部署を越えた3年間が、仕事を前に進める力になった—Open Experience制度体験談

導入したのは単に人が動くだけの制度ではありません。堀場製作所の「Open Experience(OE、オープン・エクスペリエンス)制度」は、一定期間他部署・他領域の業務を経験することで、個人の成長と組織の強化、ひいては事業への貢献をめざす人財交流制度です。

受け入れ部署が期限付きポジションを社内Webで公開し、応募者およびその上長との三者面談を経てマッチングした場合に異動が成立します。異動期間終了後は、原則として元の部署へ復帰し、得た経験を活かして活躍することを想定しています。

今回は、OE制度を利用して購買部から法務部へ部門を超えた異動を経験した門野 浩士(かどの こうじ)さん(当時:グループ資材部)、受け入れ先である法務部の稲垣 太仁(いながき たいじ)さん、送り出し元である購買部の北村 彰一(きたむら しょういち)さんの3名にお話を伺いました。

期限付きの異動で人を育てる、OE制度が増やす「経験値」

――OE制度を活用した理由は何ですか。

門野:きっかけは法務部と話がかみ合わず、案件が前に進まないことが続いていたことです。購買部は取引先との契約締結や交渉の場面で法務的な検討が欠かせないため、法務部との関わる機会が多い部署だと思います。

私は購買部に17年在籍するなかで、さまざまな契約・取引案件に携わり、法務部と議論する機会が多くありました。ただ、法務と話しても「購買の実態・実情」がうまく伝わらず、ジレンマを感じていました。その結果、議論が平行線になり、案件が停滞することも少なくありませんでした。

当時は下請法(現在の取適法)への対応が厳しくなるなかで、特に金型の取り扱いが大きな論点になっていました。どう運用し、どう法律を順守していくかの議論が、法務と購買部の間でなかなか進まなかったのです。

「法律上守るべきこと」と「HORIBAの現状の運用」を同じ土俵で議論する必要があるのに、法務側は「金型が何か」から理解が必要な状態でした。一方で購買側も法律の理解が十分ではなく、お互いに「言語が違う」ように感じていました。

取引基本契約でも、購買は実務上の落としどころを探しますが、法務は契約上のリスクから譲れない点があります。双方の前提がそろわないまま話し合うと、結局いつまでも平行線で、結論にたどり着けません。

そんな状況を変えたいと思っていたとき、法務部がOEで人財を募集しているのを知り、応募を決めました。期限付きの制度で、3年後に購買部へ戻れることも後押しになりました。

 

――知見のない部門への異動に、不安はありませんでしたか。 

門野:法学部出身ではないので、法務の専門家の中でやっていけるのかという不安はありました。実際、最初にぶつかった壁は、専門用語や独特の言い回し、そして法的な考え方です。基礎がない分、理解するまでに時間がかかりました。

異動後の主な業務は、各部門から日々寄せられる「法務相談」への対応です。契約書の立案・レビュー、新事業に対する法的観点での確認、トラブル対応など、幅広い案件を担当しました。

ちょうど異動した時期は、法務部が人手不足の状態でした。「まずは購買関連だけ」「初心者向けの業務から」といった段階的な進め方をする余裕がなく、最初から多くの案件を任され、必死に食らいつくスタートでした。

困ったときは直属の稲垣さんに相談し、サポートしてもらいました。もともと分からないことは自分で調べる性分なので、本で勉強したり、弁護士のセミナーを受けたりして知識を吸収していきました。専門知識は後からでも身につけられます。大切なのは、「分からないことを分からないままにしない」姿勢だと思います。

――異動して、ご自身の中でどんな変化が起きましたか。 

門野:いい意味で、法務に対する先入観が崩れました。正直、異動するまでは「法務とはかみ合わない」「四角四面で机上の空論を持ち出す」といったイメージを持っていました。

でも実際は、法務の皆さんも先端の動きを学び続けていて、よく勉強されていましたし、現場のことにも詳しかった。そこはよい意味でのギャップでした。リスクヘッジとして譲れない点はあるものの、法務の皆さんも案件を前に進めようと尽力していて、事業を動かそうとしているのだと理解できました。

3年間で法務相談を660件担当しました。相談のたびに必ずヒアリングし、ビジネスの動きを情報収集して理解する。これを繰り返しました。数をこなすだけでなく、毎回「背景を聞く」ことを徹底したのが、成長の近道だったと思います。

相談に来るのは、開発や事業の現場の方が多いです。だからこそ、相手の背景を丁寧に聞いたうえで、法務的なリスク低減につながる提案を、伝わるように言葉を選んで伝えることを心がけました。

その結果、異動前から課題だった金型の案件も、話がかみ合わない部分を橋渡しし、運用に乗せるところまで進めることができました。


――異動先である法務部でも改善活動をリードされたと聞いています。どういった取り組みをされましたか。 

門野:取引先からの購入品に不具合が起こると、それがHORIBAの損害につながることがあり、例えばリコールのような大きな問題になれば、損害賠償の請求を検討せざるを得ないケースもあります。

ただ、実際に請求までするか、しないかの判断は簡単ではありません。さらに、請求すべきと判断しても、回収が思うように進まないケースもあります。そこで、判断のためのチェック項目を整備し、判断後に停滞させず、回収までをきちんと管理できるフローをつくりました。

この取り組みは、購買・品証・法務・開発が一体となって初めて実現できるものでした。ひとつの部門だけでは進められないテーマだったので、関係部門を巻き込みながら音頭を取り、運用フローを回し始めるところまで持っていきました。

 

