名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 多喜 正泰(たき まさやす)准教授
細胞や生体組織を生きたままの状態でリアルタイムに観察を行うライブセルイメージング。蛍光色素・蛍光タンパク質を用いることで、見たい細胞や組織を標識し、その動きや働きを観察するこの手法は、がん検査や手術、創薬研究などの分野への応用が進んでいます。さらなる技術革新が求められるなか、長時間安定して発光し続け、生体に対する毒性が低い近赤外領域の発光を有する近赤外(NIR)蛍光色素の開発に取り組まれておられる名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 多喜 正泰 准教授にお話を伺いました。
ライブセル蛍光イメージングは、生きた細胞や組織を蛍光色素や蛍光タンパク質で標識し、蛍光顕微鏡を使って観察、可視化する手法です。画像を得るためには、通常、蛍光色素に光を照射(励起)し、そこから放出される蛍光シグナルをカメラで検出します。この場合、生体に深刻なダメージを与える紫外光を使うことはあまりなく、ガラスを透過する可視光領域の光を照射します。これまでにさまざまなイメージング用色素が開発され、市販品として入手可能なものが多くあります。しかし、その多くは強い光照射によってすぐに退色してしまい、蛍光シグナルが喪失してしまうという欠点があります。そのため、観察対象を長時間に渡って追跡し続けることが困難となっています。つまり、蛍光色素の性能が細胞イメージング技術の壁となって、蛍光顕微鏡が本来持つ性能を制限しているともいえます。この制限がなくなれば、これまで見えなかった新しい生命現象が見えてくるかもしれません。
そこで、私たちの研究室では、耐光性に加え、環境応答性、近赤外蛍光をキーワードに、顕微鏡の性能を最大限に活かせる理想の蛍光色素の開発に挑んでいます。例えば、細胞小器官(オルガネラ)のような複雑な細胞の内部構造を観察するためには、周囲の環境によって蛍光特性が変わるという環境応答性が重要になってきます。一つの色素で細胞内のさまざまな環境や状態を可視化できることは、細胞機能を解明するうえで非常に有効なアプローチとなります。近赤外領域の光は可視光に比べて生体に対する毒性が低く、自家蛍光※1の影響も受けにくいため、生きた細胞の長時間イメージングに適しています。また、広く利用されている可視光領域の蛍光標識剤と波長域が重ならないことから、多色で標的を染色するのにも有用です。
しかし、シアニン系に代表されるような近赤外蛍光色素は、化学的に不安定であることに加え、光照射によって分解してしまうことから利用が難しく、近赤外領域のイメージングはあまり普及が進んでいません。
細胞内部の構造を詳細に観察するには、透過型電子顕微鏡を用いる手法が最も一般的です。
しかしながら、電子顕微鏡では薄くスライスした試料を真空中にセットするため、生きた細胞内の情報を取得することができません。
2014年のノーベル化学賞の受賞対象となった「超解像顕微鏡」は光の回折限界を超える分解能で微細構造を可視化する画期的な技術です。超解像顕微鏡の一つであるSTED顕微鏡※2によって、従来の蛍光顕微鏡では観察できなかったオルガネラの微細構造を、細胞が生きたままの状態で観察できるようになりました。ところが、STED顕微鏡による観察では強いレーザー光を照射するため、従来の蛍光色素では速やかに退色してしまいます。そのため、ミトコンドリア内膜のような特徴的なヒダ状の膜形態(クリステ)がどのように変化していくのか、その様子をリアルタイムで観察し続けることができませんでした。
私たちは高い耐光性をもつオルガネラ標識剤の開発に向けて試行錯誤を繰り返しました。ここで注目したのが、溶媒の極性が変わると蛍光の波長や吸収スペクトルが変化して蛍光色調が変化するソルバトクロミズム現象です。その発端となったのが、2015年に報告した環境応答型色素で、色素近傍の環境の違いに応じて蛍光波長が変化するという特徴を利用して細胞内オルガネラの染め分けに成功したというものです(図1)。
図1 環境応答性色素を用いたオルガネラの染め分け
