EU Stage V への最適解:ホリバMIRAのインサービスモニタリング試験が先進エンジン開発を支援

ヤンマーパワーテクノロジー株式会社 辰己 正昭(たつみ まさあき)排ガス規制・コンプライアンス部 監査・インユース グループ専任課長

 

2050年のカーボン・ニュートラル達成をめざし、温室効果ガスの厳しい規制が世界中で加速しています。欧州では2019年から、ノンロード移動式機械(NRMM※1)に搭載されるエンジンに対する排出ガス規制「EU Stage V」の導入が始まり、19kW未満のディーゼルも規制対象となりました。一方、19kW以上のディーゼルについては、NOxやPMの規制値がさらに厳格化され、新たにPN規制も追加されました。EU Stage Vは世界で最も厳しい排出ガス規制として知られています。
この厳しいEU Stage Vに対して、ホリバMIRA社が提供する「EU Stage V NRMM インサービスモニタリング試験」は、最新の車両試験設備と優れたエンジニア力でお客様の製品開発を強力にサポートしています。
「EU Stage V NRMM インサービスモニタリング試験」を実際に採用いただいた、ヤンマーパワーテクノロジー株式会社(滋賀県長浜市、以下 ヤンマーパワーテクノロジー)様を訪問し、試験サービス導入の背景と課題について、小形事業部 ビジネスガバナンス統括部 排ガス規制・コンプライアンス部 監査・インユース グループ専任課長 辰己 正昭(たつみ まさあき)氏にお話を伺いました。

ヤンマーのモノづくりについて教えてください

創業者山岡孫吉は、ヤンマーパワーテクノロジーびわ工場がある地域(滋賀県伊香郡東阿閉村(後の南富永村、現・長浜市高月町))の出身です。当時、この辺りは農村地帯で、まだ機械化が進んでいない農作業は過酷なもので、人々は日々の作業に苦労していました。そうした環境で幼少期を過ごした創業者は、少しでも農業に携わる人々が楽になるようにと、技術的に困難とされたディーゼルエンジンの小型化・実用化に世界で初めて成功しました。
創業者の思いを受け継ぎ、世の中で不便や困難に直面していることに対して、多くの方々に貢献できる製品を生み出すことが当社のものづくりの根幹です。今でも、お客様のところへ出向き、直接ヒアリングを行い、解決のためにどのような製品を開発するべきかを考えながら開発に取り組んでいます。創業者の「世の中を機械の力で豊かに、花を咲かせたい」という思いは、「HANASAKA(ハナサカ)」として受け継がれ、ヤンマーの価値観、基盤になっています。

「HANASAKA」の実現に、カーボン・ニュートラルは重要なファクターになりますね

カーボン燃料に頼らない多様なエネルギーの活用を見据え、お客様からはさまざまな燃料を使いたいとのご要望をいただきます。燃料によっては、まだ技術的に難しい課題を抱えていますが、お客様が使いたい燃料を使用できるように開発を進めています。
電動化の流れは一時期の性急さが薄れ、鈍化していると感じます。カーボン・ニュートラルの達成に向けて、多様な方策がある中、当社も世の中の流れがどのように進むのか、いろいろな可能性を考えながら技術を構築しています。
最近、特に欧州では、小型でもHEV(Hybrid Electric Vehicle)の使用や軽油代替燃料の使用が一般的になってきています。そうした燃料も使用できることを宣言するため、代替燃料としての認可取得や、バイオ燃料の普及推進に力を入れています。

カーボン・ニュートラル達成に向けて、欧州で導入されたEU Stage Ⅴ はとても厳しい規制だと伺っています。何が壁となって立ちはだかりましたか?

EU StageⅤが他の規制に比べて厳しいとされるのは、これまでの規制と違って、粒子数をはかることとインサービスモニタリングを実施することの二点が含まれたことです。

一つ目の粒子数規制は、これまでのPM(重さ)からPN(個数)に変更されたことにより、粒子数をはかるための計測器を購入することから検討を始めなくてはなりませんでした。これまで研究開発の現場では、当社も独自にPMをはかってきた経験がありますので、PNも当然はかれるものと思われるかもしれません。ところが、PNはPMとは全く違う動きをするため、相関があるようで実は相関が無いことから計測がとても難しいのです。
PMはエンジン/DPF※2の状態や試験条件が少し変わったとしても測定結果に大きな差は出ませんが、PNはそうではありません。特に試験開始前のDPFの状態が測定結果に大きく影響します。安定した測定結果を得るため、規制要求にマッチさせながらDPFの状態を整えるための事前運転方法の確立に苦労しました。

