岐阜薬科大学 薬化学研究室 平山 祐(ひらやま たすく)准教授
鉄は人間が生きていくうえで不可欠なミネラルです。しかしながら、過剰摂取によりタンパク質に結びついていない鉄イオンが増えると、細胞に障害を与えてさまざまな疾患の原因にもなることがわかってきました。鉄イオンの蛍光プローブ開発に取り組まれるなか、これまで世の中に無かった“ヘム”※1の蛍光プローブ開発に成功された 岐阜薬科大学 薬化学研究室 平山 祐 准教授にお話を伺いました
私の蛍光プローブの研究は、鉄イオンの蛍光プローブの開発からはじまりました。数年この鉄イオンの挙動や病気との関連を調べていましたが、鉄イオンの研究を進めるとヘムの挙動についても調べる必要がでてきました。体内で鉄イオンは主にヘムという形でヘモグロビンをはじめ、いろいろなタンパク質のなかに含まれています。ヘムはポルフィリン環※2という、ピロール※3が4つ組み合わさった特殊な分子の真ん中に鉄がはまった構造をしています。
ヘムと鉄イオンは機能としてみると別のものですが、リンクしているところもあって、鉄イオンだけ見ていても、ヘムだけ見ていても不十分で、生体のなかでの鉄の挙動を理解するためには双方を相互的に調べていく必要があります。研究を始めた当時、ヘムの動きを捉えられる蛍光プローブが存在しなかったことから、ヘムの蛍光プローブ開発に取り組みました。ヘムは人間だけでなく他の動物、植物、菌類に至る色々な生命体が利用しているため、ヘムの蛍光プローブは幅広い領域での貢献が期待できます。
蛍光プローブとは、自分の見たい物質が有るか無いかで光るようになったり、光らなくなったり、また色が変わったりする蛍光化合物のことです。蛍光プローブが一躍有名になったのは細胞内のカルシウムの動きを観察するために使用される蛍光プローブで、その後も次々とさまざまな蛍光プローブが開発され、今ではがん細胞の存在箇所を確認するためにも使用されています。色素を使ったプローブだと、大きさは分子量が300から800の間くらいの大きさで、ペプチドにリンクさせるものは分子量が1000を超えるものもあります。
良い蛍光プローブは単に光ったり、光らなかったりするだけでなく、細胞に入れることでその細胞が弱ったり、死んだりしないものが求められています。つまり極力細胞に影響を与えない、毒性が無く化学反応が起こらないものを選ぶ必要があります。
また最近では蛍光プローブを処理したあとの影響も重視されてきています。例えば、カルシウムの蛍光プローブのように蛍光プローブ自体が金属をキレート※4するタイプの場合、あるところから金属を引き抜くような効果(スカベンジャー※5効果)が起こる可能性があります。その場合、もともと細胞のなかに存在する金属をとってしまい、そのあとに起こっていたであろうイベントを阻害していることになってしまいます。このような現象が起こらない蛍光プローブの開発が現在求められています。
まずは見たい現象・ターゲット物質を決めて、その物質に対して反応しそうな化学構造を論文や教科書などを参考にしながら選びます。ただしターゲットの物質と単に反応すればいいというわけではありません。それにプラスして、蛍光分子側の光物性と構造の関係性を考えながら、蛍光プローブが対象とする物質と反応した際にしっかりと光り方が変化するようなものを作りこむ必要があります。
このような設計が必要なので、化合物によってまちまちですが、たまたま作った化合物がうまく反応する時もあれば、似たようなものを作っても全然機能が違う時もあり、思い通りのプローブを作るのに数か月かかる場合もあります。
例えば、ターゲットとの反応部分が同じ場合、緑色に光るものが良い機能を示したとしても、それを赤色に光らせようと色素を変えると、うまくいかないこともあります。思い通りのプローブができる成功確率はとても低いため、膨大な時間をかけて合成しています。そうしてようやく合成できた蛍光プローブを蛍光分光装置や蛍光顕微鏡を使って評価し、最終的に蛍光顕微鏡で細胞イメージングします。
ヘムの蛍光プローブ(ヘムと蛍光プローブが化学反応して光を発する物質)を開発する上で重要なポイントがありました。ヘムは細胞のなかではタンパク質の奥底に格納されていることが多いのですが、私が観察したいヘムはそのタンパク質から外れたもので、このヘムが色々な細胞のシグナルにどのような影響を与えているかを観察することが目的でした。ただその濃度がとても低く、鉄イオンに比べると100分の1ほどしかないので、感度の良い(反応速度の速い)蛍光プローブが必要でした。
