魅力的な可能性を秘めた“理想の液体”を求めて―イオン液体で立ち向かう資源循環問題―

北海道大学 大学院工学研究院 上田 幹人(うえだ みきと)教授
 

持続可能な社会の実現に向けて、限りある鉱物資源を有効に利活用するために、廃棄製品に含有される金属のリサイクル(再資源化)は不可欠な要素です。 リサイクルは天然鉱石の採掘と比較して、土壌汚染やエネルギー消費の削減、資源枯渇の回避など多岐にわたって有益に作用します。リサイクル時のさらなるエネルギー効率化のため、イオン液体を利用した低温での金属製錬についてご研究されている北海道大学 大学院工学研究院 上田 幹人 教授にお話を伺いました。

Episode 1:低環境負荷型製錬プロセスの開発に挑む!

私たちは電気化学を中心に研究を進めていますが、水ではない非水系の液体を用いた研究が中心です。非水系液体の魅力は、水溶液系から電析※1させることができない金属を電析できることです。私の研究室では非水系液体として有機系と無機系のイオン液体を柱に、また研究対象とする金属はアルミニウムを中心に、アルミニウムめっき処理や使用済みアルミニウムを純度の高いアルミニウムにアップグレードリサイクルするための技術開発に取り組んでいます。

アルミニウムの製錬は、無機系のイオン液体(溶融塩)を電解液として、1,000℃以上で電解液に溶解した酸化アルミニウムを電気分解しています。リチウムやナトリウムといった金属もアルミニウムほどではないですが、高温で電解が行われます。アルミニウム製錬では、電力を多く必要とし、環境負荷も大きくなります。また、電解槽には高温に耐えうるレンガしか使えず、高額な石英などの材質に限られてしまいます。低温で析出することができればパイレックスなどの一般的なガラス材料が使えたり、耐薬品性をもつPTFE※2材料が使えたりするので、工業プロセスへの応用が容易になるメリットがあります。そうした背景を受け、また日々の実験のなかで、温度がそこまで高くなくても同じような反応が起こったことに着想を得て、私の研究室ではアルミニウムを低温で析出する方法について研究しています。

現在、アルミニウムの電析には主に150℃前後で取り扱うことのできる無機系イオン液体の他に、室温域で液体を形成する有機系のイオン液体も用いています。室温付近であれば表面に導電性を付与したプラスチックにアルミニウムをめっきすることができるので、見た目と触り心地はアルミニウムだけれども、アルミニウムより軽量な材料を作ることができます。

他にも低温でのアルミニウム電析技術が貢献できる分野として、アルミニウムのリサイクルを考えています。生産量では大電流で大量に生産する高温プロセスには敵いませんが、低温プロセスの方が有利な部分があると思っています。例えば、アップグレードリサイクルでは、高温プロセスの場合、高い温度を保持するために余分なエネルギーが必要になります。プロセスにかかるトータルのエネルギーを考えると、低温で電析させる方がより少ないエネルギーでアルミニウムをリサイクルできるため、環境への負荷低減に貢献できます。

Episode 2:イオン液体のチカラでアルミニウムの資源循環をかなえる

世界では1970年頃から有機系のイオン液体に関する論文報告があり、いろいろなことに使おうとしていました。アルミニウム電析に使い始められたのは1970年代後半からです。私が研究で用いているアルミニウムを電析させるためのイオン液体は、塩化アルミニウムと1エチル-3メチルイミダゾリウムクロライドを混ぜ合わせます。この二つの試薬は室温で両方とも固体の粉末なのですが、ゆっくり混ぜ合わせると加熱しなくても室温で液体になる面白い液体です。

私の研究室では、このイオン液体を用いて純アルミニウムの電析だけでなく、イオン液体にさまざまな金属塩化物を添加してアルミニウム合金として電析する研究に取り組んでいます。これまでにアルミニウムークロム、アルミニウムーニッケル、アルミニウムータングステンなどを電析させてきました。純アルミニウムだけでは機能性に限界がありますが、合金にすることで新たな特性が発現します。