この研究成果をベースにオルガネラのさらに細かい構造を観察するため、理想の標識剤を追い求めて研究を重ねました。その一つが、2019年に報告したミトコンドリアの膜に集まった時にだけ光る色素、環境応答性ミトコンドリア染色剤(MitoPB Yellow)です。ミトコンドリア蛍光標識剤はこれまでもあったのですが、私たちが開発したMitoPB Yellowは環境応答性を持っていることから、細胞質ではほとんど光らないけれどもミトコンドリア膜でのみ強く光るという特徴を持ちます。また、耐光性に優れていることから、STED顕微鏡で観察してもほとんど退色しません。これらの性質から、MitoPB Yellowで染色した細胞をSTED顕微鏡で観察することによって、生きた細胞におけるクリステ構造を捉えることに成功しました。退色しないという特徴から、例えば、ミトコンドリアがダメージを受けて変化していく過程など、初めて目にすることができるようになりました(図2)。
図2 MitoPB Yellowによるミトコンドリアの超解像イメージング
オルガネラ膜はリン脂質だけでなく、コレステロールなど色々な脂質や種々のタンパク質から構成されています。膜を構成している脂質が飽和脂質なのか、それとも不飽和脂質なのかでその膜の性質は変わります。次に、そのような生体膜の特徴の違いを識別できる色素の開発に取り組みました。
カルジオリピン(CL)はミトコンドリアの内膜にしか存在しない固有のリン脂質です。CLが豊富に存在すると、膜の流動性が高くなり、その結果極性が高くなるという性質があります。この極性の違いに対して高感度な蛍光応答を示す色素として開発したのが、第二世代ミトコンドリア膜標識剤(MitoPB Red)です。この蛍光色素によって、膜を構成する脂質の種類によって変化する特性を可視化することができます。
図3 FLIMによるミトコンドリア内膜の膜流動性評価
MitoPB Redを使ってCLの含有比率による極性の違いを見るために、蛍光スペクトルよりも分解能が高い蛍光寿命によって評価しました。MitoPB Redで染色した細胞を蛍光寿命顕微鏡 (FLIM) で撮影し、得られた蛍光寿命でマッピングすると、一つのミトコンドリア中でも青に染まる箇所と赤く染まる箇所が存在することが観察されました。青い部分は蛍光寿命が早く流動性が高いことを示し、赤い部分は流動性が低いことを示しています(図3)。
この研究によって初めてミトコンドリアの内膜を構成する脂質の不均一性を見ることができたのです。この研究を契機に、これまで色素を使ってオルガネラの構造だけを見ていた研究から、脂質の性質を見るという研究に取り組むようになりました。
ミトコンドリアは細胞内でエネルギー(アデノシン三リン酸:ATP※3)を作り出す役割を果たしています。中性脂肪を主成分とする脂肪滴は、エネルギー貯蔵庫としての役割を持っており、細胞にとって必要不可欠なオルガネラです。ATP合成に必要なアセチルCoAは脂肪酸のβ酸化※4によって合成されますが、その脂肪酸は脂肪滴から供給されます。したがって、ミトコンドリアと脂肪滴は非常に密接な関係にあるといえます。
私たちが開発した蛍光色素を用いることにより、脂肪滴内の脂質特性を評価できるようになりました。これも高い耐光性をもつことから、長時間観察することができ、脂肪滴がミトコンドリアの動きに合わせて移動する様子を捉えることができました。さらに、MitoPB Redと同時に染色した細胞をSTED顕微鏡で観察したところ、ミトコンドリアの傍に脂肪滴がいる様子がわかりました。これらの結果は、ミトコンドリアと脂肪の密接な関係を裏付けるものと考えています。脂肪滴とミトコンドリア内膜の脂質特性を解析することで、この密接な関係を解き明かすことができると考えています。例えばがん細胞が分裂して増え続けるためには、莫大なエネルギーと細胞膜形成に必要な脂質膜が必要です。したがって、エネルギーや脂質合成の供給源である脂肪滴との関係を断つと、がんの進行を止めることができるのではないかと考えています。このような研究を通じて、新たな抗がん剤開発に応用されることを期待しています。
