
森口 祐一 (もりぐち ゆういち)国立環境研究所名誉研究員/東京大学名誉教授 × 足立 正之(あだち まさゆき) 堀場製作所代表取締役社長
「エネルギー・環境」分野を強化するHORIBA。社是に裏打ちされたチャレンジ精神で、自ら先頭に立ち技術開発、事業推進に取り組んできた足立正之社長(写真右)と、環境問題のスペシャリスト、森口祐一国立環境研究所名誉研究員・東京大学名誉教授(写真左) にお話を伺いました。
――まずは、お二人の出会いから教えてください。
森口 2001年度から03年度まで、私が所属している国立環境研究所が、大学や計測器メーカーであるHORIBAと組んで、排ガスの計測・管理システムの実証研究を行いました。その時に、HORIBAの責任者だったのが足立さんでした。当時は、シャシダイナモという固定した試験装置の上で自動車を走らせて、排ガス試験を行っていたのですが、計測器を自動車に積み込んで、市街地を実走行させて排ガス量を計測しようということになりました。使用実態に即した排ガス量の計測法を実用化することが目的です。
足立 1980年代後半から、自動車の電子制御が進み、車がソフトウェアで動くようになりました。そうなると、ラボで測った排ガス量と、実際に走行時に大気中に放出している量との間にどれくらいの相関があるのかが世界的に興味を持たれるようになりました。実際の環境負荷を知るには走行時の排出量を測る必要があります。ラボに完成車を入れて排ガス測定装置で測定していましたが、自動車1台1台に載せるとなると装置を小型化しなければなりません。小型化で測定装置のどの部分を犠牲にするか、計測器メーカーとして苦労したところでした。
森口 祐一 国立環境研究所名誉研究員・東京大学名誉教授
森口 加減速の強さや頻度などは、ドライバーで随分異なることから、実際に市街地を走っている車の排ガス量を調べた方がよいということでプロジェクトが始まり、多くの走行データを取り、分析をしました。その結果は学会で発表し、論文にもしました。一般の自動車ユーザーにとっては排ガスよりも燃費の方に関心があり、自分で測定した結果をインターネット上で共有し、カタログ燃費との乖離を指摘していました。排ガス量についても燃費と同じモードで測定しますので、ラボでの測定結果と実走行時のそれとの間に差はないのか確かめなければならないという声が当時からありました。
足立 その差が顕著になったのが、独フォルクスワーゲンのディーゼル車排ガス不正の問題です。米ウェストバージニア大学での研究で、HORIBA製の測定装置が使われました。
森口 欧州がクリーンディーゼルから電動車両の方に舵を切った背景にはこの問題もあったと思います。ただ、ライトデューティーなものはいいのですが、ヘビーデューティー、重量車は電動動力では厳しい。そこで、カーボンニュートラルという視点から言えば、化石燃料に頼らない、例えば、植物など再生可能な原料を使ったバイオディーゼル燃料(BDF)など新しい技術で合成燃料を作っていくということだと思います。その燃料をディーゼルエンジンで生かしていくという選択肢もあります。日本の自動車メーカーはエンジン技術をしっかり残しています。
足立 欧州でも急速な電動化の揺り戻しがあり、燃料エンジンが見直されています。電気自動車(EV)が最終的な到達点かもしれませんが、それまではハイブリッド車(HV)というのが一つの答えかなと思います。
――環境問題を考える上で、データの正確さが一段と重要になると思います。
森口 データは本当に大切です。エビデンス(根拠)に基づく政策立案(EBPM:Evidence Based Policy Making)という言葉もあります。例えば地球温暖化問題では、長く大気中の二酸化炭素(CO₂)濃度、気温、海水温などの観測を続け、統計データから人間の活動がCO₂をどれだけ出してきたかを計算して突き合わせることで分かったことがあります。「人間の影響が地球を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書に明記されました。
