カルシウム濃度の変化から「体内時計」と「冬眠」のメカニズムの解明に挑む

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生命創成探究センター バイオフォトニクス研究グループ
榎木 亮介 (えのき りょうすけ) 准教授

地球上の生物は地球の自転周期に合わせた24時間の体内時計(概日リズム※1)を持っています。不規則な生活習慣により概日リズムが崩れると睡眠障害から健康を損なうだけでなく、がんや代謝性疾患などのさまざまな疾患につながることが指摘されており、深刻な社会問題として意識されるようになりました。
また、生物のなかには冬の厳しい環境を乗り越えるために、体温を低下させて活動を停止する動物がいます。この冬眠といわれる現象と体内時計に関連性があるのではないかと考えられていますが、そのメカニズムはまだまだ謎に包まれています。
こうした生物がもつ「体内時計」と「冬眠」の生理機能について、脳神経細胞のライブ光イメージングにより可視化し、それらのメカニズムの解明に挑まれている、大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生命創成探究センター バイオフォトニクス研究グループの 榎木 亮介 准教授にお話を伺いました。

Episode 1: 人工冬眠の可能性に魅せられてー冬眠の謎解明に挑むー

私の専門は神経生理学です。元々、北海道大学で体内時計の研究をしていたのですが、2019年に研究室ごと岡崎に移り、それを機に冬眠の研究を始めました。現在は「体内時計」と「冬眠」をキーワードに、顕微鏡による光イメージング計測を用いて、それら生理機能を可視化し、生命現象の特性とメカニズムの解明に取り組んでいます。

動物にとって冬眠は、冬の食物が乏しく厳しい環境を生き抜くための生存戦略です。恒温動物は体温を保つために食物を食べますが、食物を得ることが難しい冬は、体温を上げることを一時的にやめ、低体温・低代謝状態で冬の期間を生き抜きます。
冬眠動物は進化的に冬眠の能力を獲得してきました。ヒトは冬眠をしませんが、冬眠や休眠現象は霊長類やげっ歯類を含めたさまざまな動物種で幅広く観察されるため、共通祖先は冬眠能力を持っていたとも考えられています。哺乳類が備える恒常性機能のわずかな変化によって、将来は人工的にヒトに対して冬眠状態を作ることが可能になるかもしれません。
そうしたヒトに応用できる可能性があるものとして、冬眠はとてもインパクトの高い現象です。人工冬眠はまだ実用には至っていませんが、もし実用が可能になれば、現代の医療では治せない病気の治療法が確立できるまで冬眠をして待つことや、遠くの天体まで宇宙船に乗って旅をすることもできるようになるかもしれません。
 

Episode 2:冬眠は謎だらけー脳内神経活動の観察からその実態を追うー

冬眠の研究は歴史的に100年くらいの歴史があります。生命現象としてはとても面白い研究テーマなのですが、これまでは技術の壁が立ちはだかり、分子や細胞レベルのメカニズムは未解明でした。近年、分子や遺伝子を操作できる研究技術が発展し、冬眠のメカニズム解明への機運が高まってきています。日本でも大型の冬眠研究プロジェクトが立ち上がり、冬眠の謎の解明に惹き付けられた研究者がさまざまな分野から集まって、未解明のまま残されてきた哺乳類の冬眠の謎に挑んでいます。私もそのプロジェクトの一員として、脳神経活動の光イメージング計測により冬眠の謎の解明に挑んでいます。

冬眠動物は、冬眠を引き起こす特殊な遺伝子を持つわけでは無く、私たちの細胞で働いている遺伝子ネットワークやタンパク質の発現レベルが変化することで起こるのではないかと推測しています。そうした仮説を実証するために、冬眠をする動物に温度や行動を測定するセンサーを取り付け、冬眠前、冬眠中、冬眠後の脳神経細胞の活動や代謝変化を観察しようとしています。

私たちの研究室では、ゴールデンハムスターを使って観察をしています。ハムスターは恒温動物ですが、条件が整うと年中冬眠を誘導することができます。実験では冬眠を誘導するために、冬の環境を冷蔵庫内に作ります。4℃くらいの温度を保ちながら長期間飼育を続けるとハムスターは冬眠の準備に入ります。冬眠状態に入ると体温が一気に5℃程度まで低下し、低体温・低代謝となり、酸素消費量や心拍が極限まで低下します。通常1分間に400回程度の心拍がありますが、深冬眠している期間には1分間に10回程度にまで動きが遅くなります。その状態が3ヶ月ほど続くのですが、冬眠中も5日に1回程度は中途覚醒して、体温が37℃程度まで上がります。
ハムスターは冬眠に入るまでに3ヶ月程度を要します。その間に身体を夏仕様から冬仕様へ変換することで、急激に体温が落ちても死なない、低代謝に耐えられる身体に切り替えていることが推測されます。日長や温度などの外界の環境変化によって、身体の組み換えが起きているのだと考えています。
 