これらの電解技術を応用して、アルミニウムのアップグレードリサイクル技術の研究も進めています。リサイクルを繰り返したアルミニウムには合金添加元素が多く含まれているため、アルミニウムとして品質は高くなく、再生できたとしてもその次のリサイクルが大変になります。一般的には添加元素を多く含むアルミニウム合金は車のエンジンなどの鋳物材として再利用されていますが、それ以外の用途は狭くなります。そこでリサイクルアルミニウムの純度を上げるアップグレードリサイクルにイオン液体を用いて行えないかと考えています。特にここ最近の世界情勢から、アルミニウムの輸入が今後難しくなることも考えられます。そのような時にこのアップグレードリサイクル技術が完成していたら世の中に貢献できるのではと考えています。また純度の高いアルミニウムにリサイクルする事で、汎用性の高い展伸材として使えるようになるので、高純度のアルミニウムの生産をめざして研究に取り組んでいます。

Episode 3:高純度なアルミニウムの析出をめざして ― 広範囲の元素分布が丸わかり!微小部X線分析装置を使った解析

上段の三つは、電解前のアルミニウム合金の表面を撮影または元素マッピングしたもので、左からデジタルカメラ写真、Alのプロファイル、Siのプロファイルです。 下段の三つは、電解後の表面でそれぞれ上の部分と同じものに対応します。デジタルカメラ写真では、電解後の表面は、電解前に比較して暗い色になっています。これをAlとSiのプロファイルで見てみると、電解後の表面ではAl濃度が低下し、Si濃度が増加したことがわかります。つまり、この分析結果から電解によって表面からAlが優先的に溶解したことがわかります。

HORIBAの微小部X線分析装置 XGT-9000との出会いは、2019年に開催された表面技術協会の講演大会でHORIBAの担当者に電析後の電極の元素分布を広い範囲で分析できないかと相談したのがきっかけでした。私の研究室では室温や100℃以上の温度域でアルミニウム合金の電解精製の実験を行なっています。電解精製反応は、アノードのアルミニウム合金からアルミニウムが優先的にイオンになって電解液に溶解し、カソードでは、そのアルミニウムイオンが還元されて金属のアルミニウムとして電析します。つまりアノード表面には合金添加元素が多く残される事になります。その合金添加元素の分布をXGTのマッピング機能を使って分析しています。カソードで電析する純度の高いアルミニウム中に不純物としてどのような元素が含まれるかも同じように調べています。元素分布を調べるには走査型電子顕微鏡(SEM)に付属するEDS※3測定でも調べることができますが、試料の観察範囲が小さいことがネックでした。XGTは試料全体をマッピングもできるので2020年に導入しました。広い範囲をマッピングで観察できるのがとても便利です。

電極表面の変化にこの測定を用いると、各元素の濃度変化が色の明暗で示されるので、溶解する元素、溶解しない元素が明解に理解できます。こうした変化はXGTを導入するまでは、おおまかなイメージで判断するしかなく、従来の蛍光X線装置では、ある点での元素分析しかできませんでした。XGTではどのあたりで溶解が集中しているか、均一な溶解が起こっているかなどを、元素マッピング像の明暗により解析できます。

電析物の解析では、電極の中心と端部で不純物濃度が変化する事があります。アノードで溶解したイオンが電解液を移動してカソードで析出する物質移動の解析としてもマッピング測定は役立っています。

 

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Episode 4:イオン液体で高純度のナトリウムをつくる!酸素不純物との戦い