また、ミトコンドリアの機能異常は多くの病気と関連していることも知られています。特に最近では、リン脂質の酸化と炎症や細胞死などの関連性について高い関心が寄せられており、その解明研究が活発に行われています。私たちは、そのメカニズムを紐解くために、ミトコンドリア膜の酸化過程をリアルタイムで追跡する研究にも取り組んでいます。細胞内での脂質の振る舞いや脂質特性が関与するオルガネラ機能が明らかになれば、脂質代謝を基盤とした新たな創薬開発にもつながると期待しています。他に健康食品などでも、脂質の燃焼を加速するメカニズムが、脂質膜の働きに影響する可能性もあり、多種多様な分野の研究開発でこの色素が貢献できるのではと考えています。
前述のように、細胞構造を可視化するための手法を追い求めながら、極限の空間分解能での生体膜イメージングに適した理想の色素開発に取り組んできました。今後ライブセルイメージングに求められる技術革新は、観察時の細胞へのダメージをどこまで抑制できるかにあります。細胞に与えるダメージの一つが光照射によるものです。この点において、生体に対する毒性が低く、自家蛍光の影響も受けにくい近赤外領域の光は、生きた細胞の長時間イメージングに適しているといえます。近赤外光を発する蛍光プローブは、分子サイズが大きくなりがちなため、合成が難しい場合が多いです。また近赤外蛍光色素は一般的に水溶性に乏しく、化学的な安定性も低いことから、蛍光イメージングへと応用するためには、多くの課題があります。
例えば、現在近赤外蛍光色素としてよく利用されているのが、シアニン系色素であるインドシアニングリーン (ICG)です。800nmを超えるところに極大吸収波長をもつ緑色の化合物で、肝機能や心機能測定のための検査薬として古くから医療現場で使われてきました。最近では、腫瘍やリンパ腺を蛍光標識し、蛍光をナビゲーションとして活用する蛍光ガイド手術に利用されています。このICGの構造は二重結合を多く含んでいるため、化合物として特に不安定で、光を当てるとすぐに退色してしまいます。既存の近赤外蛍光色素の欠点を克服するためにさまざまな創意工夫をした結果、化学的安定性および耐光性が共に高く、かつ700nm以上の近赤外領域に吸収・蛍光極大波長をもつ蛍光色素PORを作ることができました。
この近赤外蛍光色素は細胞内ではもちろん、血液中でも安定的に存在できます。同時に、光による細胞毒性がほとんどないため、経時的に変化するオルガネラ形態を90秒間隔で24時間以上にわたって観察し続けることもできます。加えて、近赤外領域を使うため、市販のオルガネラ標識剤のほとんどと併用することができ、多色イメージングも容易に可能になります。実際、POR-Haloと市販の微小管標識剤SiR-tubulinを使って、小胞体が微小管に向かって伸長する様子を超解像三次元画像としてリアルタイムに取得することができました(図4)。さらには、近赤外領域は生体透過性にも優れているため、マウスの脳血管や腫瘍などの生体深部観察にも利用することができます。
現在私たちは、このPOR色素の性能を上回る近赤外蛍光色素を開発したいと考えています。例えば、近赤外蛍光を示しながら極性環境に応答する環境応答性近赤外蛍光色素は、FLIM技術と合わせることで、光毒性を抑制しながらオルガネラ特性などが評価できるようになると思われます。
また、PORで使用している700-900nm の波長領域は「 第一の生体の窓」と言われる生体透過性の高い波長領域です。まだ波長のバリエーションが多くないため、これを拡充することが一つの大きな目標です。さらに波長を長くし「 第二の生体の窓」と呼ばれる1,000-1,400 nmの波長領域で利用できる色素開発も重要な課題で、いつの日か達成できればと思っています。
図4 近赤外光を用いた超解像イメージング
蛍光吸光分光装置Duetta
生体蛍光イメージングでは、どの波長を用いるのかが非常に重要になります。そのため、蛍光色素を合成したらまずその色素がどのような吸収・蛍光を持っているかを分析します。また、耐光性や化学的安定性を正しく評価するためにも、スペクトル特性を再現性高く測定できることが重要となります。特に、近赤外での発光特性を正確に分析することは蛍光色素開発において重要となります。ただ近赤外蛍光色素は発光強度が弱いものが多いことや、蛍光波長が近赤外領域まで対応している分光計が少ないことから、近赤外の蛍光スペクトルを取得することが困難でした。