Episode 3:体内時計を制御―細胞内カルシウム濃度で捉えた細胞のリズムー

あらゆる生物は体内時計を持ち、24時間のリズムを制御しています。言い換えれば24時間の時を刻む仕組みを持っています。その全身のリズムを統合する機能を、脳内の視交叉上核と呼ばれる小さな脳領域が一手につかさどっています。
マウスの脳内の視交叉上核は約2万個の神経細胞からできています。哺乳類はこの視交叉上核が正常に働かないと24時間リズムを正常に刻めません。最近はスマートフォンが発するブルーライトが概日時計に影響してリズムを撹乱し、結果的に睡眠の質を低下させると言われています。これは、青色に感受性のある網膜細胞が視交叉上核と直接つながっているため、真夜中にブルーライトをうけるとリズムが乱れることが原因です。

私がこの10~15年続けている研究は、視交叉上核の神経細胞が刻む24時間のリズムを顕微鏡によって生きたまま捉えることです。細胞内の伝達物質として鍵となるのがカルシウムです。細胞内のカルシウム濃度が上がると、それにともないカルシウム依存性のタンパク質や酵素が動き始め、遺伝子発現やタンパク質修飾などが起こります。このカルシウムの挙動を、カルシウムセンサー※2を構成する蛍光タンパク質の発光強度を指標にして観察しています。視交叉上核の神経細胞を培養し、蛍光タンパク質の蛍光変化を顕微鏡で見ると、1,000個程度の細胞がネットワークを形成して同期している様子を見ることができます(図1)。
 

図1 A. 蛍光カルシウムセンサーを発現する視交叉上核/ B. 視交叉上核の概日カルシウムリズム. Aの赤線上の輝度変動を表示

また、低温状態で細胞の24時間のリズムがどうなるかを調べるために、顕微鏡ごと冷却した状態で、視交叉上核の神経細胞のリズムを観察しました。すると、35℃、28℃、22℃の時は細胞のカルシウムや時計遺伝子の発現リズムを確認できましたが、15℃になるとこれらのリズムが消失することを発見しました。カルシウムの挙動を見てみると、低温になるとカルシウム濃度が上昇し、高い濃度状態が維持されていました。これらのことより細胞のカルシウム濃度が高濃度に維持されることで時計遺伝子の概日リズムが停止することがわかりました。この低温特性を示すことを、生きたまま、細胞レベルで測ったのは世界で初めてのことです(図2)。

図2 A. 低温庫内にタイムラプス顕微鏡を構築 / B. 低温環境下での概日リズム計測(カルシウム、時計遺伝子)。15℃の低温では概日リズムが停止する/ C. 低温環境下でのカルシウム濃度変動. 15℃の低温でカルシウム濃度が上昇している

ただし、低温時にも蛍光タンパク質の蛍光輝度が強くなることが知られています。したがって低温時に蛍光タンパク質の蛍光輝度が強くなったのは、そもそも蛍光タンパク質の低温特性なのか、細胞の低温応答に起因するものなのか、切り分けができないことが課題でした。

Episode 4:蛍光吸光分光装置Duettaが裏付けた実験データの信頼性

私たちの研究成果を論文として投稿した際、査読者からこのポイントの指摘を受けました。取得した蛍光強度変化が、蛍光タンパク自身の温度特性によるものではなく、細胞のカルシウム濃度変化を表していることを証明するために、この蛍光タンパク質の低温特性を計測する必要がありました。論文を投稿した当時は、使っていた蛍光タンパク質の低温特性を調べた基礎データが存在しなかったために、自分達で実験データの信頼性を高める基礎データを取得する必要がありました。
そこで蛍光タンパク質の低温特性を調べる追加実験を行いました。追加実験は多岐におよび、一年程度かけてデータを取得し、結果的に論文の図が13個増えることとなりました。そのうちの一つのデータをHORIBAの蛍光吸光分光装置Duettaを使って計測しました。Duettaは温調測定が可能な試料ホルダーを取り付けることができるので、低温状態で蛍光スペクトルが取得できます。各温度での蛍光タンパク質の蛍光スペクトルを測定した結果、蛍光タンパク質の温度特性ではなく、細胞のカルシウム濃度こそが変化していることを証明できました(図3)。