――異動先で高いモチベーションを維持できた理由は何ですか。 

門野:定期的に振り返りシートを書いて提出し、法務の上司と購買の部長と面談して振り返りをする。そういう仕組みがありました。

「行きっぱなし」「放ったらかし」という感じではありませんでした。振り返りがあることで、「これでよいのか」「次に何をすべきか」が見えてきます。元の部署(購買)からも「こういうスキルを身につけてほしい」というフィードバックをもらえました。

そうした支援があったからこそ、高い目標を持ったままチャレンジを続けられたと思います。

法務に「事業の目線」を入れたかった

門野さんを受け入れた法務部チームリーダーの稲垣さんに伺います。

――法務部がOE制度を活用した背景を教えてください。 

稲垣:法務部は、法務一筋でキャリアを積んできた人の割合が高い部署です。そのため、事業部門の考え方を意識しているつもりでも、現場を知らない分、実感を持って理解しにくいところが弱みだと感じていました。そこで「法務の中に事業の目線を取り入れたい」と考えたのが、OE制度を活用した一番のきっかけです。

法務は外から「難しい」「何をしているのか分からない」と思われがちです。でもOE制度で来た人が数年後に事業部門へ戻れば、法務への先入観が薄れ、「法務が何をしているか分かる人」が事業側に増えていきます。そうした状態をつくりたかったんです。

 

――受け入れ部署として、どういう支援をされましたか。 

稲垣:当初は、簡単な業務から始めて、徐々に難しい案件へとステップを踏んでもらう想定でした。ただ、当時は法務部が人手不足だったこともあり、結果的に幅広い案件を担当してもらわざるを得ませんでした。ですが、それが悪い結果にはならなかったと思います。

特定の得意分野だけを担当してもらうのでは、せっかく法務に来てもらった意味が薄れてしまいます。営業や知財も含め、できるだけ幅広く経験してもらいました。

教え方としては、「体系立てて教える」よりも、まず案件に入ってもらい、自分で考えてもらったうえで、分からないところをフォローする形が中心でした。

「1〜3年の越境が、仕事を前に進める人を育て、組織をn倍化する」

3年間の異動へと送り出した購買部チームリーダーの北村さんに伺います。

北村:門野さんは、加工品からアッセンブリー品まで幅広く対応できる貴重な人財でした。正直、抜けられると痛手です。それでも送り出したのは、購買組織として越えなければならない壁があったからです。

取引先との契約は会社の利益に直結する大切な業務です。当時は下請法(現在の取適法)などの規制も厳しくなっており、法令やルールへの理解を含めて、部門全体を底上げする必要がありました。

また、送り出し側の負担を減らすためには、引き継ぎ計画や代替体制を早めに固めておくことが重要です。

 

――3年間の法務経験を終えた門野さんが購買部へ復帰されました。OE制度を活用した効果や変化はありますか。 

北村:「垣根が低くなった」と感じています。以前は「購買と法務は相反する」「法務は見張り役」といった感覚があり、敷居が高いと思われがちでした。でも門野さんが法務に行って戻ってきたことで、その敷居が少しずつ下がってきています。

特に大きいのは、説明の仕方です。法務で得た知見を、購買の言葉でかみ砕いて説明してくれるので、とても分かりやすいんです。「例えばですね」と、こちらが考えていそうなことを経験から引き出して説明してくれるので、腹落ちしやすい。結果として、妥協点を見つけるスピードも上がったと感じます。

何より、法務の経験を通じて自分の考えに自信を持って戻ってきてくれました。「相談してほしい」という積極的な姿勢も見られます。

いったん戻って経験値を生かし、さらに経験を増やせるという意味で、素晴らしい制度だと思います。関係性やテーマがうまくフィットすれば、組織の力をn倍化できる可能性がある制度です。

復帰後に見えてきた「購買の苦手意識」と、次の課題

門野さんが復帰後に強く意識しているのは、購買の中にある「苦手意識」です。

門野:今年1月から購買部へ復帰しました。法務や契約に対して苦手意識を持つ人がまだ多いので、その心理的なハードルを下げたいと考えています。

下請法の運用が厳格化するなかで、改正内容をキャッチアップし、実務に落とし込み、運用にどうつなげるかは、今まさに重要な論点です。

法令対応は「最優先で取り組むべきこと」として位置付けられています。ただ、法務に教えてもらわないと理解できない類いのことばかりではありません。購買部の中で理解し、購買部が主体となって運用に乗せていくべきだと考えています。

日々の業務に直結することとして、自分たちの業務として扱い、自分たちで議論・検討していけるようにしたいです。実務に落とし込むのは法務だけでは難しいため、実務部門として「どう動くか」まで考え、精度を上げたいです。

――OE制度をどんな人に活用してほしいですか。 

門野:OEをすすめたいのは「停滞を前に進めたい人」です。1つの部署で専門性を深めることも大切です。ただ、2つの部署を経験したことで、停滞していた案件を前に進める力が身についたと感じています。経験していただくと、自分のできることが増えるのでおすすめしたいです。

OE制度は「部署間の通訳」を増やすのではなく、仕事を前に進める当事者を増やす制度です。

OE制度は、異動そのものが目的ではなく、「経験を学びに変え、復帰後に組織へ還元する」ための仕組みです。
門野さんの3年間は、法務の知識を得るだけの時間ではありませんでした。購買と法務の間にある「言語の違い」を、自分が当事者として埋めにいく挑戦でした。もし今、部署間で話がかみ合わず仕事が止まっているなら、そこには「経験でしか埋まらない溝」があるのかもしれません。
自分の専門を軸にしながら、もう一段できることを増やしたいと感じたとき、OE制度はその一歩を後押ししてくれるはずです。



(インタビュー実施日:2026年2月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

注釈:

※ HORIBAでは、従業員を大切な財産と考えて「人財」と表現しています。