東京大学 大学院工学系研究科 脇原 徹(わきはら とおる)教授
2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの削減が求められる中、素材技術の進化が新たな可能性を切り拓いています。その中でも注目を集めるのが、吸着や触媒機能に優れた素材「ゼオライト」です。ゼオライトの基礎から利活用まで幅広い研究に取り組まれている東京大学 大学院工学系研究科 脇原 徹 教授にゼオライトの魅力と将来展望についてお話を伺いました。
ゼオライトは1756年に発見されたケイ酸アルミニウムを主成分とする結晶性多孔性アルミノケイ酸塩です。その特徴的な多孔質構造により、吸着やイオン交換などの特性を備え、粉末洗剤、土壌改質、水質改良など、私たちの生活に密接に関わる分野で広く利用されています。現在、天然ゼオライトと合成ゼオライトを合わせると260種類ほど存在しており、そのうち工業的に活用されているのは約10種類です。
ゼオライトの最大の魅力は、その「細孔」による性能です。この細孔は、特定の物質を選択的に吸着したり、化学反応を促進したりする役割を果たします。特に触媒として、石油精製や排ガス処理などの大規模な工業プロセスで活躍しています。
また、ゼオライトは環境問題の解決のためのキーマテリアルとしても注目されており、有害物質の吸着に関する高い選択性を持つことが知られています。その代表的な事例として、福島原発事故後の水処理で用いられた高セシウム選択性ゼオライトがあります。ゼオライト及びゼオライトの関連物質により放射性物質を効率的に吸着し、汚染水の安全な処理を可能にしました。この成果は、ゼオライトの環境分野における応用可能性を示す画期的な事例と言えるでしょう。
さらに、ゼオライトは現在の温室効果ガス削減技術においても高く評価されています。特に、二酸化炭素(CO2)の回収・貯留を目的とするCCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)技術において、ゼオライトの吸着能力が注目されていますが、ゼオライトの役割はそれにとどまりません。例えば、メタン(CH4) や亜酸化窒素(N₂O)などの温室効果ガスを吸着する性質を持つため、これらのガスの吸収・脱離・濃縮技術への応用が期待されています。とりわけN2Oは、CO2の約300倍もの温室効果を持つため、その削減は喫緊の課題とされています。ゼオライトを活用した吸着技術は、これらのガスを効率的に管理するシステムの構築に役立つとされています。
大学生の頃、化学システム工学科に属していた私は、とにかく「モノを作る」ことに夢中になっていました。その中でゼオライトと出会い、孔が開いている材料というユニークな特性に面白さを感じたことが研究の第一歩となりました。ただし、その時点でゼオライト研究が自分の専門となるとは想像していませんでした。
研究のスタート地点は、ゼオライトがどのようにしてできるのか、その合成プロセスを追究する基礎研究でした。この基礎研究から始めたことで、ゼオライトの特性を深く理解し、後に応用研究を進める上で非常に役立つ知識となりました。応用研究から始めていたら、「既に使われている物質」の役割や用途に縛られていたかもしれません。しかし、基礎を学んだことで、効率的な反応や有害物質の除去を考える際に、原子レベルで素材を操作する技術を身につけることができました。この経験は研究において重要な糧となったのです。
その後、私は横浜国立大学に移り、セラミックスの研究に携わることになりました。この過程で、セラミックスの合成技術や粉体工学の知識がゼオライト研究に活かせることに気付きました。この視座の変化によって、研究の幅がさらに広がり、新しい視点で課題に取り組む面白さを実感しました。
ゼオライトとセラミックスのプロセッシングを融合させた研究がうまくいったことで、これまでにはなかった新しい学問の可能性を切り拓くことができました。この成果がきっかけとなり、東京大学へ戻り、ゼオライト研究をさらに深める道が開かれました。
ゼオライトは触媒として幅広い用途で活用されている素材です。そのため、反応や吸着といった特性をさらに高機能化し、製造コストを抑えるための研究が求められています。私たちの研究室では、特に耐久性の向上に焦点を当てた研究を進めています。触媒や吸着材としての性能を最大化するためには、耐久性の向上が欠かせない課題となっています。
しかしながら、耐久性を高めるためには製造工程が複雑化し、コストが上昇するという問題が伴います。この課題を克服するための研究は非常にチャレンジングですが、その重要性を考えると取り組む価値が大いにあると考えています。
原料であるシリカ(SiO2)やアルミナ(Al2O3)は、4級アミンとよばれる有機物と結晶化させることで独特の細孔を有するゼオライトへと結晶化しますが、4級アミンの価格が非常に高いことが課題となります。そのため、安価な材料に置き換える方法の検討が重要なテーマです。また、有機物を使わずにゼオライトの孔をつくる手法もありますが、この手法では組成がずれる可能性があり、追加の処理が必要となる場合があります。このように、ゼオライト合成の基礎である原理を深く理解していることで、効率的かつ低コストな製造方法を導き出すことが可能です。
ゼオライトの合成プロセスを改善するため、結晶形成のメカニズムを徹底的に研究し、その結果、従来数日かかっていた合成時間を数分に短縮する技術を開発しました。さらに研究を進め、最短で数秒でゼオライトを合成できる手法を見つけ出しました。この技術は、ゼオライト研究に革新をもたらし、これまでにない可能性を広げるものです。