二つ目のインサービスモニタリングでは、これまでラボに置いている定置式の計測器を使ってはかるのではなく、実際に欧州で使用されている作業機(使用過程車)に排ガス計測器が搭載された状態で排ガスを一定期間はかることが義務付けられました。
そのため車載用計測器や、作業機に搭載するための治具を準備するなど設備面の投資が必要になってきます。

これまでの規制は、エンジン単体を、安定した環境条件下において定めた排ガス試験サイクル(定常サイクル+過渡サイクル)を用いて評価していました。新規制では、ラボで行うエンジン単体試験に加え、市場で稼働している作業機(使用過程車)を色々な環境下において、実際の作業を行った時に出る排ガスの測定が必要になります。定められた作業(排ガス試験サイクル)が用意されていませんので、インサービスモニタリング試験を実施するまでに、対象となる作業機ごとの環境条件や作業パターンを定めなくてはならず、その過程に膨大な時間を費やしました。

今回、HORIBA(ホリバMIRA)を試験委託先として選定いただきました

最初は全て自社の力でやり切ろうとしていました。ところが2年前に、56kW以上のエンジンが搭載された作業機が規制対象に加わり、排気量に関わらず全てのディーゼルエンジンが規制対象となりました。そのため、対応しなくてはならない台数が一気に増えてしまいました。

また、新規制では、車載用計測器を作業機(使用過程車)に搭載しないといけませんので、搭載するための治具がそれぞれ必要になります。治具の設計・製作をして、実際に取り付けて試験するという工程を全てのエンジンに対応していかなくてはなりません。その一連の作業に膨大な工数と時間がかかることから、外注を検討することになりました。

外注先を検討するにあたり、ホリバMIRAを含め、何社かにコンタクトしてお話を伺いました。ホリバMIRAでは、他社では対応していない、治具準備から搭載までの全ての工程に対応できるだけでなく、作業パターン作成のサポート、アドバイスまで一括して対応できるとの話に、非常にメリットを感じてホリバMIRAに依頼することにしました。治具の設計・製作を含めて1か月かからずに準備いただけたことに驚きました。

ホリバMIRA(英国)を訪問いただき、実際の試験にお立ち合いいただきました

ホリバMIRAには、社内で何度も検討して、練り上げた試験方法を渡欧前に共有して、現地での試験視察に向かいました。訪問した時には依頼していた1台目の試験は既に終了している、2台目もセットアップが完了した状態でした。全体を指示する人、作業機を運転する人、セットアップする人というように、完全な分業制になっていて、それぞれが主体性をもって作業されていました。試験全体がスムーズに進んでいるという印象を受けました。
私が渡英するまでに、ホリバMIRAに必要な情報を提出しており、それらの情報を的確に活用して準備を進めてくれました。そのため、到着後すぐに試験に立ち会うことができましたので、とても手際がよいと感じました。現地で試験に立ち会って、ホリバMIRAの優れた技術力と設備力を目にして、提供されるデータへの信頼も高まりましたね。

多様化する燃料への対応、複雑化する規制に対しての取り組み、分析・計測機器メーカーへの期待

HORIBAは、欧州だけでなく欧州以外の国が定める排ガス規制や、規制に関わる法規の策定や改定に対して深い知見を持っています。法規の条文には明確に書いていない文言の解釈に迷うことが多々あります。私たちも自ら情報を掴みに行っているものの、条件や範囲をどのレベルで定めるのか、検証をどの領域まで突き詰めるのか、といった条文に明示されない不確かな部分の解釈について相談をしていきたいと考えています。分析計測メーカーが持つ知見から、確度の高いソリューションを提示していただけることを期待しています。

挑戦を続けることがヤンマーのめざす「HANASAKA」につながります。分析計測で得たデータを活用しながら、エネルギーの多様化に応える技術構築を進めて、カーボン・ニュートラル達成に貢献するエンジン開発に取り組んでいきます。

 

 

 

(インタビュー実施日:2025年3月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべて2025年5月1日時点のものになります。

注釈

※1) NRMM(Non-Road Mobile Machinery): ノンロード(非道路用)移動式機械
※2) DPF(Diesel Particulate Filter):ディーゼル微粒子捕集フィルター

Profile

辰己 正昭(たつみ まさあき)
ヤンマーパワーテクノロジー株式会社 小形事業部 ビジネスガバナンス統括部 排ガス規制・コンプライアンス部 監査・インユース グループ専任課長 

2005年 ヤンマーパワーテクノロジー株式会社入社。主に、ディーゼルエンジンの開発試験に携わる。2022年より小形事業部 ビジネスガバナンス統括部 排ガス規制・コンプライアンス部。国内/欧州の認証申請、欧州インユース試験に取り組んでいる。

関連サイト

Non-road Mobile Machinery (NRMM) in-service emissions testing - an agile approach to changing circumstances - HORIBA MIRA