試行錯誤の末に作り出したヘムの蛍光プローブは反応がとても速く、反応速度解析をするのに苦労していました。鉄イオンの蛍光プローブは光の強度が一定に達するまで30分程度のスピードでしたが、ヘムの蛍光プローブでは数十秒で蛍光強度が一定になってしまうほど反応が速く、秒単位での蛍光スペクトル変化を観察できませんでした。また私の研究室で使っている色素だと、裾を含めた蛍光スペクトル全体を取得するためには300nm程度の波長範囲のスペクトルを取得する必要があります。この波長範囲を一般の蛍光分光装置で測定すると20-30秒かかってしまい、ヘムと蛍光プローブの反応を観察することができません。
そこで何かいい手法はないかと、蛍光スペクトル装置をウェブサイトで検索していた時、たまたまHORIBAの蛍光吸光分光装置 Duetta(以下、Duetta) を見つけました。製品のアプリケーション動画のなかで、すごい速さでスペクトルが出てくる場面を見て、求めているデータが得られるのではないかと思い、試してみたいと思いました。また製品資料にも秒単位の測定ができるという記載があったので、私のほうからHORIBAさんに問い合わせをしました。最初にDuettaで測るまでは本当に測れるか半信半疑でしたが、見たかったスペクトルがDuettaでは数秒の精度できっちりとれたのです。数秒間隔で蛍光スペクトルがとれたことは研究のターニングポイントとなりました。単一波長の発光強度を数秒間隔で観察することは従来の装置でもできるのですが、スペクトルの変化をみることでバックグラウンドの影響などではなく蛍光分子に由来する蛍光強度の変化だけを追えていると判断でき、正確な評価をすることができました。
研究者である以上、世の中に貢献すべくニーズオリエンテッドな研究を継続していきたいと思っています。例えば、違う分野の共同研究の先生から「生体内でこういう物質が出ているからその物質を見ることができる蛍光プローブがあればいいな」といった話をするなかで面白そうなものがあればどんどんチャレンジしていきたいです。
また私の研究室では鉄とは別にビスマスを使った蛍光プローブの研究も行っています。ビスマスは大きな原子なので色素の構造には入りにくいと思われたのですが、うまく分子の構造に導入することができ、光増感作用によりがん細胞などのターゲットを攻撃することを確認できました。このような化合物が薬になるかはまだわかりませんが、診断と治療を同時に行うセラノスティクス※6の実現に向けて研究を進めています。将来的にはその蛍光プローブを飲んで、太陽にあたったら病気が治っていくというような世の中を実現できればと考えています。
(インタビュー実施:2022年1月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。
Profile
平山 祐 (ひらやま たすく)
岐阜薬科大学薬化学研究室 准教授
(経歴)
2004.3 京都大学総合人間学部卒業
2006.3 京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了
2009.3 京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了(山本行男 教授)
2008.4-2010.3 日本学術振興会特別研究員(DC2→PD (学位取得に伴い資格変更))
2009.4-2010.9 University of California, Berkeley, Christopher J. Chang Lab, Post-doctoral fellow
2010.4-2010.9 日本学術振興会特別研究員(PD)
2010.10-2016.3 岐阜薬科大学薬化学研究室 助教
2016.4-現在 岐阜薬科大学薬化学研究室 准教授
(専門分野)
有機化学、生物無機化学、ケミカルバイオロジー
(受賞歴)
日本化学会優秀講演賞(学術)(2013)
日本ケミカルバイオロジー学会第8回年会ポスター賞(2013)
日本鉄バイオサイエンス学会学術奨励賞(2014)
日本酸化ストレス学会 学術奨励賞(2017)
第11回バイオ関連化学シンポジウム講演賞(2017)
(注釈)
※1 ヘム:鉄とポルフィリン環との錯塩(さくえん)
※2 ポルフィリン環:ピロールが4つ組み合わさって出来た環状構造を持つ有機化合物
※3 ピロール:5員環内に窒素原子をもつ複素環式化合物の一つ。分子式 C4H5N、分子量 67.09 の五員環構造を持つ複素環式芳香族化合物のアミンの一種である
※4 キレート : 金属イオン封鎖のこと。金属イオン封鎖作用をもつ成分が製品に有害な影響を及ぼす金属イオンに結合して錯体を形成し、金属イオンと他の成分との固有の反応を起こさなくする作用
※5 スカベンジャー:体内の不要物質や毒性物質を処理する器官・細胞・物質の総称
※6 セラノスティクス:セラノスティクス:(Theranostics=治療Therapeutics+診断Diagnostics)とは、診断と治療をあわせて行う考え方や、その手法のこと。検査のために薬剤が同時に治療効果も持っているようなケースを指す