大阪大学 藤原 康文(ふじわら やすふみ)教授
液晶や有機ELディスプレイよりも発光効率がよく、消費電力がより小さく、そしてより臨場感のある画像や映像を映し出す次世代ディスプレイとして、マイクロLEDディスプレイの研究が進んでいます。マイクロLEDディスプレイの実現に大きく貢献する希土類添加半導体に着目し、窒化物半導体の赤色LEDの開発に成功され、高精細化に取り組まれている大阪大学 藤原 康文 教授にお話を伺いました。
私の研究室では、半導体と希土類蛍光体の利点を持ち合わせた希土類添加半導体を新しい光機能材料として用いるという、これまでとは全く異なったアプローチでLEDの研究に取り組んでいます。特に希土類イオンのなかでもユウロピウムに着目した発光材料の開発をしています。
希土類蛍光体の研究は100年を超える長い歴史があり、紫外線や電子線を照射することによって光る特性を用いて、蛍光灯や昔のテレビのブラウン管などに使われてきました。ユウロピウムイオンが赤く光ることも古くから知られていましたが、希土類蛍光体自体が絶縁体であるため、電気を流すという概念がこれまでありませんでした。そうした背景のなか、2009年に私たちは母体となるガリウム窒素という半導体にユウロピウムを添加した希土類添加半導体に乾電池をつなぎ、真っ赤に光らせることに世界で初めて成功しました。
LEDは半導体内に形成される伝導帯と価電子帯の電子遷移(バンド間遷移)によって光を発するもので、伝導帯と価電子帯のエネルギー差(バンドギャップ)を変えることで、いろいろな色の光を出すことができます。しかし、バンドギャップの大きさが周辺温度に依存するため、出てくる光の色が温度に対して変化することが課題として残っています。私たちが作った希土類添加半導体を用いた赤色LEDは、ユウロピウムイオンが発光しているので、周辺温度に依存せず、面内の波長のばらつきも一切ありません。また、アルミニウム・インジウム・ガリウム・リン半導体を用いた従来の赤色LEDの発光半値幅は良くて 20 nm(ナノメートル)、インジウム・ガリウム・窒素半導体を使った赤色では 50-60 nm程度が世界トップレベルの数値ですが、私たちの赤色LEDは 1 nm以下です。光照射でなく、電流注入で光を発生させることで、これまでにない全く質の違う光を生み出せることが特長です。
窒化物半導体の研究では、2014年に青色発光ダイオードの研究にノーベル物理学賞が授与され、その技術を使って緑色のLEDも作られています。青色と緑色のLEDではガリウム窒素半導体のガリウムの一部をインジウムに置き換えたインジウム・ガリウム・窒素半導体を発光層として使っています。インジウムに置き換える量を増やすと青色が緑色に変化します。ならば、「もっと置き換えると赤色になるのではないか?」というのが世界の研究の流れですが、ガリウム窒素との格子定数差がますます大きくなり、発光効率が劇的に劣化するなど多くの課題があります。そのため、青色/緑色LEDの延長線上で窒化物半導体を使った高効率な赤色LEDを作ることは困難とされています。
そうした背景のなかで「世の中にまだ存在しない、難しいことだからこそ赤色をやってみよう」と挑戦することにしました。私は窒化物半導体を用いた赤色LEDの研究をする前、1995年頃になりますが、エルビウムを添加したガリウム・ヒ素半導体の研究をしていました。エルビウムは波長が 1.5 ㎛(マイクロメートル)の、目に見えない発光を示します。その波長領域は現在の光通信において非常に重要であるため、発光波長が超安定な新しい光源として、電流注入でエルビウムイオンを光らせることに成功していました。その後、目で見える光を研究対象としたいという思いから、希土類イオンを添加する半導体としてバンドギャップの広いガリウム窒素半導体を用いることにしました。赤色発光を示すユウロピウムを最初に選んだのは、ある意味、ビギナーズ・ラックでした。その後、希土類を用いた青色、緑色LEDの開発にも着手していますが、ユウロピウムを用いた赤色LEDに比べて、現状では発光効率があまり芳しくありません。もし希土類を用いた青色や緑色発光の研究からスタートしていたら、今の研究成果に辿り着けなかったかもしれません。ユウロピウムを用いた赤色LEDの発光効率は今では10%に迫る世界最高値が得られています。
ディスプレイで色を表現する赤・青・緑の3色を1セットとして「ピクセル」と表します。現在、世界がめざしているマイクロLEDディスプレイの作製には、この3色のLEDを横並びに、タイルのように配列する方式(ピック・アンド・プレイス)を採用しており、ディスプレイの小型化や低コスト化が課題となっています。