そこまで言い切るには20年、25年かかっています。これまで「可能性がある」「可能性が高い」とされていたのが、データの蓄積でようやく断言されました。HORIBAとは微量のものを測定する点でご一緒しましたが、私自身は統計データに基づいてCO₂がどれだけ大気中に出ているか、そのもとになっている化石燃料をどれだけ使っているか、化石燃料を使い鉄などの原材料や製品がどれだけ作られているかという物質フローの分析を長くやってきました。「モノがどれだけ人間のために使われているか」という点では、計測器で測る世界と、私のように統計データをもとに社会で何が起きているかを測ることとは、共通点があると思います。
足立 計測器メーカーは良いデータを出すのが仕事です。今この瞬間も世界中で分析データを大量に出し続けています。IoT(モノのインターネット)という言葉もありますが、我々は1970年代から米国にオートメーション・ディビジョンを作り、つなぐであるとか、データを管理するということを始めました。最近で言えばポイントは2つあります。一つはデータの信頼性、データインテグリティ(データの完全性)です。改ざんできるデータはだめで、改ざん防止が求められています。もう一つがビッグデータです。同じデータでも山ほどあれば、新しいことが見えてきます。環境であれば、モニタリング箇所を増やすだけで、データが増え、新しい実態が見えてきます。
――2011年の東日本大震災時には思わぬ形で放射性物質のデータを収集されたと聞きました。
森口 1970年に改正された大気汚染防止法に基づき、窒素酸化物などの大気汚染物質を測定する機器が全国2,000カ所以上に設置されてきました。ろ紙の上に空気中の微粒子を捕集し、それを透過するβ線の強度を用いて微粒子の濃度を測る機器をHORIBAもトップメーカーの一つとして納入されていました。東日本大震災による原発事故で、放射性物質が環境中に放出されたことは想定外でした。どの地域にどれだけの放射性物質が拡散したかを調べる測定網はなく、その時に活用したのが、この大気汚染物質の測定機器です。ろ紙についた放射性物質がβ線を放出するため、測定値に異常値が出ます。そのことに気づいた研究者が全国の計測器のろ紙を集めて、放射性物質が飛んだ時期、場所のデータを得ました。
足立 放射線の計測も我々のコアテクノロジーの一つです。元々、自然界に存在する環境放射線、γ線を測定するハンディタイプの計測器を販売していました。震災後、福島県にいくつか寄付したのですが、そうすると「こんないいものがあるのか」と引き合いが来ました。その時に思いついたのが、Bluetooth(近距離無線通信)で携帯電話とつなぐことです。1日に浴びた被爆量と位置情報を同時に収集できるようにし、データの価値が高まりました。データにより真実を客観的に見せることは非常に重要です。風評被害を回避できます。排ガス不正の件もそうですが、我々は正しく測ることで客観的な立場に立つことができるのです。
森口 正確なデータをどうやって取り続けていけるかが、科学者の間で関心事になっていますね。
――HORIBAは中期経営計画の中で、「エネルギー・環境」を注力分野の一つに掲げられています。
足立 カーボンニュートラルの実現に向け貢献していきたいと思います。ピュアEVなのかHVなのか、世界的な潮流がどちらに向かうか現時点では定まらず、全方位で強化していきます。全方位であれば何が来ようが問題ありません。ただ、全方位でやるとは言いつつも、結局はバッテリー、モーターのテストが絶対です。また、水素も人類の将来のエネルギー媒体となる可能性が非常に高い。水素と大気中からCO₂を回収するカーボンキャプチャーでもしも安く液体のカーボンフリー燃料ができれば、今のレシプロエンジンで使うということも考えられます。液体燃料はポータビリティ―が一番良い。エネルギー密度もそうです。
足立 正之 堀場製作所代表取締役社長
――社是「おもしろおかしく」は独自技術を磨く上で重要です。環境分野でも好奇心を持った積極的な研究開発に期待したいですね。
足立 新入社員らに講話する時に「足立さんにとっておもしろおかしくとは何ですか」と質問を受けることがあります。私は「おもしろおかしくは 5年、10年たって初めて感じることだ」と答えます。森口先生とご一緒した実走行による排ガス試験がまさにそのよい例です。技術開発は、100%の成功が保証されるものではない。だが、この製品を担当したメンバーは、世の中のためになる自負と強い好奇心に押されて、夢中で開発し苦しい時期を乗り越えました。それが今に至り、初めて思い出話ができる。これは幸せですよね。苦労を超えたから初めてわかることがある。それが「おもしろおかしく」ではないかと考えます。次世代を担うメンバーにもこういう経験をいっぱいして欲しいですね。
