熊本大学 大学院先端科学研究部 物質材料・化学部門(工学部 材料・応用化学科) 町田 正人 (まちだ まさと) 教授
触媒は次世代のエネルギー・環境問題の解決に欠くことのできないキーテクノロジーとして注目されており、さまざまな化学反応を効率よくムダなく促進する“新しい触媒”の開発に社会の期待が高まっています。今回はセラミックスを使い、高温に耐える触媒の研究に取り組まれている、熊本大学大学院先端科学研究部 物質材料・化学部門(工学部 材料・応用化学科)町田 正人 教授にお話を伺いました
私の研究室では、触媒の中でも自動車触媒の研究をしています。自動車の排ガスには一酸化炭素や窒素酸化物などの有害なガスが含まれており、これらは大気汚染の原因となることから排出量が厳しく制限されています。触媒はこれらの有害ガスを浄化して排出するプロセスに使われています。
通常、ガソリンエンジン車の排ガス浄化には、三元触媒と呼ばれる触媒が使われます。この触媒には、白金族元素(パラジウム、ロジウム、白金)が多量に含まれています。これらの貴金属は希少かつ高価なものなので、少ない使用量で長期間にわたって高い浄化性能を維持できる触媒を開発することが私たちの研究の目的の一つです。
しかし、車のエンジンからの排気は1,000度近い高温に達することもあるので、触媒材料としては非常に厳しい環境です。高温下では触媒に使用される貴金属の微細な粒子が熱で凝集し、表面積が減少することで触媒の性能が劣化します(図1)。これを防ぐためには、下地となる担体材料が貴金属とうまく結合することが重要です。私たちは、貴金属が凝集しないような担体材料を、セラミックスを使って開発し、しかも高温環境に耐えうる触媒を実現しようとしています。これまでもセラミックスを使用した自動車触媒はありましたが、長期間使うと熱で劣化することが課題でした。このような課題に挑み、苛酷な条件に耐えうる触媒をどのように設計するかに「おもしろさ」を感じて研究に取り組み始めました。
図1 高温下におかれた触媒の貴金属粒子の構造変化.貴金属粒子(白い球状)が大きく成長している.
触媒反応において、貴金属とセラミックスとの間の化学結合力とその制御が重要であることが、徐々にさまざまな研究者の成果から明らかになってきました。
セラミックスに貴金属を担持するために、貴金属イオンを含む水溶液に担体となるセラミックスを浸漬し、貴金属イオンを浸透させます。その後、空気中で加熱すると、浸透した貴金属が微粒子状に析出します。この過程での貴金属と担体との結合力が重要なのです。結合力が弱いと貴金属の粒子径が大きくなり、表面積が減少し触媒性能が劣化してしまうからです。
また貴金属をセラミックスに担持した後、触媒性能を維持するためには、貴金属の表面がガスと接触している状態を保つことが重要です。しかし、触媒を使用し続けると貴金属粒子が大きく成長して表面が減少するため、貴金属と担体との結合力を制御し、粒子の成長を防ぐ必要があります。
さらに、この微細な貴金属粒子の表面は排ガス中で複雑に変化し、流れるガスの条件によって酸化物になったり金属に戻ったりします。このときセラミックス側も酸素を吸収や放出する調整役として働きます。これらの反応が複雑に組み合わさり、主役である貴金属と脇役のセラミックスの結合状態が決まり、触媒性能が発揮されますが、そのパターンは無数にあります。このように制御しながら作製した触媒による反応の進行度や、目的の触媒性能を達成しているかなどを評価するために、ガス分析計測装置を使用しています。
また、触媒は固体であり、液体や気体とは違い表面と内部で状態が異なります。そのため、触媒反応の評価の前に、触媒自身の粒子サイズ、質量当たりの表面積、吸着種などを多角的に分析することも重要です。
熊本大学在学中はセラミックス材料を扱う研究室に入りました。触媒の研究をしようと思っていたわけではなく、研究室にちょうど使っていないガス分析装置と電気炉があったので、それらを使えば触媒活性を測定できそうだと思いついたのが、触媒研究との出会いです。ちょうど1980年頃には新しいセラミックス素材が社会実装され始めたこともあり、卒論ではセラミックスを使った触媒をテーマにしました。実験でいろいろな化学組成の材料を合成すると、それに応じて触媒活性が劇的に変わるのです。実験を繰り返しさまざまな元素の個性を実感して、だんだんと触媒研究がおもしろくなっていきました。
触媒をより専門的に研究するために九州大学の大学院へ進学しました。大学院では、セラミックスと触媒、この二つを掛け算して何ができるだろうかと考え、熱に強いセラミックスを使えば高温に耐える触媒材料ができるのではないかとの仮説を立てました。その頃にはエネルギー・環境の研究分野において、高温で使う触媒の需要が将来的に広がると考えられていました。そこで、触媒を使って有害物質を出さない燃焼技術の研究に取り組みました。
燃焼によるエネルギー変換の過程では、有害物質となる窒素酸化物が必ず排出されるため、触媒を使った浄化処理が必要になります。当時はすでに、法規制が整っていたので、有害物質を含む排出ガスは後処理装置で浄化していました。セラミックスを利用した触媒はありましたが、1,000度以上の高温に耐える触媒はまだありませんでした。