実はアルミニウムだけでなく、ナトリウムの再利用にも取り組んでいます。ナトリウム−硫黄二次電池には多くの金属ナトリウムが使用されていますが、使用済み電池のナトリウムは、再びこの電池のナトリウムとして使われていませんでした。また、日本で唯一ナトリウムを製造していた会社がナトリウム電解を今後行わないとのニュースを聞き、使用済み電池の中のナトリウムを有効活用できないかと考えていました。そこで、イオン液体を電解液としてナトリウムの電解精製を行い高純度化する研究を始めました。そうして研究をしていると窒化ガリウム(GaN)の研究をされている他大学の先生から高純度ナトリウムが必要であるとのお声がけを頂きました。窒化ガリウムの結晶成長方法の一つにナトリウムの融体が使われます。

パワー半導体としての窒化ガリウムは、現在多く用いられているシリコンカーバイド(SiC)よりも耐電圧が大きく、優れた特性があります。将来、窒化ガリウムがパワー半導体として使われることで、CO2削減に効果が大きいものと期待されています。この際の窒化ガリウム結晶は、欠陥レベルが低く不純物のような介在物も少ないことが望まれます。したがって窒化ガリウム結晶の成長の場であるナトリウムも高純度であることが必須になります。私の研究室ではこれまでに、カルシウム、カリウムなどの金属不純物をほぼ除去できることに成功しています。しかし、金属成分以外にもナトリウム中には不純物が存在している事がわかりました。それがガス成分なのです。そのガス成分が結晶の成長の邪魔をしている可能性があるので分析することとなり、HORIBA の酸素・窒素分析装置 EMGA-820(以下、EMGA)を使って酸素と窒素の量を調べました。この測定をし始めた時は、ナトリウム中のガスを測定する適切な条件がなかなか見出せず試行錯誤の連続でしたが、EMGA開発担当者の平田さんに相談して、それらの問題を解決することができました。また、活性なナトリウムサンプルが空気に触れないよう、どのようにして装置にサンプルを導入したら良いかとの課題に対して、一緒に課題解決に取り組んでくださいました。最終的には大気非暴露でサンプルを運ぶことができるトランスファーベッセルを製作いただいて、精度良くナトリウム中のガスを分析できるようになりました。この装置でのナトリウムの分析事例がほとんど無い状況でしたので、平田さんのサポートは心強かったです。


⇒ 酸素・窒素・水素分析装置 EMGA-930 製品サイトへ

Episode 5:限りある資源の有効利用を可能に。資源循環そして環境負荷低減プロセス構築へ

有機系イオン液体は室温で使えることがメリットですが、試薬の価格が高いことや、無機イオン液体ほど電気伝導度が大きくないので、印加する電流も無機イオン液体よりも小さくなります。有機、無機でそれぞれメリットやデメリットがありますが、目的にする金属によって電解液を選択したり、その電解液にさらに何かを添加したり、今後も改良が必要だと考えています。アルミニウムやナトリウムに留まらず、国内で資源の循環がうまくいっていない金属に対してもイオン液体を用いてリサイクルの道を切り拓いて行ければと考えています。

近い未来の話では、ナトリウム−硫黄二次電池の使用済みのものからナトリウムを回収して高純度化して窒化ガリウムの製造に役立てていければと考えています。このイオン液体を使うプロセスが、窒化ガリウムの高性能化に貢献し、微力ながらにもCO2削減に繋がっていくのであればとても幸せに感じます。

 

(インタビュー実施日:2022年12月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

Profile

上田 幹人(うえだ みきと)
北海道大学 大学院工学研究院 教授

[略歴]
1997年3月 北海道大学大学院工学研究科博士後期課程 修了
1997年4月 北海道大学大学院工学研究科 助手
2000年12月 ドイツ連邦共和国ドレスデン工科大学 物理化学電気化学研究所 客員研究員
2006年4月 北海道大学大学院工学研究科 助教授(准教授)
2013年4月 北海道大学大学院工学研究科 教授
現在に至る

[専門]
電気化学、溶融塩化学、表面処理

注釈

※1)電析:金属イオンが電極表面で還元されて金属として析出する現象
※2)PTFE:フライパンの表面加工などに使われる、ポリテトラフルオロエチレンの略
※3)EDS:エネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)

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