近年、プラスチックが環境中で微細化したマイクロプラスチックによる環境汚染が問題になっています。これは、市街地からの流入や海洋への直接投棄によるプラスチックごみが、物理的な破壊や紫外線などで劣化、自然中で破砕されることで微細化したものが含まれます。
HORIBAは、深刻化するマイクロプラスチックが引き起こす環境問題への教育に役立てるため、2021年にマイクロプラスチック観察キット「ぷらウォッチⓇ」を開発し、2024年10月30日より一般販売をスタートしました。河川や砂浜などの砂中に含まれる微量のマイクロプラスチックを可視化し、簡易に観察することができます。本製品は、マイクロプラスチック問題を子どもたちがより自分ごととして理解することを目的とした、出前授業やイベントなどでの環境学習をはじめ、教育機関などでの研究にも貢献しています。
本製品の開発・製品化に携わった堀場テクノサービスの2人に製品化までのストーリーを聞きました。

左:分析技術本部 分析技術部 北川 雄一(きたがわ ゆういち)。本製品の開発を担当。
右:分析技術本部 エンジニアリング部 三木 淳平(みき じゅんぺい)。本製品の設計・製品化を担当。
北川:始まりは、蛍光分光技術を用いて近年問題になっているマイクロプラスチックに関する何かができないかという相談を社内で受けたことからでした。そこで、以前より考えていた「教育」を目的として、マイクロプラスチックを観察できるキットを作れないか模索しました。日本では近年、科学者の減少や科学技術力の低下が問題になっており、その要因の一つに、理系(科学)の道に進みたいと思う人が減っているということが挙げられます。若い世代が少しでも理系の道に進みたいと思う動機付けになればと思い、2019年に開発を始めました。
北川:まず初めに取り組んだことは、プラスチックの染色です。
目的は、海岸に存在するプラスチックを確認するためです。砂や石などに光を当てても反応せず、プラスチックに当てたときにだけ光るように染色することで、プラスチックを観察できるのではないかと考えました。
そこで、プラスチックを赤色に光らせることができるナイルレッド(Nile Red)※1という染色試薬を用いた染色方法を活用しました。実験当初は赤色の光をなかなか捉えられませんでしたが、染色方法の工夫と検出方法の最適化により、ようやく緑色の光をサンプルに当てた時にプラスチック粒子を赤色に光らせることができました。
さらに、染色したサンプルを観察する環境を作るため、今では多くの人が使用しているスマートフォンのカメラを検出器として、数百マイクロメートルから約10ミリメートルまでの赤く光る粒子の検出に成功しました。緑色のLED光を当てるだけではその反射光が映るため、間に赤色のフィルターを挟むことで赤外線だけを通すようにしました。そうすることで、緑色の光は表面には届かずカットされ、結果としてスマートフォンを通して見ると、赤色の粒子だけが映り、プラスチックの有無を確認できるという作りです。
約半年間の地道な実験を経て、プロトタイプの完成に至りました。
三木:私はプロトタイプから今の形にするまでの製品化に携わりました。
携わった当初は、製品の形や高さ、LEDの角度や向きなどがしっかりと決まっている状態ではありませんでした。私自身初めて製品開発に携わったということもあり、右も左もわからない状態からのスタートでした。
例えば、ぷらウォッチに使用する赤色のフィルターは、一枚だけでも二枚重ねても若干の色の違いがある程度で、プラスチックを観察すること自体は可能です。そこに、さらに一枚ずつフィルターを加えていくことで、どのように見え方が変わるのかを比較して、最適なフィルターの枚数を探しました。また、スマートフォンを定位置に置いた時の焦点距離に影響する製品本体の高さを決める際には、さまざまな種類のスマートフォンを用いてデータを取り、少しずつ調整していくことで解決しました。実際に、開発途中のぷらウォッチを大学生に使ってもらい、フィードバックしていただいたこともあります。
このように多くの方の力をお借りしながら、約2年かけて製品化させることができました。
三木:開発する中で特にこだわった部分は、プラスチックを一切使用しない製品を作ることです。本製品はマイクロプラスチックを観察して子どもたちに環境問題を考えてもらうことが目的の一つなので、可能な限りプラスチックを使用しない製品づくりをめざしていました。当初は、鉄や金属を使うことも考えていましたが、その分どうしても重さやコストが増してしまいます。そこで、プラスチックを使用しないことに加えて子どもたちが自分自身でキットを簡単に組み立てられるよう、製品本体はダンボールで製作しました。
また、染色液を使う対象がプラスチックであるので、容器をプラスチックにすると容器自体が染まり、染色能力が落ちて効果が薄れてしまう可能性がありました。そのため、染色器具や容器、キャップなどの部品の一つひとつもプラスチックを使用しないものを選定しました。

三木:本製品に携わって一番良かったことは、子どもたちの笑顔を見られることです。これまでに出展したイベントや体験授業などを通して、実際にたくさんの子どもたちにぷらウォッチを使ってもらいました。熱中して実験に取り組む様子や、積極的に質問する様子などを見て、長い期間諦めずに作り続けて良かったと思えました。ぷらウォッチを使えば、自分の目で結果を確認できるので、そこも楽しんでもらえるポイントの一つだと思います。
今後は、全国各地の海岸の砂を採取して、マイクロプラスチックの情報を示した日本地図を作りたいと考えています。まずは、日本を対象に考えていますが、いずれは世界中の海や川の情報も集めて発信していきたいです。ぷらウォッチ本体に関しては、キットの製作から測定までの一連の流れをもっと簡略化して、それこそ小学生だけでも取り扱いができるようにしたいと思っています。ぷらウォッチの開発に終わりはありません。
北川:今は、スマートフォンを用いてカメラで撮影したものを目視で確認しています。画面上に4~5個ほどのプラスチックの量であれば簡単に観察できますが、数十個のプラスチックが存在する場合は、目視で正確に数えることが難しくなり、時間もかかってしまいます。それを、ソフトウェアを用いてすべてオートメーション化することで、赤く光るプラスチックの数を自動で認識できたら、簡単に日本地図の情報にもリンクさせることができると考えています。ぷらウォッチを使ってスマートフォンで写真を撮影した人が、専用サイトにアップロードすれば、どこにどれぐらいのプラスチックが存在しているのかという情報を簡単に集めることが可能になります。これを誰もが行うことができるようになれば、世界中の情報を集めて発信することも夢ではないと思います。
ぷらウォッチを通して、1人でも多くの方が環境問題を身近に感じるきっかけになってくれることを願っています。
※1 親油性の染料。マイクロプラスチックの研究に広く使用されている
【関連情報】
・マイクロプラスチック観察キット「ぷらウォッチ」の一般販売を開始
・測っちゃいました Vol.3 マイクロプラスチックの測定①
・測っちゃいました Vol.4 マイクロプラスチックの測定②
・小学生向けマイクロプラスチック観察授業を実施
・美しい海を守ろう! ~沖縄の子どもたちと「ぷらウォッチ」を使ってマイクロプラスチック観察~
・マイクロプラスチックってなんだろう?~ぷらウォッチをつかって環境学習~