助手になった後も、高温でも耐えうる触媒材料をさまざまな用途へ展開して研究しましたが、特に世界中で需要が大きく学術的にもおもしろいと感じたのが自動車の排気浄化でした。
図2 SIGU/MEXA装置で測定したハニカム触媒の排気浄化性能の一例
自動車は環境や場面によって走行条件が変動するため、自動車触媒は他の触媒反応とは異なり、高速でデータを収集し過渡応答を追う必要があります。この変化の間に何が起こっているのか、秒単位で観察しなければ、自動車の排気浄化触媒の研究はできません。そのため、リアルタイムでデータを取得できるHORIBAのガス分析計測装置は非常に有用です。それまで使用していた測定装置では、得られたデータをパソコンに取り込み、自分でプログラムを組んで測定自体を自動化していましたが、リアルタイムでの測定はできませんでした。HORIBAのガス分析計測装置を導入したことで、反応の状態がリアルタイムでわかるだけでなく、データ解析の時間が格段に速くなりました。
また、最初は触媒の粉体を用いて評価していましたが、自動車触媒はハチの巣(ハニカム)状の構造体であり、最終的にはこの構造体として評価しないと、実車に使用した際の性能とギャップが生じます。そのため、ハニカム触媒の評価システムがどうしても必要だったので、HORIBAの触媒評価装置SIGU/MEXAを導入しました(図2)。この装置は、エンジン排ガスを模擬的に発生させることで、さまざまな触媒の性能試験を効率化し、触媒開発期間を短縮できます。
固体触媒の分野は他の分野からブラックボックスと揶揄されることがあります。内部で何が起こっているかわからず、分子レベルの現象理解がしづらいためです。固体は表面と内部が不均一で、サンプル間でもいろいろな意味で不均質なため、分子レベルでの理解が難しいのです。ラマン分析装置などの分光分析はリアルタイムに分子構造を観察できますが、将来的にはこのほかにも分子レベルで何が起こっているかを正確に観察できる分析計測装置があれば画期的だと思います。
現在、EV化の流れの中で内燃機関に関わる研究は縮小していますが、完全にバッテリーEVになるわけではないとも考えられています。内燃機関とバッテリーEVを長所をうまく組み合わせることで、最適なエネルギー利用が期待できます。例えば、災害時に大規模停電が発生した場合、内燃機関が動けばエネルギーを確保できます。化学燃料は輸送や備蓄が容易なので、両方の技術が共存することで、よりレジリエントなシステムが実現できます。内燃機関が残る限り、排ガス浄化触媒は必須です。
また、EV化の流れに対応するためにも、触媒の性能向上と新しい触媒材料の開発が求められています。自動車触媒にはレアアースと呼ばれる希土類元素(セリウムなど)も使用されます。貴金属もレアアースも日本にはない希少な資源です。資源を持たない日本が、安定的に最先端・高機能なものづくりをするためには、知恵を絞って希少な元素に代わる材料の開発が必要だと考えられています。一般に元素戦略とも言われますが、いろいろな元素への知識を深めることにより、状況に応じた元素の代替が可能になります。
さらに、未来を見据えたとき、宇宙での活動には大気や水、エネルギーの調達が不可欠であり、その過程で触媒反応が重要な役割を果たすことが考えられます。たとえば、空気や水の浄化、水から水素を取り出す、光を利用してエネルギーを生成するなどの反応です。
宇宙での活動を支えるためには、現地(宇宙空間)での触媒反応が必要となり、それらの研究が今後必要になる可能性があります。排ガス浄化以外にも触媒の可能性は無限であり、さまざまな材料を組み合わせてあらゆる状況で利用可能な触媒を開発することが求められます。
元素周期表に基づいて元素の特性を深く理解すれば、最高の性能を発揮する新しい触媒の開発につながります。私の研究室でも周期表の金属元素についてほぼ網羅的に実験を行っています。一つの元素にとどまらず、二つ、三つと組み合わせることで、膨大な元素空間が広がります。将来的には、無限の組み合わせの中から貴金属をできるだけ使用せず、汎用的な元素で高性能な触媒の可能性を拡げたいと思います。未来社会に向けて、持続可能な活動を支える触媒技術を提供するために挑戦を続けます。
(インタビュー実施日:2024年12月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。
町田 正人 (まちだ まさと)
熊本大学 大学院先端科学研究部 物質材料・化学部門(工学部 材料・応用化学科) 教授
[略歴]
1988年 九州大学助手(大学院総合理工学研究科材料開発工学専攻)
1992年 宮崎大学助教授(工学部物質工学科)
2003年 熊本大学教授(工学部物質生命化学科)
[受賞歴]
2020年度日本セラミックス協会学術賞「耐熱性および耐食性を有する触媒機能材料の開発」
2023年度触媒学会学会賞「高温触媒材料および触媒熱劣化に関する研究」




