。情報公開が制限される中でのコミュニケーションや、展示内容が決まらないまま進行する難しさもありましたが、最後まで伴走してくださった皆さんに感謝しています。
住吉:今回のパビリオン建築は通常の建築プロセスと異なり、建築が完成した段階で終わるのではなく、計測器や展示の構想とも一体となって進行しました。段取りやスケジュールの進め方も従来とは異なり、大変な部分も多かったですが、だからこそ新しい挑戦ができたのだと思います。
建築設計の枠を超え、多様な才能を持った人と多様な時間軸でやりとりできたことが新しいものを生む力になりました。今回の経験を通じて、建築を考える上で「人」との出会いや協働の大切さや魅力を改めて実感しました。
―最後に未来へのメッセージをお願いします。
遠藤:「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマのもと、「いのち」や境界の自由を考えることが、次世代へのメッセージです。違う分野のプロが集まり、境界を越えて共創することで、新しい世界を切り拓く力になると信じています。
住吉:今回のプロジェクトで得た「多様な出会いと協働」の経験を、今後の建築や社会づくりに活かしていきたいと思います。
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人と人、技術とアート、異なる専門性が交差することで生まれる創造力が、これからの社会を豊かにしていく――そんなメッセージを込めた「いのちの未来」パビリオン演出の裏側を垣間見られるお話でした。
(インタビュー実施日:2025年10月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。
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