現在私たちの研究室では、合成した蛍光色素の光物性評価にHORIBAの蛍光吸光分光装置Duettaを使用しています。Duettaは吸光度と発光を同時に測れるという簡便さだけでなく、近赤外領域の発光も容易に取得できます(図5)。しかもとても感度が良いため、これまでの測定器では測定が困難であった微弱な近赤外蛍光スペクトルも正確に測れるので、私たちの研究にはなくてならない装置となっています。
また、装置のサイズ感も研究室のニーズに合っていました。通常分光光度計と蛍光分光装置と2台分の場所が必要でしたが、Duettaは1台でこの2台分の役割を果たすことができるのも優れたポイントです。これに加え、蛍光スペクトルの測定には、これまでは吸収スペクトルで使用した溶液を10倍希釈してから使用していましたが、Duettaではその作業が不要になったことも、たくさんのサンプルを抱える学生にとっては簡便に短時間でサンプルを処理できることから、研究の加速にもつながっています。
図5 POR色素の構造(左)と吸収および蛍光スペクトル(右)
これまでにさまざまな新しい蛍光色素を開発してきましたが、研究成果を自分たちの中だけに閉じたくないと思っています。研究が何らかの形で社会に還元されて、その結果人々の生活に役立つことが理想的です。そのためには、世界中の研究者が使いたいと思うもの、つまりオンリーワンの蛍光色素開発をしていきたいと考えています。それが、何かの医療応用だったり、創薬開発だったりといったところで最終的に人類の健康や幸福につながっていけば研究者として本望です。
実用化のためには研究によって根拠を証明しなければならない事象がたくさんありますが、より優れた蛍光色素を求めて研究に挑みたいと思います。さらに大きな野望は、科学の立場だけにとどまらずに「光でつながる未来医療」に蛍光色素で貢献することです。「光で診断する、光で治す、光で観察する」という一連の医療行為が「光と色素」で実現できるとかっこいいですね。近赤外色素は高いポテンシャルをもっているので、この実現に向けてさらなる挑戦を続けていきます。
(インタビュー実施日:2024年2月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。
※1 自家蛍光(autofluorescence):ミトコンドリアやリソソームなどの細胞内構造が光を吸収した際に起こる自然放出の現象
※2 STED顕微鏡(誘導放出抑制顕微鏡):超解像顕微鏡の一種。二種類のレーザーパルスを使用して、蛍光の位置情報を得ることで、従来の光学顕微鏡よりも高い解像度の画像をキャプチャーできる。高解像度でイメージングできる被写界深度(最大で10~15 µmの深度)が深いことがメリット
※3 ATP:ATP(アデノシン三リン酸)は、すべての植物・動物・微生物の細胞のなかに存在しているエネルギーを蓄える物質
※4 β酸化(ベータ酸化):ミトコンドリアの中で脂肪酸をアシルCoA(コエンザイムエー)に分解してエネルギーを作り出す反応
多喜 正泰(たき まさやす)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 准教授
[略歴]
1997年 同志社大学工学部工業化学科卒業
1999年 大阪大学大学院修士課程(工学研究科物質・生命工学専攻)修了
1999年 日本学術振興会特別研究員DC1
2002年 大阪大学大学院博士課程(工学研究科物質・生命工学専攻)修了
2002~2004年 日本学術振興会特別研究員PD
2002~2003年 ノースウェスタン大学博士研究員
2003~2004年 大阪市立大学理学研究科物質分子系専攻 博士研究員
2004年 京都大学地球環境学堂助手・助教 (大学院人間環境学研究科 兼任)
2014年 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任准教授 (大学院理学研究科 兼任)
2016年~2020年 科学技術振興機構 さきがけ研究員(兼任)
2018年 名古屋大学ナノライフシステム研究所(兼任)