図3 A.蛍光カルシウムセンサーの波長スペクトルの温度特性/ B. 蛍光カルシウムセンサーのKD値、Hill係数の温度特性

蛍光吸光分光装置Duetta

これらのサポーティングデータが揃ったことで、私たちが論文で提出したデータが正しいことを裏付けることができました。また今回のDuettaのデータは今後の冬眠研究をはじめとして、低温環境下でのイメージングの基礎データとして重要であると考えています。
またDuettaは、操作性が良く、汎用性も高いことも、研究所の共通機器として導入するポイントとなりました。基礎データが欲しいけれど、私たちは分光学の専門家ではないので、操作が容易でデータを取得しやすいことが重要でした。その点、Duettaはさまざまな温度での波長スペクトルを手軽に測ることができるので、幅広い研究分野に活用できると思います。

 

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Episode 5:生理学者としての好奇心、未解明の謎への挑戦

体内時計は私たちの生活に身近な現象です。体内時計が乱れると夜眠れないという話もありますが、そのような状態が長期間続くと、生活習慣病、うつ病、糖尿病やがんの直接の原因にもなるといわれています。私の研究は基礎研究ですが、体内時計のメカニズムを知ることは、私たちの健康維持にとって大事なことなので、しっかりと研究を続けていきたいと思います。

また冬眠は、エネルギー消費を低下させて生き延びるためだけでなく、冬眠中に筋肉や生殖腺が発達するという研究結果もあり、異なる恒常性モードとなっていると考えられます。人工冬眠は全くの夢物語ではなく、例えば週末に冬眠をして体の調子を整える冬眠セラピーの実現や、代謝を低く保つことで寿命を延ばすことも将来できるかもしれません。このように冬眠により未来の可能性が拡がります。

最近になり、冬眠に近い状態(冬眠様状態)のマウスが発見されました。冬眠様状態マウスにおいて、脳神経活動を顕微鏡で観察することも試みています。 麻酔状態とも、起きている状態とも違う脳活動が見えてきています。
究極的には、自然環境下で冬眠動物の、冬眠中、冬眠前、中途覚醒の脳神経の働きを知りたいと考えています。生理学者として背後にあるメカニズムに興味があるので、冬眠中の神経細胞に何が起きているのか、よりリアルな環境下でその生命現象を見ていきたいと思います。

Episode 6: あらゆる生命現象の解明と科学の発展に寄与―自然科学研究機構 生命創成探究センターの使命ー

生命創成探究センター(岡崎)の私たちの研究室は、さまざまな研究用途に応える最新の顕微鏡・光学顕微鏡を15台ほど揃えており、外部の研究機関・研究者が利用できる共同研究施設ともなっています。日本のみならず海外の研究者も利用できます。国内外の研究をサポートすることがこの研究所の大事なミッションです。
研究所には、脳内の神経活動を高精度に観察できる二光子顕微鏡があり、マウスの脳内、例えば大脳皮質・海馬(記憶をつかさどる)まで生きたまま観察することができます。また、細胞内小器官(オルガネラ)や多細胞ネットワークレベルで観察するなど、色々な階層で見ることができますし、生命現象を高速、深部、長期など、さまざまな用途で観察が可能です。
今後も自分達の技術を応用し、さまざまな断面から生命現象の謎を解き、人間の未知の能力を活かす社会に貢献していきたいと思います。

 

(インタビュー実施日:2024年3月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

注釈

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※1 概日リズム:光・温度などの外界の周期的変化を排除した状態で生物にみられる生理活動や行動のほぼ一日周期の変動。サーカディアン-リズム、体内時計ともいわれる。
※2 カルシウムセンサー:細胞内のカルシウムイオン濃度の変化を検出するタンパク質、カルシウムイオンの濃度が高いほど明るい蛍光を発する。

Profile

榎木 亮介 (えのき りょうすけ)
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生命創成探究センター バイオフォトニクス研究グループ 准教授

[略歴]
東京薬科大学生命科学部卒、同大学生命科学研究院博士課程修了 博士(生命科学)
慶應義塾大学医学部助手、英国国立医学研究所博士研究員、 ダルハウジー大学博士研究員、北海道大学医学研究院助教、JSTさきがけ研究員、北海道大学電子科学研究所准教授を経て、2019年9月から現職