森口 当時の常識では考えられなかったが、今では実走行で排ガスを測ることが当たり前になりました。欧州をはじめ全世界でその方向に向かっています。もちろん技術がないとできなかったので、技術が追いつくことで、より適切な規制が可能になったと言えます。
足立 最近発売した可搬型排ガス計測システム「MEXAcube(メクサキューブ)」は、ラボに設置する従来の主力製品「MEXA」を小さな箱にしたもので、ラボで使うのと同じクオリティを車載できるようになりました。これも、社員の好奇心が出発点となり、実現にこぎつけたものです。
――若い人に求めることは何ですか。
足立 自分で考えて自分で行動する。コミュニケーションを忘れるなということを伝えています。一般的な傾向ですが、待ちの姿勢の若者が多い。「言われたことはやります」というタイプです。これは日本だけではなく、世界中で問題になっていると聞きます。例えば、大学院の博士課程に在籍する学生に対して、教員が手取り足取り実験の計画を作り、どういうデータを収集しなければならないかまで教えなければならないということがあるそうです。
森口 東日本大震災の時に痛感したのですが、ある専門のことを学んだだけでは、何かが起きた時に対応する能力が不足します。早い時期に理系、文系に区分されてしまうこともあり、自分の専門領域のことしか学ばなくなった。世の中でさまざまな問題が起きてくると、自分の頭で考え問題を解決しなければならないのですが、それが難しい。
これは大学入試のシステムの影響もあると思います。正解が1つに決まっていて、その正解を記憶し、ちゃんと答えられる能力が今の学生には求められています。しかし、世の中に出るとそうではありません。自分で考え、自分で解決していかなければならないことが多いのです。そのためには広く学ばなければならず、好奇心を持って、「これは面白い」と感じなければならない。何となく教えられたことを覚えて良い成績を取るというのでは「おもしろい」とか「おかしい」と感じられるかなと思いますね。今の教育システムの中では、HORIBAの社是「おもしろおかしく」を感じる若い人たちは、むしろ生きづらいところがあるのではないかと思います。
足立 AI(人工知能)の普及が進めば、AIが100点を取ってくれます。そうなると、AIにできない事をするのが人間の価値になる。AIにできないのは、失敗を恐れずチャレンジすること、感情を持つこと。感情的になることはリスクもあるが、人間の価値でもある。言われた通りに仕事をして100点を取るよりも、自分で考えて行動することによって責任感やオーナーシップマインドが醸成されます。
森口 私は多様な生徒が集まる自由な高校時代を過ごし、興味や好奇心を追求できました。今は「正しい道を進むために勉強せよ」というレールが敷かれ、学生が自分で考え、挑戦する機会が減っていると感じます。レールから外れても好奇心を追求できる人材が活躍できる社会であってほしいです。
足立 HORIBAでも自分で種を蒔く人を求めています。そういう人材なら失敗も許容します。努力せず失敗ばかりでは困りますが、とことん挑戦して失敗したなら仕方ありません。社是の「おもしろおかしく」はチャレンジ精神と同じ意味だと考えます。
(インタビュー実施日:2025年10月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。
左から:森口 祐一 国立環境研究所名誉研究員・東京大学名誉教授、足立 正之 堀場製作所代表取締役社長
森口 祐一(もりぐち ゆういち)
国立環境研究所名誉研究員/東京大学名誉教授
物質フロー分析(MFA)や環境政策へのデータ活用など、循環型社会やカーボンニュートラルの実現に向けて幅広い研究を展開、国の環境政策提言にも携わる。
足立 正之 (あだち まさゆき)
堀場製作所代表取締役社長
1985年堀場製作所入社。米ホリバ・インスツルメンツ社長、仏ホリバ・フランス社長などを経て2018年から現職。日本分析機器工業会(JAIMA)会長(2023年~)。
MEXAcube 可搬型排ガス計測システム - HORIBA
■おもしろおかしくの力で何ができるのだろう。



