カーボンナノチューブをもっと身近な素材に

国立研究開発法人産業技術総合研究所 ナノチューブ実用化研究センター 
岡﨑 俊也(おかざき としや) 副研究センター長

カーボンナノチューブ(以下、CNT)の実用化に向けて、安定した品質と生産量を供給するために、日々ご研究をされている国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研) ナノチューブ実用化研究センターの岡﨑俊也先生にお話を伺いました。

+カーボンナノチューブとは

Episode1:CNTの普及拡大を阻む課題

CNTを用いた材料作製において、必要な物性を歩留まりよく達成するために、品質評価を含めた分散方法の確立が課題となっています。
加工前の分散液は炭素由来なので真っ黒な液体です。拡大すると1本1本が絡まった状態で液体中に存在していますが、いったいどういう状態で混ざり合っているかがわかりません。

同じ分散液でもCNTの状態が変わるとまったく異なる性質の材料ができあがります。
例えば、同じ分散液でも去年買ったものと今年買ったものが違うことがあります。CNT直径の分布が違ったり、ある分散液中ではCNTが孤立分散しているのですが、なかには凝集した状態で分散しているものもあり、それがメーカー側もユーザー側もわからない状況のなかCNTの開発が進んでいるのが実態で、ロットごとの品質管理がまだまだ確立されていません。

Episode2:安定的な品質への挑戦

CNTはnm(ナノメートル)の直径を持つ繊維ですが、これを1本のまま使うことはほとんどなく、現状では複合材に混ぜるなど、凝集状態で使うのが主流です。
そのため、いかに凝集しているか、高次構造で1本1本がどのようにつながっているかができあがった材料の物性に大きく影響するため、そういう凝集状態、集合状態をどうつくり、使いこなすかが非常に重要になります。
つまり、どういうナノチューブの状態でどういう大きさで絡んでいるか、そういう重なった状況(凝集)を正確に解析、評価することが実用化には必須の事項で、さまざまな装置を使って評価方法を研究しています。

Episode3:より正確な粒子径測定を求めて~おもいがHORIBAを動かす~

従来の動的光散乱式やレーザー回折式の粒度分布計では、広い範囲の粒子径を正確に測定することが難しく、遠心沈降式の粒度分布計であれば測定できることがわかりました。
動的光散乱式やレーザー回折式の場合、サイズが大きい粒子の信号が強くなり、サイズが小さい粒子の微弱な信号は大きな粒子のシグナルで隠されてしまったり、粒子径の異なる多くの粒子からの散乱光が重なって検出されたりするため、結果的に分解能が低下する、という問題があります。遠心沈降式だと一旦サイズごとに粒子を分けた後に測定するため、検出の際に粒子径が均一化し、また、微弱な信号が隠されることがありません。

そこで産総研を担当されていたHORIBAの営業の方に相談したところ、遠心沈降式の装置(CAPAシリーズ)が販売中止になっていることを聞きました。どうしても諦めきれず、復刻できないかと相談を持ち掛けました。その後、当時のHORIBAの開発本部長をはじめ役員方にまで直談判して復刻を呼びかけ続け、ようやく遠心式ナノ粒子解析装置ParticaCENTRIFUGE(パーティカセントリフュージ)の開発がスタートしました。

Episode4:CNTの物性評価に役立つHORIBAの “はかる” 技術

ParticaCENTRIFUGEで測定した市販多層CNT分散液中のCNT粒度分布。 約30 nmに観測される孤立分散CNTと約200 nmに観測される凝集体が混在していることがわかる。

スタート後は、熱心に開発をリードしてくれた山口哲司さん(ParticaCENTRIFUGE開発リーダー)の存在が大きく、自分自身のこととして強い興味を持ち、開発を期待以上に前進していただけました。HORIBAの社員にはこのように、やらされ仕事ではなく、自らが興味を持って進める方が多いことも非常にうれしいことでした。

サイズが比較的大きな粒子をParticaCENTRIFUGEは非常に安定して測定でき、さらに測定範囲が広いので、CNTのような広いサイズ分布を持つ試料を一気にはかれることが魅力です。ある限られた範囲を調べる方法はたくさんありますが、大きさが2桁3桁も違うものを一気にはかれる手法はなかなかありません。遠心沈降式のParticaCENTRIFUGE は粒子をサイズで分級できることから、10ナノメートルから、10マイクロメートル以上の幅広い範囲をはかることができます。

 

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Episode5:描いている未来~CNTをより生活に身近な素材に~

現在実用化しているアプリケーションとして、リチウムイオン電池の電極内の導電助剤としてすでに多用されていたり、複合材料のフィラー※1としても製品化されていたりします。もっと身近なところではゴムパッキンにも配合され、耐熱性向上に貢献しています。個人的には、CNTがナノメートルサイズであることに伴う量子現象を活用したエレクトロニクス分野が次のターゲットだと思います。

※1 フィラー:隙間を埋めるために詰めるものや、充填するもの。

(インタビュー実施:2021年6月)

※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

Profile

岡﨑 俊也(おかざき としや)

国立研究開発法人産業技術総合研究所 ナノチューブ実用化研究センター 副研究センター長

京都大学 大学院理学研究科 博士後期課程修了後、日本学術振興会特別研究員、名古屋大学大学院理学研究科(化学系)助手を経て、2004年に(独)産業技術総合研究所ナノカーボン研究センターに入所、2015年より現職。受賞歴:産総研理事長賞(2018年度)、応用物理学会・薄膜・表面物理分科会論文賞(2020年)。


カーボンナノチューブとは

夢の新素材として注目されているカーボンナノチューブ(以下、CNT)。
アルミニウムの半分程の軽さ、鋼の約20倍の強度、そして銅の1000倍以上の電流密度耐性があります。

100%炭素ででてきているCNTは、炭素原子が平面上に並んだシートを円筒状(チューブ)に丸めた構造をしていて、その直径は1ナノメートル(10億分の1メートル)の小ささです。円筒状の筒が1層のものを単層CNT、直径の異なる複数の筒が層状に重なったものを多層CNTと呼びます。単層CNTはシートの丸め方によって、「金属」の性質を持つだけでなく、「半導体」の性質を持つことができることが特徴です。

例えば、レアメタルのひとつ「インジウム」は産出量に限りがある素材ですが、現在「透明導電膜」として液晶画面やタッチパネルに使われています。インジウムは希少であるだけでなく、今後のIoTデバイスの部材に要求される伸縮や折り曲げへの対応が難しいことから、インジウムに替わる素材としてCNTを含む材料開発が進められています。 (2)

また、現在、半導体として主にシリコンが使われていますが、微細化が進む半導体の世界では、いずれシリコンでは限界がくると予想されています。シリコンに替わり、CNTを使って高性能のCPUやメモリをつくる研究も進んでいます。(3)

さらに、既存の工業材料とCNTを組み合わせ、より優れた機能を備えた新素材も生み出されています。(4)
CNTはまだ一般生活のなかで目にすることが少ない素材ですが、実用化に向けてさまざまな分野で研究が進められている素材です。

 

【参考出典】
(1) https://unit.aist.go.jp/cnta/ja/lh_archive/lh_190628.html
(2)(4) https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20190111/pr20190111.html
(3) https://news.mit.edu/2019/carbon-nanotubes-microprocessor-0828

 

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