街中で見掛けるディスプレイはチップサイズが大きいためLEDを横に並べることで対応できますが、チップサイズが小さくなると、その小さなチップをタイルのように敷き詰めることは困難になります。また、アルミニウム・インジウム・ガリウム・リン半導体を用いた従来の赤色LEDはチップサイズが大きいとよく光るのですが、チップサイズを小さくすると発光効率が桁で落ちてしまうという問題を抱えています。それらを克服する赤色LEDとして、私たちが発明したユウロピウム添加ガリウム窒素半導体を用いた赤色LEDが注目されています。私たちの赤色LEDはチップサイズが小さくなっても発光効率が劣化しないことに加え、青色、緑色LEDと一緒に縦方向に積層することにより、1チップでフルカラー発光が得られることを実証しています。
ピクセルサイズは現在の液晶ディスプレイで 100 ㎛ 程度ですが、私たちはスマートフォン、スマートウォッチ/アップルウォッチ、VR/AR/MR(Virtual Reality (仮想現実)/Augmented Reality (拡張現実)/Mixed Reality (複合現実)の略)用ヘッド・マウント・ディスプレイなどで活用できるよう、20 ㎛ 角で3色が出る超高精細なディスプレイを作ろうと考えています。従来のタイルを敷き詰めるような方法では 20 ㎛ 角のピクセルを作ることはできません。その理由は、個々のチップサイズが極めて小さな高精細なチップを作らなくてはならないからです。
物理的に一つひとつ並べるよりも、縦方向に積み上げたものを作り、ドライエッチングで刻むことで高精細なチップ・アレイを実現できると考えています。また、この技術を使えば、赤色LEDを青色LED、緑色LEDよりも広い面積で積層でき、赤色LEDの発光効率が他の色と比べて見劣りする点を面積で補うことができます。また、どの層に電圧を印加するかを、電極を配置するエッチング深さで決めることができ、その結果として発光する色を自由に選ぶことができます。
現在のところ、私たちが開発した3色積層構造LEDがフルカラーLEDとして動作することの原理検証は済んでいますが、チップサイズを 20 ㎛ 角に収めることが技術の壁として立ちはだかっています。具体的には、高精細なサイズのチップにどのように配線するか、駆動回路にどのように接続するかなど、実装に向けた技術課題があります。これらは既にある技術のアッセンブルでは実現できず、新たな技術開発が必要となってきます。
希土類添加ガリウム窒素半導体に関わる世界の研究者は試料作製にあたりイオン注入法を用いています。できあがった試料に光を照射し、希土類発光特性を丁寧に調べることにより、学術誌論文として発表することはできますが、この方法では実デバイスを作ることができません。産業界では化合物半導体デバイスを作製するにあたり、MOCVD(有機金属気相成長、Metal-Organic Chemical Vapor Depositionの略)法を用いています。その理由は、一度に大きな基板や多数枚の基板に大量のデバイスを作製できるため、製造コストを大幅に下げることができるからです。私の研究室では、独自に開発した技術を迅速に実用化できるようMOCVD法を用いて研究をしています。MOCVD法を用いるとイオン注入では実現できないデバイス構造を作製することが可能となります。
デバイス作製にあたり、基本的な要素技術が必要です。そのチェックのために、インジウム・ガリウム・窒素半導体の量子構造を用いた青色LEDを作製していますが、その発光強度は市販のものと比べても遜色なく、産業的にも通用する技術レベルにあると考えています。青色LEDの基本構造であるpn接合を作るためにはnタイプ、pタイプの作り分けが必要で、電子濃度や正孔濃度を制御できていないとLEDとしては動作しません。結晶成長中にリアルタイムで、かつ原子層レベルで希土類イオンの添加濃度を制御する技術に加え、このようなデバイス作製技術を有していることが私たちの強みです。
また、私たちはVCSEL(面発光レーザー、Vertical Cavity Surface Emitting Laser の略)の構造を参考に、垂直共振器型LEDの研究にも取り組んでいます。HORIBAの顕微フォトルミネッセンス測定装置 (LabRAM-HR PL)は波長分解能が高いので、面内の発光波長分布・強度評価に用いています。面内でのユウロピウム濃度のバラつきによる強度の分布を評価できることに加えて、私たちが所望する波長の共振がどの程度均一にできているかをしっかり確認できます。