前述の通り、ゼオライトはその特性を活かし、環境問題の解決に向けた大きな可能性を秘めています。私たちの研究ではゼオライトを利用した吸着塔を開発し、温室効果ガスを濃縮・分解する技術の社会実装をめざしています。この素材は何度でもリサイクル可能であるため、環境負荷の低減に大きく貢献できる画期的な素材として注目されています。
例えば、ゼオライトで吸着・濃縮したCO2は農業用ビニールハウスへ供給して農作物の成長促進に活用したり、化学物質の生成プロセスに活用したりできます。また、水素と組み合わせることで有価物を生成する技術の研究も進んでいます。現在、水素の価格がまだ高いという課題がありますが、これを克服することで実用化への可能性がさらに広がるでしょう。
さらに、CO₂にとどまらず、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N₂O)といった温室効果ガスの削減にも応用すべく、ゼオライトを利用した吸着・触媒技術により、これらのガスを濃縮し、その場で分解する仕組みの構築をめざしています。特に高い温室効果を持つN₂Oの研究では、濃縮したガスをその場で分解する技術を開発し、温室効果ガス削減に向けた実用化への大きな一歩を踏み出しています。
また、窒素循環においてもゼオライトは大きな可能性を持っています。例えば、排ガス触媒の性能を向上させることで分解プロセスを効率化し、従来のエネルギー集約的な方法と比べると環境負荷を大幅に軽減できる技術を開発することが可能です。こうした取り組みを通じて、課題が多い領域にも果敢に挑戦し続けています。
そして、ゼオライトは環境分野だけでなく、エネルギー分野においても活用の幅を広げています。触媒としてのゼオライトは水素社会の実現に向けた技術開発を支援し、メタノールなどから有価物を生成する新しい化学プロセスの実現が期待されています。この技術は次世代エネルギー需要に対応するものであり、持続可能な社会を実現する上で欠かせない重要な要素となるでしょう。
ゼオライトの多彩な特性がもたらす可能性は、環境保護やエネルギー効率向上という現代の課題解決に不可欠です。私たちは基礎研究をさらに推進し、これらの技術を実用化することで、持続可能な未来を支える革新的な素材としてのゼオライトを社会に広めていきたいと考えています。
私の研究を支える重要なツールの一つが、HORIBA製品「ポータブルガス分析計 PG-300シリーズ」です。これまではガスクロマトグラフィーを使用していましたが、PG-300は連続測定が可能で、ゼオライトの性能評価に非常に有効なデータを取得できることから、温室効果ガスの濃縮や分解に関するデータの質が向上し、また、効率的なデータ取得が可能になりました。現在、N₂O、CH4、CO₂といった三大温室効果ガスの濃縮の研究に活用しています。
私は基礎研究が大好きです。そもそも、なぜゼオライトができるのかという根本的な部分がまだ解明されていないため、それを明らかにしていきたいと考えています。そして、ゼオライトの基礎科学を徹底的に追求し、これまでにない新しい構造を持つゼオライトを創出することをめざしています。
特に、環境エネルギー問題への貢献は私の研究の重要な柱です。温室効果ガスなどの有害物質を濃縮して分解するシステムを、ゼオライトを使って実現したいと考えています。例えば、CO₂の利活用や排ガス処理を通じて、温室効果ガスを排出しない仕組みを構築することを目標としています。もし水素社会が到来すれば、メタノールからさまざまな有価物を生成する技術がさらに求められるでしょう。その際、より優れた触媒の開発が必要になりますが、ゼオライトを使った触媒でそのニーズに応えたいと考えています。
また、窒素循環への貢献も重要なテーマです。プロセスを改善することで、「もったいない循環」を解消したいと思っています。
このような取り組みを通じて、持続可能な未来を実現するため、革新的な技術を社会に広く届けることが私の使命です。ゼオライトの可能性は無限です。その新しい構造を活かし、応用範囲をさらに広げることで、社会に貢献できる技術を届けたいと思っています。
(インタビュー実施日:2025年7月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。
脇原 徹 (わきはら とおる)
東京大学 大学院工学系研究科 教授
専門:ゼオライトの合成と応用、セラミックス研究
経歴:東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 大久保研究室で博士号取得。横浜国立大学でセラミックス研究を経て、東京大学に戻り現在に至る。ゼオライトとセラミックスの融合研究を推進し、環境エネルギー問題への貢献をめざしている。
[略歴]
1999年3月 東京大学工学部化学システム工学科卒業
2001年3月 東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻 修士課程修了
2004年3月 東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻進学 博士課程修了
2004年4月 横浜国立大学大学院環境情報研究院 助手
2007年4月 横浜国立大学大学院環境情報研究院 助教
2012年4月 横浜国立大学大学院環境情報研究院 准教授
2013年4月 東京大学大学院工学系研究科(工学部) 准教授
2020年4月 東京大学大学院工学系研究科(工学部) 教授