私は研究のタイプには2タイプあると考えています。一つは誰かが出したアイディアについて性能を競い合うベストワンの研究であり、もう一つは世界で自分しかやっていないオンリーワンの研究です。私の研究はオンリーワンの研究です。オンリーワンの研究には「荒野、一人で行く」孤独感とリスクがありますが、実際にものができてくると、その達成感と喜びは大きいものです。そのため、成果を学術誌論文として発表することは極めて容易ですが、そこで終わりたくないという気持ちがあります。現在、工学部に所属している関係上、何とかこの研究成果を社会に出したい、どんなニッチなところでも良いので私たちの研究から生まれたものを使ってほしいというおもいを強く持っています。
2009年にユウロピウム添加ガリウム窒素半導体を用いた赤色LEDを発表したとき、「既にアルミニウム・インジウム・ガリウム・リン半導体を用いた赤色LEDがあるのに、どのような意味があるのか」というコメントがありました。その際、「この赤色LEDは青色・緑色LEDと一緒に、同一のサファイア基板上に並べることができる」と答えていましたが、正直、具体的な実用例がイメージできませんでした。しかし、今では世界がこぞって開発競争をしている次世代マイクロLEDディスプレイという巨人が目の前に現れ、私たちの赤色LEDが基幹技術の一つとして注目されています。研究の次の一手として、新しいタイプの半導体レーザーの実現を見据えています。イットリウム・アルミニウム・ガーネット(YAG)酸化物のなかにネオジウムという希土類イオンを添加し、強い光を照射すると波長 1.06 ㎛ でレーザー発振を示します。これが広く使われているYAGレーザーです。このように、希土類イオンがレーザー発振を示すことは知られています。光励起ではなく電流注入で実現できれば、波長が一切動かない、新しいタイプの半導体レーザーが実現できると考えています。
光を使った高度な実験には光の質が非常に重要ですので、光源として、周辺環境によって波長が変動する半導体レーザーではなく、固体レーザーやガスレーザーが使われるのが一般的です。波長が一切変化しない光が半導体で実現できれば、科学の進歩に貢献できます。また、非常にコンパクトな光学系の構築が可能となり、新たな分析技術にも寄与できると考えています。
半導体を用いた光を研究していた人にとって信じられない光が今まさにでき始めています。それがレーザーとなれば世の中が大きく変わると信じ、誰も見たことがない新しい光源を探求し続けたいと考えています。
(インタビュー実施日:2022年6月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。
藤原 康文
大阪大学 工学研究科 マテリアル生産科学専攻 教授
[学歴]
1977.4 ~ 1981.3 大阪大学 基礎工学部 電気工学科
1981.4 ~ 1983.3 大阪大学 基礎工学研究科 物理系専攻電気工学分野博士前期課程
1983.4 ~ 1985.7 大阪大学 基礎工学研究科 物理系専攻電気工学分野博士後期課程
[経歴]
2003.7 ~ 現在 大阪大学 工学研究科 教授
2015.8 ~ 2016.8 大阪大学 副理事
2017.4 ~ 2022.3 大阪大学 ナノサイエンスデザイン教育研究センター センター長
2020.3 ~ 2022.3 応用物理学会 副会長
2022.4 ~ 現在 大阪大学 エマージングサイエンスデザインR3センター センター長
[研究内容・専門分野]
ものづくり技術(機械・電気電子・化学工学)、電気電子材料工学
ナノテク・材料、結晶工学
ナノテク・材料、応用物性
発光ダイオード(LED)はp型半導体(ホールが多い半導体(伝導帯))とn型半導体(電子が多い半導体(価電子帯))を接合したp-n接合に電流を流して発光させる半導体発光素子です。この素子に順方向の電圧をかけるとホールと電子はp-n接合に向けて移動し双方が結合して消滅します。このとき電子がエネルギーの高い状態から低い状態に移り、余ったエネルギーが光として外部に放出されることで発光します。
ホールと電子の結合は電子がエネルギーの高い伝導帯からエネルギーの低い価電子帯に落ちることによっておこります。このエネルギー差が大きいほどエネルギーの高い光(波長の短い光)が放出されます。エネルギー差(バンドギャップ※の幅)は半導体の材料で異なるので発光させたい色に合う禁制帯の材料を選んで、紫外、可視、赤外域のさまざまな波長の光を発光させることができます。
※バンドギャップ(禁制帯):価電子帯と伝導帯に挟まれている空間、結晶のバンド構造において電子が存在できない領域